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レベルイーター  作者: 亜掛千夜
第二編 竜大陸

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第444話 試合のその後

 銀砂杭を打ち破るのに威力が減衰したからと言って、その力は直撃して良いものではない。

 なにせそれでも、上級竜ですら吹き飛ばす程度の威力は残っていたのだから。


 そんなレーザーを腹部に直撃させられ、腹が破れるようなことは無かったが、イシュタルは意識を失い空から床へと墜落していく。

 そして地面に無防備な形で叩き付けられるようにして床に転がった。



「「「「「「……………………」」」」」



 竜種の中でも頂点に位置する始まりの竜にして真なる竜──真竜。

 まだまだ成長途中とはいえ、今ここにいる中でイシュタルに勝てる竜などエーゲリアしかいない。

 加えて言うのなら、まだイシュタルでは黒竜人セリュウスや紅竜アンタレスにはまるで歯が立たないし、海竜レーレイファや地竜ジギルゾフなどともほぼ同格だ。

 なので別に最強というわけではない事は、ここにいる竜達も理解はしていた。


 だが竜でもない人間に、それもクリアエルフやその系譜のエルフ、天魔、妖精などといった特別な種でもなんでもない、むしろ人間界でも最底辺に位置する才能無き人種が、真竜イシュタル──竜大陸の頂きに座する皇帝陛下を打ち破るなど、なんの冗談であろうか。


 真っ先にイシュタルの心配をしなければいけない、その眷属たち。

 紅鱗の女性竜人ミーティア。黄鱗の竜ルキウス。群青鱗の飛竜ルブルール。

 この三体であっても、目の前の状況をまったく飲み込むことが出来ずに、口を金魚のようにパクパク開閉させて微動だにしなかった。


 そんな中、竜郎も今すぐにでも生魔法でイシュタルを治療してあげたいのはやまやまなのだが、こちらのエネルギーはほぼ完全に枯渇し地面にへたり込んでいた。

 魔力も竜力も神力であっても売り切れ状態で、頭は痛いし眠いし気持ち悪いしで足に力が入らない。


 だがそこで未だに《憑依同化》している武蔵に任せる事で、竜郎は無理やり体を起こしてもらい立ち上がった。

 それは倒れたままの姿を見せたままだと愛衣が心配するから、というだけの理由での事だったのだが、そのせいで竜達の認識が完全に引き分けから敗北に塗り替わってしまった。


 倒れたままなら相打ちという結果も通せただろうが、片や死んでないとはいえ意識を失い、片や満身創痍ながらも意識は持っているし立ち上がる事すらできた。


 この実力者同士の戦いならば、それだけの差があれば確実に相手の息の根を止める事も出来るだろうから。


 ゴクリと竜の誰かが息をのむ音がした。

 そこでようやくはっとした女性竜人ミーティアが、イシュタルの元へと駆け出した。

 それを見た他の二体の眷属たちも、そちらに急ぐ。


 眷属たちがイシュタルに向かって行った事で、竜郎達の陣営ももういいのだろうと急いで竜郎の元へと駆け寄った。



「凄かったよ、たつろー! 惚れ直しちゃったかも」

「そうか? それは、ここまでやりつくした甲斐があるってもんだ。ぎゅ~」

「ぎゅ~」



 愛衣に抱きつかれた瞬間、竜郎の心のエネルギーはフル充填され、ついでに称号効果であっという間に魔力が回復していく。

 そのおかげで気持ち悪さも頭の痛みも、眠気も全部吹き飛んだ。


 なので竜郎は余計なお世話かもしれないが、イシュタルの治療をすべく歩き出そうとした。

 イシュタルの眷属の中には、エーゲリアの眷属リリィのような回復を得意とする竜がいない様子だったからだ。


 だがそれは、いつの間にか近くにやってきていたエーゲリアに止められた。



「負けた相手にそこまでされたら、さすがにあの子が可哀そうよ。

 私が行くから安心してちょうだい」

「ああ、なら安心ですね」



 むしろ竜郎が行くよりもずっと確実に癒す事が出来るだろう。

 なにせここにいる全ての竜と人間を合わせても、エーゲリアには何一つ遠く及ばないのだから。



「本気で戦ってくれて、ありがとうね。タツロウ君」

「え?」



 エーゲリアは言うだけ言って、竜郎の疑問符に答える事も無くそのまま悠然とイシュタルの元へと歩み寄っていった。

 その姿を見た眷属たちはザッと音が鳴りそうなほどに、勢いよくその場を退いて道をあける。


 エーゲリアは右手で頭を撫でるようにしながら、超威力の回復魔法をいともたやすくやってのけた。

 神秘的な光がイシュタルを包み込み、黒ずんでいた腹部の銀鱗もさらな状態へと戻っていく。

 そして失っていた意識でさえも、たちどころに戻して見せた。



「ママ? ──じゃない、母上。……あれ? 確か……」

わたくしが治療したのですよ、イシュタル」



 攻撃を食らったはずのお腹をペタペタ触っていたイシュタルに、エーゲリアは少しだけ母親の顔を覗かせながら微笑んだ。



「ありがとう、母上。だが治療されたという事は……」



 もう回復したと言うのに、いつまでも抱きついている二人へとイシュタルは視線を送った。

 それにエーゲリアはハッキリと頷いた。



「そうです。あなたは負けたのです。もっと精進しなければなりませんね」

「ああ、そうだな。またセリュウスを呼んで稽古をつけて貰う事にするよ」



 そう言いながらイシュタルは、横たわっていた体を起こして立ち上がる。

 そして中央まで自分の足で歩いていく。エーゲリアはその場でそれを見守り、眷属たちは後ろに続いていく。



「皆の者。喜ぶがいい」



 中央に立つや否や急にそう言い始めたイシュタルに、ほとんどの者が意味を掴みかねて首を傾げる。

 今まさに、自分たちが皇帝と崇める存在が、竜でもない存在に負けたのだ。

 それで何を喜べと言うのかと。



「今はまだ若輩なれど真竜たる我を地に落とすほどの人種が、我らが帝国イフィゲニア、ひいてはイルルヤンカ大陸の繁栄に助力してくれると言うのだ。

 我らの未来はさらに明るくなることだろう。これを喜ばんとなんとする」



 そこで怪訝な顔をしていたものも、はっとして竜郎を見やった。

 もちろん国家の運営に助力させるわけではないが、新たな真竜の誕生に携わると言う話ではあった。

 そうなればあの特異な者の力が、次代の真竜の体へと流れ込むという事だ。

 それで竜郎のスキルが受け継がれるという訳ではないが、優秀な遺伝子が子に受け継がれるが如く、優秀な力は次代に影響を与えやすい。


 現にイシュタルの卵に力を注いでくれたクリアエルフの中でも、最古参にして最強の一角と目されている一人、土神の巫子に何度か協力を得られることが出来たおかげか、イシュタルは土魔法に極めて高い適性が生まれた。

 おまけに《無限銀砂》という、エーゲリアでも生み出せない特殊な銀砂を無限に生み出すユニークスキルまで持っていたのだ。


 そこでいうと竜郎の場合、ありとあらゆる魔法を使いこなし、人種と言う存在でありながら竜を打倒する特異な力を持っている。

 もしその特異な力が竜種に、それも竜の中でも別格の存在である真竜へ受け継がれたのなら、将来的に初代皇帝セテプエンイフィゲニアやエーゲリアすら超える様な竜が生まれてくるかもしれない。

 そうなればただでさえ盤石な帝国が、さらに盤石なものとなるだろう。


 そこまでの考えに行き着けば、たしかにこれは喜ばしい事なのかもしれないと、他の竜達も思い始めた。


 ただここまですんなり呑み込めたのは、エーゲリアがいたからというのも大きい。

 というのも、真竜という竜の頂点たる存在の敗北とは本来ならば非常に由々しき事態だ。

 だがイシュタルはまだ年若く、人で言うのならまだ真竜の中学生といったところ。

 まだまだ鱗の色も全て銀色で、真竜の証たるプラチナ色の鱗一枚生えていない彼女なら、負けても仕方がない。

 けれどここにいるイシュタルの未来像にして、母エーゲリアはまさに真なる竜に相応しい最強の代名詞。

 そんな彼女がこの場にいる事で、竜達は体面を保てていると言ってもいい。


 イシュタルが竜郎との勝負を望めたのも、エーゲリアがいるからという保険があったからこそで、もしいなかったら自制していた事だろう。



「今もまだタツロウたちに新たな真竜の誕生を、手助けしてもらうことに異論のある者はいるか?」



 さすがにこれ以上ぐだぐだと物を申す者もおらず、比較的円満な空気感の中でこの話は終わった。


 それから元の謁見の間に戻すとイシュタルと竜郎、他の面々も最初の定位置に戻った。

 そして竜郎達がいつでもここに来られるように、ちゃんとした通行証を用意することが決まり、他にも各所に通達やらなんやらといった細かな調整などの話をしていく。

 後は事務的な話を二言三言話し、竜郎と戦ったあの茶鱗老竜は役職から外され、田舎の方へと左遷されるらしい。

 そうして細々とした話が終わると、竜郎達一行、エーゲリア、そしてイシュタルとその眷属以外は部屋に残して皆が立ち去った。


 近衛隊は残ろうとしたものの、エーゲリアによる「わたくしがここにいて、何かが起こるとでも?」という一言であっさりと出て行ってくれた。

 何が起ころうとも、エーゲリアの側ほどこの世で安全な場所もない。


 ちなみに。こうして関係者以外を追い出したのは、竜郎の素性についてちゃんと説明されているのがイシュタルの眷属くらいで、あまり異世界やら過去や未来についてなどを大っぴらに話すわけにはいかない。

 その上、竜郎達がこの時代ですることを思えば、軽軽に皆の前で口にするべきでもないからだ。


 指定した人間以外が全員退室し、イシュタルの眷属飛竜ルブルールが扉の前に立って、万が一にでも盗み聞きがないかと用心に努めた。



「とりあえずこの部屋では落ち着かないな。部屋を変えてくれ、ルキウス。4番だ」

「わかったー。それじゃ、みなさん、めーとじてーくりゃさーい」



 紅竜アンタレスと外観の似ている5メートルサイズの黄鱗竜ルキウスが、園児のような高めで舌足らずな滑舌でそう言ってきたので、皆が素直に瞼を閉じた。

 すると瞼の向こう側で強烈な光が放たれたような気配がしたかと思えば、直ぐに止む。

 それから目を開けてみれば、一瞬でまた内装が様変わりしていた。


 今回は床に芝生のような色と毛足の絨毯が一面に敷かれ、人間サイズでは壁際に沿うようにしてぐるりと一周巡る流れるプールのような水路。

 太い円柱の柱は大木のような見た目と質感に変わり、枝葉のレプリカまで生やしている。

 そんなどこかの長閑な草原のような部屋へと、ほぼ全面ガラス張りになっている天井から日光が降り注いでいた。


 そんな部屋の中央には、竜郎達サイズのカフェテラスにあるようなオシャレな椅子とテーブルが置かれ、その横にはイシュタルやエーゲリアからするとソーサーサイズのテーブルがそれぞれの脇に一つずつ置かれていた。

 そして定位置だと言わんばかりに黒い座布団にはイシュタルが、若草色の座布団にはエーゲリアが座り、竜郎達もテーブルに着くよう促された。



「これまた凄いですね。これもエーゲリア様の所で、一瞬にして部屋が変わったのと同じ技術なのでしょうか?」

「ええそうよ、リアちゃん。あと、ここではもうそこまで畏まった話し方じゃなくてもいいわよ?

 ね。イシュタル」

「そうだな。私も皇帝モードでずっといると疲れる。母上と同じように接してくれればいい」

「ではそうさせてもらいます。それで……この技術は極秘だったりするのでしょうか?」

「うーん。教えるにしてもこの技術の開発には妖精郷の人達も関わっているから、こちらの独断で教える事は出来ないの。ごめんなさいね」

「いえ。えーと……、それじゃあもしかして言語の技術も?」

「そうね。そちらも難しいわ」

「言語の技術?」

「あれ? 愛衣は気が付いていなかったのか?」

「んん?」



 誰も何も言わないので竜郎は皆、気が付いているが黙っているだけだと思っていたのだが、どうやら愛衣はそうでないらしい。



「俺や愛衣、リアやレーラさんは《全言語理解》っていうスキルがあるから、エーゲリアさんや他の眷属たち、それにこの大陸の竜達とも普通に会話できていただろ?」

「うん、そうだね。あれ? そういえば、カルディナちゃん達も普通に言葉解ってたよね?

 もしかして言葉が解らない人にも解る様にするような技術があるって事?」

「そう言う事ですね、姉さん。恐らくエーゲリア島と、少なくともこのイフィゲニア帝国の港と都には使われていると考えていいかと」

「それって凄くない? それなら色んな言語の人がいても、スキル無しで普通に会話できるって事でしょ?」



 つまりその技術を使うだけで、一定の範囲内にいればそこにいるだけで言葉の壁を取り払ってくれるという事だ。

 地球にその技術が導入されれば、ますます異文化交流の幅が広がっていくだろう。

 そんな風に素直に愛衣が驚いていると、ふふふとエーゲリアが笑った。



「もともと真竜は、いざという時にあらゆる種族や地域の人に対して一斉に言葉を伝えなきゃいけない時があるの。

 そんな時にいちいち言葉を切り替えて話していたら、急ぎの時は困っちゃうでしょ?

 だから《言語強制理解》というスキルで、誰にでも言葉が伝わるようになっているの。

 それを私のお母様は部下や妖精郷の者達と研究し、形をなしたってわけね」

「エーゲリアさんのお母様は、研究熱心な方だったんですね」



 リアが自分の同士だったかもしれないと少し嬉しそうに言うと、エーゲリアは懐かしむ様に目を細めた。



「研究熱心というよりは、皆が──色んな種族の者達が、いがみ合うことなく仲良くなればいいなと思っている様な方だったわね。

 そして、そのためにはどんな努力だってしてみせた。

 例えそれが自分の命に関わる事だったとしてもね」

「命……ですか?」



 突如変わった空気に戸惑うリアに、今度はイシュタルがエーゲリアの言葉を継いで口を開く。



「そう。命だ。そしてそれは、今回タツロウ達がこの時代に来た理由にも繋がる事なんだ」

「それは一体どういう事ですか?」



 竜郎が先を促すようにイシュタルに向かって、そう思わず口に出した。

 するとイシュタルはエーゲリアと視線を合わせ頷きあうと、初代真竜セテプエンイフィゲニアについて語り始めたのであった。

次回、第445話は3月21日(水)更新です。

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