第460話 初の未来へ
《未来同期視》。
このスキルは中々に制御の難しいスキルであった。
真竜と言う才能値でいえば世界最高のハイスペックな体を有していても、真面に使用できるようになったのはつい最近なのだと言う。
当時であっても竜郎達を未来に連れて行く事は出来たであろうが、その安定性は昔と比べると段違いだ。
「まあ制御できるようになるまで、色んな未来がごちゃ混ぜになった意味の解らない光景を見せられて、しばらく頭痛に悩まされるようなスキルだったから、意識的に使用を避けていたと言うのもあるんだがな」
「それはきつそうなスキルだな。大丈夫か?」
「母上いわく、真竜でなかったら狂っていただろうと言っていたが、私は真竜だ。
約束したからには問題ないようにして来たさ」
「ありがとね! イシュタルちゃん!」
「うわっ、急に抱きつくな、アイ」
「そうだぞ。抱きつくなら彼氏にしなさい」
「はーい!」
イシュタルからパッと離れた愛衣は、そのまま竜郎に飛びついた。
そんな光景に見慣れてきたイシュタルも特に何も言わずに、転移の時に使っている地下へとやってきた。
さてこれからイシュタルに未来を観て貰おうかという所で、大人しく後ろをトコトコついてきていた彩人と彩花が口を開いた。
「ねーねー。ボクもいきたーい」
「いきたーい」
「え? お前たちもか? んー……」
この二人は──というより彩の状態でなら、現在レベリングもしたのでレベル49と、後ろでサポートしているだけなら何とかなるかもしれない。
だがこれから戦う事になるであろう世界力から竜郎が造った魔物は、おそらくまた800レベルだとか、そういった次元の化物だ。
そんな中でレベル50の壁も破れていない彩を連れていっても、悪戯に危険にさらすだけになるかもしれない。
なので安全性を考えれば、ここに置いていくのが正解だろう。
しかし──。
「おねがーい」
「おねがーい」
「うっ。なんてつぶらな瞳で俺を見るんだ……」
基本的に竜郎は愛衣には激甘だが、愛嬌のある子供にも甘い。
そんな事を知ってか知らずか、彩人と彩花はウルウルとしたパッチリお目目で見つめてくるのだ。
陥落するまでにさほど時間はかからなかった。
「ぐっ。ちゃんと他の皆の言う事は聞くんだぞ?」
「「聞くー」」
そんなこんなで追加で二名?、未来へと連れて行く事が決まった。
「それじゃあ、そろそろいいか?」
「ああ、悪いな。始めてくれ」
準備万端の状態で待っていてくれたイシュタルに軽く頭を下げると、イシュタルは軽く手を振って「気にするな」と言って目を閉じると、《未来同期視》を発動させた。
竜形態でも辛いスキルを人化の状態でやるのはさらにきついのか、額から汗を流し始めるが、それと同時にイシュタルの体から銀色の粒子が舞い上がり始めた。
そんなどこか幻想的な光景に目を奪われていると、舞っていた銀粒子は収まっていき、息を切らせたイシュタルが目を開いた。
「はあっ、はあっ────すぅーーはぁーーーー」
呼吸を整えるように深呼吸をすると、イシュタルは額の汗をぬぐった。
イシュタル自身は心配をかけまいと背筋を伸ばして佇んでいるのだが、どこかぐったりとしており、竜郎やレーラの目から観て明らかに内在エネルギーがごっそりと減っていた。
「大丈夫? イシュタルちゃん」
「あ、ああ。もう大丈夫だ、アイ。それにちゃんと目的の時代の景色を見られたはずだ」
「随分と消耗の激しいスキルなんだな。休憩してからの方がいいんじゃないか?
なんなら俺と奈々の呪魔法で回復速度を上昇させるが」
「それには──いや、そうだな。ここで無理をしてもしょうがないか。
十分ほど休ませてもらうことにする」
一瞬断りそうな気配を見せたイシュタルであったが、ここは自分の城ではなく、周りにいるのは家臣でもない事を思い出し、素直に休むことにした。
「解った。奈々、一緒に呪魔法を頼む」
「了解ですの!」
胡坐をかくようにして座り込んだイシュタルに、竜郎は奈々と一緒に光と呪の混合魔法で竜力や神力の回復速度を上昇させた。
それから宣言通り十分で休憩を終えたイシュタルに、念のため容体を聞いたところ、問題はなさそうだったので、いよいよ未来へと旅立つ時がやってきた。
竜郎は天照の入った杖を持ち、時空魔法を発動。
カルディナ達にも竜力を流してもらいながら、イシュタルを主軸に置いて先に観た情景を強く思い浮かべて貰う。
そうして全ての条件が整った時、竜郎達は228年後の未来へと旅立った。
目を開けると、鬱蒼としたジャングル様な場所で、トーテムポールの様な謎の柱が近くに立っていた。
何だここはと竜郎達が周囲を見渡していると、その疑問にイシュタルが答えてくれた。
「ここはイルルヤンカ大陸の南部にある密林地帯だ。そしてそこにある柱は、現在地を示すために設置された物だ。
ここには適度に強い魔物がいるから、たまに狩りに来ているんだ」
「へぇ、こんな所もあったんだな。それで、ここからどうやって行くんだ?」
竜大陸は入出制限が厳しいので、ふら~っと外に出るのはまずいだろう。
「それは解らない。だが、私なら何かをしているはずだ。
だからタツロウ。現在の年号日付と時刻を教えてくれ」
つまり過去の存在である自分は知らなくても、未来の自分ならここに来たことを知っている。
そして今、正確な時刻を教えておかないと、将来イシュタルが手を回し辛くなるということだ。
竜郎はさっそく現在時刻と同期させ、正確な時刻を告げた。
「ヘルダムド国歴1256年.9/2.火属の日。午後13時11分2秒──となっている」
「ふむふむ、念のためにメモも取ったし、物覚えも悪くないからな。これで問題ないだろう」
「それじゃあ、ここで少し待ってみる事になるのかしら?」
「まあ、そうだな」
そうして待つこと5分。カルディナの探査魔法に飛竜が近づいてくる反応が引っ掛かった。
「この反応は……確かルブルールさん……だったけか?」
「だろうな。私も近づいてきているのが何となく感じ取れる」
そうして全員が空を見上げていると、群青色の飛竜にしてイシュタルの眷属ルブルールがゆっくりと舞い降りてきたかと思えば、イシュタルの前で跪いた。
「遅れてしまい申し訳ありません、イシュタル様」
「なあに、それほど待ってはいないさ。気にするなルブルールよ。
それにしても私が知っているお前と比べて、随分と力を付けたようだな」
「はっ。なにせイシュタル様が来られた200年以上後の私です。
それだけの時があれば、イシュタル様の眷属として力を付けるのは道理かと」
「ああ。頑張ったようだな。して、ルブルールよ。我らはどうやってここから出ればいい?」
「手配は全て整っております。私の後を付いて来てください」
「解った。という事で、皆もいいか?」
「ああ。問題ない」
そうしてルブルール先導の元、竜郎達は各々の方法で空へと舞い上がりついていく。
イシュタルが言った様に、竜郎達が初めて会った時は上級竜に毛が生えた程度のルブルールも、確実に上級竜よりも上の存在として成長しており、どこか貫禄も増したように思えた。
そのまま空を行き、決められた空路を決まった時間に通り抜けるという、やや面倒くさい手順を踏みながらも、翌日の昼ごろにはエーゲリア島までの船が出ているヒングソー島までやってくることが出来た。
そこでルブルールと別れ、今度はヒングソー島の西へずっと行った場所にある、この世界最大のグラニミスク大陸へジャンヌに乗って進み始める。
そして今回の目的地は、その最大の大陸にある一国、アドラリムへと赴く事になっていた。
ジャンヌの空駕籠に揺られながら、竜郎達は一体どんな国なのかマップ機能でその場所表示しながらレーラへと問いかけた。
「ここは本当に歴史の古い国でね。元クリアエルフの王が作ったエルフの国だった場所……なんだけど、随分小さくなったわね」
「そうなんですの?」
「ええ、一番栄えていた遥か昔はこの十倍以上の面積がアドラリムだったし、私達が元いた時代の280年前でも、この二倍はあったはずよ」
「そりゃあ、ちっさくなったと言うのも頷けるっす」
「でしょ? うーん……どうやら地名を見る限り、どんどん独立されていったみたいね」
竜郎のマップ機能に映し出された情報と睨めっこしながら、レーラは何ともいえない表情でそういった。
「レーラさんにも関係のある国だったのか?」
「まあ……私がまだ小さい頃は、知っている限りでは唯一国としてちゃんと機能していた場所だったから、よく立ち寄っていたのよ。
幼少期時代はほぼここを中心として動いていたといっても過言ではなかったのだけれど……そう、こんなになってしまったのね」
悲しいとまでは行かなくても、どこかしんみりとレーラはそう語った。
どうやらレーラにとっては、思い入れのある国だったようだ。
ジャンヌに飛ばしてもらったおかげで、9月4日にはグラニミスク大陸にあるアドラリム国の港近くの海に到着した。
ここから港に入り入国許可を得るために、竜郎達は準備を始めた。
「これでいいのかしら?」
「ええ、それで大丈夫です」
空駕籠の中。レーラには強い認識阻害を働かせ、クリアエルフではないただのエルフだと認識させるネックレスを着けて貰っていた。
これはリアが日本に行った時に身に着けようと開発していた物で、その超強力版となっている。
ただ強力なだけに起動してから一時間しか持たないので、こまめにネックレスの中心についているソケットに帰還石をセットし直す必要があるので、実は結構面倒くさい。
またイシュタルにも、まさか真竜だとは思われないだろうが、念のため認識阻害ネックレスを身に着け、さらにもう一つ、人化の腕輪を嵌めていないもう片方の手に金色の腕輪を嵌めて貰った。
そして似たようなデザインの物を、カルディナやジャンヌ、奈々やアテナ、そして彩人に彩花と、《全言語理解》を有していない者達の体のどこかに身に着けて貰っていた。
「これでカルディナ達もイシュタルが近くにいる間だけは、言葉の授受が出来る様になるんだな」
「ええ、十メートルも離れてしまうと有効範囲外になってしまいますが、これで言葉の問題は若干緩和されたはずです」
リアは完全に竜大陸で用いられていた言語を理解させる技術を解き明かしたわけではないが、それでも《言語強制理解》を持っているイシュタルを中継地点として、一定の範囲に言葉を互いに理解させるフィールドを作りだすことに成功していた。
なのでさっそく実験もかねて、イシュタルや皆に着けて貰っていたのだ。
「よし、これで準備完了だね! いざ新大陸へ、れっつごー!」
愛衣が勢いよくジャンヌの空駕籠からダイブして、海へと広げた気力の盾の上に立った。
それに続くように竜郎達も降りていき、最後に空駕籠を《無限アイテムフィールド》にしまい、子サイになったジャンヌを竜郎が抱っこしたら、皆で次の目的のある国へと向かい始めたのであった。
ちょっとした修正のお知らせを。
前話のイシュタルのスキル欄から、《言語強制理解》が抜けていたので追加しておきました。
 




