第455話 エーゲリアの提案
今回の相手もまた、レベル809とかなりの高レベルだったこともあり、レーラを除いた全員にレベルアップのアナウンスが流れた。
竜郎は、《『レベル:344』になりました。》と。
愛衣は、《『レベル:309』になりました。》と。
カルディナは、《『レベル:150』になりました。》と。
ジャンヌは、《『レベル:150』になりました。》と。
奈々は、《『レベル:150』になりました。》と。
リアは、《『レベル:292』になりました。》と。
アテナは、《『レベル:150』になりました。》と。
天照には、《『レベル:137』になりました。》と。
月読には、《『レベル:137』になりました。》と。
そしてイシュタルも、《『レベル:143』になりました。》というアナウンスを受け取っていた。
千年も生きてはいるが、基本的に真竜の仕事だけでレベル上げをしてきたイシュタルは、竜郎たちと比べてもそれほど変わらないレベルだったようだ。
300レベルを越えた竜郎や愛衣は、越境者の+値も2になった。
偽りの神などという大仰な肩書を持っていた魔物だったので、竜郎は密かに何か称号が手に入るのではと期待していたのだが特に何もなかった。
所詮、偽物だという事なのだろう。
その後、全員で素材集めだ。
偽神という存在の価値がどれくらいかは知らないが、レベルは800オーバーの化物なので十分使い物になる。
貧乏性の竜郎と、新素材に目が無いリアは一欠片も残さずに、回収できるものは回収した。
ちなみに。その際に皆で土地の修復もしておいたので、むしろ前よりも綺麗な草原が広がるという状況になっている。
下半身は牛になったので残っていたのは上半身のみだったのだが、ミイラと言うアンデッドのような存在だったこともあり、頭部も含めてかなり破壊しなければ死ななかった。
なので今回の素材はかなり状態が悪い。
頭も半分以上砕けているし、体も骨はバラバラ、肉は殆ど消し炭か吹き飛んでいてない。
「復元魔法でどこまで直せるかだな」
「けれど舌の白蛇と、あの不思議な材質の鞭まるまる一本。
さらに偽神の巻布の破片なんかを回収できましたし、私としてはまあいいかなって感じですよ、兄さん」
「そうなんだけどなぁ」
骨片だけでも素材としては一級品。手の平サイズの物を売るだけでもかなりの値が付きそうだ。
なので大量の経験値と素材回収結果としては、結構な実入りとなったのは間違いなかった。
だというのに竜郎は少し残念な顔。それに愛衣がクスクスと笑った。
「ふふっ、たつろーは魔卵の素材とかに使いたいんだよね」
「ああ、心臓は吹き飛んじゃったし、残された頭……というか脳みそも復元できるかどうか微妙な所だからな。
まあおいおい試してみるか。あれもある事だし」
「だねだね!」
そう言って竜郎達は、山積みとなった十メートル級の巨大白牛の死骸へと視線を送った。
こちらは生み出した張本人とは打って変わって、そのほとんどが綺麗な状態で死んでいた。
これもジャンヌ達が出来るだけ傷つけぬよう苦労してくれた結果である。
リアや竜郎、カルディナが解析してみれば食用としても問題なく、皮も超が付く高級品で手触りが非常にいい。
衣服や皮製品にしてもよさそうだと結論付いた。
生まれ方が特殊だったのもあり、魔物というくくりではないのでは? という疑問も最初はあったのだが、これもれっきとした魔物であり、竜郎が魔卵を作ることは可能。
ただし屠殺しても竜郎が強化されたりはしないので、生贄の牛という括りからは解放されているようだが。
「問題は味だな。ここでちょっと食ってみるか」
「やっきにく♪ やっきにく♪ へーい!」
愛衣が妙な小躍りをしてはしゃぐ姿に、かわいいなあと見つめる竜郎に苦笑しながら、リアは焼肉に必要なものを思い浮かべていく。
「えーと、網や火は問題ないですし後は……タレが必要ですかね。急造ですが作ってみますか?」
「お願い! 手伝える事は何でも手伝うよ!」
「え、ええ。お願いします、姉さん」
そうして少し離れていたエーゲリアも呼んで、朝日が昇り始めて明るくなった草原でバーベキューが開催された。
「おいしー! いつだったか懸賞で当てた、なんちゃら牛より美味しいかも!」
「肉の臭みがほとんど無いし、脂身も上品な甘みでかなり美味い……。こりゃあ、育てるしかないな」
「だねだね」
ララネスト程ではないが、地球で味わった馴染み深いスーパーの牛肉と比べると段違いに美味い。
高級牛肉と比べても、こちらの方が美味しいだろう。
しかもこれは一体が約10メートル。これだけの美味しさでありながら、取れる肉の量は普通の牛の数倍もある。
畜産業としても美味しい魔物だと言えよう。
さらに肉だけでなく牛と言えば牛乳。
保有している巨大白牛はみんな死んでいるので飲めないが、そちらも検証してみる価値は十分にある。
(牛乳があれば色々作れるしな。チーズにバター、生クリームにヨーグルト。
こっちの世界でも百貨店に行けば普通に手に入る物ばかりだが、素材として上質な物が取れるのなら、十分商品として価値があるはずだ。
作り方はどっかで畜産業の本でも買って勉強すればいいかな。魔法があるから色々捗りそうだし)
などと牛肉をモグモグと噛みしめながら皮算用していると、ちょうど口の中の物を飲み込んだのを察した愛衣が、網の上で焼けた肉を箸でサッと取ってタレに付けると、竜郎の方へと差し出してきた。
「はい。たつろー、あーん」
「あーん。ムグムグ……やばいもっと美味しくなったぞ。それじゃあ俺からも、あーん」
「あーん♪ ほんとだ! 自分で食べるよりも美味しいね! ふっしぎー」
既に竜形態に戻っているイシュタルやエーゲリアもいる前で、気にもせずにバカップルぶりを披露していると、それを真に受けたイシュタルが母親に問いかけていた。
「ほんとにあんな事で美味しくなるのか? 母上、あーん」
「え? はあ、しょうがない子ねぇ。ほら、あーん」
雛鳥のように口を開けて催促するイシュタルに、口ではシブシブといった感じながら、その実嬉しそうに一メートルサイズの薄切り肉を娘の口に運んだ。
「む。確かに少し美味しくなった気がするな。大発見だ。ほら、母上もあーんだ」
「まだまだ甘えん坊なのねぇ。他の皆がいる前でやっちゃだめよ。貴方は竜種の皇なのだから。あーん」
一応釘はさすものの、エーゲリアも少し嬉しそうにイシュタルが運んでくれた肉を頬張った。
そんな親子のやり取りに場の空気もほんわかしていき、そのまま少し早い朝食でもあったバーベキューは終わりを告げた。
日も完全に上りお腹も満腹。さて片付けでも始めようかという所で、エーゲリアが話があると切りだしてきた。
「それで話とはなんだ。母上」
「話とは、貴女の事ですイシュタル」
「私の?」
全く心当たりがないらしく、イシュタルは眉根を寄せて首を傾げていた。
「今回の貴女の戦いぶりを見て決めました。イシュタル、貴女もタツロウ君達に付いていきなさい」
「ま、まて、まて、何を言っているんだ母上よ。私が完全にどこかに行ってしまえば、国はどうなるのだ。
さっきも母上自身が言っていただろう、私は皇なのだと」
実はイシュタルの竜郎達への協力は、未来への道を開くだけという話で纏まっていた。
具体的には、未来を見たイシュタルと共に指定の時代に竜郎や天照、月読だけが行き、いったん戻ってイシュタルは本来の仕事へ、竜郎達は再び未来へ──という流れだ。
少々面倒ではあるが、相手は大陸全土を統べる皇帝様だ。四六時中竜郎達に付き合わせる事など出来ないのだからしょうがない。
転移で同じ時間帯に戻ってくるというのも、転移者の認識のズレのせいで時間が経てば経つほど難しくなるのだから。
なので竜郎達も、それで納得済みだったのだ。
だというのに今エーゲリアが、その関係をひっくり返したのだから、イシュタルは勿論のこと竜郎達も少なからず驚いていた。
「イシュタルが行っている間は、私が代わりを務めます。それで問題は無いでしょう?
少なくとも、私なら自分の言葉を疑われるようなことも無いわ」
「──うぐっ」
イシュタルの脳裏に、つい先日竜郎に突っかかってきた茶鱗の老竜ジャジンの顔が思い浮かぶ。
あの場で竜郎に対していたのがエーゲリアであったのなら、誰であろうとその言葉は正しいのだと盲目的に信じていただろう。
だが悲しいかな、まだイシュタルは幼い。間違えることもあるだろうと、他の竜達に思われてしまっているのは確かだった。
侮られているわけではないが、絶対的支配者と呼ぶにはまだ色々なものが足りていなかった。
そして国家運営も今のイシュタルでも十分回せているし順調ではある。
だがそれもエーゲリアの方が、まだまだ何枚も上手であるのは間違いないだろう。何もかも年期も経験も違いすぎるのだ
「貴女がいない間は私が全てやっておくから安心しなさい。そしてイシュタルはタツロウ君たちと共に戦い、色々な事を学び強くなりなさい。
先のレベルの魔物は現代ではそうそう生まれることは無いでしょうが、タツロウ君たちに付いていけば、まだ何度か強敵と相まみえる事も出来るでしょう。
──と、勝手に話を進めてしまったけれど、タツロウ君たちはそれでいいかしら?
言っておくけど、強制ではないわ」
「はあ。そりゃあ、イシュタルは実戦慣れはしてないですけど実力はジャンヌ達と比べてもひけはとりません。もう何度か軽く合同訓練すれば勘も掴むでしょう。
それに行ったり来たりしないで済みますから、僕らとしても有難いとは思っています。
ですがそれは本人の意思が重要です。イシュタルが皇帝としての自分を優先したいのなら、そちらを優先するべきです」
「ということだけれど、どうかしらイシュタル」
「う、うーむ……」
行ってみたい。その気持ちが無いと言えば嘘になる。産まれてこのかた外の世界とはほとんど接触してこなかったのだから、色々な場所を見てみたいのだ。
だがそれと同時に、イシュタルは責任感も強かった。
一度任された仕事を、自分の好奇心の為に投げ出していいわけがない。
だからこそ新たな真竜を産み育て、それから外界を見て回ろうと思っていたくらいなのだから。
けれどそれと同時に、あの巨人ミイラを倒した時のレベルの上がりようには驚いた。
まだまだ扱える世界力も少ないのでレベルの上昇速度も遅いイシュタルからしたら、たった数時間で二十レベル以上の上昇など初めてだったのだ。
それだけの速度で成長できれば、全てが終わった頃には今の母程とは言わなくとも、大した根拠もないのに自分の意見を押し付けてくる愚か者もいなくなるだろう。
それは今後の皇帝業務としても、役に立つこと請け合いだ。
となれば自分の我儘だけというわけでもないので、頭から否定もし辛い。
うんうんと唸って考えているイシュタルを前に、エーゲリアは背中を押すべく口を開いた。
「イシュタル。私は貴女くらいの時には魔物退治やらなんやらで世界中を飛びまわっていたの。
もちろん、昔は調整が今よりも難しかったから、まだお母様が皇帝としていたから出来たことではあるけれど。
だから貴女には、あまり外の世界を見せてあげられる前に皇帝の地位にすげてしまった事を申し訳なく思っているのよ」
「だがそれは、私が早く皇帝として一人前にやっていきたいと言ったからじゃないか。母上が申し訳なく思う必要は無い」
「それでもよ。いい機会だと思うの。そこでさらに強くなって、誰にも文句を言わせない本物の真竜となって帰ってきなさい。
そして色々な物を見て、聞いて、イシュタルの糧にしてほしいの」
「母上……………………。解りました。私はタツロウ達についていって、共に強敵と戦ってみようと思います。
タツロウ達も、それでいいか?」
「ああ。イシュタルがいれば心強いよ」
「うんうん!」
竜郎や愛衣、そして他の面々も問題なくイシュタルを受け入れた。
それに満足そうな顔で、エーゲリアはほくそ笑んだ。
「ふふふ、これで引き継ぎ期間が三、四千年は確実に縮められそうねぇ。
私の隠居もすぐそこよー!」
「なっ! もしやそれが一番の目的ではないのか!?」
「そ、そんな事ないわよぉ。いやぁねえ、この子ったらぁ」
真竜はレベルが上がれば上がった分だけ、扱える世界力の量も増えていく。
ということは、レベルの上昇量は指数関数的に増加していくと言える。ようは上がれば上がるほど、早くレベルが上がるようになるという事だ。
なのでイシュタルが竜郎達と共にいき、もう百レベルでも上げて来ようものなら、エーゲリアの後見期間はかなり短縮される事にもなる。
娘は竜郎達といればよほどのことが無い限り死ぬことは無いだろうし、レベルだけでなく心の成長も出来るだろう。
そう確信したからこそ、エーゲリアはこの一件を多少強引にでも推し進めるつもりになったのだ。
「まったく、いきなり言い出すから変だと思ったのだ!」
「いいじゃない! あなたの為にもなるのだから!」
「開き直ったな!」
「開き直ったら悪いのかしら!?」
などと騒がしく言い合いを始める二体の竜に、竜郎達は苦笑するほかない。
「ありゃりゃ、親子喧嘩が始まっちゃったね」
「まあ、喧嘩するほど仲がいいっていうしな。いいんじゃないか?」
「だねぇ」
それから親子のじゃれあいともいえる喧嘩を数十分もみせられた後、色々と話し合った結果、いきなり「はい交代です」では混乱しそうという事もあり、一度竜郎達の元の時代に戻り、改めて約88年後に合流すると言う話になった。
そうしてようやく、竜郎達は自分たちのマイホームに戻り、ゆっくりと休む事が出来たのであった。




