第458話 大晦日のひと時
ダイーンスレイヴが生まれた翌日。
本日は14月24日。12日が1週。二週が一ヶ月で一年は14ヶ月なので、実は地球で言う大晦日の様な日だったりする。
さらにこの日は光属の日でもあるので、日が一日中昇らない極夜の日でもある。
こちらの世界では、そんな一年で最後の極夜の日に、いつも以上に灯りをともして町を飾りたて、光で溢れた都市になるのが一般的な国の通例だった。
竜郎と愛衣も皆でカサピスティの首都に赴き、少しお祭り気分で浮かれた空気の街並みを見学していた。
下級市民地区では道中、屋台なんかも出ており、お祭りに来たみたいで面白い雰囲気だった。
さらにハイアルヴァ勲章の威光を存分に使って奥へと入っていき、一般市民地区では少しお上品な飾り付けがされたカフェテラスがあったり、上級市民地区では豪華な装飾のされたレストランで、高そうな服を着た人たちが食事を楽しんでいた。
「レーラさんやイシュタルちゃんも来ればよかったのにね」
「まあ、あの二人は色々と特別だからなあ」
レーラやイシュタルも身分的には一般、上級どころか貴族地区にも余裕で入れるだろうが、騒ぎにしたくないからと拠点でお留守番をしている。
特にこの国はエルフが多く、力を開放しているレーラが来たら大パニックになるだろう。
イシュタルはイシュタルで他国の皇帝だ。なんの知らせも無く、それも世界の頂点たる真竜が軽々におもむくわけにもいかないだろう。
いずれその辺を誤魔化す魔道具なんかもリアに作って貰った方がいいかもなと思いつつ、竜郎達は思い思いに、いつもと違う町を楽しんだ。
そんな空気感のまま自分たちの拠点に帰ってくると、ただカルディナ城が聳えているだけという雰囲気がさみしく思えてきた。
なので竜郎は精霊魔法で、蛍の光のように小さな色取り取りの光源をそこらじゅうに散りばめて、星空を降ろしてきたかのような美しい光景を作り上げる。
それだけでもきれいなのに、さらにカルディナ城の水晶質な表面に反射して、なかなか幻想的な風景になった。
「すっごーい。前にたつろーとのデートで観たイルミネーションよりも、もっと綺麗!
よっ! 人間LED! さすが私の彼氏!」
「それは果たして褒め言葉なのだろうか……」
おそらく愛衣の中では人間LEDも褒め言葉なのだろう。そう納得させながら、竜郎はさらに城の周囲を飾りたてていく。
「バラ美ちゃん達カモン!」
それは以前竜郎が《植族創造》で生み出した、薔薇のような花を咲かせる植物の魔物。
初めは一体だったのに、今では株分けして増殖し6体まで増えていた。
また増殖したことで新しいスキルも覚えているのを知っていた竜郎は、その六体に頼んで《棘迷宮》というスキルを行使して貰った。
これは株分けしたクローンたちと混ざり合い、さらに拡大。
そうして薔薇とその蔓で構築された、イバラの迷宮を作り上げて対象を閉じ込めると言うもの。
だが絶対に迷宮にしなければいけないと言うスキルでもない。
竜郎の伝えたイメージは閉じ込める為の迷宮ではなく、観て楽しむバラの壁。
カルディナ城を取り囲むかのように、周囲に薔薇の花が付いた棘の壁が張り巡らされていき、やがて立派なバラ園が出来あがった。
「それじゃあ、いったん解散しよう。俺と愛衣は向こうでデートしてくるから」
「おっ、いいねぇ。じゃあ、またね!」
「ごゆっくりー」
リアに囃し立てられるように竜郎と愛衣は他のメンバーから分かれて、色とりどりの光が辺りに浮遊するバラ園を、仲良く手を繋ぎながら歩き始めた。
「年越しかぁ。こっちの世界に来てどれくらい経ったんだっけ?」
「あちこち転移した時間とかも入れると、だいたい350~360日位だな。
そう考えると、俺達の感覚でも約一年こっちで右往左往してる事になるのか」
「一年かぁ。あっという間だった気もするし、すっごく長かった気もするよ」
「それだけ濃い毎日を送って来たからな。しかもまだ終わってないっていう」
とはいえ、二人は特に悪感情は無かった。
もちろん自分の世界を思えば悲しくもなるが、それでもまだゲームオーバーになったわけではない。
頑張れば、あの日常を取り戻す事だって出来るはずだ。
(愛衣と一緒なら)(たつろーと一緒なら)
そう信じているから、二人は前にドンドン進んでいける。
ふとなんとなしに目線を横に送ると、全くの同時に目があった。
「「ぷっ」」
そんな行動がどこかおかしくて、思わず笑ってしまった。
こんな何気ない一つ一つが愛おしくてたまらない。
互いに笑いあった後、静かに向き合って唇が触れるだけのキスをした。
「ふふっ、でもね。私はこの世界に来れてよかったとも思ってるんだ。たつろーは?」
「俺もそうかな。向こうでただ普通の生活をして普通に愛衣と結婚して、普通に家族を持って──なんてのも絶対に幸せだったと思う。
でもこんな非日常でドタバタするのも悪くない。いや、むしろ最高だ。
こっちに来なきゃ、愛衣と結ばれるのも、もっと遅かっただろうしな」
「結ばれる? 何言ってんの? こっちに来る前から付き合って──って、ああ、そっちね……。
いい話してる時に下ネタ禁止!」
「おっとすまねえ」
頬をふくらます愛衣に微笑みながら、ぎゅっとその体を抱きしめた。
「あー……愛衣が好きすぎて辛い……。ずっとこうしていたい」
「ふふっ。何それ」
そんな事を口では言いながらも、愛衣はふくれっ面からニマニマとだらしない顔になって、こちらからも優しく抱き返した。
そんな中で竜郎は、一体いつ頃から、この子を意識し始めたのだろうかと不意に頭に過った。
別に二人は目と目が合った瞬間、恋に落ちたわけではない。
好きになる前から互いの名前と存在くらいは知っていた。
だがいつの間にか互いに意識しだして、好きになっていた。
なのでいつ頃かと考えると、ちょっと思い出せなかった。
それを竜郎がそのまま愛衣に言うと、少し考えたような素振りをしてからポンと手を叩いた。
「給食当番!」
「きゅうしょくとうばん?」
「あれ? 覚えてない? ほら小二の時にさぁ──」
それは小学二年生のころ。たまたま竜郎と愛衣が同じおかずの盛り付け係になった時のこと。
この時は別に男女の意識は無く、ただのクラスメイトとして接していた。
「それじゃあ、ガンガンよそってこー」
「なあ、八敷。ちょっと今日のおかず少なくないか?」
「え? こんなもんでしょ」
何かのミスなのか、竜郎の目から見ていつもよりも鍋に入っているおかずの量が少ないように感じた。
だが愛衣はそんな事も気にせずに、いつも通り──むしろ少し多い位に皿に盛り始めた。
「おい。そのペースだと全員に行き渡らないかもしれないぞ。もっと調整して……」
「だーいじょーぶ、だーいじょーぶ。いっつもこんくらいだって」
「そうかぁ?」
竜郎はこの頃から細かい事が気になって考えてしまうような少年で、逆に愛衣はこの頃から小さい事は気にしないざっくばらんな少女だった。
それはどちらも一長一短あり、決してどちらが正しい考え方というわけではないのだが、今回は竜郎の考え方が正しかったようだ。
「あれ? もしかして……たりない?」
「だな。これだと後五人分はよそえない」
「どどどどどうしよ……。こうなったら私の分を……ああ、でもそれだけじゃ足りないし……。うぅぅ……」
足りなかったから多くよそった人に戻して貰えばいいのだろうが、愛衣はうろたえるばかりでオロオロとしていた。
だが竜郎はいたって冷静で、愛衣の肩にポンと手を置いた。
「安心しろ。あと五人分はもう確保してあるから」
「へ? どーゆーこと?」
「こんなこともあろうかと、俺のは超大盛りにして確保してある。
あと康平と正也の所も多めによそって、確保して貰ってる」
「えっと……それが無かったら普通によそえてたんじゃ……」
「馬鹿言え。八敷のペースであのまま入れてたら、そうしなくても足りなくなってただろ」
「言われてみれば確かに……」
かなり適当によそっていたので、余分に竜郎が確保していなかったら、その分も使い切っていたに違いないと自分でも理解した。
そうして竜郎やその友達二名にかなり多めによそっていた分を回収し、ちゃんと他の五人分もよそう事が出来た。
その事に愛衣は胸を撫で下ろしていると、ふと気が付いたことがあったので、給食当番のエプロンを隣で脱いでいる竜郎に話しかけた。
「ねえ、波佐見くん。もしあのまま全員分行き渡ってたら、どうするつもりだったの?」
「は? そりゃあ食うだろ。あれ俺の好物だからな。そうなったらそうなったで儲けもんだっただけだ」
「ええ!? なにそれずっこ! 私の感謝を返して!」
「ふふん、だが俺の予想通り必要になっただろ。だから問題ないじゃないか」
「なにそれー。まあ、ちゃんとみんなの分配れたからいいけどさー。
竜郎君て変な奴だね!」
「たつろうくん?」
「じゃね!」
「あっ、行っちゃたよ。……しかし何で急に名前呼び?」
二カッと笑い、白い袋にエプロンを畳まず突っ込むと風のように去って行く愛衣の背中を、竜郎は首を傾げながら見つめていた。
それから直ぐに、席替えによって二人は隣同士になった。
給食当番のその一件があったおかげか、お互い直ぐに躊躇なく話し合う関係になっていた。
そうして二人はそのまま小さな恋心を育てていき、晴れて中学生の時に恋人となったのだ。
「あー。あったな、そんなこと」
「あったんだよー。でもさ、それが無かったら私たちって付き合ってなかったのかな」
「ん? どういうことだ?」
「だってさ。それがあったから、話しかけやすかったわけだし。それにあの後に席が隣にならなかったら~とかさ」
「ん~~」
竜郎は愛衣が語る「もしも」について考えてみる。
果たしてそれらのイベントが無ければ、自分は愛衣に惚れることは無かっただろうかと。
けれど大して考える事も無く、直ぐに結論は出てしまう。
「いや。例えそうでなかったとしても、絶対にどこかで俺は愛衣を好きになっていたと思う」
「そーかなぁ」
「ああ。そうだ。例え席が隣にならなくても、クラスが違っても、学校が違っても、それでも俺はいつかどこかで愛衣に惚れていたさ。
そうじゃないと不思議なくらい、俺は愛衣以外目に映らない。
どんな美人が隣にいたって、俺には愛衣しかいないんだってハッキリ言える。
愛衣は違うか?」
そう言われて愛衣も考えてみる。果たして竜郎を好きでない自分がいるのだろうかと。
そして竜郎と同じように、大して考えるまでも無く結論が出る。
「違わない。たつろーが好きじゃない自分なんて想像できないし、たつろー以外の人を好きになってる自分も想像できないや。
もしかして、やっぱり私たちって運命の赤い糸で結ばれてる的なアレかな!」
「アレだな!」
周りに人がいたら「どれだよ!」と、突っ込みを入れたくなるようなバカップル二人は勝手に盛り上がって抱きしめあう。
もちろん普通に考えて接点が少なければ、それだけ恋人に至る可能性は低くなる。
もしかしたら小学生の時、クラスが違っただけで二人は結ばれていなかったかもしれない。
だがそんなことは二人の中では有りえない事であり、何処にいようと遅かれ早かれ好きになっていたと疑わない。
そんなある意味で能天気な二人だからこそ、こんな異常な出来事に巻き込まれても適応できたのかもしれない。
「愛衣。大好きだよ」
「私も、大好きだよ。竜郎」
抱きしめあったまま互いの耳元でそう囁き合う。
少し緩めた背に回した腕を下にずらし相手の腰の辺りを抱いたまま、お互いに見つめ合う。
バラ美ちゃんは空気を読んで誰もこちらに来られない様、二人の周りを花で囲って隠し、精霊魔法で作った小さな光の粒子たちは、祝福するかのようにキラキラと輝きを増して二人を照らす。
そして竜郎と愛衣は、何の言葉も掛けあうことなく同時に顔を動かして、優しい口づけを交わすのであった。




