第454話 後半戦決着
地上で大量の巨大牛の相手を任せられたジャンヌ達。
愛衣は空から降り注ぐ巨人ミイラの鞭にかかりきりで、加われていない。
牛の実力は、一匹一匹が大よそ90レベル相当。強力な角での突進は十分警戒に値する。
とはいえ今のジャンヌ達ならそこまで問題ではないのだが、それは倒すだけならという話である。
これを倒してしまうと巨人ミイラが強化されて、上に行った竜郎達の負担が大きくなる。
なのでいかに致命傷を与えることなく相手取るか、という話になってくる。
なにせ放っておくとジャンヌ達だけでなく牛同士でも戦いはじめ、互いに殺し合いを始めたりもするので気が気が出ない。
そこでレーラに氷の仕切りを作って貰い、個々を四角い空間に切り離して隔離する。
90レベル程度の牛では破れない程強力な氷の壁なので、脱出は出来ない。
このまま氷の中に閉じ込めておけばいい──そう胸を撫で下ろしたのも束の間、閉塞感に気でも触れたのか、氷を無理やりにでも破ろうと頭から狂ったように突撃し始め、頭の角が折れようとも、頭が血まみれになろうとも止める気配は無い。
「このままでは死んでしまいますね……。完全に閉じ込めるのは止めた方がいいでしょう。
ですがちゃんと道があればそちらに進んでくれるはずです、いっその事迷路みたいにできませんか?」
「それは良いわね。直ぐに作りかえるわ」
環状のケージという案もあったのだが、これだけの数の巨大牛をストレスなく個々に隔離できるだけのスペースが確保できないので、リアの意見が採用となった。
そうしてレーラは仕切りを動かし、さらに追加で氷魔法を行使して、巨大な氷迷宮を作り上げた。
こんどは小さなケージのような場所に閉じ込めているわけでもなく、進む方向はあるので道なりにウロウロと彷徨い始めた。
けれど一つの迷路にごっちゃに入れているので、別の個体と出会う可能性がある。
なのでリアが竜郎やカルディナの探査魔法と比べると範囲も精度も劣るものの、それでも魔道具で再現した探査レーダーで牛たちの位置を確認。
鉢合わせしない様にレーラと連携して、氷の迷宮の仕切りを動かす作業に追われた。
そしてそれでも間に合わない場所は、ジャンヌ達が迷宮の中に入って牛を誘導し、牛の管理に務めることにした。
こうする事で空から飛来する鞭。牛たちの行動制御。この二点に対応する事が出来るようになった。
「後は兄さんたちが倒してくれれば、この牛たちも絶命するはずです」
「それじゃあ、それまでは気を抜かないようにしなくてはね」
「はい、レーラさん」
リアとレーラは同時にチラリと空を見上げた。
爆発音が上から響き渡り、向こうもいよいよ本格的な戦いが始まったようだ。
そんな上空での努力を無駄にしない様、二人は再びレーダーでの探査と氷迷宮の操作に集中していくのであった。
一方、少し時は戻って空戦隊の方はと言えば──。
「これはハエですの!? 気持ち悪いですの!」
「しかも一匹一匹が接触による衰弱付与持ちだ! 俺達なら多少は大丈夫だろうが、一斉に群がられるときついぞ」
竜郎達が空に上がり、さてがら空きの脳天に攻撃を撃ちこんでやろうとした直後、霧状何かだと思っていた、目から出ている黒い気体らしきものがブワーっとその量を増して周囲に広がり始めた。
そしてそれは良く見ると小さなハエで、それが目の中に巣くっており、一斉に飛び出して来たらしい。
しかも竜郎が解魔法で解析した結果、その小さなハエ一匹一匹は触れた相手を衰弱させる事が出来ると解った。
魔法抵抗の高いメンツばかりなので、十匹ニ十匹程度なら支障は無いのだが、数百に一斉にそれをやられると、さすがに影響が出てきてしまう。
「燃えろっ!」
「ピュィーー」
竜郎が周囲に火を放ってハエを焼き払う、そのタイミング見計らっていたかのように、黒いハエの群れに保護色のように紛れて黒い掌底の連打が飛んでくる。
カルディナが即座に反応し、射魔法で強化した巨大な魔弾を撃ちこんで壊していく。
「こっちは任せるですの!」
「私もやるぞ!」
それにすぐさま奈々とイシュタルも反応し、カルディナを含めた三名で迎撃して見せた。
「くそっ。ハエの数に限りは無いみたいだな。月読、分霊を頼む」
「──!」
月読は小さな鳥型の属性体を三体造りだすと、それをカルディナ、奈々、イシュタルにつけ、《分霊:内通外防球》を発動する。
すると竜郎には強力な球状の障壁を作りだし、カルディナ達に付けた小さな鳥からも防御力はだいぶ落ちるが、中からの攻撃は通し外の攻撃は弾くと言う性質はそのままの分霊モドキを行使した。
巨人ミイラの攻撃だとそれだけで防ぐのは厳しいが、小さなハエ程度ならそれで十分防ぐことが出来るだろう。
こうして無限に湧き出るハエ対策はとれたが、このハエはとにかく数が多い。
視界を埋め尽くして黒い掌底の砲撃を見えにくくし、さらにそこそこの耐久力や魔法抵抗力を一匹ずつ持っているので、攻撃しても巨人ミイラに届くまでには威力が減衰してしまう。
「触れるのも厄介だが、これまた嫌らしいスキルだな」
「火力でごり押ししてみるか?」
「アイツ自身けっこう気合い入れて攻撃しないと耐久を破れないからなぁ。
他に対策できなかったら、その手を使ってみよう」
「解った。その辺りの指示は任せた」
自分がいかに集団戦闘に慣れていないかは、先ほどまでの戦いで思い知ったので、イシュタルは逆に慣れていそうな竜郎に一任することにした。
その間にもハエは群がり、掌底が飛んでくるが、そちらは各々で迎撃していく。
「まずは転移での攻撃だが、どうだろうか」
そう言いながら解魔法で位置を探査し、ハエを吹き出している目の一方、右目に光、火、爆発の魔法を転移させた。
「オーーーン」
「ちっ、勘もいいのか。ありゃあ、危機感知系のスキル持ちだな」
だが頭をフイッとずらされて、見当違いな所が爆発していた。
転移魔法にある僅かなラグの間に察知されては、当てる事は出来ない。
(となるとレベルイーターでスキルを無効化させるのが一番手っ取り早いか。
+αになったおかげで効果範囲も伸びてるし、あまり肉薄する必要もない。
それくらいなら皆にフォローして貰えば、出来るはずだ)
大よその作戦が決まった所で、全員に《レベルイーター》を使うためのフォローを頼んだ。
倒さなくてもいいから、出来るだけ気を散らせてもらえばいいと。
「じゃあ、行って来る!」
スライム翼を動かしながら、風魔法で器用に宙を舞って近づいていく。
それに気が付いた巨人ミイラだが、カルディナ達がばらけて攻撃してくるので集中的に対処する事が出来ない。
(このまま行けるかっ)
既に口内には黒球をセット済み。
スピードを上げて一気に背中側に回り込み、思い切って肉薄していった──のだが、不意に猛スピードで何かが竜郎の方へと向かってくる反応があった。
(──なんだっ!?)
「シャーーーー!」
探査魔法で事前に察知できたこと。鬼武者幽霊──武蔵を憑依させて、右目だけは《瞬動》を発動させていた事。
これらが上手くかみ合って、竜郎はすぐさま時空魔法で空間を伸ばして、その何かが届くまでの時間を遅らせる。
さらに爆発魔法を何かと自分の間に発生させて、その爆風も使って急速離脱した。
(そんな事まで出来るのか!)
それは白くて大きな蛇だった。
その白蛇は巨人ミイラの口から出てきており、どうやら舌を蛇に変えて攻撃する事が出来るらしい。
しかもその蛇は巨体ながら恐ろしくすばしっこく、爆発魔法での攻撃を難なくかわして見せていた。
あれでは《レベルイーター》を使いながら相手をするのは厳しいだろう。
「カルディナ! この中じゃ一番早いカルディナがアイツの相手を頼む!
他はそのまま掌底を落としつつ気を引いてくれ!」
「ピュイィーーー!」
「はいですの!」「了解した!」
三人でやっていた事を二人でやる事になるが、奈々とイシュタルなら問題ないだろう。
むしろ先ほどまで以上にやる気をみなぎらせて、魔法や獣術。魔法や銀砂で思い切り攻撃を仕掛け始めた。
そしてカルディナは、縦横無尽に動き回る舌の白蛇を狩るべく動き始めた。
相手も相当素早いが、空のカルディナ程ではない。
《分霊:遠映近斬》と《竜魔剣》で竜力の剣を展開して手数を増やし、相手に追いすがりながらズタズタに切り裂いていく。
だが一定のダメージを食らうと口元から切り離されて、白い砂となって消えてしまう。
それだけならいいのだが、また新たな白蛇として舌が変化するのだから中々面倒なスキルである。
「けどカルディナならちゃんと対処できている。なら次こそっ」
竜郎は消してしまった《レベルイーター》の黒球を再び口内にセットしながら、スライム翼をはためかせて飛び込んでいく。
背中側に回り込むことに成功。まだ何かあるかと少しウロチョロ飛び回って警戒するも、もうネタ切れのようだ。
竜郎は安心して黒球を吹きつけた。
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レベル:807
スキル:《眼球蠅》《舌白大蛇》《生贄の牛》
《極心眼》《痛覚倍増》《邪砲掌底 Lv.17》
《鞭術 Lv.20》《撓叩打 Lv.7》
《偽神浮遊》《偽神強体 Lv.18》
《偽神巻布 Lv.16》
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(偽神……偽りの神って事か? そんな魔物までいるのか。
魔王種じゃないのは残念だが、これはこれで面白い素材になりそうだな)
既に倒した時の事を頭に思い描きながら、竜郎は愛衣を楽にすべく《鞭術》を吸い取っていく。
そして鞭の攻撃力に大幅な補正を付けている《撓叩打》。
体の強化と魔力や気力の回復速度を大幅に上げている《偽神強体》。
体を覆っている一枚布を出し操るスキル《偽神巻布》。
そして掌底の黒い砲撃をかます《邪砲掌底》のレベルも奪い、攻撃手段を奪っていった。
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レベル:807
スキル:《眼球蠅》《舌白大蛇》《生贄の牛》
《極心眼》《痛覚倍増》《邪砲掌底 Lv.0》
《鞭術 Lv.0》《撓叩打 Lv.0》
《偽神浮遊》《偽神強体 Lv.0》
《偽神巻布 Lv.0》
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「ん? 鞭さばきが下手になった? それに威力も弱くなってる。
たつろーが《レベルイーター》を使ったんだね。ならっ!」
精彩を欠いた鞭に向かって、愛衣は地上から《徒手万装》により気力で出来た鞭を何本も作り上げ、手に持った鞭と同時に蛇の気獣技を発動。
そのまま巨人ミイラの鞭に《徒手万装》の蛇鞭が絡みつき、愛衣が直接持っている何処までも伸びる鞭は巨人ミイラの手首に巻きつき、骨をへし折る。
「どっせーーい!」
そしてそのまま下に向かって思い切り引っ張ると、手首ごと鞭を奪い取ってしまう。
『愛衣! 直ぐにこっちに来れるか? 叩き落とすのを手伝ってくれ!』
『鞭は無くなったし、全然大丈夫だよ!』
奪い取った巨大な鞭と手首は適当に地面に放り捨てた愛衣。
竜郎は《響きあう存在》の効果の一つ──同人物を媒介として、離れた場所でのスキル能力の行使が可能になるというものを使い、愛衣を媒介にして転移魔法を展開。
すぐさま愛衣を自分の隣に呼び出した。
二人は無言で手を繋ぎ、ステータスを増強。
竜郎は天照の杖にイシュタルとの試合でも使った巨大土ハンマーを。
愛衣は体術の気獣技による創りだした巨大な竜の手に、槌術の気獣技による象の四足を束ねたような巨大ハンマーを握らせる。
「「落ちろっ!!」」
二人同時にそれを巨人ミイラの右肩と左肩に向けて叩き付ける。
巨人ミイラは声を出す暇すらなく、レーラが牛を隔離している氷迷宮よりやや外れた場所に墜落した。
「全員落下地点に集合!」
竜郎はすぐさま音魔法で拡声して全員を招集し、他の面々は全速力で巨人ミイラのいる場所まで駆け寄った。
「一斉攻撃開始!」
両肩を粉砕され攻撃スキルも奪われて、さらに墜落時の衝撃により気を失っている巨人ミイラに向かって、竜郎は無情に指示を下す。
それぞれの全力攻撃を一身に受けた巨人ミイラは、意識を取り戻すことなくその生を刈り取られた。
それと同時に、氷迷宮内をうろついていた巨大白牛も眠るように地面に伏して息を引き取っていったのであった。
次回、第455話は4月4日(水)更新です。
 




