第451話 最後の悪あがき
そうして竜郎達は疲れた体に鞭打って、今度は足止めから勝手に爆走するであろうミイラ竜を牽制しながら霊廟まで誘導する作業に移っていく。
カルディナにタイミングを見計らって貰いながら、リアが大猩猩型から麒麟型にモードチェンジすると、竜郎は空間牢獄の魔法を解除した。
最早何もない後方に向かって突撃して行くミイラ竜を尻目に、全員が竜郎と愛衣のいた場所に集結し終わる。
ミイラ竜はそこでようやく首をキョロキョロとさせて、完全に解放されたことに気が付いたようだ。
のっしのっしと緩慢な動きで体の向きを変えると、また振動だけが伝わってくるような不思議な鳴き声を発し、全速力で竜郎達の方に突っ込んできた。
ここで避けてしまえば竜郎達など無視して霊廟まで突っ込んでいくだろうが、そうはいかないのでまずは足場を悪くしていく。
「まずは地面を弄ろう。リアは弱トリモチの準備を頼む」
「はい。もう準備は出来てますよ」
「それじゃあ行くですの」
奈々と麒麟型の機体に乗ったリアは竜郎達よりも先行して、霊廟の方へと走っていく。
「────?」
まずは竜郎とカルディナ、アテナ、月読で土と水と闇の混合魔法で地面を足元だけが沈む程度の深さで泥沼に変えていく。
さらにレーラが泥沼の中に氷の凸凹道を作り上げて、歩きにくくしていく。
けれど速度は落ちても進めないわけでもないので、ミイラ竜は無視して進み続ける。
その間に最後の仕込の為にアテナは電磁力の雷を撃ちこみ、竜郎とジャンヌは捕縛と封印の準備をしていく。
途中途中で坂道を作ったり足の踏み場に穴をあけたりとミイラ竜の進行速度を調整しながら進んでいき、霊廟まであと数十メートルという所までやってきた。
霊廟の前にはイシュタルと妖精女王プリヘーリヤが待機しており、他のメンバーは遠くに避難を完了していた。
ここからはさらに速度を下げないと霊廟を破壊しかねないので、さらに足元を悪くしていく。
「今ですの!」
「了解です!」
奈々と一緒に透明な粘着物質の元を撒き終えていたリアが、鍛冶術で進めない程ではないけれど足にくっ付いて大幅に動きを緩めるよう調整した物へと創造する。
「────!!」
さすがにそれは不快に思ったようだが、それでも目的はすぐそこだ。
関係ないとばかりに一際大きく声の無い叫びをあげると、今まで以上に力強く進みだす。
そうして目的地まで数メートルという所まで来た。
ここで竜郎達は一気にブレーキをかけるべく動き出す。
「ここで止めるぞ!」
ジャンヌとアテナを後方に転移させ、自分は愛衣と共に正面に立つ。
そして竜郎はジャンヌ、天照と共に捕縛と封印魔法を行使して動きを封じていく。
「ヒヒーーン!」「────!!」
愛衣は前から《竜亀掌壁》で受け止めて、アテナは後ろから電磁力で引っ張る。
「どすこーい!」「うりゃーっす!」
左右から奈々、レーラで、正面から月読が氷魔法を使って一気に氷漬けにしていく。
「止まれですの!」「止まりなさい!」「────!」
それにリアが生成し続けるトリモチが合わさって、ようやくその動きを完全に停止させた。
「止まったか──」
あとは近くで見ると疲労しきっているイシュタルと妖精女王プリヘーリヤが、イフィゲニアのミイラを運んで行き、エーゲリアが自身とコアの役割を入れ替えれば終了だ。
すでにイシュタルとプリヘーリヤは動き出しており、二人掛かりで魔法を行使して運んで行こうとし始めた。
──けれど。
「ピュィィーーーー!!」
「──っ離れろ!」
竜郎達が必死に閉じ込めて梱包したイフィゲニアのミイラ竜から、今までにないほどの莫大な力が流れ始めている事に気が付いたカルディナ。
それに遅れて竜郎も直ぐに気が付いて叫ぶと同時に、イシュタルとプリヘーリヤも後ろ向きに全速力で下がっていく。
それとほぼ同時に竜郎達のかけた戒め全てを弾き飛ばし、煌々と光り輝くプラチナ色の光を撒き散らしながらミイラ竜が解き放たれた。
そこから溢れ出す力はエーゲリアから微かに漏れていたものと非常に酷似していた。
そして時と共に干からびた肉体に瑞々しさが戻り始めた。
「「「「「「「「「「「────────」」」」」」」」」」」
皆、早く動き出さなければ命が危ないという事は解っていた。
けれどこのミイラ竜は紛れも無く真竜の力を取り戻し始めていた。
そんな存在が怒り、威圧を飛ばされてしまうと体が動かないのだ。
竜郎は愛衣だけでも転移できないかと必死に抵抗を試みるも、上手く魔力が使えない。
他の面々もそうだ。カルディナ達も必死に竜郎を守ろうとしてくれている意志は伝わってくるが、動けない。
イシュタルやレーラでさえも圧倒されて棒立ち状態だ。
(なんで急にこんなことに!!)
竜郎は内心で悪態をつきながら、せめてもの抵抗とばかりにイフィゲニアの遺体を睨み付けた。
今この状況を打破できる存在がいるとしたら、もはやエーゲリアだけだろう。
だがそのエーゲリアは、魔方陣の維持にかかりきりでこちらには来れない。
まさに絶体絶命。そんな言葉は脳裏に焼き付いてはなれない。
ミイラと呼ぶには瑞々しい遺体となったイフィゲニアは、周囲を焼き払おうと口元に極大の竜力を集め始めた。
『愛衣っ!』『竜郎っ!』
お互いに死を覚悟して、念話を飛ばしながら視線だけを合わせた。
──けれど、このイフィゲニアを止められる存在が、もう一体いた事を竜郎達は直ぐに思い知らされることになる。
「おいたわしや……イフィゲニア様……」
「──────!!」
イフィゲニアの死体から竜の息吹きが放たれた寸前に、竜郎達の目の前に有りえない程のエネルギーで構築された障壁が生み出され、その全てを受けきってしまう。
「いったい……何があったの……?」
「ニーリナさんだ……」
いつの間にやってきていたのか、近くには全長は6メートル程の白竜がやってきていた。
いわずもがな。現存する最古の竜にしてイフィゲニアの側近でもあったニーリナである。
そしていつの間にか体の硬直も解けており、それどころか体から絶大な力が湧き上がるのを竜郎は感じた。
だが周りを見渡せば硬直は全員解けているが、力が増しているのは竜郎だけの様子。
それに首を傾げていると、障壁でイフィゲニアの死体を囲ってとりあえず封じている状態のまま、ニーリナが竜郎の元へとやって来て、しわがれた老婆の声で話しかけてきた。
「少年。私はあの方に手を出す事は出来ないのです。だから、あなたが止めてください」
「ということは、この力は」
「私の能力によるものです。一時的なものですが、それならば私は手を下さず、あの方を止められる。頼めますね?」
「ええ、もちろんです」
竜郎が今感じているのは、全能感。まるで何だって出来てしまうような気すらする。
だがそんな物に浸っている余裕も無いと、竜郎は借り物の力で本来なら有りえない規模での捕縛と封印の魔法を行使した。
すると天照の杖から光の鎖が飛び出して、ニーリナの張った障壁をすり抜けてイフィゲニアの遺体に巻き付いていく。
そのままがんじがらめに絡みつくと、イフィゲニアの持っていた真竜としての力も完全に断たれ、その動きが停止した。
「このまま運んでいく! イシュタル! 先導してくれ!」
「任せろ!」
竜郎は杖から出た光の鎖を保ったまま持ち上げて、イシュタルとプリヘーリヤの後を追うようにして霊廟に駆けこんでいく。
「エーゲリアさん! お願いします!」
「ええ。解ったわ」
エーゲリアが閉じていた目を開き、魔方陣の中心からどきながら光の鎖に包まれたイフィゲニアを持ち上げ抱きしめた。
「お母様。また静かにお眠りください。これで貴女の願いも守り続けられるでしょう」
エーゲリアがそう言うや否や竜郎の全能感が消失していき、光の鎖も消えていく。
そしていつの間にか元のミイラに戻っていたイフィゲニアが現れ、エーゲリアがゆっくりとその遺体を中央に置き直した。
するとエーゲリアから赤い光が溢れ出し、イフィゲニアに吸い込まれていくと、床に描かれている幾何学模様のような魔法式が一斉に輝き始める。
「これでもう大丈夫よ。完全に定着するまではここに誰もいない方がいいから、外に出ましょう」
竜郎もイシュタルもプリヘーリヤも、その言葉に頷き返すと、無言で霊廟を後にする。
最後にエーゲリアが一度中を振り返り、母の死体を見つめると、霊廟の扉を固く閉ざした。
「たつろー! 上手くいった?」
「ああ、いったよ。これでもう大丈夫だ」
外に出ると直ぐに竜郎は愛衣の抱擁に迎えいれられた。
それに一度ギュッと抱き返すと、竜郎は地面に伏して虫の息のニーリナに近寄っていく。
「貴女にお借りした力で無事に安置し直す事が出来ました。ありがとうございます」
「いぇ……。こちら……こそ……ありがとう……」
竜郎が頭を下げると、ニーリナは口の端だけわずかに上げて焦点の覚束ない目をこちらに向けてきた。
「かなり無茶をした様ね、ニーリナ。そんな体で大がかりな魔法を使うなんて」
「ここで……無茶をしなくて……どうするのです、エーゲリア様……。これでもう……思い残す事など……ない……のですから……」
「貴女もいってしまうのね」
「ええ……あの方のおわす……いと高き場所へと……。
だから少年……」
「な、何ですか?」
まさかここで自分に振られると思っていなかった竜郎がやや驚きながら、言葉を返す。
「イフィゲニア様を……あれだけ綺麗な状態、で……防衛してくれたこと……。
そして先の件……の礼として……私の心臓をあげましょう……。
少年なら……何かしらの使い道はあるでしょう……」
「俺なら? というか心臓って……そんな……」
「気にすることは無い……ですよ……。どうせ……もう……止まっているのですから……」
「貰っておけ。ニーリナ自身がそう言っているのだから」
「………………解りました。ありがたく、頂戴させていただきます」
固辞しすぎるのも逆に失礼だ。
それに世界最古にしてエーゲリアを除けば最強であったであろう存在の心臓だ。
欲しくないと言えば嘘になるのだから。
「では……エーゲリア……様。イシュ……タル……様……。あと……は……おまかせ……し……ま…………す────────」
「任せておけ。今後もニーリナがいなくても、ここは絶対に守って見せる」
そう言いながらイシュタルは、完全に事切れたニーリナの瞼を優しく閉ざしたのであった。




