第44話 宿帰還
すっかり日が落ちたなか門を潜りゼンドー達に礼を言われてから別れると、竜郎と愛衣は冒険者ギルドへ依頼達成の報告をしにやってきた。
「こんばんは、タツロウさん、アイさん」
「「こんばんは、レーラさん」」
入りしなに笑顔で挨拶された二人は、それに応えてから依頼書の提出をした。
レーラはそれを確認し終えると、「確かに」と言って依頼報酬を半分ずつ二人に渡してくれた。
その際、元気のない愛衣に言及してきたので、ここまでの経緯を説明した。
「それはまた、災難でしたね……」
「うん。あ──そういえば、この町でお風呂のある宿ってない?」
「お風呂ですか? えーと、お風呂となると、この町一番の高級宿にしかないですね」
「あるにはあるんですね?」
「はい」
その言葉に、飛び跳ねて愛衣は喜んだ。しかし、次のレーラの言葉に再び落ち込むことになる。
「けれど、あそこは確か前日に予約しておかないと泊まることはできなかったはずですよ」
「そんなぁ……」
今日こそはと思っていたところで希望を与えられ、その上で落とされた愛衣の精神力ゲージは瀕死の状態であった。
「まあ、泊まれないものはしょうがないさ。今日はとりあえず、昨日の宿にでも行こう」
「うん……」
「ちなみに、その宿はどの辺りにあるんですか?」
「ええっと確か───」
念のため場所をレーラに聞いておき、いつでもその高級宿とやらに行くことができるようにしておいた。
それからレーラに明日も依頼を受けるか聞かれたので、乗りかかった船だと明日もゼンドーたちの護衛につくことになった。
「そうなりますと明日は午前六時出発らしいので、寝坊しないように気を付けてくださいね」
「「え"っ」」
レーラとしては当たり前のことを言っただけのつもりだったが、その二人の反応に冷や汗が出てくるのを感じていた。
「えーと、大丈夫ですよね?」
「……善処します」「起きられるかなぁ」
「とても不安なんですけど……」
レーラは心配そうな表情をしながらも、依頼書の赤い板を二人に渡した。
二人はそれを受けとり内容を確かめてから許諾を押した。
「では、明日も頑張ってください。
明後日になれば今外へ別件で出ている熟練の冒険者たちが来る予定なので、そちらに任せることもできると思います」
「そっか、じゃあとりあえず明日一日頑張ればいいんだね!」
「そうですっ、たった一回早起きすればいいんです! アイさんならやれますよ!」
「そうだねっ。なんだかできるような気がしてきたよ!」
「できます! できます! できますよ!」
などとレーラが一生懸命愛衣が起きられるように鼓舞しているが、結局は俺が起こすんだから意味なくね? と、密かに竜郎は思うのであった。
それから二人は昨日の宿屋に直行し、夜食と部屋を用意してもらって、ようやく人心地ついた。
そして現在、愛衣は普段着用に買った服に着替えて、竜郎と二人で今日着ていた服をタライに入れて洗っていた。
「おおっ、どんどん浄化されていく気がするよー」
この世界にもちゃんとした石鹸があったことに喜びながら、愛衣は泡まみれになった服をゴシゴシと洗った。
それが終わると、一旦水を竜郎の《アイテムボックス》にしまって注ぎ直して、石鹸を落としてから最後に水魔法を使って乾燥を終えれば、新品同様にまで綺麗になっていた。
それに満足しながら他の衣類もついでと洗っていき、愛衣の気分も一緒に晴れやかになっていった。
「よし、洗濯終り!」
「おっわりー!」
二人はハイタッチをして労いあうと、明日も早いと自分たち自身の洗濯の番になった。
「はーい、たつろーちゃん。ばんざーい」
「ばんざーい──って、俺は赤ちゃんか!」
もはや日常化してきたこの作業にも慣れが生じ、お互いふざけ合う余裕も出てきていた。
愛衣は両手を上げた竜郎の肢体を眺めながら、さりげなくタッチをして楽しみながら拭き終えた。
そして、いつも通り背中だけ残して洗うと、今度は竜郎のターンである。
「はーい、愛衣ちゃーん。ばんざーい」
「今バンザイしたらモロ見えになっちゃうでしょ!?」
「そこに気付いてしまわれましたか……」
「気付くよ普通に……」
相変わらずのえろろー魂を忘れることなく発揮しながら、竜郎は愛衣の背中を拭いていく。
「相変わらず細いよな、愛衣の体って」
「たつろーは、もっと太ましい方が好み?」
「あー、どうだろ。愛衣ならたぶん、どんな体形でも興奮すると思う」
「興奮って……ちょっと直接すぎデスヨ……」
「す、すまん……」
相変わらずこの状態の竜郎は頭がゆるゆるになっているせいで、言葉のチョイスがおかしくなっていることを自覚し、慌てて謝った。
それに愛衣は、首を横に小さく振って答えた。
「いーよ。私ならっていうのは、ちょっとキュンとしちゃったし……」
「そ、そうか」
「うん。私も、将来竜郎がビール腹のおじさんになってもきっと──」
「興奮する?」
「そうじゃないよ! なんでそっちにいっちゃうの!?
たとえそうなっても好きなのは変わらないってこと!」
「それは、ありがたいというか、こちらこそというか、なんというか……」
そんなしどろもどろになる竜郎が、可愛くて仕方がなくなった愛衣は、突然飛びつきたい衝動に駆られる。しかし、この状態でそれをやると一瞬だがアレが見えてしまう。
「たつろー、ちょっと目を閉じて」
「え? あ、ああ」
突然の言に戸惑うが、特に拒む理由もないため素直に目を瞑った。
「見えてない?」
「ああ、見えてない───がっ!?」
突然の衝撃と、胸に直に当たる柔らかい感触に思わず目を見開く。
すると、自分の胸を押しつぶしながら竜郎に抱きつく愛衣が視界いっぱいに映った。
それに硬直しながら、胸に当たる感触に意識がいってしまい最早何も考えられなかった。
「たつろー、大好き」
「おおおおおおおおおれも、すきだよ」
「ただの好きなの?」
「いや、世界で一番、愛衣のことが、大好きデス……」
「良く言えました♪」
そうして愛衣の唇が竜郎の唇を塞ぎ、しばらくの間、何回も何回も飽きることなくお互いに口づけをしあったのだった。
そうして散々スキンシップを行った愛衣は満足したのか、また目を瞑るように言って寝巻に着替え終わると、竜郎が体を拭けるようにと後ろを向いてベッドに横になった。
一方竜郎の方は、危うく押し倒しそうになる寸前で離れられたため、ホッとしたような、少し残念なような気分を味わいながら、気持ちを生魔法で落ち着かせてから全身を拭き終わると、愛衣のいるベッドに入った。
「明日は早いし、もう寝なきゃね」
「あんま眠くはないが、無理やりにでもそうするべきなんだろうな」
「だねー。っしょ」
相槌をうちながらもぞもぞ動くと、また例の如く竜郎を抱き枕にした。
「もうすっかり、この形が板についてきたな」
「たつろーは、これだと寝にくかった?」
「いや、大丈夫だよ」
不意に不安げな表情をした愛衣を安心させるように、竜郎の方からも優しく抱きしめ返した。すると「そっかそっか」と満更でもなさそうに、愛衣は顔を綻ばせた。
その可愛らしい顔を見つめながら、竜郎は愛衣の頭を撫でて生魔法で眠りに落ちやすい状態に促していく。
「なんか、体がポカポカする?
もしかしてこれが今日言ってた、リラックスさせる生魔法?」
「ああ、そうだ。眠たくなってきたか?」
「うん、これなら眠れそう」
そう言って、愛衣は目を閉じてその暖かさに身を任せた。
「明日は……早…………起き…しなきゃ…………ね…………」
「そうだな」
最後にそれだけ言ってから、愛衣は寝息を漏らし始めた。
竜郎はそれから愛衣の頭をもう一度だけ撫でつけながら、自分にも同じ魔法を使って眠気を呼び起こす。
そんな状態を十分も続けると、やがて竜郎も夢の中へと沈んでいった。
朝日が地平線上に顔を出した頃、竜郎はしっかりと目を覚ました。
時間を確認すれば五時二分、今から準備を始めれば十分間に合う時間に胸をなでおろすと、早速支度に取り掛かり始めた。
まず一番初めにすることは、もちろん愛衣を生魔法で起こすところから。
「はやく起きてくれよ?」
そんなことを呟きながら、愛衣を起こして二人は準備を整える。
「よしっ、いけるか?」
「ばっちり!」
「じゃあ、行くか」
「はーいっ」
そうして二人元気よく、まだ薄暗い街並みへと身を乗り出していくのであった。




