第443話 銀砂のイシュタル
戦う事にはなったものの、ここは謁見の間であって闘技場の類ではない。
そこでどこかにでも移動するのかと思っていたのだが、ただ一言目を瞑るように全員にイシュタルが言っただけだった。
皆言われた通りに目を閉じると、瞼の向こう側に強い光が生じている事が解った。
そしてイシュタルが目を開けていいと言うので瞼を開くと、そこは謁見の間ではなく、ただただ無機質で、天井の無いだだっ広い空間へと変わっていた。
「ふむ、これならばいいだろう。タツロウ、こっちだ」
「え、ええ」
おそらくエーゲリアの所で一瞬で部屋が変わった仕組みと、同じものなのであろう。
そう自分を納得させて、竜郎は皆が隅っこの壁際に寄って行くのを尻目にイシュタルの待つ中央へと武蔵を連れて歩いていく。
ちなみに天照と月読は竜郎の中に入って貰い、今回はそちらの助力は無しだ。
魔力頭脳の搭載されたライフル杖と武蔵だけで、竜郎は新しい戦闘技術を身に着けようとしているのだ。
両者だだっ広い空間で20メートルほどの距離を取って向かい合う。
竜郎は魔力頭脳を起動して準備は万端。
あちらもやる気を漲らせて、いつでも始められる様子。
戦闘開始の合図は、イシュタルの眷属にして紅鱗の女性竜人ミーティア。
「始めてください!」
「──ふんっ!」
合図とともにイシュタルは手始めに尻尾を振って、鞭のように竜郎の右側面へと放ってきた。
それと同時に竜郎は武蔵を自分に憑依させ、右目だけ赤く光らせながら、とある魔法を使う。
「よっと」
「──ん?」
はた目から見たら、今の竜郎はただバックステップで尻尾を回避しただけのように見える。
だが攻撃した張本人や、視覚やその他の感覚が鋭い者たちは、どこか違和感を感じた。
だが違和感を感じている間にも、既に竜郎の攻撃は発動していた。
空から流星の如くレーザーが転移して降り注いでくる。
「こんなものっ!」
「あれは……?」
レーザーの雨はそのままに、最後の決め手の準備をしつつ竜郎は相手の取った行動に目を細めた。
なんと銀色の砂がイシュタルの体から湧き出したかと思えば、それが自在に動いて傘のように広がりシールドと化した。
そしてイシュタルは傘を展開したまま、竜郎の方へと突っ込んでくる。
「うらああっ!」
「と──っつ──んなっ!?」
右手左手での連続《ひっかく》──までは良いのだが、それに遅れて銀砂の刃が追撃を仕掛けてくる。
どうやら守りにも攻撃にも使える砂らしい。
だがそれを竜郎は多少危なっかしい所はあるが、ちゃんと躱してみせていた。
そして躱す時には右目や左目、あるいは両方が点滅するように赤く光ったり止んだりを繰り返していた。
それだけなら武蔵の《憑依同化》で《瞬動》を使っているのだろう事はなんとなく解るのだが、それにしたってなんだかおかしい。
普段ならあれだけの攻撃を躱すには、《憑依同化》を全力で発動させていなければ竜郎には不可能だ。
けれど既にガス欠で強制解除されていてもおかしくない程の運動量は、とうに過ぎている。
それにだ。竜郎の動きもイシュタルの攻撃の挙動も、見る者が見ればやはりおかしい。
そしてその『おかしい』に気付いていながら、具体的にそれが何か気が付いたのはエーゲリア一人だけだった。
「器用な事するのねぇ、タツロウ君は。普通の人間なら……ああ、あの杖のおかげかしら」
「あれが何か解ったの?」
「ええ、でもこの戦いが終わるまでは内緒よ」
「……それもそうね」
エーゲリアとレーラがそんな会話を小さな声で話している間にも、戦闘は苛烈を増していく。
イシュタルは《ひっかく》に銀砂での爪を何十本も繰り出し、口からは小規模ながら極短いインターバルで放てる竜力の息吹きを放ってくる。
竜郎はそれをとある魔法と武蔵の《瞬動》を駆使しながら躱しつつ、ブレスはレーザーで貫きながらこちらの攻撃へと変えていく。
だがブレスを貫いたレーザーはイシュタルに当たる前に銀砂の盾に弾かれる。
そこである程度躱す事に慣れてきた竜郎は、こちらからも迎撃以外の攻撃をする余裕が出来てきた。
なので相手の攻撃とブレスの切れ間を絶妙に見計らって、杖の先に闇と土の魔法で作った超硬質にして超質量のハンマーを一瞬で作り上げ、射、突、打、風、爆発全てを混ぜ込んで思い切りイシュタルの横っ面へと振りぬいた。
「ぬあっ!?」
「かったいなっ!」
竜郎のほぼ全力にも近い威力でのハンマー攻撃も、銀砂の盾に阻まれてしまう。
だがその衝撃だけは完全に殺しきれずに、イシュタルは真横へ吹き飛んでいく。
壁際にそのまま突っ込んでいくかと思われたが、空中で翼をはためかせ、クルンと姿勢を立て直すと、そのままノコギリのような刃を持った銀砂の鞭を四本はなって来た。
さらに同時に自らに銀砂を纏わせて巨大な槍を作り上げると、そのまま《竜突進》をかましてきた。
「ちょっ──っ──っ──だああっ!!」
「──ぐっ」
四本のノコギリ鞭は土の弾丸を当てて軌道を逸らしつつ躱しながら、突進に対してはバックステップからの先と同じハンマーでのかち上げで、上方へと何とか弾き飛ばした。
巨大な銀砂の槍と化したイシュタルはそのままの勢いで空中に飛んで行き、竜郎から距離を取った。
「何をやっているのか。今のでようやく解ったぞ! お前、距離を操っているな!」
「もうバレましたか」
距離? という言葉が小さな声で周囲に溢れかえる。
ここにいる並みの竜では、竜郎が何かしている様にはみえず、ただ純粋に身体能力で躱しているように見えていたからだ。
だが違和感を感じていた者達は、それだけで納得がいった様な顔をしていた。
そう。竜郎はイシュタルの言った通り、距離を操っていた。
具体的には時空魔法で相手の攻撃に対しては、例えば竜郎に当たるまで1メートルの距離だったとして、それを無理やり空間を引き伸ばして5メートル、10メートルと目で見て解らないが、確実に到達までの距離を伸ばしていた。
そして自分の攻撃に対しては、その逆に距離を縮めていた。
先のハンマーの攻撃も、魔法でハンマーを作り上げてから振り抜くのではイシュタルの反応速度の方が早く、本来なら銀砂の盾など使わずともギリギリ躱せるはずだった。
だが目測距離よりもずっと短い距離へと魔法で強引に捻じ曲げられた結果、真面に受けるしかなかったのだ。
だがそれだけではない。
そうして距離を伸ばしたり縮めたりしたうえで、竜郎はもう一つ小技を使っていた。
それは武蔵の《憑依同化》と《瞬動》なのだが、《憑依同化》は発動時間というよりもスキルを使ったり、その状態で動き回ったりする程にエネルギーの消費量が急上昇する。
なので竜郎は最小限にそれをとどめる事で、武蔵との《憑依同化》での戦闘時間も伸ばすことに成功していた。
具体的には《瞬動》というスキルは、早く動くことに特化した能力であるのだが、それと同時に発動中は反応速度も上がっている。
そうでなければ、体が瞬動の速さに付いていけないからだ。
竜郎はそれにいち早く注目した。
それならば別に動かなくてもいいのではないかと。
その《瞬動》を部分的にだけ使えないかと考えた竜郎は、両目だけ、最終的には片目だけにその効果を発動させるという省エネ対策を編み出していた。
もちろん目だけでは速く動けないのだが、竜郎の場合別に愛衣達と同じように飛んだり跳ねたりする必要などない。
そういうのは出来る人に任せればいいのだ、なんせ竜郎は魔法使いなのだから。
そうして引き伸ばして稼いだ時間で、《瞬動》の目で攻撃を観る。
その間に《磁力魔法》で地面と足の間に斥力を発生させて1ミリほど浮いた状態で、移動距離を時空魔法で縮めてから重力の方向を弄って後ろに落下するように自分をスライドさせる。
これで《瞬動》での移動はゼロだ。
さらにその時自分で動いているように演技すれば、はた目からは超速のバックステップやサイドステップをしているように見えると言うわけだ。
もちろん、見る者が見れば妙なステップだし、明らかに実像が変に潰れたりぶれていたりするので、完全に誤魔化す事は出来ない。
だが、その違和感に悩ませて集中力を削ぐことくらいは出来るだろう。
「でもそれが解った所で、直ぐに対処できますか?」
「距離が伸びているのなら、もっと速い攻撃と躱す隙すらない物量で押し潰せばいいだけだ!
もう遠慮はしないぞ!」
「力技かよ……」
空に浮かぶイシュタルは銀の砂槍を周囲に展開していく、竜郎は《魔法支配》で銀の砂の動きを止められないか試してみるが、どうやら土魔法とは違うらしい。
ならばこちらも同じように力で相対するしかない。
「ならこっちも無理やり潰させてもらう!」
竜郎が魔法を使うような兆しを見せた瞬間、銀砂の槍が一分の隙間も無く雨霰と降り注いでくる。
その一撃はただ槍を落とす攻撃とはわけが違う。明らかに物理法則など捨て去って、ドリルのように回転までして豪速で落ちてくるのだ。
当たれば愛衣とて負傷は免れないだろう。
だが竜郎は距離を時空魔法で引き延ばしながら到達までの時間を稼ぎ、その間に魔王鳥の魔王種結晶を杖に入れ風属性を強化。
火、風、盾を光で最大までブーストした、炎嵐渦巻く巨大な盾を構築した。
銀砂の槍が当たるたびに蒸発していき消えていく。
「侮っていたわけじゃあないのだが……これほどとは──な。
ならばこれでどうだ──!」
イシュタルは銀砂の槍雨を維持したまま、大口を開け放つ。
するとそこには竜力と神力が集まっていき、銀砂がこれまで以上に高密度に集合していく。
そして野太い銀砂の杭がイシュタルの口の中に出来上がっていく。
「くそっ。間に合うかっ──」
竜郎が精霊眼で観て解魔法で解析した限りでは、あの杭を竜の息吹きとして撃ち出す攻撃の様だ。
その威力は今降り注いでいる槍など児戯のように思えるほどの超威力。
今竜郎の目の前に展開している盾すら意に介さずに、容易く打ち破ってくることだろう。
あれを馬鹿正直に正面からくらって無事でいられるのは、それこそエーゲリアしかいないのではないかと思えるほどだ。
なので竜郎は最後の切り札として左手の周りに溜めこんでいた力を、ここで使ってしまうことにした。
本当なら確実性を高める為にも、もう少し溜めこんでから使うつもりだったのだが。
竜郎は炎嵐の盾を、イシュタルは銀砂槍の豪雨を止めることなく、互いにほぼ同時、されど竜郎がやや遅れた形で攻撃が放たれる。
竜郎はエーゲリアに教えて貰った、魔力と神力を竜力で繋ぎ合わせる神竜魔力を戦闘開始時から生成し始めていた。
そしてそれを全て消費して、むこうの銀砂杭より一回り太い光、火、風、雷、突、射の混合レーザーを盾の中央をぶち抜く形で撃った。
しかし、それより先に盾を銀砂杭が突き破って先端が見えてしまう。
だが何とかレーザーが間に合い、杭は盾から少しはみ出したところでとどまる。
けれどそれはイシュタルが止めるか力尽きるまで、下に突き刺さろうとする力は衰えない。
一進一退。茶鱗老竜との演出された拮抗ではなく、まさに全力での拮抗状態。
周囲は両者ともにその一撃に込めた攻撃の威力に目を剥いて、口を半開き状態で微動だに出来ない。
そんな中でも竜郎とイシュタルは、互いに息を切らせながらも相手よりも一歩先へと突き抜ける為に次なる手を取っていく。
「あまり使いたくなかったが!」「はああああああ!」
イシュタルが取った手は、今撃ち出している銀砂杭より二回りほど小さい太く短い円柱形の物体を口内に作り上げると、それを今竜郎のレーザーと押し合っている杭のお尻へと打ち放つ。
杭が通ったラインを寸分たがわず通り抜け、銀砂杭の後部にガツンと轟音あげてぶち当たる。
さしずめパイルバンカーのように銀砂杭は更なる推進力を得て、もっと前に進もうとする。
一方竜郎は、《魔法域超越》を行使する。
その瞬間本来ならシステム上存在しない、レベル20の壁を越えたレベル23の出力へと切り替わる。
レーザーの根幹である光は勿論、火、風、雷も同時に爆発力を増していく。
それによりまた互いに拮抗──いや、わずかに竜郎が押し始めた。
「なにっ!?」
「まだまだぁああああ!!」
そしてわずかな時間で生成した23レベルでの極光、極火、極風、極雷もレーザーに混ぜ込んでいく。
「はああああああああああ!」「ふううううううううっ!」
イシュタルは押し返されまいと、何度も無理に無理を重ねて円柱を撃って杭を押し出していく。
──だが、竜郎の最後の極の魔法が加わった瞬間、その拮抗は完全に崩れ去った。
「──くっ!?」
イシュタルの銀砂杭は竜郎のレーザーに飲み込まれて消えていく。
もしこれがエーゲリアやレーラだったのなら、システムの限界を超えたこの力にも対処する技術を持ち合わせていた。
なぜなら彼女たちはシステムがまったく存在しない時代から戦っていたからだ。
だがイシュタルは完全にシステムが構築されてから生まれた子供。
いうなれば、ゆとり世代ならぬシステム世代。
システムの便利さに慣れきった彼女では、そんな技術がある事すら思いもしていないだろう。
そうして銀砂杭を完全に飲み込んだレーザーは、そのまま威力は減衰しながらも、空中を飛んでいたイシュタルの腹部へと直撃したのであった。




