第452話 妖精郷へのお誘い
ニーリナを看取った後は、竜郎達は思い入れのある者達だけを残し、少し離れた場所で休んでいた。
そこでは何故急にイフィゲニアのミイラが一瞬とはいえ、真竜の力を得てしまったのかという話題になっていた。
「もしかしたら魔法陣に近い場所に来てしまったせいで、遺体の中にあった魔法式が反応したのかもしれません。
そのせいで世界力の吸収が起こって、あの場に溢れていた莫大なエネルギーを使って一時的にとはいえ、全盛期に少しだけ近づくほどの状態に至れたのだと思います」
「あれでも全盛期とはかけ離れてるって言うんすから、つくづく真竜ってヤバい存在っすね~」
イシュタルともニーリナが死んだ後に少し言葉を交わしたのだが、少なくともエーゲリアの本気と比べたらあれでも可愛い位なのだそうだ。
子供とはいえ、同じ真竜を硬直させるだけの力だったのにそう言われてしまうと、漠然とヤバいとしか思っていなかった大人の真竜という存在が、いかに規格外なのかリアルに感じ取れ、もはや笑うしかない。
「まあアクシデントはあったが、全員無事に前半戦は成功させることが出来たんだ。
良かったとしよう」
「あー……そっか、私たちはこれで終わりじゃなかったね」
「この後はあそこに溜まった世界力で作った魔物と戦わなきゃいけませんの」
「でも正直、直ぐには無理ですよ? 皆さんは行けますか?」
「私は無理ね。少なくともやるなら明日がいいわ」
リアの問いかけに真っ先に答えたレーラの言葉に、全員が頷き返す。
「ちょっと前半戦で飛ばし過ぎたな。とはいえ手を抜ける様な戦闘じゃなかったし、仕方なかったとはいえ、俺も連戦はキツイ」
「私もー」
愛衣はグデーと竜郎にもたれ掛るようにして抱きついた。
その抱擁を竜郎も受け止めながら、それじゃあ何時にしようかと考えていると、不意に等級神からの連絡が入った。
『ちょっといいかのう』
(ん? ああ、いいぞ。何か問題が起こったのか?)
『いや、今の所順調じゃよ。ところで世界力の消費の件なのじゃが、こちらの調整やそちらの状態を鑑みるに、明後日の午前4時頃に始めてくれるとやりやすくなるのじゃが、どうだろう?』
(午前4時? 随分と朝方……というより、まだ日が昇ってないな)
『そうじゃが、次に同じくらいベストな時間帯となると、九日後とかになるんじゃが』
(それはそれで微妙な合間だな。それなら明後日の朝方にやった方がいいか)
その話を他のメンバーにも伝えると、満場一致で明後日の四時ごろに後半戦を始めることが決まった。
そんな事を話していると、霊廟のある方角からイシュタルがこちらへとやってくるのが見えた。
「待たせてしまってすまないな」
「いや、こっちは問題ないよ。そっちこそもういいのか?」
「ああ、必要なことは全て済ませてきた。そしてこれが、ニーリナが言っていた例の品だ」
「これが……」
イシュタルが大きな竜の手の平に乗せた巨大な、真っ赤な心臓をこちらに差し出してきた。
それもただの心臓──筋肉の塊といった感じは一切せず、今にも心臓だけが動き出すのではないかと言うほど力に満ちていた。
竜郎はそれを丁寧に受け取ると、自分の《無限アイテムフィールド》に収納した。
それから先ほど決まった予定をイシュタルに話すと、どうやら魔法陣の経過を三日くらいは見ておきたかったらしく、ここで停泊する分には問題ないらしい。
ということで、竜郎達はここで宿泊し明後日に後半戦──ここに集まった世界力で作った魔物との戦いをすることに決まった。
そうと決まれば宿泊場所の確保だ。
竜郎達はミイラ竜の足止めに使っていた、霊廟から少し離れた場所にある草原だった場所を魔法で修復し、そこにマイホームを出して過ごす事に決めた。
さらに聞くところによれば、イシュタルたちは普通に野宿するつもりだったらしく、竜郎達のような便利施設は持ち運んではいなかったようだ。
となると自分たちだけぬくぬく過ごすのもバツが悪いと、人数が増えた時や客人がもしいた時の為に余分に作っておいた客間を貸す事にした。
ただエーゲリアやイシュタルをはじめとした竜組は大きさ的に難があるので、そこは小さくなる必要があったのだが。
そうして竜郎たちのマイホームの近くに、竜達の客間だけの部屋のブロック。妖精組たちだけの部屋のブロックと、即席で三つのマンションのような宿泊施設を設置した。
「こんなものまで持ち運んでいるのか、おかしな奴だなタツロウは……」
「おかしいと言うのははなはだ遺憾だな。より便利に快適にということを突き詰めれば、誰だってこうなるさ」
「まあ、そうなのかもしれないけどねぇ。そもそも欲望のままに実現できる人の方が少ないのよ? タツロウ君」
竜は別に外で数日過ごしてもどうということは無いというのもあり、ただ泊まるだけの施設をいつも持ち歩いていると言う発想に呆れたような、驚いたような、そんな微妙な表情をイシュタルとエーゲリアにはされてしまった。
竜郎はそれに遺憾の意を示しながらも、改めて人化したイシュタル、エーゲリア。そして妖精女王プリヘーリヤ達も竜郎達のリビングに招待して、祝勝会のようなものを開くことにした。
竜郎が最早定番と化しつつあるめでたい時に出すララネストを提供したところ──。
「おいしいわぁあ~~! なあにこれぇ~。私は食べた事ないわぁ」
「ですね、プリヘーリヤ陛下!」
竜達も絶賛してくれたのだが、それ以上に妖精たちの反応が大きかった。
時に妖精は魔法適性が比較的高い種族なので、竜郎の魔力のみで育った純強化牧場産のララネストは特にツボに入ったらしい。
一部の者はララネスト2でもないのに、涙を流しながら美味しい美味しいと食べているほどだ。
「喜んでいただいて何よりです」
「ふふふ。私はタツロウ君に売買契約を結んだから、これから定期的に食べられるのよ」
「それはズルいですわぁ~! エーゲリア様。ねぇ、タツロウく~ん?
あなた達さえよかったら、妖精郷に住んでみたらどうかしらぁ。
他種族に対して閉鎖的ではあるけどぉ、竜大陸ほど締め出しているわけでもないしぃ」
「非常に興味深い話ではあるのですが、いちおう居住地はあるので……」
他種族に閉鎖的な国第一位が竜大陸だとするのなら、第二位は妖精郷といえるだろう。
聞くところによれば、妖精大陸と呼ばれている場所には身元がしっかりとしていればわりと誰でも簡単に入る事は出来るらしい。
そこに暮らしている別種族たちもそれなりにいる。
だが妖精郷は妖精大陸の隠された場所にあり、妖精たちから確固たる信頼を得た者でないと入る事すら許されない。
けれど妖精郷には珍しい植物が沢山生えているらしく、是非訪れてみたいとは思っていたのだ。
「別にあなた達は転移魔法が使えるのでしょう?
だったら世界中に拠点があっても困らないんじゃなあい?」
「それはそうですが、そんなポンポン出入りしていい場所なんですか?
自分で言うのもなんですが、まだ出会って一週間も経っていない奴ですよ?」
「う~ん。普通はあんまりよくないんだけどぉ、タツロウくんの杖ってぇ、妖精輝結晶が使われてるわよねぇ。
それってぇ、どこかで小妖精たちに信頼されるようなことをしたって事でしょお?
あの警戒心の強い子達の信頼を得られている時点で、ポイントが高いのよぉ」
正直見ただけでそんな事が解るとは思ってもみなかったが、どうやら今回の竜郎達の行動と、以前炎山で出会った小妖精に貰った妖精輝結晶の魔力が竜郎と一致している事から、十分に女王陛下のお眼鏡にかなったようだ。
「それなら、お願いしちゃおーよ、たつろー。妖精さん達、みんなかわいーし」
愛衣は小柄で愛らしい容貌の妖精さん達を愛でる気満々な様子で、竜郎にそう囁きかけてきた。
竜郎はそれに苦笑しながら愛衣の頭を一度撫でると、改めてプリヘーリヤに向き直った。
「こちらは寧ろありがたい事だからいいんですが……本当にそちらに拠点を建ててもいいんですか?」
「ええ、空いてる場所にも心当たりはあるから、暇な時にでも訪ねていらっしゃいな。
これを妖精大陸の門兵や役人にみせれば、私の所に来れるように通達しておくわぁ」
ララネストの件が無くても誘う気満々だったらしく、女王の紋章の入った鉛色のカードを渡してきた。
それに魔力を通すように言われたのでそうすると、綺麗な緑色のカードへと色が変わった。
これでこのカードは、竜郎しか使えなくなった。
「ありがとうございます。プリヘーリヤ様」
「いいえ。優秀な人材を確保するのも女王の務めですものぉ。楽しみにしててねぇ。妖精郷は緑豊かで空気も綺麗だしぃ、きっと気に入ると思うわぁ」
そう言ってプリヘーリヤはニコニコ笑うと、随分と数が減ってきたララネストの料理を見て、慌てて食事に戻っていった。
「妖精郷かぁ……楽しみだね!」
「ああ、いつ行くかは未定だが、楽しみにしていよう」
リアも新たな素材が手に入るかもしれないと、口には出さないまでも、小さくガッツポーズを決めていたのを竜郎は見逃さなかった。
そんな事がありながら、その日は飲んで食べて過ごし、夜は爆睡。
次の日ものんべんだらりと英気を養い、いよいよ後半戦を行う日になった。
時間は午前三時五十分。まだ辺りは暗く、太陽は出てくる気配も無い時間帯。
そんな時間でありながらも、等級神の指定した時間なので、文句はない。
それは自分たちの為でもあるのだから。
しかし、一ついつもと違う事もあった。
それはイシュタルが今回戦いに参戦するという事だ。
というのも昨日。優雅にエーゲリアとイシュタルとお茶会をしていると、竜郎達が今後やろうとしている事の話になったのだが、その際──「イシュタルも修行と思って参加したらどうかしら」というエーゲリアの鶴の一声で参加が決まった。
しかもそれは一番効率的に戦える本来の姿である竜形態ではなく、中学生のような幼い容姿の人化した状態でやれとの事。
人化状態での戦闘訓練はエーゲリアも子供のころにイフィゲニアにされたことがあるらしく、戦いにくい状態で戦うことで得られる力もあるのだそうだ。
そんなこんなで霊廟の前に立つ竜郎たち。
世界力の密集はここが中心になっているからだ。
エーゲリアに鍵を開けて貰い、竜郎達も中へと入っていく。
そして安定度合いを確かめた後、竜郎は魔法陣の中心部──イフィゲニアのミイラの前にやってきた。
そしてここにいる皆が見ている中で、《世界力魔物変換》を発動させた。
とはいえ、ここで魔物と戦うわけにはいかないので、溜まった世界力をここで集めて、それを外に持っていき、安全な場所に移動することになっている。
以前谷底で行った時と同じように、天照の杖の先には黒い渦が出来あがる。
あとは綿飴でも作るようにクルクルと杖先を回していくと、勝手に周囲の世界力がくっ付いてきて渦が巨大化していく。
(これで全部かな。そっちはちゃんと見ててくれてるか?)
『ああ、ばっちりじゃよ』
一応の確認を済ませた後、竜郎はその黒渦に向かって《レベルイーター+α》の黒球を吹き当てた。
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レベル:???
スキル:《魔物変換 Num-??????》
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(それじゃあ、吸っていくからな)
前と同じクエスチョンマークが乱立する情報を得ながら、竜郎は今回放流する分の世界力を吸い取っていく。
『止めるのじゃ!』
(ん。後は前と同じ感じで、ここに放流すればいいんだよな?)
『その通りじゃ。呑み込みが早くて助かるのう』
(そりゃどうも)
お世辞におざなりな返事を返すと、竜郎は口の中に出来上がった黒球を解いていき、杖先の黒渦と混ざらない様に気を付けながらイフィゲニアのいる方へ吹き付けていく。
口の中の黒球も全てなくなった所で、ここでの準備は完了だ。
竜郎達は移動を開始し、エーゲリアが扉の鍵を閉ざすのを見ながら、前とは別の霊廟から離れた場所にある開けた草原地帯まで、黒渦を維持したままやって来た。
「それじゃあ、準備は良いか?」
全員がフル装備で待機中なのを確認してから、竜郎はいよいよ魔物をここに解き放つべく、杖先の黒渦に意識を集中していくのであった。




