第464話 発見
調査開始日前日も軽く町を歩いて見て回ったが、やはり怪しい所は見つけられなかった。
そして約束の10日、朝の9時。竜郎達は再び皇居を訪れ屋上までやってきていた。
「それじゃあ始めますかね。カルディナ、補助を頼むな」
「ピィューー」
ここにはフィオン皇帝とそのお付。ラモス首相とそのお付。そして竜郎一行がいる。
前者二組はいつでも各所が動けるように待機し、あの最初にこの町に来た時に住人が使っていたトランシーバーの様な機材をいくつか用意していた。
「疑っていたわけではないですが……まさか、本当に一人でこの規模の魔法を、いや二人?
どうやって他者の魔力と同調を……ぶつぶつ」
『なんか皇帝さんがブツブツ言ってるけど、どうしたんだろ』
『うーん……いつも普通にやってるから今さらだけど、他の人からしたら大分非常識な事をしてるからなあ。
特に魔法に造詣の深いエルフなんかだと気になるんだろうな』
『レーラさんは特に気にしてないっぽいけど?』
『あの人は非常識組の一員だから感覚がマヒしてんだろう。
──さて』
竜郎は改めて解魔法で広げた探査の魔力で、首都マロンにいる人々の存在を一人一人認識していく。
もちろん竜郎は自分にできる限りで、後はカルディナや魔力頭脳、天照に丸投げだ。
これでこの中から誰かがいなくなれば、その瞬間に竜郎やカルディナは察知できるようになった。
『あとは何らかのアクションがあれば、何かが解ると思うが』
『いつ来るか解んないってのが辛いねえ』
『まあ、ついでだから他に異常がないかも探ってみるか』
『その方がいいかもね』
そうして調べる事一日目は、何と空振りに終わった。
「まあ、毎日失踪者出てる訳じゃないじゃないしな」
「そうそう。また明日明日!」
こういう事態も予想していたし、皇帝たちも言ってあったので、今日はしょうがないと解散し次の日を迎えた。
だがそんな2日目も同じように空振り。
これはもう少し何かを考えた方がいいかと思い始めた極夜の3日目──それは起こった。
「ピィュ~~? ピュィッ!?」
「どうしたカルディナ? ……──まさかっ」
「どうしたの?」
「一人消えた! しかも解魔法に全く何の反応も無く、完全に消えてから一人いなくなった事が判明した。
くそっ。カルディナ、その人物がいた周辺を全力で解析するぞ!
まだ何か証拠が残っているかもしれない!」
「ピュィー!」
竜郎は《魔法域超越》を行使し底上げされた最大レベルでの極光、極解の魔力を放出し、ただ一人がつい2~3秒前までいた場所へと全てを向ける。
(どういうことだ? 解魔法での探査ができない何かだっていうのか?)
竜郎の頭の中に思い浮かんだのは、解と闇の混合魔法による探査魔法を欺く魔法。
だがそれは探査精度や範囲を小さくしてしまう上に制御も難しいので、竜郎は必要にかられなければしない。
(闇と解魔法の残滓が残ってる。間違いなく俺の使う魔法と同じだな。
それに──)
「時空魔法の魔力も残ってるっ! 転移の類かっ。
カルディナ! 逆探知できないか試すぞ!」
「ピュィー!」
解魔法、闇魔法による探知偽装。そして時空魔法による転移魔法の痕跡。
これはもうほとんど空気中に散っており、20レベルの解魔法使いでも察知するのは難しいだろう。
そしてそれよりもさらに難易度の高い、既に分子のように小さな転移魔法の残滓から転移先を割り出すなど、解20、光20の探査魔法を極めた人間であっても不可能であろう。
(だがまだ《魔法域超越》のリミットは来ていない! これなら!!)
今の竜郎の解魔法と光魔法のレベルは23相当。それに先ほどから極の魔力を使っているので、その能力は世界最高峰。
今まで消え去った後に気が付いても、その人物がどうやってどこへ行ったのか、何の情報も得られなかったと言うのは頷けるほど隠蔽されてはいるが、竜郎を誤魔化すのならあと3秒は気づくのを遅くしなければいけなかった。
「見つけた!! ……が、これは地下?」
「地下ってどういうこと?」
「この都市の地底約1万400メートル辺りに謎の空間があった。
どうやら今消えた人物は、そこへ強制的に転移させられたみたいだ」
「あ、あの。消えた人物はどんな人かは解りませんか?」
竜郎と愛衣が会話していると、ラモス首相がこちらに問いかけてきた。
だが竜郎の使っていた探査魔法は、その規模の広さから細かく人間を観察していたわけではない。
そこに人という存在がいるかどうかという事だけに特化させて調べていたので、人物像どころか大人か子供か、男か女かすらも解っていない。
(失踪者リストからして、被害者の年齢も性別も関係ないみたいだったしな)
だがどの辺りかは解っているので、それだけを端的に伝えると首相は竜郎に礼を言い、トランシーバーの魔道具でどこかに連絡を取り始めた。
すると今度はフィオン皇帝が話しかけてくる。
「先ほどこの都市の地下だと言っていましたが、もしやこれは人為的なものなのでしょうか?」
「まだこれだけではハッキリとは解りません。ですが自然現象というには少々不自然だとは思います」
「そう……ですか」
「陛下はもし人為的な現象だった場合、犯人に心当たりがおありかしら?」
「いいえ。まったくと言っていいほど」
レーラの質問に答えた皇帝のその目は、嘘をついているようには見えなかった。
「ピュィーィィーーーュー!」
「カル姉が言うには、その地下空間から別の空間へと向かう通路があるみたいっす。
けど隠蔽の力が強いのと、地中の探査だけあって今の状態じゃないと入り口を見つけるのは難しいみたいっす!」
「そう……みたいだな。解った」
今の状態とは、即ち竜郎の《魔法域超越》の効果が残っている間という意味だ。
なのでこれ以上ここに残っていては時間がもったいない。
切れる前にせめて巧妙に隠蔽されている地下空間の全貌だけでも知るために、竜郎は背中にスライム翼を生やして愛衣を抱き寄せた。
「俺達は入り口の探索に向かいます!」
「応援は必要ですか?」
「いりません! では!」
「あっ──行ってしまわれたか……」
ここにいる人の中には、恐らくアドラリム国の中でも精鋭と呼ばれる人間もいるようだった。
けれどそれでも竜郎達にとっては足手まといだ。
変な人員を押し付けられる前にと、竜郎達は我先にと皇居の屋上から飛び出していった。
「それで何処に向かえばいいんだ?」
「反応からしてけっこうデカい上に、都市の外にまで伸びているかもしれない。
今のうちに探せなかったら、探索は明日になるぞ。
スピードを上げる!」
リアは奈々に抱っこされ、アテナはカルディナにつかまった状態で空を行く。
竜郎の言った通りタイムリミットを過ぎれば、再び《魔法域超越》を使うのに明日までかかってしまう。
カルディナと共に全力で地底を探りながら、最下部の部屋から伸びて行く通路、通路から別の部屋、また別の部屋から別の部屋へと延びる通路をなぞる様に都市の空をグルグル飛びまわる。
幸い極夜というずっと夜の光属の日だけあって、下を行き交う住人達で気が付く者は少ない様子。
隠蔽効果さえなければ皇居の屋上からでも辿れただろうが、今回はそうしないと上手く辿れないのだ。
迷路のようになっている通路に翻弄されていき、気が付けば30分というタイムリミットまであと7分。
まだかまだかと焦りが見え始めた頃になってようやく、都市の外へと出る事が出来た。
「壁の上から出ちゃったけど、大丈夫かな?」
「今は時間が無いからしょうがないさ。何かあれば皇帝や総理大臣に押し付ければいい!」
「おおう、言い切るねぇ。そういう所も素敵!」
「だろう──ってそんな場合じゃない」
こんな状況でもイチャツキそうになるのを堪えて、竜郎は複雑な地下空間に集中していく。
気分的には迷路をゴールからなぞり始めて、スタート地点を目指すようなものだった。
「ピィィューーー!」
「見つけた!」
タイムリミットまであと4分という所で、地下と地上を繋ぐハッチのある場所を特定する。
そこは首都マロンから3キロメートルほど離れた場所にあり、比較的魔物が出やすい場所というのもあり、あまり一般人は近寄らない。
かと言って出てくる魔物はそこまで強くも無く、素材的に実入りがいいわけでもないので、冒険者も進んで近寄ろうとはしない小さな森の中だった。
そしてその件のハッチの上には、大きな木が生えていた。
またハッチ自体にも強力な隠蔽効果が施されており、普通の人間が調べてもただ木が生えている場所としか思わないだろう。
「この木はどうしますの? 叩き斬ってしまいましょうか?」
奈々が背中にしょっていたダーインスレイヴの取っ手を握り、鞘から抜こうとした。
だがそれはリアに止められる。
「いえ。この木は一種の防犯装置です。ハッチに掛けられた施錠魔法を解除して、決まった方向に押してどかさないと内部に知れ渡るようになっているようです」
「じゃあ、今のうちに急いで解除するぞ。カルディナ!」
「ピュィー!」
《魔法域超越》が切れるまで残り3分を切った。
だがここの施錠魔法は、ハッチ自体に闇魔法と解魔法による隠蔽が他よりも強くかかっており、それを認識しながら鍵を解いていくというもの。
それは今の状態でも難易度が高かった。
けれどそれでも時間に猶予があれば余裕を持って開錠できるが、生憎今はそんな状況ではない。
(くっ。何てめんどくさい鍵を掛けやがる!)
竜郎は魔力頭脳の燃料が切れそうなのを察して、マガジンを手慣れた手つきで交換してトリガーを引いて補充する。
残り1分。竜郎、カルディナ、天照と魔力頭脳と、総がかりで開錠に臨むもまだ解けない。
残り30秒。ようやく終わりが見えてきたが、それでも時間的に余裕はない。
残り10秒。竜郎は冷静さを失わない様にしながらも、焦燥感にかられる。
そして残り4秒──。
「解けた!」「ピュィー!」「────!」
ガチャッと物理的な錠前を解いた時の様な音を鳴らし、ハッチの魔法錠が解かれたのを皆に知らせてくれた。
「後は南南東に向かって木をゆっくり押してください」
「南南東だね。こっちでいい?」
「もう少し右……もう少し──止まってください。
そこから前に押すようにお願いします、姉さん」
「任せて。そ~っと、そ~っと」
リアが正確に指示した方角に向かって愛衣が押すと、大樹が滑るように横へとスライドしていく。
それと同時に、木が移動した分だけ下へと続く広い通路と、地下へと伸びる長い階段が見えてきた。
「これは……少なくともこの空間を利用している。もしくは利用していたのは人間で間違いなさそうね」
「そうだな。途中からうすうす解っていた事だが、こんなものが自然的に出来るわけがない」
隠蔽効果が高すぎて地下空間の材質までは判断が付かなかったが、こうして目で見てみれば人工物だと良く解る。
レーラの言葉に追従するように竜郎はそう言って頷いた。
「それじゃあ行ってみるか」
「外から穴を掘って最深部に行くのが一番早そうだよね。
わざわざここから行く必要ある?」
「実は部屋の外には謎の紐なのかワイヤーなのか解らないが、何かが張り巡らされていたんだ。
たぶんアレに触るなり切るなりすれば、もし中に誰かいた場合、侵入者が来たことを知られてしまうはずだ。
できるだけ元凶に気付かれない様に近づきたいし、鍵も無理やりこじ開けたわけじゃないから、何かがいるとしてもまだ気が付いていないかもしれない。
だから正規の手順で潜りこもうって訳だな」
「けれど中は迷路みたいになっているんだよな? 大丈夫か? タツロウ」
「そこは問題ないさ、イシュタル。こっちはゴール地点からここまでの道のりを、なぞりながら来たんだ。
カルディナや天照が全部覚えてくれてるだろうし、迷わず最深部まで行けるはずだ」
「それなら安心ですの。罠があってもリアには全部お見通しでしょうし」
「ですね。その辺のことは任せてください」
リアも300に届きそうなほどにレベルが上がったおかげで、《万象解識眼》を長時間行使しても、そうそうばてる事は無くなった。
そしてもう何度も何度も使っているので、脳への負担も最低限で済む様に抑えられるし、なんなら魔力頭脳に肩代わりして貰う事も今なら出来るようになっている。
リアは奈々の言葉に自信満々で胸を叩いて見せた。
「よし。なら出発だ。皆迷わない様について来てくれ。
カルディナ、それじゃあ先鋒は頼んでいいか?」
「ピィュー!」
もちろんよ! とばかり一声鳴くと、カルディナは仄暗く下へと伸びる階段へと一歩踏み出したのであった。
次回、第465話は4月18日(水)更新です。




