第442話 余興の次は……
「……きさま、何故武器を持たない。この上級竜たる私を馬鹿にしているのか?」
「え? 使ってほしいのか? そっちは何も持っていないみたいだし、フェアにいこうと思ったんだが」
実際には、あとでイチャモンを付けられたくないからだが、表向きの理由を口に出す竜郎。
だがそれはこちらを舐めているとでも思ったのか、ますます気性が激しくなっていく。
「こちらが下手に出ていると思って、調子に乗りおって」
「下手? どこが? 終始上から目線じゃないか。
もういいからさ、早くしてくんないか?
あんたに付き合っている時間がもったいない」
そもそも相手をしてやるいわれも無いのだが、盆暗に竜郎たちの力を見せるにはちょうどいいと思ったからこそ、素直に応じているだけなのだ。
自分に対してならまだしも、愛衣にまで見下した目線を向けられれば、竜郎とて表にはそれほど出さないが気分は最悪なのだ。
できるだけ早く終わらせたい。そして痛い目にもあって貰いたい。
「………………よかろう。後悔する前に死ぬがいい!! カァアアアアーー!」
「馬鹿だなぁ」
竜郎と相対して本当にこの竜が勝ちたいと思うのなら、爪でも牙でも尻尾でも何でもいいので、なりふり構わず物理的攻撃手段に頼るべきだったのだ。
ただそれでもいくらでも対処できるレベルの竜なので、正直結果は大して変わらないのではあるが、今やろうとしている魔法に属する炎の息吹きは問題外だ。
竜郎は杖すら持たず、天照や月読のフォローも一切断ち切った状態で、手を翳しその威力を解魔法で解析。
そっくりそのまま同じ威力の火炎を作りだして、突きだした右手の平から放射する。
竜郎によって完璧に調整されたその炎は、茶鱗老竜ジャジンの竜の息吹きと拮抗し、周囲に熱を撒き散らす。
竜郎はさらにその片手間で、風魔法を使って周囲の熱を掻き集めて茶鱗老竜ジャジンの周りにだけ集めていくのでそこだけ異様に熱くなっていく。
だが本人は拮抗している事に驚きすぎて、そちらにまで意識が向いていない。
チリチリと焦げ始めている鱗にも気を留める余裕もない様子。
「アアアアアァァァ…………げほっごほっ──ば、ばかな……」
「ん? もう終わったのか? あれだけ言っておいて、その程度なんてことは無いよな?」
「あ、あたり、まぇっだ──はぁ……はぁ……」
全体的に鱗が焦げ付き息を切らしている姿はどう見ても限界っぽいのだが、それでもやる気はあるらしい。
「だが少々、見誤って、いた、ようだ、な。すぅーーーはぁーーー。
では本気でいかせてもらおう──くらうがいい!」
「はいよっと」
一度息を整え直すと、茶鱗老竜ジャジンは大きく息を吸って、先よりも微妙に威力が強くなった炎の息吹きを放ってきた。
それに竜郎は同じように火炎放射を出して拮抗させる。
「やるなら派手な方がいいかな」
「アアアアアーーー!」
ここで解魔法を使って消し去ることも、《魔法支配》で制御を奪うことも可能だ。
だがそれでは何をやったのか解らずに、茶鱗老竜ジャジンの自爆とみられてしまう可能性もあるだろう。
ならば今ここで竜郎がやるべき一手は、目に見えて解りやすく、圧倒的な勝利を収めること唯一つ。
竜郎は光魔法の準備をしつつ、解魔法で相手の情報も探っていき、最大でどこまでやっても死なないかを解析していく。
(エーゲリアさんやアンタレス。セリュウスさんなんかを見てきたせいで、中級竜程度だとこんなものかと思ってしまうな。
まあ、普通に野生でエンカウントした魔物なら強いと思ったんだろうけど)
解析が終わった竜郎は、自分の出している炎に光魔法を混ぜ込んだ。
「ぼんっ」
「ギャアアアアアアアアアアアアアーーーー!?」
その瞬間拮抗状態はあっという間に塗り替えられて、白炎に全身飲み込まれた茶鱗老竜ジャジンの悲鳴がこだまする。
だが白炎が体を覆ったのは一瞬のこと。
全身の鱗を溶かし中の肉は炭化して、香ばしい臭いが立ち込めているが見た目ほど重傷ではない。
人間なら即死レベルだが相手は腐っても竜。
このくらいでは死なない。死ぬほど痛いだけだ。
「あつい──アツイィィィッィイイイイイタアアアイイィイイッ──。
だれっだれかっ助げでぐれぇぇえええ!?」
無様に転げまわるさまを自分は関係ないと後ろに下がっていた者は、さもありなんと同情の視線を送り、下等だなんだと喚いていた連中は阿呆の様に大口開けて、驚愕の色に染まった目で竜郎を見つめていた。
「ミーティア。そこの馬鹿を外に捨ててこい。治療の必要は無い」
「はい。承りました、イシュタル様♪」
イシュタルの側にいた眷属、二メートル程の紅鱗を纏った人型の女性竜人ミーティアが笑顔でそういうと、つかつかとこちらに歩み寄ってくる。
「兵士よ、扉を開けよ!」
「「はっ!」」
この帝国の地位だけでの話ならば、実質この国のナンバー2でもある彼女の言葉に従わぬ兵はいない。
扉の近くにいた二体の兵隊竜が急いで扉をあけ放った。
すると──。
「──ふんっ!」
「ぎょべっ──がっ」
茶鱗老竜ジャジンの真横に来ると、右足を後ろに軽く振り上げ蹴っ飛ばした。
四倍ほどの大きさの相手だというのに、蹴られた部分を大きくひしゃげさせながら扉の外まですっ飛んで行った。
「閉めなさい」
「「はっ!」」
真横を茶鱗老竜ジャジンが一直線に通り抜けていく様に呆然としていた兵たちも、女性竜人ミーティアの言葉一つで直ぐに行動に移す。
扉は完全に閉ざされて、茶鱗老竜ジャジンのうめき声一つ聞こえなくなった。
女性竜人ミーティアは軽く竜郎へと微笑みながら会釈すると、そのままイシュタルの元へと帰っていった。
「さてタツロウよ。急な余興を頼んですまなかったな」
「いえ、不満に思う方が多いようでしたので、そういう方々に早めに理解を示してもらう為にも良かったと思っています」
「うむ、そう思って貰えるとありがたいな。
それで、あやつと同じように不平を口にしていた者も多々いたようであるが、今のを見てなお矮小で脆弱な人種だと思う者はいるか?」
その言葉に竜郎はにっこりと笑顔を浮かべながら、先ほどの口汚い竜達を見渡してから、再びイシュタルに向き直る。
「もしいるのなら、その方々にも理解を示してもらえるよう。こちらも誠意を以って証明してみたいと思います」
「おおそうか。良かったな、お前たち。相手をして貰えるそうだぞ?」
「「「「「………………」」」」」
口汚くののしっていた連中にイシュタルが意地の悪い笑みを向けるが、もう誰もこちらを蔑むような目をした存在はおらず、むしろ先の言動に対してどう釈明すべきかと冷や汗を流しながら体を震わせていた。
「なんだ。誰もいないのか。せっかく客人が自ら申し出てくれたと言うのに、なさけない。
それにアレでは実力の一端すら引きだせていなかったしな、誰ぞ相手をして本領を見せて貰いたいものだが……」
そうは言うが、誰もそれに名乗り出る者はいなかった。
殺されないとはいえ、誰も痛い思いはしたくない。
沈黙だけが流れ始め、これ以上は待っても立候補者は現れそうにない。
「ふむ……そうだな……、ちと我とやりあってみぬか?」
「え? イシュタル様と?」「イシュタル様!?」
竜郎と女性竜人ミーティアの声が重なって部屋に響いた。
その二人が一瞬だけ目線を合わせると、女性竜人ミーティアはすぐさまイシュタルと向き合った。
「お止めください! 相手がいると言うのなら、この私を指名してくださればよろしいのです。
本気を引き出せとお命じになられるのなら、身命を賭してでも叶えてご覧に入れます!
玉体自らなどありえません!」
「そなたの言い分も解るつもりだ。自分で言うのもなんだが、私と言う存在はこの国にとっても、この世界にとっても必要であると。
ゆえに危険な事に自ら突っ込むなと言うのだろう?」
殺し合うわけではないだろうが、それほど実力が離れているわけでもない相手との戦いでは、もしもという事は十分にあり得る。
自分の主が殺されるなどとは思ってはいないが、重傷など負って痛い思いはして欲しくはない。
「解っているのならどうして──」
「セリュウスが言うには、母上が我と同じ年代だった頃、既に今の我よりもずっと強かったそうだ。
同じ真竜であるというのに、どうしてそれほど差が付いた?」
「それは……時代が違うのですから仕方がない事です」
それこそエーゲリアの子供時代は、強力な魔物が次々と生まれる混沌時代だった。
生まれて間もないエーゲリアも、母イフィゲニアが別事で動けない時はクリアエルフと共闘したり、眷属たちと戦いを重ねてきた。
その結果として実力が上がるのも早いと言うのは、当然のことだ。
今はめったに強力な魔物が出てこない平和で安定した時代。もし出ても真竜が出る前にクリアエルフの誰かなり、神によって選ばれた英雄達が倒すだろう。
だからイシュタル自らが前線に出る事は、ほとんどないと言ってよかった。
ただ真竜というのは、その任された仕事柄、それをしていればレベルは勝手に上昇していく。
なので箱入り娘のイシュタルでも、千年の間でそれなりの力はちゃんと有しているというのは間違いないし、このまま安全に過ごして一万歳にでもなれば、十分真竜と胸を張って言える存在になる事は間違いないのだ。
だからわざわざ危険な真似をする必要は全くないと言っていい。
「だがなミーティアよ。我はもっと早く大人になりたいのだ。その為には経験が必要だとは思わないか?
それにいざとなった時、実戦慣れしておらず体が動きませんでしたでは目も当てられん。
強敵と相対するというのは我にとって重要な事なのだ。
それでどうだろうか? 我との勝負、受けてはくれぬか?」
「えーと……」
竜郎は本当にいいのかと女性竜人ミーティアへと顔を向けるが、イシュタルの意志は動かせないと悟ったのか、小さく頷き返した。
「では、お受けします──と言いたいところなのですが、さすがにイシュタル様と戦うのに何も準備なしでは厳しいです」
「そうか? そのままでも十分やれそうではあるが……」
向こうは物理も魔法も高いレベルで使いこなす。
愛衣の補助があるのなら物理の方を担当して貰えるので問題ないが、一対一でこのレベルの武術を受けられる自信はあまりない。
なので竜郎はあらたに思いついたあの戦い方の試験運用にちょうどいいと、補助要員を一体連れる事を許してもらいたかった。
「なので、この子を自分のサポートに付けてもよろしいでしょうか?
もちろん、この子自体が前に出て戦うわけではありません」
そうして竜郎が紹介したのは、自分の影の中で休眠していた鬼武者幽霊──武蔵だった。
影からにゅっと出てきて、気配に鋭いもの以外がぎょっとして武蔵へと視線を送ってきた。
「何かいるとは思っていたが、そのような存在を入れておったのか。
それでその者は誰なのだ?」
「私の眷属の武蔵です。この子と一緒であり、杖の使用を許して貰えるのなら、お受けしたいと思います」
「うむ。必要だと言うのならそうなのだろう。何か企んでおるようだしな」
「ちょっと自分の弱点を克服しようかと」
「人の身でそれだけの力を以てしても、さらに上を目指すか。
面白い。我は強敵との経験を、タツロウは更なる高みへといくため。
なかなか互いに有意義な戦いになりそうだ」
「ですね」
そうして竜郎は、何故かイシュタルとも戦う事になったのであった。




