第461話 首都での調査開始
港にたどり着くと、さっそく海側からアドラリム国へと入るべく入国審査の列へと並んだ。
だがすぐに列の進みが異様に速い事に気が付いた。
これまで行った国では一人一人身分証を確認して中へ──、という手順を取るため、人数が多いとどうしても時間がかかっていた。
だが審査している場所をよく見れば、何人か兵隊が見張っているだけで、基本的に素通りさせているように見えた。
どういうことだ? と首をひねっている間に、自分たちの番が近付いて来ると、その訳を理解した。
「なんか駅の改札みたいだね」
「だな。スイカとかの電子マネーを当てる様な場所に、身分証を当てれば入れるって訳か」
そう。港から国へと入る門の手前には、まさしく駅の自動改札の様な魔道具が設置されており、身分証に問題が無ければ仕切りが引っ込み、問題があると音を鳴らして仕切りでせき止め、係員を呼んで事情聴取という風になっているようだった。
「さすが未来ですね。見た限りでも私たちの時代では有りえない程、複雑なつくりになっている様です。興味深い」
「ほら、リア。つっかえてしまいますから、早く進むですの」
「あっと、すいません」
思わず立ち止まって見入りそうになるリアの背中を奈々が押し、強制的に前へと進ませる。
そうこうしている間にあっという間に竜郎たちの番が来て、少し緊張しながらそれぞれの身分証を押し付けた。
ちなみにイシュタルはお忍び用の身分証を作ってあるので、皇帝という地位はばれないようになっているし、彩人と彩花も爺やと町に入れるようにと冒険者ギルドで身分証を作ってあるので問題ない。
ただ少し不安だったのは、今の時代に昔の身分証が使えるか──というのがあったのだが、それは杞憂だったようで、問題なく竜郎達はアドラリム国へと入国を果たした。
正規の手続きで入国したと言う証明の印を得たので、後はこの国の首都マロンへと急ぐ。
再びジャンヌに背負って貰った空駕籠に飛び乗った。
「ふふっ、首都マロンだって。美味しそうな名前だよね」
「モンブランとか食べたくなるよな」
そんな言葉に興味を示したレーラやイシュタルと共に、互いに異世界のスイーツについて語り合っていると、直ぐに目的の場所近くまでやって来た。
空駕籠を降り、首都という事で非常に多くの人間が出入りしているのが、やや離れたこの場からでも見て取れた。
そうして皆で歩いていくと、やはりここも自動改札のような仕組みになっているようだ。
流れる様な速度で竜郎達は首都に入っていった。
「魔道具が判定してくれるから、冒険者ランクを見られて、いちいち驚かれるっていう事が無いのはいいな」
「あれ微妙に目立つからねー。にしても……」
ここまでやってきた住人達の格好は、230年近く経った今でも大して変わってはいなかった。
町も堅牢な壁に覆われて、外からでは大して町並みも変わっていないのだろうと予測していた。
だがいざ入町して周りを見渡せばビルのような建物が立ち並び、不思議なバスくらいはありそうなラグビーボールの様な巨大な物体が、地面から少し浮いて滑るように移動しており、その中には人が何名も乗っていた。
さらに驚くべくことに、以前ヘルダムドの主要都市で見た動く地面は無いのに、人が自由にその上を滑走していた。
それは靴にローラーの様な物が付いているわけでもなく、よく見るとやはりこちらも地面から少し足底が浮いており、何らかの力が地面と靴底に働いて、自由に前後左右へと移動できるようになっているようだ。
「どうやら地面や靴底、人が乗っている物質に秘密がある様ですね。ふむふむ、これは……3つの属性を混ぜた複合魔方陣?
やや効率は悪いですし強引で私は好きではないですが、ああいう書き方でもできるんですね、なるほど」
「ほらリア、そこにいると通行の邪魔になりますの。こっちですの~」
「はーい」
奈々に手を引かれながらも、その目は周囲を見渡しており、何処にどんな魔道具が使われているのかを確認していた。
「靴にも仕掛けあるんなら、俺達じゃああいう移動は出来ないのか」
「なんか楽しそう。どっかで買えるのかな? ──って、ん? 何の音?」
今度は近くから「ピーピーピー」という電子音の様な物が聞こえてきた。
なんだろうと皆でそちらに視線を送ると、通行人の一人の男性が手に持っていた革製のバッグをゴソゴソとあさり始め、中から少し薄めの辞書くらいの大きさをした箱型の物体を取り出した。
そして中心にあるボタンの内、一番大きなものを押すと、そこから人の声が聞こえてきた。
「アレってもしかしなくても携帯電話?」
「……いや、トランシーバーという方が近いかもしれない」
竜郎は少し様子見て感じたままそういうと、リアもそれに頷いた。
「ですね。以前兄さんたちに見せて貰ったスマホと比べると、少し未発達なようです。
どうやら同時に双方の言葉を届ける事が出来ず、片方ずつ交互に話しかける必要がある様です。
またあの出力だと通信が可能な領域はこの町の中が限界なのだと思います」
だが近い将来。それこそ数年後には携帯電話と同じように、かなり遠くの人物と相互通話が出来る様な技術が開発されそうだと、リアは締めくくった。
「さて、町の見学もいいけれど、そろそろ世界力溜まりになっていそうな場所に見当を付ける為にも、当初の予定通り何組かに別れて探しましょう」
レーラがそう言った通り、ここには以前の時のように世界力溜まりがここだと教えてくれる協力者はいない。
なので自分たちの足で探すしかないのだ。
その為、竜郎達は五組に分かれてそれらしい所、怪しい所、不思議な所等を調べることにした。
組み分けは竜郎と愛衣、天照と月読。カルディナと彩人、彩花。ジャンヌとレーラ。奈々とリア。アテナとイシュタル。
《精霊眼》、《万象解識眼》、《解魔法》のどれかを持っている人物が入っているので、これなら異変に気が付きやすいだろう。
「あと、リアは好きに周りや魔道具を観察しに行ってもいいし、寄り道したり本屋に行ってもいいからな。技術開発の為にもここに来たんだから。
という事で、これは軍資金だ。
欲しいものが有ったら必要経費として、そこから買うんだぞ。
足りなかったらちゃんと報告する事。後で払うから」
「え? ああ、ありがとうございます。兄さん」
リアが素直に受け取ってくれたことに竜郎は少し驚いたが、彼女としてはこの表情の竜郎は何を言っても引く気が無いとこれまでの付き合いで知っているから、遠慮をするのは止めただけだ。
「「たつにぃー。豆太だしてー。お散歩するのー」」
「え? まあ……、小さいサイズならいいか。けど遊びじゃないんだから、ちゃんとカルディナお姉ちゃんの言う事を聞くんだぞ?」
「「はーい」」
美少年天使と美少女悪魔にいつまでもご主人様呼びも犯罪臭いと感じた竜郎は、ちょうどいい機会だと空を移動中に彩人と彩花には呼び方を改めるように言っておいたのだった。
その結果、この二人……というか一人なのだが、竜郎の事を『たつにぃ』、愛衣の事を『あーねぇ』と、基本女性組にはねぇを付けて呼ぶことになった。
そうなると奈々のお父様やアテナのとーさんなどの呼び方も気になってくるが、今更なのでそちらは放置することにした。
竜郎は豆太を《肉体収縮》で小さくなった状態でこっそりと召喚し、手を伸ばす二人に渡した。
するとまずは彩人が受け取り、小さな子狼をぎゅ~と抱きしめていた。
そんな光景に癒されながらも、さっそく竜郎達は集合場所を決め、それぞれの方角に散って行動を開始した。
数時間後。決められた時間に集合した竜郎達は宿を取って、竜郎と愛衣用にとった部屋に集まって話し合いをしていた。
だが皆、それらしい場所は見当たらず空振りに終わったようだ。
「私の方は、偶然入った個人経営の小さな魔道具屋兼修理屋に立ち寄ったんですが、そこにいたお爺さんドワーフが商会ギルドの元技術主任をやっていたらしく、この時代の技術レベルについて色々と教えてもらうことが出来ました」
「ほうほう、やったね。それで、どうだった?」
「今は最大で4つの複合魔方陣が最先端技術とされているようですね。
ただ今の所安定しているのは3つまでで、4つはまだまだ安定せずに開発段階らしいです」
複合魔法陣に込められる種類が多くなるほど魔方陣は小さく、必要な魔力量も少なくなるので、小型化や省エネ化などに繋がる。
また単属魔方陣を並列でいくつも繋いだようなイメージの、旧型の魔方陣では起こせない現象も発生させられるようになるので、結構な技術革新が起こっていると言えるらしい。
感覚的には大雑把な現象しか起こせず、高燃費で大型なものが元の時代。
繊細な現象を起こせて、低燃費で小型な物が今の時代。
といった感じだ。
「とはいえ、こちらの方面では記述式が私にない発想だったのは収穫でしたが、こちらをこれ以上突き詰めていっても新しい技術に繋がるのは望み薄そうです。
なので今度は別の方面──例えば、この時代だからある新素材や特殊な魔道学について調べていくつもりです」
「解った。リアはそっちをメインで頼む。
ん~……にしても、今日の収穫は少ないな」
「しかたがないだろう。この人数で隈なく一国の首都全域を観て回っているのだ。
まだ行けていない所もあるだろう」
「それもそうだよね。もう少し地道に頑張るしかないかぁ」
そんな愛衣の一言で今日はお開きとなった。
だがその翌日もその翌日も、リアだけは新しい知識が増えていくが、世界力についての有力な情報は得られなかった。
「なあ、レーラさん。本当にこの国であってるのか?
大体全部を見て回ったと思うんだが……」
「そうよねぇ。確かに近い将来、ここで巨大な世界力溜まりが発生するはずなのだけれど、その兆候も無いなんて……。
けれど場所は合っているはずよ。だから明日からは方針を変えてみましょう」
「とゆーと? どんな方針?」
「それはね、アイちゃん。世界力が集まり始めると、やはり何らかの異常現象も起き始める場合が多いわ。
その前兆の様な物を見つける事が出来れば、おのずと答えに行き着くかもしれないわ」
「てーことはっすよ。世界力を探すんじゃなくて、異常現象や不思議な事象がこの国で起きていないかを調べればいいって事っすか?」
「そうね。それなら何か変わった事件とか有りませんでしたか? なんて聞いて回れば、知っている人がいるかもしれないし」
「……そう、だな。闇雲に見回ってもダメだったんだ。明日からは聞き込みを開始してみよう」
そうして竜郎達は翌日から歩き回るのではなく、この国に住んでいる住民たちに聞き込みをして回った。
聞き込みという事で、イシュタルが近くにいないと会話が出来ない者達だけのチームは、イシュタルの班へと吸収合併された。
そうして朝から夕方まで歩き回って聞き込みをした結果、だいたいが気のせいや偶然で片づけられそうな出来事だったのに対し、ただ一つ、引っかかる話を住民たちから聞き出すことに成功した。
それは──。
「神隠し──この数千年の間に、忽然と人が消えて消息を絶つというケースが何件も起こっているらしいな」
「こっちでもその話は出ていたな。これだけ広く人口も多い都市なのだから、年間数件失踪事件が起こっても不思議ではないとは言えるが……」
「消え方が不自然なんですの」
イシュタルの言を継ぐようにして、奈々がその不自然さについて解る範囲で語っていく。
曰く。先ほどまで手を繋いで歩いていたのに、ふと目を離した瞬間、恋人がいなくなっていた。
玄関に物を忘れて慌てて取りに戻った数秒の間に、外で待っていたはずの子供が消えた。
一緒に居酒屋で酒を呑んでいた同僚が、眠気に襲われ目を閉じた瞬間にいなくなっていた。店主や他の客に聞いても、出て行った姿は誰も見ていないのに。
ヴェイクル(竜郎達が見たバスのような人を乗せて運ぶ乗り物)の運転手が、横断する人を待っている間に、いつの間にか座席からいなくなっていた。
などなど、過去から今に至る数千年の間に、そんな奇妙な失踪事件が年間で平均3件ほど起きているのだそう。
だが今や数十万人が暮らすこの大都市にいる3人が年間で消えた所で、関係者以外は見間違えたのだろう、人さらいにあったのだろう、仕事が嫌になって逃げたのだろう……などなど、比較的現実的な理由を付けて、それほど気にしていない様子。
現に奇妙じゃない失踪事件は、借金などの夜逃げも含めて年間数百件のペースで起きているのだから。
だが、その異様な消え方を見た人がいるのも確かで、不思議な都市伝説──神隠し事件として国民ならば大体その話を聞いたことがあるらしい。
オカルト好きなら、まず最初に食いつく事件の一つだとか。
「確かに話だけ聞いていれば不気味な怪事件だけど、普通に人さらいとか見落としただけとか、偶然が重なったとか言われても納得できるレベルの話なんだよね」
「けど他に怪しい情報も集まんなかったっすから、とりあえずその件を調べてみるのもいいんじゃないっすか?」
「でもどうやって調べるんですの?」
「う~ん。近いうちにこの国で、世界力溜まりによる大規模な異変が起きるのは神情報で確定しているわけだ。
なら、もしその神隠し事件がこちらの事情に関わっているのなら、近いうちにまた失踪事件が起こるんじゃないかと踏んでいるんだが、どうだろうか」
その竜郎の意見に、まあそうかも知れないと前向きな返答が各々から返ってきた。
けれどそれをするには、大規模な探査魔法を広げておきたい。
だがその為にはこの国の上の方の人物に許可を取らないと、後に面倒な事になりそうなのは予測できた。
何せ大規模な魔法を都市内で堂々と使う事になるのだから。
「そうなると偉い人に会いに行く必要があるっぽい?」
「でしょうね。でもタツロウ君たちなら世界最高のランク持ちの冒険者なんだから、面会くらいは簡単に出来ると思うわよ。
一国を率いていくような人物なら、是非に知り合っておきたい人材でしょうし」
「そう言われると、あの時ランクを受け取っておいて正解でしたね」
「だな。それじゃあ、明日はまずこの国のトップに話が出来ないか動いてみるか。
もしかしたら神隠し事件について、上層部しか知らない情報なんかも持っているかもしれないし」
「おー。なんだか面白い事になって来たっすー」
「それじゃあ、まずは──」
今まではただ何かも解らずに歩き回っていただけだったが、ようやく指針が出来たことで、下がり始めていたモチベーションも戻り始め、竜郎達は意気揚々と明日のスケジュールについて話し合いを始めたのであった。




