第440話 皇帝イシュタル
その後、群青色の飛竜ルブルールの先導の元。竜郎達の乗る魔物船長門はイフィゲニア帝国の港に無事辿り着いた。
今回は竜郎達だけでなく、現皇帝陛下の母親が随伴しているという事もあり、緊張感漲る竜の兵士たちが冷や汗を流しながら歓待してくれた。
今日はもう遅いのでこの港町で一番大きな宿に宿泊し、明日の朝に飛竜たちが帝都まで竜郎達を駕籠に乗せて送っていってくれるとの事。
案内された先にあった宿は、船を降りた途端竜形態に戻ったエーゲリアでも泊まれるほど巨大な施設で、むしろ人間の竜郎たちではサイズ感が何もかも違っていた。
しかしエーゲリアの眷属である黒竜人セリュウスのような要人や、竜大陸と唯一真面な国交のある妖精郷の住人が来たりもするので、竜郎達サイズの部屋もちゃんとあるらしいのでほっとした。
けれどそうなるとエーゲリアとは一旦別れる事となる。
側仕えが誰もいないという事でエーゲリアには飛竜ルブルールが付き、竜郎達には兵隊竜で一番階級の高いティラノサウルスのような地竜が付き、それぞれの部屋の方角へと向かった。
エーゲリアと離れた途端に態度が変わったりしないかとも警戒していたのだが、兵隊竜のティラノさん(仮名)は、変わらず恭しい態度で案内を続けてくれた。
だがこれは別に竜郎達に対して良い感情を持っていると言う訳ではない。
もちろん悪い感情も持っているわけではないが、イシュタルの客人であり、エーゲリアの随伴者である者達に、適当な態度を取った場合どうなるか、そこら辺の分別が付いているだけだった。
そんな風にして案内された豪華な部屋で一泊した竜郎達は、翌朝たらふく朝食を頂き、さっそく帝都イフィゲニアへ飛竜たちの持つ駕籠に揺られて飛んで行く。
ちなみにエーゲリアは百匹近い飛竜によって持たれる、超特大駕籠だ。
空から見渡す大地はしっかりとした文明が築かれており、ちゃんと整備された道や町並みが広がっていた。
エーゲリアでも解っていた事だが、この世界の竜は野にそのまま住まうのではなく、地球の人間のように家を建て町を築いて集団で生活しているようだ。
なんとなく山などに着の身着のまま生活しているイメージが竜にはあった竜郎や愛衣には、それがとても印象的だった。
やがて帝都の上空に差し掛かってくると、壁などなく真っ白で巨大な建物が並ぶ、非常に考えられて整地された町並みが見えてきた。
竜大陸はどこもそうなのか、人種などが住まう町と違って、壁などは特に築かない様だ。
「まあ一人一人が人種とは比べ物になんないし、壁なんて無くても魔物くらい自力でどうとでもなるよね」
愛衣の言葉に頷きながら、竜郎はその町の中心に建てられた、さらに巨大な白い城に目を奪われた。
「綺麗なお城だな」
「雪で作ったみたいに真っ白で、汚れ一つないよ」
もちろん違うのだが見た目だけでみれば、愛衣の言った通り雪で作った城と言われても信じてしまう外見だった。
そんな城の一角。ヘリポートならぬ飛竜ポートらしき、平たい塔へと下降していく。
ゆっくりと駕籠が降ろされて、竜郎達は問題なく城の内部までやって来られた。
遅れてエーゲリアの駕籠も到着し、随伴竜達に囲まれながらのっしのっしと大きな巨体を揺らしながら竜郎たちの元まで歩み寄ってきた。
「では行きましょうか」
「はい」
完全に外行きの顔に変わったエーゲリアに、竜郎達も気を引き締めて後をついて行った。
城の中は壁も床も白を基調とした朱塗りの彫刻が成されており、踏みしめる床はタイルのように見えて柔らかい不思議な材質だった。
先ほどの竜ポートが一番皇帝のいる謁見の間に近い竜ポートらしく、それほど時間もかからずに、エーゲリアの巨体でもすんなり通れるほどの巨大で重厚な扉の前までやって来た。
イシュタルの眷属飛竜ルブルールが前に出て、これまた大きなドアノッカーをガンガンガンと鳴らす。
すると中から中級ほどの力量を持った竜が、二体がかりでその扉を開けていった。
中はエーゲリアと初めて会った時のような神殿に似た感じではあったが、こちらは一番後ろの壁に巨大な五十メートルはあろうステンドグラスが嵌められて、プラチナに輝く二体の竜がそこには描かれていた。
そしてその手前には玉座なのだろうが、人のものとは違い天蓋の無い豪華絢爛な竜サイズの丸型ベッドのようなものだった。
さらにその玉座の真上の天井には青みがかった丸いガラス窓があり、そこから外の日差しが降りてきていた。
だがそのガラスは緻密な計算によって嵌められ、その素材も特殊な物で出来ているのだろう。
王座のあるちょうどピッタリの範囲だけに、不思議なキラキラとした神秘的な青い光が降り注いでいた。
「では皆様。お進みくださいませ」
飛竜ルブルールは、それだけ言うと後は兵隊竜に任せてこちらから離れて行き、玉座の横方向にあるこれまた巨大な扉の方へ向かって行った。
まだイシュタルらしき竜がいない事からも、こちらが指定位置についてから、あそこから出てくる予定なのだろう。
そんな竜大陸イフィゲニア帝国の謁見の間を見ながら歩き、今度はその場にいる存在達へと失礼にならない程度に視線を巡らせていく。
見渡した限りでは、この帝国の重鎮らしい豪華な模様が金糸で描かれた白いマントを背に羽織った、5メートルから10メートルくらいの大きさをした老竜が数名。
同じような刺繍のされた、青いマントを羽織った成竜が数名。
近衛兵らしき、ブレスを吹いている竜の刺繍がなされた紫マントを羽織っている竜が五名。
何もマントの羽織っていない、一般兵らしき竜が数十名。
そして後はイシュタルの眷属らしき、玉座の前に立つ紅鱗を纏った二メートル程の人型の女性竜人が一名。
黄色い鱗の竜郎達が描くドラゴン像を体現したかのような五メートルほどの竜が一名。
おそらく母の眷属、黒竜人セリュウスと紅竜アンタレスをモデルに創ったのだろう。
だがその力は遠く及ばず、上級竜に毛が生えた程度の飛竜ルブルールより、わずかに強い程度の力しか持っていない様だ。
そんなメンツの中で老竜の内二名と大多数の成竜は、エーゲリアやレーラ以外のメンツに向かって──特に竜郎と愛衣へ、明らかに見下したような視線を送っていた。
『何かムカつく視線だね』
『だな。まるで下等な生き物だと言わんばかりの目だ』
『そんなに強いの? そいつらは?』
『いいや、ぜんぜん。むしろそういう目で見ていない竜達の方が強いぞ?』
念話で会話しながら、竜郎と愛衣は逆に見下した視線を送っていない竜達をチラリと観察する。
すると何名かとは目が合うなり、速攻で目線を逸らされた。
他の竜達も信じられないと言った目や首を傾げたりと、恐らく竜郎達の実力を大よそなら把握できている竜なのだろう。
ということは、そんな反応をする竜がいる事にも気が付かずに、見下しせせら笑っている竜達は、相手の実力が測れない盆暗なのだと竜郎達は判断した。
『あんなでっかい図体してても小者ってのはいるんだねぇ』
『そう言うのは体の大きさじゃなくて、心の大きさの問題だからな』
この場にいる竜達は、エーゲリアを抜かせば最高でも上級竜に毛が生えた程度の眷属や熟練の竜が数名といった所が精々。
それ以下となると中級竜以上、上級竜以下の存在しかいない。
これならばリアは単独では危ないかもしれないが、竜郎達なら全力全開で挑めば一人でこの場を制圧できるだけの実力差がある。
もちろんそれは、エーゲリアが向こうに付けば全員総出でもあっさりとひっくり返されてしまうだろうが、そんな存在を見下すと言うのは国の中核を担う人材としてどうなのかと竜郎は疑問に思う。
だが基本的に竜はあらゆる生物の頂点に立つ上位種であるという根底がある。
そこへ戦闘での才能で言えば底辺に位置する人種という存在は、竜達の中では自分たちより劣っていて当たり前という考えを持つ者も少なくない。
要は竜郎達がイレギュラーすぎるだけなのだ。
ただ……そこから見下すか、路傍の石ころとみるか、はたまた保護の対象と見るかで性格の違いは出るのだろうが。
そんなこんなで居心地の悪い思いをしながらも、玉座らしき場所から少し離れた場所でエーゲリアが止まったので、竜郎達もその後ろで停止する。
それを見た飛竜ルブルールは、扉の向こう側になにやら合図を送った。
するとその数秒後に、大きな扉が開いていく。
「──え?」
「どうしたの? たつろー」
そこから出てきたのは、十メートル程の大きさの──美しく煌めく銀鱗の竜。
その瞬間、竜郎の脳裏にとある記憶がフラッシュバックした。
それはまだ竜郎がこの世界にやってきて、ほんの数日しか経っていなかった頃。
その頃はまだカルディナもおらず、愛衣と二人きりでアムネリ大森林をさまよっていた。
夜の見張りも互いに交代交代で、落ち着いてろくに眠れなかった。
そんな夜、竜郎が見張りの時間をしていた時分に、今目線の先にいる竜と同じ、美しく煌めく銀鱗の竜と出会っていたのだ。
他人の空似ならぬ他竜の空似か? などと一瞬考えがよぎる。
あの時目が合った時に感じた存在よりも、力が劣っているように感じたからだ。
以前に会った時もエーゲリアとは比べるべくも無かったが、それでももう少し強かった気がする。
だが未来からやって来た竜郎からしたら過去の話だが、よくよく考えてみたら時系列的には出会ったのは約90年も未来の出来事。
真竜がその90年まるで成長しないと考える方がどうかしている。
なによりあの時感じた──今思えば竜にしても、不思議なほど威厳に満ちた威圧感だった。
それはエーゲリアに初めて会った時にも酷似している。ならばあれが真竜だったと考えるのが自然だろう。
そして真竜は現在、エーゲリアとイシュタルの二体だけ。
(という事は、あの時の竜は既に俺達の事を知っていた?
だからあの時、最後にこっちを見て笑ったのか?)
今そこにいる銀竜が、それを知っているのかいないのか。
未来を見る力を持っていると言うのなら、知っていてもおかしくはないが、この時はまだ知らないかもしれない。
さてどう接するのが正解なのかと頭を悩ませている間に、真竜イシュタルが丸型ベッドの玉座に座した。
上から降り注ぐキラキラとした青い光が銀鱗に反射し、その姿はとても神々しかった。
そして一拍置いた後、ちらりと竜郎たちに視線を向けてから、まずはエーゲリアに向かって口を開いた。
「やはり母上も来たか。手間が省けて助かったぞ」
「何が助かったぞ、ですか。聞いてみれば今回の事は、私にもちゃんと貴女から話すべきでしょうに」
「だがセテプエンリティシェレーラがいる事を考えれば、母上を経由してくるのは誰でも想像できる。
ならばそちらで話してくれた方が二度手間にもならんだろ?
そしてそなたらがタツロウ、アイと申す者でいいか?」
「「はい」」
さすがに愛衣も、ここでは空気を読んで敬語で答えた。だがその間にも、ヒソヒソとこちらを嫌な目で見ながら何かを囁きあっている集団がいた。
「遠路はるばるよく来た。そなたらの事を我は歓迎しよう」
「ありがとうございます」
「でだ。あまりここでグダグダ言っていてもしょうがない。単刀直入に言わせてもらおう。
そなたらが我の願いを聞き入れてくれるのなら、我もそなたらの手助けをすると約束しよう」
「我々にできる事でしたら可能な限り努力はさせて頂きますが、内容を聞かなければ承諾しかねます」
等級神たちの話では何かして欲しい事があると事前に聞いていたので、要求がある事は既に解っていた。
だがそれが無理難題だった時に、妙な言質をイシュタルに──と言うよりも周りの小者竜達に取られたくはないので、そこはハッキリと告げておいた。
その態度がますます気に入らなかったのか、小者竜達は鼻を鳴らして不機嫌そうだ。
「であろうな。なに、別に無茶な事や酷い要求をするつもりはない。
ただ我は、そなたらの力を定期的に提供してほしいというだけだ」
「あなた、まさか……」
「そうだ。こういうのは早い方がいいだろう」
今の一連の流れだけで、エーゲリアにはその要求の真意に気が付いたようだ。
エーゲリアの顔色をチラリと窺った限りでは、困惑と言うより呆れの方が強かったので、恐らく竜郎達にとってもイシュタルにとっても危険な事ではないのだろう。
「えーと、その……力を提供すると言うのは、一体どういう意味で?」
「そんなものは決まっているだろう。
我の子供を、新世代の真竜を生み出すためだ!」
ババン! と漫画なら集中線が入りそうな勢いで、イシュタルはそう言葉を放ったのであった。
「「──はい?」」




