第457話 奈々の眷属
素材も決まった事なので、さっそくリアの所に行って最低限の装備品──杖などだけを一時的に返してもらい、庭に出て素材を綺麗に修復、複製しながら置いていく。
ちなみに竜郎の眷属にして天使と悪魔の彩人と彩花は、巨大な子狼豆太と一緒に隅の方で興味津々な眼差しで見学している。
そんなこんなで素材も完璧に揃えた竜郎は、奈々を近くに呼び寄せた。
そしてそれを取り囲むかのように、竜郎や魔力体生物組が待機した。
これでサポートも万全である。
「ではまず、《死霊竜術》からいきますの」
「ああ。皆いるから、消費は気にせず思いっきりやればいいからな」
「はいですの」
気合を入れて《真体化》した奈々が、起動したキングカエル君を頭の上に乗せて、《死霊竜術》を全ての素材に向かって行使する。
今回はそこいらの魔物とはわけが違うものばかり、当然のように大量のエネルギーを要求される。
そこで竜郎達は奈々へと竜力を渡していき、思い切りやれるように補助していく。
その結果、特に問題なく強力な十体のゾンビが出来あがった。
これでも十分戦力になりそうではあるが、しょせんゾンビ。生前程の力も持っていないし、維持にも竜力が必要になってくるので、恒久的な戦力としては燃費が悪く考え辛い。
なので特に考えることなく、次のステップへと進んでいく。
「ここからが本番ですの!」
頭の上のキングカエル君も奈々に連動して胸を張り、マントをひるがえらせて杖をブンブン振り回す。
竜郎やカルディナたちの竜力も吸い込んで、大出力で《魔族創造》がなされていく。
(今回も素材が素材だけに、詰まりもないのに時間がかかるな。
ん? そういえば、奈々の持っている《魔族創造》ってのは、俺の持っている《天魔族創造》の下位互換みたいなものなんだよな。
んでもって奈々は俺の魔力が意志と形を持って存在しているって感じだから、本来他人とは混ざらないはずの魔法なんかも一緒に行使できる……。
俺の方の《天魔族創造》の素材候補にある邪物質はアンデッドも有効だから、素材的にも問題ない。
ここで俺も《天魔族創造》を発動したらどうなるんだろうか……)
とはいえ、今回は前から奈々が欲しがっていた眷属の創造だ。
成功するかも解らないし、だいいち竜郎の持っている天魔族創造とはスキル名が違う。
ここで横から手を出して素材をダメにしたら奈々が可哀そうである。
そう考えた竜郎は、また今度自分でやる時にでも試してみようと密かに決めながら、これ位は爺やの時もやったからいいよねと、さりげなく竜力に混ぜて神力も流し込み始めた。
「お父様!?」
「大丈夫だ! ジャンヌの時もこれで爺やが生まれたんだから!」
「またイレギュラーなことしてー。奈々ちゃんがかわいそーでしょー」
「悪い悪い」
驚く奈々に言い訳していると、近くにいた愛衣にも飛び火して、頬をふくらませて抗議してくる。
怒った顔もかわいいなあとアホなことを考えながら適当に謝って、改めて目の前に集中していく。
だが集中するも何も神力を込め始めた瞬間に、あっというまに形を成し始めていた。
「何が産まれるか楽しみですの!」
無邪気に笑いながらも最後まで気を抜かずに見守る奈々の姿に、竜郎達やその姉妹たちも気合を入れ直す。
そんな風にして皆に見守られる中で、それは完全に姿を現した。
「これは……剣…………ですの?」
「魔物じゃないってことか?」
現れたのは一振りの、二メートル近くはあろう大剣。
黒銀の美しいなだらか曲線を描く片刃の背には、漆黒の鱗のようなものに覆われたノコギリの様なギザギザとした歪な峰。
そして鍔は六枚の悪魔の翼をモチーフにしたような形になっていて、柄だけは純白だった。
と、そこまではまあいいのだが、どう見ても天魔族には見えない。
これは一体どういう事だと竜郎達が口をあんぐりとあけて立ち尽くしている中、奈々だけは難しい顔をして一人ウンウンと頷いていた。
「奈々? 何か気が付いたことがあるなら教えてくれないか?」
「少し待ってほしいですの。今、この子と話している最中なんですの」
突然のその言葉に、思わず竜郎ではなく愛衣が先に口を挟んだ。
「話してるって……その剣と?」
「ええ、そうですの」
ハッキリとそう言われてしまうと、それ以上は何も言えずに竜郎達が待っていると、やがて剣から目を離した奈々がクルリと向きを変えて、こちらへと微笑みかけた。
「この子は魔族で間違いないですの。けれど剣でもあると言う、ちょっと変わった体の子と言うだけでしたの。
頭もよくシステムもインストールされてるそうですの」
「それは……なんか凄いっすね。喋る事は出来ないんすか?」
「残念ながら発声器官もありませんし、喋る事は出来ない様ですの。
ですが、わたくしは眷属としてのパスが有るので意志もちゃんと伝わっているので、疎通には困る事はなさそうですの」
「魔族剣……魔剣というか、邪剣って感じの剣だな。邪気が肉眼で見えるほど溢れてきてるぞ」
爺やの時は聖気だったが、こちらは濃厚な邪気が湯気のように立ち昇っていた。
遠巻きに見ていた天使の彩人は顔をしかめて豆太に抱きつき視界から外し、悪魔の彩花は「かっこいー!」と、目をキラキラさせてこちらに熱視線を送っていた。
「ほんとだ。邪剣にしてインテリジェンスソードってやつだよね。
なんかカッコいいね! イシュタルちゃん!」
「解るぞアイ! 私もあんな眷属が欲しい位だ!」
色々と肩書の多そうな剣に、中二心をくすぐられた愛衣とイシュタルは二人で盛りあがっていた。
「では皆に挨拶するですの」
「──────」
「その子、飛べるのね」
そう口にしたレーラの視線の先には、鍔の部分の悪魔の六翼が肥大化し、それをはためかせながら奈々の横までやってくると、丁寧にお辞儀?のような所作で上下に揺れる大剣の姿があった。
「そのくらいで驚いてもらっては困りますの。まだまだ──ん?」
「どうしたんだ? 奈々」
何かを披露しようとしていた矢先に、奈々の動きがピタリと止まる。
それを不審に思った竜郎が問いかけると、先に名前を付けてほしいと言ってきたらしい。
そして名前となると、この人である。
「剣と言えばエクスカリバーだね!」
「いや、それ聖剣だから。どうみてもエクスカリバーって外見じゃないだろ」
「えぇ~。でも確かに、この外見でエクスカリバーは違和感があるね」
「だろ? 他にも魔剣とかで有名なのがあるだろ。そっちから攻めてみたらどうだ?」
「それもそうだね。ちなみにインテリジェンスソードのインテルちゃんってのは?」
「それは、止めとこうな」
「そっかぁ。可愛いと思ったんだけどなあ」
さりげなく方向を修正しながら、最終的に出てきたのはダーインスレイヴ。
北欧神話に登場し、ゲームなどでもちょくちょく見られる有名な魔剣の名前である。
そうして銘も決まった所で、いよいよどんな剣なのかお披露目タイムである。
「まずダーインスレイヴは、《剣為保持者》というスキルを持っていて、格下ならば持った相手を意のままに操る事が出来ますの」
「持ち主の為の剣ではなく、剣の為の持ち主になるってわけか」
「それに《剣術付与》という、持っただけでそのスキルレベルと同等の剣術スキルが行使できるようになりますの」
「ということは、例えば最初から剣術を使えないたつろーでも、手に持っただけで《剣術》が使えるようになると。
それって凄くない?」
「ですが剣技は上がっても素の能力が上がるわけではないので、どちらかというとお母様のような物理に寄った人に持たせた方が十全に活躍できますの。
それから《聖力強耐性》、《邪気増強》なんてものも付与されますの。
ただこちらは《聖力強耐性》だけなら問題ないのですが、《邪気増強》は邪気に抗えるか耐性の有る者以外だと、付与されると狂ってしまうので要注意ですの」
この剣を握るに不相応な人間でも持つ事は出来て、確かに強くなる事は出来る。
だがその代償として狂人になると言う、中々に魔剣に相応しい能力を持っているようだ。
「私でも持てないことは無いだろうが、なんというか邪系統に属する者のためにあるような武器……いや魔物だな。
苦手な聖なる力に強い耐性を持たせて弱点を薄め、身に宿す邪気をさらに高めてくれるのだから」
「確かに。イシュタルが言うように、魔族なんかでないと持て余してしまいそうよね」
「でもさレーラさん。奈々ちゃんはもう牙の武器があるし、あれって両手がふさがれるよね」
「既に伸びてる獣術を犠牲にしてまで持つべきかどうかってのが、難しい所ではあるか」
愛衣の言いたいことを察した竜郎が、その後を継ぐようにそう言うと、まだ《真体化》したままの大人版褐色悪魔の奈々が、ちっちっちと人差し指を立てて不敵に笑った。
「ところがどすこいですの」
「どっこいな。どすこいじゃ、お相撲さんだ」
大人っぽくかっこよく決めていたのに、台無しである。
だがそんなこともなんのその、奈々は再び言い直す。
「ああ、そうでしたの。ところがどっこいですの。これは斬る事、突く事が出来る武器なら、それと同化する《近体融合》というスキルがあるそうですの。
ですからお父様、何でもいいからいらない剣や槍なんかを頂きたいですの」
「いらない剣か槍だな。えーと……それならこれかな。
ダンジョンの宝物庫で手に入れた、凄くも無いが柔でも無い、THE普通の槍だ。
これでいいか?」
「それで大丈夫ですの。ダーインスレイヴ!」
奈々は、左手に竜郎から受け取った1メートルほどの青色の槍。右手にダーインスレイヴを持つと、その名を叫んだ。
するとダーインスレイヴが奈々の手から離れ、その槍に密着していく。
密着された槍へとダーインスレイヴが吸い込まれていき、やがて完全に融合してしまった。
融合された槍を見てみれば、ただの青い槍といった風体の武器だったのが、禍々しい黒色に変わり、真っすぐ伸びていた短剣のような平たい先端の刃も、曲線を描く黒銀の刃へと変化。
どこからどうみても魔槍。もうただの槍だなんて誰も思わないだろう。
「こうして槍なんかにも融合できるので、わたくしの牙にも融合できるはずですの。
──ただ、このように半端な槍が融合元ですと……」
奈々が左手に持っていた魔槍に右手をかざすと、ダーインスレイヴがそちらの手へと吸い付くように槍から離れて元の剣がそこへ収まった。
だが融合元となっていた槍はといえば、ダーインスレイヴが離れた途端にボロボロと崩れて地面に落ちて行った。
「なるほど、その剣を収めるのに相応しい武器じゃないと、耐えきれずに壊れちゃうんすね」
「その通りですの。ですがリアの作った武器ならば問題ないはずですの。
だから後で、この子についてリアに相談してみる事にしますの」
「ああ、それがいいな」
リアは今、絶賛素材検証中ではあるが、ダーインスレイヴを見ればそちらにも必ず関心を示すだろう。
そんな友の顔を思い浮かべて、奈々はふふふと小さく微笑んだのであった。
 




