第441話 いちゃもん
真竜には、自分の直系たる子孫を生み出す特殊な力が備わっている。
それは特殊な物質を自分の体内から取り出して、その中に自分の神力と竜力を半分、他者の神力と竜力を半分で満たす事で真竜の卵が生まれる。
あとはこの卵に真竜の竜力と神力を注ぎ込みながら一週間の時が巡ると、無事に孵化し、新たな真竜の誕生となる。
ただその卵を作る過程で必要なエネルギー量は莫大。
自分の分は自分で何とかするので良いとして、もう片方は収集するのが大変なばかりか、その対象となる神力と竜力を持った協力者を見つけるのがまず困難。
さらに厄介な点がもう一つ。
初めから竜力を持っている竜種が、神格者の称号を得られるほど上り詰められる存在は、稀だがいないわけではない。
むしろ他種族に比べれば、ずっと多いともいえる。
ならばそういう竜種に頼んで神力と竜力を分けて貰う事が出来れば……とも思うのだが、そういった竜種がいたとしても、初代真竜セテプエンイフィゲニアに連なる竜ではエネルギー収集が出来ない。
そしてこの世界の知恵ある竜の大元をたどっていくと、必ずと言っていいほど初代真竜セテプエンイフィゲニアの存在が出てくるのだ。
中には自然界で生じた魔竜が知性を得て、神格を得るまでの存在に至る様なケースも世界史上でないわけではないが、これはほぼ有りえないとまで言えるほど存在する可能性が低い。
となると竜からそれを貰うのは、ほぼ不可能ということになる。
なので普通は最初から神格者であり無限の時を持ち、竜を殺して食べ竜力を得たクリアエルフに、何度も協力してもらうというのが一般的なセオリーなのだ。
別に同一人物であると言う必要も無いので、出会った時に頼んだり、見返りを用意して定期的にエネルギーを貰ったりと言う風にして何千年、何万年単位でゆっくりゆっくりと溜め込んでいく。
現にエーゲリアも、その娘イシュタルもそうしてこの世に生まれている。
ちなみにレーラもイシュタルの卵を作るのに何度も協力しているので、イシュタルの沢山いる母や父の内の一人ともいえる存在だったりもする。
「というわけだ。別に毎日死力を尽くして注ぎ続けろなどと言うつもりはないし、無理のない範囲で──だが出来るだけ頻繁に協力してほしいのだ」
そこで言うとこの二人。実に好物件とも言える。
それこそ竜種すら凌ぐほどの竜力を大量に保有しているうえに、これから最低でもあと数度強敵と戦いレベルが上がり、神力も増えていく。
さらにこの二人がいるという事は、カルディナ達もセットでいるという事だ。
カルディナ達は竜種ではあるが、完全に竜郎が生み出した存在であり、初代真竜セテプエンイフィゲニアとは一切かかわりがない。
エーゲリアから解決法を学んだために、もはやそれほど遠くない未来に竜郎が神力での器造りに成功するだろう。
そうなれば強力な竜種六体からも、協力を仰ぐことが出来る。
さらにさらに、竜郎達と同じく大量の竜力を保有するリアもまた、神格化の可能性は十分にありえる。
そうなると竜郎とその身内だけで既に九人。
レーラからもまたイシュタルの時のように協力を得ることが出来るのなら、さらに増えて十人。
いつ会えるかも解らない上に、基本引き籠りなクリアエルフの協力者を探すよりも、卵の生成期間は大幅に短縮される事だろう。
『ってのが俺の考察なんだが、愛衣はどう思う?』
『ん~たつろーがいいなら、私は別にいいよ。
無理のない範囲でって言ってくれてるし、神様たちの話じゃ約束はちゃんと守ってくれる竜なんだよね?』
『ああ。等級神も、一度約束すれば、それを違えることは無いと言い切るほどだからな』
『それにエーゲリアさんの娘だもん。きっと信用できるはずだよ』
愛衣のその言葉には説得力があった。まだ出会ってそれほどではないが、エーゲリアは十分に信用に足る竜だと思える。
それにだ。あれだけの力を持っている存在の邪魔など誰も出来ない。
もし裏に邪悪な心を潜めているとしても、それを止められるものなどいないのだから考えるだけ無駄だ。
念話会議で竜郎と愛衣が数秒間で考えた結果。
その申し入れを受け入れることにした。
「イシュタル様が我々の協力をして下さると言うのであれば、喜んで力を差し上げる事を約束いたしましょう」
「そう──」
「何を言っておるっ!」
「ん?」
イシュタルが大きな口を嬉しそうに開けた瞬間、突如それに水を差してくるものが現れた。
それは言うまでも無く、竜郎たちをあざけっていた連中の中の一人だった。
それはイシュタルも気付いていたのか、話も解らない奴がしゃしゃり出てきたことが不快だったのか、露骨に眉間に皺を寄せてそちらに視線を送った。
「なんだお前は。我の決定に不服とでも言う気か?」
「い、いえ。ですが陛下! あなた様は、そこの愚かな下等生物どもに騙されておいでの様だ!
このジャジン! このジャジンは!! 忠実なる家臣として見過ごせませぬ!」
見下した視線を送っていた中でも、最も位が高そうな豪華な白マントの8メートルサイズの茶鱗老竜ジャジンが、一瞬イシュタルの迫力にびくつきながらも前に出てきた。
だが竜郎が見た感じでは忠義の心からではなく、自身の欲望──出世のために動いているようにしか見えなかった。
(まあ、印象が悪かったからそう思えただけかもしれないがな)
心の中で苦笑している竜郎の方へと、大きな体で竜の威圧を放ちながらこちらへとやってくる。
だがカルディナたちの物に比べたらそよ風だ。竜郎も愛衣も何とも思わない。
それどころか神の威圧で圧倒してやろうかと愛衣から念話があったので、竜郎がそれを止めていたくらいだ。
やがて茶鱗老竜ジャジンに追従してヤジを飛ばし始めた連中の声を背に、竜郎達から五メートルほどの所で立ち止まった。
「我が騙されているだと? 何を根拠に言っている。
事と次第によってはどうなるか──解っているのだろうな?」
「──ひっ。おおおおおお待ちを、陛下!」
老竜に追従してヤジを飛ばしていた連中は、イシュタルの眼光で静かになる。
やはり真竜。自分に向けられていないとはいえ、竜郎や愛衣の背中にも寒気が走りそうになる。
だがそんな中でも自分の考えに余程自信があるのか、茶鱗老竜ジャジンは踏み止まって自称忠言を吐き出していく。
「陛下、ご覧ください! この様な矮小な──それもただの人種でしかない卑しい姿を!」
礼儀知らずにも人に向かって堂々と指を差し、見下した視線を向けて来る。
それに対し誰が卑しいじゃい。と竜郎は思わず突っ込みを入れそうになったが、後は何だか滑稽なピエロに見えてきて、不快さが薄れていく。
そんな風に思われているとは露ほども思わずに、「ほら見た事か。言い返せないであろう!」と鬼の首を取ったかのように、茶鱗老竜ジャジンは口角を嫌らしく上げた。
「こんな者達に竜力がある? それに私とて持っていない神力も? 馬鹿を言っちゃあいけませんよ。
どうやって恥知らずにも陛下に取り入ったのか、どんな願いを持ってやって来たのかは存じませんが、よくよく考えれば誰だって嘘だと解りますとも。
でしょう? 皆の者よ!」
「そ、そうだそうだ!」
「エルフや天魔、妖精でもない奴が調子に乗るな!」
「帰らないと言うのなら食ってやるぞ!」
などなど、バリエーション豊かな野次に、竜郎はあきれて物も言えなかった。
竜郎達の実力を完全に読み切っている数体はゆっくり後ろに下がり、少しでも関係が無いとアピールし始める。
大よそ程度しか読み切れていなかった者達も、それを見てこれはやばいと後ずさっていく。
「──黙れ」
心の広そうなエーゲリアですら不快に思い始めたのをすぐさま感じ取ったイシュタルは、小さく呟くようにそう言った。
「「「「────っ」」」」
ただそれだけで、熱し始めていた茶鱗老竜ジャジン達の空気が凍りついた。
それにイシュタルは面白い事を考え付いたとばかりに、ニヤァとその大きな口を歪めて牙を見せる。
「貴様はこの者達を矮小で卑しいと言っていたな。その考えに今も変わりないか?」
「────え、ええ! 変わりありませんとも!」
「そうかそうか。ならばその身を以ってそれを証明して見せろ」
「…………と、いいますと?」
などととぼけた風に言うが、内心は待ってましたと言わんばかりに少し嬉しそうにしていた。
おそらくどうにかしてそういう展開に持っていきたかったのだろう。
(俺たちを倒してそれみたことか。私のおかげで騙されずに済んで良かったですね!
とでも言ってイシュタルさんに恩を着せたいんだろうな)
その下手な演技からして、どう見ても忠臣の態度ではない。
竜郎の考えは間違ってはいないだろう。愛衣もカルディナ達も、そしてリアもその考えに至っていた。
もちろんそれはレーラやエーゲリア、イシュタルもだ。
「そのままの意味だ。貴様の力を以ってして、それを証明しろと言っているのだ。
お前に負けるような奴が神格を持っているはずはないし、例え持っていたとしてもそんな弱者に用はない。好きなようにするといい」
そのイシュタルの言葉に笑いそうになる口元を必死に制御し、茶鱗老竜ジャジンはわざと悲しそうな表情になる。
「で、ですが相手は矮小なる人種です……。上位種である竜の私が相手では、手加減が出来ずに殺してしまうでしょう。
聞くところによればエーゲリア様とも接点がおありの様ですし……本当にそれでもよろしいのですか?」
「くどいな。私は好きなようにやれと言ったのだ。
このイフィゲニア帝国皇帝イシュタルの名において、例え母上であっても文句は言わせん」
「そうですか! それを聞いて安心いたしました。ですがもちろん殺す気でやるつもりは有りませんよ。
けれど私は人種が脆弱な事は知っていますが、どれだけ脆弱なのかは存じませんので、一応の確認を取ったまででし──」
「貴様は──どれだけ我の時間を取れば気が済むのだ?」
「今すぐに準備いたします!」
長々と言い訳を続けようとしてきたので、イシュタルは怒りをあらわにして早くやれと暗に告げた。
さすがにまずいとようやく気が付いたのか、茶鱗老竜ジャジンは慌ててマントを外すと、自分に賛同してくれていた竜の一体にそれを渡した。
そして皆が竜郎と茶鱗老竜ジャジンから距離を取り始める。
竜郎と茶鱗老竜ジャジンは、互いに十メートルほどの距離で向かい合った。
「身の程知らずにも、ここまでやって来た愚かな者よ。
ここで貴様の化けの皮を剥がしてくれよう。
この上級竜であるジャジン様がな!」
「え? 上級竜? あんた中級竜だろ?」
「な、なんだとっ!」
「あ、やっべ。気にしてたのか……なんか……その……すまんな」
「きっ、きききぃさまぁあ!」
確かにこの茶鱗老竜ジャジンは、三段階評価の通信簿があったとして、3なら上級、2なら中級、1なら下級とした時、本当に人の良い先生であったのなら3にしてくれるかもしれない。
だが普通の先生なら少し迷って結局2にするだろう。
5段階評価で5だけが上級を示す場合、4が良い所。
身長が150センチだけど、十の桁を四捨五入したら2メートルだよね! と言い張るのに等しい。
そんなあまりにもな豪快なサバの読み方に、竜郎は思わず正直な気持ちが口から出てしまったのだ。
だがそれを指摘された本人は、自分でも内心わかっているだけに、屈辱感が半端ではない。
さらに謝罪までされて、自分よりもはるかに劣る存在に憐れまれたと怒り心頭。
だが竜郎は言ってしまったのだからしょうがないな! ともう開き直って準備万端。
そうしてライオンとネズミの対決が今、始まるのであった!
どちらがライオンでネズミであるかは……あえて言うまい。




