第466話 謎の技術者の陰
まさに電光石火の如き早業で、竜郎達は次々とゴーレムを無力化していく。
竜郎は愛衣と共にさくっと五体を無効化し、続いてやってきたリアが鍛冶術でコアを的確に取り出し強制停止。
それ以降は各所で一方的な蹂躙が始まり、一般人なら一体でも死を覚悟するほどのゴーレム達、計50体を2秒ほどで駆逐した。
辺りに散らばるのは四肢のもげた綺麗な状態で転がるゴーレム五体と、頭部を中心に思い切り抉られる様に消失していたり、的確に頭部だけに穴を穿たれていたり、酷いものでは原形すらとどめない状態で積み上げられた残骸達。
竜郎はいつものモッタイナイ精神にのっとって残骸も綺麗に《無限アイテムフィールド》に収納していると、機体からでて魔力頭脳のような役割を持っているであろうコアを片手に、リアが見た事も無いくらい険しい顔をみせていた。
「どうしたんですの? リア。そんな怖い顔をして」
「ふざけてる……こんな発明……。
最悪です…………同じ技術者として許せません……」
リアはそう言いながら震える手で五つのコアを床に並べた。
そして何も言わずに金槌で叩き割っていった。
すると割れたコアの中から、どろりと赤黒い液体が零れだした。
「ハッキリ言って、これを作ったであろう技術者は最低のドクズです」
普段のリアではまず言わない様な強い語調での批判に、そのコアの材料が何となく竜郎達には推察できた。
「単刀直入に言いますと、このコアの材料は生きた人間の脳です。
生きながらに頭蓋骨を切り取り、そのまま鍛冶術で脳を変形させて作っています。
その過程で犠牲者たちは、地獄のような痛みと苦しみを味わった事でしょう……」
「うっ──」
愛衣はその様を想像してしまったのか、思わず口に手を当てて押さえていた。
そんな愛衣の腰を抱いて、竜郎は生魔法で体調を整えてあげた。
「しかも最悪なのは、コアの状態であっても人間としての意識は残ったままだったようです。
そりゃあ高度な動作もさせられるわけですよ、なんせ人間の思考をちゃんと持ったまま奴隷のように使役していたんですからっ」
最後は吐き捨てるようにそう言って、再度金槌を振り下ろしてコアを完全に破壊していった。
竜郎たちとて食べる為、売るためにテイムした魔物を殺している。
だがその際は最低限痛みを伴わない様に一瞬で殺しているし、その後粗末に扱う事の無いように心がけているつもりだ。
だがこの製作者は、例え必要な工程であったとしても壮絶な痛みを与えて、およそ人の一生では味わわないであろう殺し方で殺害。
さらに死んだ後も脳みそだけの人間となって良いように使われる。
被害者たちは地獄のような日々を過ごした事だろう。
「脳を使ったコア……? まさか……ね」
「レーラさん? 何か心当たりでもあるのか?」
「いえね。昔それに似た研究をしていた人がいたなってだけなのよ」
「昔ってどれくらいなの?」
「私がまだ幼かった頃よ、アイちゃん。
その人は解の巫子として生まれたクリアエルフでね、名前はセテプエンベルケルプ。
その性質上自分だけの戦闘は向いていないから、子供のクリアエルフの世話係みたいな事を一時期していたの。
当時の私も、戦い方や魔法の使い方、生活の術なんかを色々教えて貰ったものよ」
「ほう。そんな人物がいたんだな。私も聞いたことが無い。
それでそのクリアエルフは、どんな研究をしていたんだ?
何か今回の参考になるかもしれない、教えてくれ」
「そうね。じゃあ、私の知っている限りの事を話すわね。
その人は──」
セテプエンベルケルプ。この男は初期のころ──一世代目に生み出された、最古のクリアエルフの中の一人。
解の巫子という事もあって並外れた分析能力を持ち、個体としても思考能力や発想力が他より群を抜いていた。
彼は神たちから自分の寵愛を受けし二世代目以降のクリアエルフ達に、最低限の常識を教えてくれないかと頼まれ、何人ものクリアエルフ達に教えを説いてきた。
それと同時に、自分はその子供たちをサポートする事で危険な存在を打倒してきた。
そんな事をしていたおかげで、クリアエルフの父などという異名まで付いていたほどだ。
しかしそんな彼には、もう一つの顔も存在していた。
それは発明家としての一面。
セテプエンベルケルプは、解魔法と言う直接的な戦闘には向いていないものに特化していた為、それを補えないものかと他の魔法を道具で引き起こす魔道具作りを始めた。
そうして彼は《鍛冶術》のひな型になる魔法を編みだし、魔道具による戦闘を編みだし、杖による魔法補助も出来る様にした。
「人類史上初めて魔道具を作ったのも彼だし、初めて杖を魔法補助装備として使えるようにしたのも彼だったのよ」
「凄い人だな。それでそんな人が、コレと同じように脳を使ったコアを研究していたのか?」
「そうね。魔法というものが人間の想像力が関係しているのなら、杖自体に思考力を持たすことが出来れば、より強い魔法が使えるようになるのではないか。
それが彼の考えだったわ」
そこで目を付けたのが、生物が思考する器官──即ち脳。
彼は魔物の脳を使って何とかできないかと実験に着手し、あらゆる魔物の脳で実験を繰り返した。
だが知能の低い魔物では上手く出来ないという事が分かり、さまざま理由で引き取り手の無い死体を譲ってもらい、人間の脳に手を出し始めた。
けれども死んだ人間の脳では、どうしても理論上出来ないという事が解り、魔物での実験による経験則から、生きている人間なら出来るかもしれない──という所にまで行き着いてしまう。
「けれど彼はそこで実験を凍結させたわ。あまりにも非人道的すぎると。
そしてその実験に少しだけ関わっていた私にも、絶対に誰にも口外しない様に言い聞かせてきた。
そんな彼がこんなことに手を出すとは思えないわ。
大勢のクリアエルフから尊敬と信頼を受けていたほど、人格的にも優れた人だったんですもの」
「では他に考えられるとしたら、その人の研究を知った誰かが資料なりなんなりを持ち出し、自らの手で完成させた……とかでしょうか?」
「何とも言えないわね。人間の脳を使った研究資料も恐らく捨てずに取ってはいたでしょうけれど、彼ほどの解魔法の使い手を欺いて、それを持ち出すなんてできるのかしら」
「けどその人がクリアエルフを止めちゃってたら、そう言う事もあり得るんじゃないっすか?」
「そう……ね。それでもかなりの実力が必要になるとは思うけれど……」
もしセテプエンベルケルプが誰かを愛して関係を持ち、神の子と言う地位を捨てたのなら、クリアエルフとしての破格の力のほとんどを失う。
だがそれでも長年培ってきた技術、知識、そして高いレベル。
それらがあるのだから、クリアエルフでなくなったとしても、そこいらのエルフよりもずっと強い。
そんな人物を出し抜くことが出来るのなら、かなりの実力者と言わざるを得ない。
「そんな奴がこの先にいるのかもしれないって事だね。気を引き締めなきゃ。
そんじゃ、いこっか」
「だな」
とりあえずこの場で他にする事も無くなったので、竜郎達はまた先へと続く一本道を歩き始めた。
ここ以降は特に罠も無く、分岐した通路も無くひたすら真っすぐ進んでいく。
先ほどのコアの一件以来少し雰囲気が暗くなったせいか、余計な話をする事無く次の部屋が見えてきた。
「何か光っているな。なんだ? ……魔力?」
「私にもそう観えるな。レーラはどうだ?」
「私もよイシュタル」
特に扉が付いているわけでもないので、そこから零れだす青い光。
それは《精霊眼》で観る限り、なんの属性も持っていない純粋な魔力が放つものだと解る。
だがリアの《万象解識眼》では、それがどのような魔力なのかより深く理解し驚愕していた。
「認めたくはありませんが、やはりここの技術者は天才ですね……。
行きましょう」
「あ、こらリア。あまり先行しすぎてはいけませんの!」
はやくその発生源を直に観たいのか、リアは皆を置いていく勢いで歩みを速めた。
そんな突然の行動に面喰いながらも、竜郎達も小走りで光を放つ部屋まで急いだ。
「でっかい機械──あ、こっちでは魔道具か。ん? 魔道具でいいんだよね? あれ」
「良いとは思うが……なんだこれは」
そこにあったのは50メートル四方の大きな部屋の中を、その魔道具関連の物だけで埋め尽くす程の大きな魔道具が設置されていた。
簡単に言葉で説明するとすると、真ん中が巨大な四角い箱上の天秤。
ただし上下に動くのは正面から向かって左側の皿の方だけで、右側に至っては皿ではなく管になっており、そこから光る青色の液体を永遠と吐き出し続けながら、透明なガラスで出来たようなプールへと放出。
そしてその透明な四角い貯水槽の底には直径30センチほどの穴が複数あいており、その穴に繋がった太い管を通して液体を地下へと流しているようだった。
また天井からも吸水機のような機構持った魔道具の管が伸びてきており、その貯水槽から液体を吸い上げ上の階に流していた。
「あたしらが見た青い光は、この液体から放たれてたものだったんすね。
ってことは、この液体は魔力って事で良いんすか?」
「正確に言うのなら、超高純度の魔法液ですね。魔道具の燃料になっている代物です。
これ一掬いで、いったいいくらになる事やら」
「上の都市で百貨店に行った時にも魔法液は見たのだけれど、ここまで高純度の物はなかったわね。
しかもそれを量産しているなんて、これを表で発表したら世界のエネルギー市場がひっくり返るわよ」
「なんだか凄そうなのは伝わってきたけど、どうやって作っているかはリアちゃんなら解ったりする?」
「ええ。理解は出来ました。少しメモを取りたいので、説明は待ってください姉さん」
「ん。わかったー」
リアが考えたことを紙として排出する道具を使って、この機械に使われている技術を余すことなく記述していく。
そうして自分なりに考えを纏め上げると、竜郎達にこの魔道具の仕組みを教えてくれた。
「簡単に言うと、これは世界力を魔法液に変換する魔道具となっています。
まず左の皿の部分に書かれた魔方陣から大気中にある世界力を吸収します。
そうして吸収した世界力は皿の下にある管を伝って、中央の四角い巨大な箱に入っていきます。
箱の中は幾つかの層に分割されており、左半分で世界力を魔力に変換し、右半分でそれをさらに魔法液に変換。
そうして出来上がった魔法液を排出し、貯水槽に流し込み保存しているというわけです。
正直、ここまで完璧にその理論を完成させ実現させているなんて、その才能には嫉妬すら覚えますよ。本当に凄い……」
リアは先ほどの怒りも少し薄れ、ただ目の前の超先端技術に見とれていた。
ただそんな中、竜郎は今の話に少し疑問を感じたので素直に口にした。
「魔法液ってのは俺達も時計とかで何度か使ったことはあるが、今一どんな液体か解っていないんだが、魔力が作れるのに、いちいち魔法液にする必要ってあるのか?」
魔道具を動かすのに必要とされる燃料──地球で言うガソリンのような役割をしている魔法液であるが、厳密に魔道具が必要としているのは魔力だ。
なので魔力本体が作れるのなら、いちいちそれを液状化させる必要性が竜郎には解らなかった。
そんな竜郎に対し、忙しなく魔道具を見ているリアに変わって、レーラが答えてくれた。
「それはね、タツロウ君。純粋な魔力というものは、液状化させないと大気中に溶けて消えてしまうの。
けれど液状化させた魔法液は水のように気化する事も無いから、場所は取るけれど保存と言う観点においては優れているのよ。
だから魔力と言うエネルギーを長期的に保存したいと思ったら、こうして液状化させておくのが一番いいって訳。
ちなみに固体にする技術もあるけれど、液体の場合は少し手を入れるだけで魔力に戻せるのに対して、固体の場合手間が数倍に跳ね上がるから特殊な事情でもない限りすることは無いわね」
「へぇ、そんな事情があったのか。説明してくれてありがとう、レーラさん」
「どういたしまして」
レーラはそう言ってニコリと笑った。
ここにいたのが竜郎でなかったら、間違いなく一目惚れしそうな笑顔だったのだが、竜郎は特に何も感じず改めて魔法液の入った貯水槽を見つめた。
「これだけ潤沢なエネルギーが世界力からほぼ無尽蔵に生み出せるのなら、大がかりな隠蔽の魔道具、さっきの大量の魔力を持ったゴーレム達。そして生活に必要な魔道具。それら全ての供給を賄えるってわけか」
「だから、こんな所に引き籠っていられるんだね。
ところで、これは世界力溜まりの原因じゃないの?」
世界力を使った魔道具というのなら、関わっていてもおかしくないだろうと愛衣は思ったのだが、イシュタルが首を横に振った。
「これは違うな。むしろ世界力の消費を手伝ってすらいる。
魔力単体なら世界力よりも世界に与える影響は少ないからな」
「それじゃあ、ウチの拠点でも密かにこれを作るってのも有りなのか。
エネルギー市場にも殴り込みできそうだな」
「既得権益に引っかって妙な恨みを買うだけでしょうし、お金に困っていないのなら自分たちの為だけに使った方がいいんじゃないかしら。
それにエネルギー産業は基本的に国家事業だから、国単位で面倒事が降ってくるかもしれないわよ?」
「あー……それもそうか。食品業界でも幅を利かせる事になるみたいだし、そっちは自分たちの私利私欲のためだけに使わせてもらう事にしよう」
「いちいち帰還石を装着しなくても、魔法液を拠点内に管を通して張り巡らせれば、兄さんたちの世界にあると言っていたコンセント?でしたっけ?
そんな感じの事が出来るかもしれませんね」
もう十分堪能したのか、いつの間にかこちらの話にリアも加わってきた。
その話によれば、これを拠点に設置すれば、帰還石ではいちいち交換しなくてはいけなかった──言うなれば電池式のような魔道具たちも、魔法液の流れる管に接続する事で、スイッチを入れれば壊れるまで動き続ける事が出来る様になるのだという。
「それはかなり便利だな。爺や達の雑用が減るな」
「ヒヒーーン」
ジャンヌも自分の眷属である爺やが楽になりそうと聞き、嬉しそうに鳴いたのであった。




