第46話 スライム
灰色の大蜥蜴は、図体の割に小さな足音でこちらに迫ってくる。
おそらくそのせいでここまで接近されても気付かなかったのだろうと、竜郎は冷静に分析しながら、こちらが打つべき手段を考え始める。
が、その前にやっておくべきことがあった。
「シャアアアアアアアッ」
「ガズさん! そのまま馬車を走らせてください!」
「わ、わかった!」
『愛衣っ、ゼンドーさんに馬車の速度を上げるように言ってくれ!』
『わかった』
言われたとおり、ガズはそのまま馬を宥めつつ先へ先へと走らせる。
そして竜郎の焦った声色を理解し、理由も聞かずに愛衣は皆の馬車の速度を上げるようにゼンドーに伝えた。
その結果、馬車の隊列は速度を上げていった。
しかし、大蜥蜴はそれ以上に速度を上げて竜郎のいる馬車目がけて走ってくる。
竜郎は後ろを見ながら《アイテムボックス》より杖を出し、《レベルイーター》を発動し、真っ直ぐ蜥蜴に向かって黒球を吹く。
大蜥蜴はそれに気が付かず、まんまと自分から黒球に突っ込んだ。
--------------------------------
レベル:21
スキル:《かみつく Lv.5》《叩く Lv.3》《突進 Lv.3》
《自己再生 Lv.3》
--------------------------------
「はあっ」
相手の情報を頭に入れつつ、レベルの吸出しに取り掛かる。
そしてその間に追いつかれないように昨日覚えたばかりの風魔法で突風を起こしつつ、そこに火属性も混ぜて熱風を浴びせかける。
「シャア"アアーーー」
表面をジリジリと焼かれて苦しそうにしながらも、スピードを少ししか緩めず竜郎に追い付こうとする。
だがそこで、竜郎の《レベルイーター》は仕事を終えた。
--------------------------------
レベル:1
スキル:《かみつく Lv.0》《叩く Lv.0》《突進 Lv.0》
《自己再生 Lv.0》
--------------------------------
(よしっ、後は──)
口の中の黒球を飲み込んでレベルを頂くと、竜郎は今の魔法を操作して熱風から炎の風に切り替える。
「ジア"ア"ア"ア"ーーーーーーー」
レベルもスキルレベルもない大蜥蜴は、それから身を守る手段を無くし、丸焦げになって地面に倒れた。
その姿に、終わったと愛衣に伝えるために念話を飛ばす。
『愛衣、こっちはおわっ──』
『こっちにも魔物が出た! 馬車を止めるけど大丈夫?』
『そっちにも!? わかった。こっちはもう倒した…か……ら……』
大蜥蜴の焼けた匂いに誘われて、こちらにもさらに魔物が追加された。
それは青黒い色をした一メートルほどのスライムの集団で、ゲームで見るようなツルンとしたフォルムではなく、表面が爛れているかのようにドロドロとヘドロのような液体が、とめどなく流れて石畳を汚していた。
そいつらはズルズルと体を引きずりながら、集団で大蜥蜴の死骸を飲み込んでいった。
『こっちにも追加できた! そっちはどんな魔物だ?』
『気持ち悪いスライム!』
『同じやつ─────』
同じ奴か、そう愛衣に言おうとした瞬間。止まるために馬車のスピードを落としていた職人たちの悲鳴が、あちこちから響きわたってきた。
『何が起こってるの!?』
『これはっ───スライムの集団に囲まれてる!』
辺り一面に解魔法で探査をかけると、あちこちに目の前のと同じスライムの反応があった。
『どうするのっ?』
『愛衣は各個撃破! 俺は他のみんなのフォローに回る!』
『了解!』
念話を切るや否や竜郎は目の前で食事が終わって、こちらに向かってきているスライムたちに炎の風を広範囲に起こして纏めて焼いていく。
発声器官がないせいで悲鳴は聞こえないが、痛そうにもがきながら死んでいく。
だが、そのうち二匹はしぶとく生き残り、ボロボロになりながらも竜郎に向かってくる。
「しつこいっ!」
竜郎はすぐさま魔法を切り替えて、杖の先からレーザーを個別に打ち込んでいく。
《『レベル:28』になりました。》
「そりゃどうもっ」
竜郎は構っている暇はないという風に目の前のスライム全ての死亡を確認すると、解魔法を薄く広く馬車の隊列全てを覆えるように、範囲を限界まで伸ばしていった。
魔力の濃度が全体的に薄くなったせいで細かい情報は得られなくなったが、どこにスライムがいて、人がいるのかだけは把握できる状態にあった。
竜郎はそれを確認してすぐに、いつもよりサイズの小さい赤い光球を三十個生み出し、他の人たちのフォローに向かわせた。
「ぐっ、偶にしぶといのがいるな」
解魔法で情報を得ながら、光魔法と火魔法の光球を遠隔操作という離れ技に、頭が痛くなるのを感じるが我慢して行使し続ける。
隊列の中央あたりは自衛のできる人を集めているので、まだ持ちこたえられると踏んだ竜郎は、他の場所に送り込んだ光球でスライムを攻撃していた。
だが、それだけでは倒し切れない個体がぽつぽつといるのが解る。
そこで竜郎は痛む頭をそのままに、自分も動き出した。
「ガズさん。ここはもういないので、後は頼みます」
「わかった。他の奴らを助けてやってくれ!」
「はい、それが仕事ですから!」
そう言って、竜郎はしぶといスライム討伐に乗り込んだ。
一方その頃、愛衣は目の前のスライムにタワーシールドを振り回して臨んでいた。
何故ならば、この魔物には切る、突くと言った行為にめっぽう耐性があり、面積の広いもので押しつぶすのが今現在もっとも手っ取り早い方法となっているからだった。
「ああもうっ、うじゃうじゃと! ───はああっ!」
《スキル 盾術 Lv.3 を取得しました。》
ドンッという音と共に圧殺されていくスライム。
しかし中途半端に潰した個体は他の死んだ個体を吸収して元に戻ってしまい、一回の攻撃では二匹倒せればいい方だった。
「こういう時は、魔法の方が有効なんだろうなっ!」
《スキル 盾術 Lv.4 を取得しました。》
倒し切れずに、近くにやってきたスライムたちをシールドでまとめて遠くへ薙ぎ払う。
そんなことをして、徐々にだが数を減らしていた。このままの状態を維持すれば、いずれは全滅させられるだろう。愛衣はそう判断していた。
───しかし、その状態は崩れ去ることになる。
「なに?」
目の前のスライムたちが向かってくるのを止め、一か所に集まりだした。
すると、それらは細かく振動し始めると、段々と黒板を引っ掻いたような甲高い音が響き渡った。
「──ぐっ!? ああっ───」
「おいっ、どうした!?」
遠くで心配そうに見守っていたゼンドーは、急に響いた耳障りな音の前に膝をついた愛衣に向かって大声で叫んだ。
しかし、その声に愛衣は応えられる余裕はなかった。
なぜなら、まともに立ち上がれずに左手で頭を苦しそうに押さえながら、もう片方の手で持ったタワーシールドで何とか攻撃を防いでる状態だったからだ。
「こりゃまじーぞっ」
今は何とか持ちこたえているようだが、どう見ても限界が近づいてきている。
ゼンドーは迷っている暇はないと、後ろの荷台に積んであった最高級の塩が詰まった重い瓶を持ち上げた。
この瓶一つでしばらく遊んで暮らせるほどの価値があるのだが、ゼンドーは何の躊躇もなく走りだした。
「てめーらっ、何しやがんだあーー!」
愛衣の横まで来て、集団で耳障りな音を立てているスライムに向かって瓶を投げつけた。
それは最前列にいる個体に当たり、その個体が衝撃で後ろに揺れると、音が止んだ。
「───っかは……はあ……はあ……はあ、あ、りがと、おじいちゃん……」
「そんなのは後でいい! 一旦、引くぞ!」
「うん……」
とても戦える状態じゃない愛衣に肩を貸しながら、ゼンドーは後方を目指す。しかし、スライムはそれを許そうとはしなかった。
スライムたちはまたあの音を発し始め、苦しみながら膝をついてしまう愛衣に他のスライムが集まりだした。
ゼンドーも愛衣ほどではないが、この至近距離であの音はきつく、歯を噛みしめながら愛衣を引きずって荷馬車の方を目指して歩こうとする。
──が、終に囲まれてしまった。
「ちっきしょう!」
そう言ってゼンドーは、愛衣を守るために立ちはだかろうとした。
ここで一匹でも引き付けて、竜郎が来るまで時間稼ぎをするつもりだったのだ。
しかしそれは、愛衣に袖を掴まれ止められた。
何をっ、と思ったゼンドーに対して、愛衣はこんな状況で笑顔を浮かべて空を指差した。
(こういう時には、絶対来てくれるんだよね。たつろー)
指差す方へゼンドーが目を向けると、キラリと一瞬光ったかと思えば、レーザーが空から降ってきて、取り囲んでいたスライムを全て焼き殺していったのであった。