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レベルイーター  作者: 亜掛千夜
第三編 神隠し

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第468話 そこにいたのは

 最低限、罠の有無などに気を付けながら竜郎達は急いで一本しかない通路を走って行く。

 すると直ぐに次の部屋が見えてきた。しかも人の反応がある。

 警戒しながらやや速度を緩め、竜郎は月読と共に正面に結界を張りながら一気に突入した。



「これは……」



 予想では犯人が慌てふためくなり、準備万端で竜郎たちを待ち構えているなりしているものだと思っていたのだが、そこにいたのは壁に鎖で両手と首を繋がれた老人のエルフが一人。

 所々に殴られたような痕跡があり、今すぐ死ぬような状態ではないが負傷していた。


 そこから少し離れた場所には手術台のような物に拘束された状態で、この世の物とは思えない苦痛にゆがんだ14、5歳ほどの少女の遺体が寝かされていた。

 その遺体は額の部分から頭蓋骨を輪切りにされており、切り取った頭頂部の頭蓋骨が無造作に床に落ちていた。


 さらに頭の中にあったはずの脳は綺麗に取り除かれ、ここまでの道中にいたゴーレム達の中に入っていたコアと同じような球体が、少女の右耳の横に敷かれた赤く染まった布に丁寧に置かれていた。

 おそらく死体の状態や臭い、血の乾き具合から見て、それほど殺されてから時間は経っていない様子。

 となると、おそらく竜郎達がここに来るきっかけとなった失踪者なのだろう。


 かなりショッキングな現場を見せつけられ、警戒はしたままだがどう動こうか迷っていると、訝しげな表情で老エルフを見つめていたレーラが唐突に声を上げた。



「あなたはっ──セテプエンベルケルプ!? 何故こんな所に!」

「…………お前は……おおっ、セテプエンリティシェレーラか……」



 弱弱しい老人声に、レーラは鎖を斬るために動き出そうとした──が、どんな罠があるかも解らないのでそこで踏みとどまる。

 彼を縛り付けている手首と首に装着された、鎖と繋がった腕輪と首輪に魔力の反応があったからだ。

 少なくとも普通の腕輪や首輪の類ではなく、何らかの魔道具であると想定される。



「せてぷえんべる……ふふんさんって、確かレーラさんが子供の頃に色々と教えてくれた人だよね?」

「ええ、そうよ、アイちゃん。そして脳を使ったコアの研究をしていた人でもある……。

 ──説明して貰えませんか。セテプエン──いえ、ベルケルプさん」



 彼はどう見ても歳を取り、老衰で死んでもおかしくないほどに老いていた。

 寿命も老化もないクリアエルフでは、まずありえない。

 ということは老化具合から言っても、彼はもう数千年前には神の子という立場を捨て去り、ただの長命なエルフになったのは間違いない。

 だからレーラは神の子を示すセテプエンを取り払い、個体を示す言い方に変えたのだ。



「そんな事は後でいいっ! ははは早くしなければ、あいつが、あいつが逃げてしまう!

 急いでそこの転移の魔法陣で、やつを追ってくれ!

 そいつが全ての首謀者だ!」

「どういう……」



 老エルフが必死で顎を前に突き出し示す方へと視線を向けると、無造作に床に敷かれた絨毯があった。

 疑問を抱きながらもレーラがゆっくりとそちらへ歩み寄り、不自然に敷かれた絨毯を捲ると、その下には複雑な魔法式で構築された魔法陣が描かれていた。

 おそらくこれに魔力を通せば、誰でもこの魔法陣に刻まれた魔法式にのっとった魔法が発動するのだろう。



「それは私が作り上げた転移の魔法陣だ!

 それで転移して、私をここに捕え、むりやりおぞましい研究をさせた張本人──ギヨームを捕えてくれ!

 私の研究資料をすべて持って逃亡しているから、逃がしてしまえばまた別のどこかで似たような事件が起きるかもしれないっ!」



 どうやらベルケルプが言うには、ギヨームという人物がおり、その男が何らかの方法で彼を強制的に働かせ、今回の事件を引き起こしていたらしい。

 そしてギヨームは最強のゴーレム部隊をも、あっさり退けるほどの人物に勝ち目はないと、今レーラが見つけた魔法陣を起動して、その先に繋がった転移先へと飛んで逃亡を計った。

 さらにギヨームはこれまでの研究資料も持ち出しているので、今すぐ追って捕まえないと、また被害者が出る──というのが彼の話しを纏めた内容だ。


 またベルケルプの首と腕に繋がった輪は、無理やり外そうとしたり、壁と繋がった鎖を切断すると爆発するようになっており、そのカギもギヨームが持っている。

 その構成は複雑で、竜郎とカルディナのペアでも、一瞬で外せるような代物ではない。

 なので今すぐに転移の魔法陣でギヨームを追い彼を捕まえられれば、首謀者も捕えることが出来、ベルケルプの拘束も解くことが出来る。

 まさに一石二鳥だ。



「なら先にギヨームとか言う人を追った方がいいのかな?」

「だが追うにしても情報が少なすぎる。その男の特徴は解りませんか?」



 竜郎がそうベルケルプに問いかけると、直ぐにこのメンバーを指揮しているのが誰かを見抜いたらしく、特に疑問を挟む事なく特徴を語りだした。



「人種で言うと30歳前後の風体で身長は170センチ、髪は青色で種族はマジックエルフ。

 魔物との戦いで左手を食いちぎられたらしく、そちらには私に作らせた義手を嵌めている。

 見た目は銀色の手甲のようになっているからすぐ解るはずだ。

 さらに付け足すとすると、魔物の爪で引っ掻かれた傷跡が胸に残っている」

「傷痕はともかく、義手は解りやすい特徴っすね」

「ならさっそく行きましょう。

 リアちゃん! そんなのは後にして早くこっちに来て!」



 特徴を聞いてすぐにでも魔法陣へと向かいたそうにしているレーラが、現在部屋の周囲を見渡しているリアを急かす。

 先ほどからリアはベルケルプの話を聞かずに、魔法陣を観たり、コアを観たり、一人好き勝手に物色していたのだ。


 だがレーラに呼ばれてもリアは一向に物色を止めようとせず、奈々が連れてこようと一歩足を踏み出した時、突然ベルケルプに向かって口を開いた。



「質問してもいいでしょうか。ベルケルプさん。

 ギヨームなる男にも関わる事ですので」

「あ、ああ。いいよ、お嬢ちゃん」



 急いでほしそうにしながらも、ベルケルプもそう言われてしまうと答えないわけにはいかない。

 幼女にしか見えないリアに対し、好々爺然とした表情で頷いてみせた。



「では単刀直入に聞きます。

 ────ギヨームなんて人、本当に存在するんですか?」

「……は? お嬢ちゃん。いったい急に何を──」



 訳が解らないとばかりにベルケルプは訝しげな表情を取るが、リアは無視して問いかけを続けていく。



「鎖が繋がっている腕輪と首輪。それ、あなた自分で外せますよね?

 なんでさっきから捕まったフリなんてしているんですか?

 巧妙に解魔法対策や精霊眼などでもばれない様に細工が凝らされているみたいですけど、私の目はごまかせません」

「──っ。お嬢ちゃん、冗談も程々にしておいたほうがいい。

 セテプエンリティシェレーラ、君からも何か言ってくれないか?

 どうやらこの小さな女の子に嫌われてしまったようだ」

「ベルケルプさん……あなたまさか──」



 一瞬、本当に一瞬。リアに首輪と腕輪について指摘された時、ベルケルプの目蓋が少しだけ動いたのをレーラは見逃さなかった。

 先ほどまでレーラにあった、『あのセテプエンベルケルプが、こんな非道な行いをするはずがない』と、盲目的に信じていた思考に小さなシミが広がっていく。



「おいおい、君までこんな子供の言う事を真に受けるのか?

 勘弁してくれないか。急がないとギヨームが逃げてしまうんだぞ」

「なら今から私がそっくりそのまま、あの魔法陣を目の前で書いて見せますので、それでまずは貴方が転移して見せてくれませんか?

 そうしたら私も、あなたの言っている事を全部信じます」

「理解できない者がなぞった所で魔法陣は完成しないんだよ、お嬢ちゃん」



 魔法陣はちゃんとその魔法式の意味を理解しながら記述しなければ、効果はないただの落書きと化す。

 この転移の魔法陣はベルケルプ自身傑作だと思っている技術の一つであり、他の誰かが少し見たくらいで真似できるなどとは全く思っていなかった。

 だからだろうか、リアを幼稚な者を見る目で見つめながら、諭すような声色でそう語りかけた。

 けれどリアは、にっこりと笑ってそれに返す。



「では、発動しなくても信じます。

 それなら、なおさらあなたにとっても好都合でしょう?」

「時間が惜しいと言っているんだが?」



 若干苛立ち交じりの声でリアを睨み付けたベルケルプに対し、竜郎がリアを守るように横に立った。



「ベルケルプさん。僕は貴方の事は良く知りませんが、彼女──リアの事はそれなりに知っています。

 今ここでどちらを信じるのかと言われれば、僕はリアを信じます。

 だから彼女が納得してくれなければ、僕は動く気はありません」

「私もー!」「わたくしもですの」

「ピュィーー」「ヒヒーーン」「あたしもっす」「「ボクもー」」「私もだ」



 何故クリアエルフの父とまで謳われた自分よりも、そこの小さな少女を信じるのかと、心底理解できない様子で唯一親交のあったレーラへと視線を送る。



「セテプエンリティシェレーラ。まさか君もかい?」

「………………」

「解った。お絵かきがしたいなら好きにすればいい」



 レーラから返ってきたのは沈黙。

 信じたいけれど信じられない。そんな所なのだろう。

 ベルケルプはため息を吐いて鎖に繋がれたまま、壁に背をもたれ掛けた。



「ええ。好きにさせてもらいます」



 リアは満面の笑顔で嫌味も軽く受け流すと、ベルケルプの目の前に金属板を取り出した。

 そこへ先ほど竜郎がかっぱらってきた高純度の魔法液をたらしながら、鍛冶術を使い先ほどパッと見ただけの魔法陣を刻んでいく。



「──まさかっ」



 世界でこれを理解しているのは自分だけ。その自信があったからこそ、リアの申し出を軽く引き受けたのだ。

 だが目の前の少女はどうだろう。迷うことなく、見比べる事も無く手を動かし続け、魔法式の記述の順番一つ間違えず、文字一つ歪みなく完璧に彫っていく。

 時間にして3分ほどで、完璧な魔法陣がそこに出来上がった。



「ではどうぞ? あなた自身で魔力を通してみてください。

 あなた自身だけを転移させれば、腕輪も首輪も外れるんじゃないですか?」

「……………………何者なんだお前は」



 製作過程を瞬き一つしないでジッと観察していたのだから、ベルケルプは目の前の少女がこの転移魔法陣の理論を完全に理解し、完璧に自分が描いたものと同じ動作が起こると断言できた。

 信じたくはないが、信じるしかない。そんな感情の中で出た言葉はそれだけだった。


 だがリアは笑顔のままで追い詰めていく。



「私が何者かなど、ここでは関係ありませんよね?

 そんなことよりも、さあ、あなたの描いたものと全く同じものですよ?

 ご自分で作り上げたものですし、ギヨーム?でしたっけ?

 その人の転移先に行くだけですよ?

 小娘が描いたものだから、発動しない可能性だってありますよ?

 何を躊躇う必要があるんですか? 早く、やってみてくださいよ」



 リアの横には竜郎も愛衣も、そして他の全員がベルケルプに注目している。

 ここでやらないなどという選択は、自分への疑念を増やすだけ。

 そんな事はベルケルプが一番解っているのだが──。



「…………自分で出来るわけがないだろう。

 それは、これを完璧に描いた君なら良く解っているはずだ」

「──でしょうね」



 ここでリアは今まで張り付けていた笑顔を消し、冷たい眼差しをベルケルプに向けた。



「どいうことなんですの? リア。説明してほしいですの」

「ではご説明しましょう。この転移魔法陣が、どれほど悪辣なものなのかについて」



 そうしてリアは何故この状況で、ベルケルプがこの転移魔法陣を使う事を拒否したのかについて、ゆっくりと語り始めたのであった。

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