第439話 いざ竜大陸へ
明日には帝都イフィゲニア行きの準備が整うという事で、その日はエーゲリアが住まう神殿近くの宿泊施設にやっかいになった。
そして翌日、準備が出来たと告げに来た羽毛白竜リリィについて神殿へと戻ってきた。
エーゲリアのいる部屋の中へ入ると、昨日と同じガラス張りの温室が広がっていた。
「それじゃあ、行きましょうか」
「はい」
若草色の大きな座布団の上で寝そべっていたエーゲリアがむくりと起きて、竜郎達を連れて水路のある場所までやって来た。
ここにいるのは竜郎達一行とエーゲリア、黒竜人セリュウス、海竜レーレイファ、地竜ジギルゾフ、飛竜ファイファー、白竜リリィで、紅竜アンタレスは温室で爆睡中だ。
「それじゃあ、さっそく魔物の船を見せて貰えないかしら!」
「え、ええ。ちょっと待ってくださいね」
魔物の船というだけでもそれなりに珍しいと言うのに、竜郎によって地球風の船へと改造された特殊なものという事で、エーゲリアは見るのを楽しみにしていたようだ。
期待にそって竜郎が水路に魔物船長門を浮かべると、プラチナ色に輝く鱗を太陽光に反射させながら、その周囲を飛び回って観察し始めた。
真竜という怪物級の存在が周囲を飛び回る事に、若干恐怖の感情が長門から契約パスを通して伝わってくる。
竜郎はそれに苦笑しながら、危なくないから大丈夫だと宥めた。
それからほどなくして満足したのか、つやつやした顔で竜郎達の元へと舞い降りてきた。
巨大な翼をバサッとはためかせているのに、全く風すら起こさずに無音でだ。
どのようにしてそれを実現させているのか興味は尽きないところではあるが、竜郎達にはやるべき事もあるので一旦脇に置いておく。
「それじゃあ、僕らはこれに乗っていけばいいんですよね」
「ええ。空路だと海路に比べて色々と手続きが面倒なのよ。
だからこの魔物船で海路を進んでくれると助かるわ」
「解りました。それでエーゲリアさんは?」
「え? 私もこれに乗りたいわ」
「え?」
「え?」
竜郎とエーゲリアはお互いに何言ってるの? と目を合わせたまま、首を傾げた。
魔物船長門の全長は最大まで拡大した状態でも、現状50メートルは届かない。
負担なく、それでいて広い状態というのが今の40メートルサイズなのだ。
そこでいうとエーゲリアのサイズは大よそ20メートル。
十分40メートル以内に入る大きさだと思われるかもしれないが、甲板はただの平面ではないのだ。
公園やら展望室やら、他にも竜郎達にとって過ごしやすいように整備されているので、そんな大きな存在を乗せたら入れたとしても、何かは壊され、その上でとても窮屈な思いをさせるだけだろう。
また詳しい数値は調べても無いので知らないが、失礼ながらその質量も相当なものだろう。
公園のある中心を避けて座って貰うとなると、前後どちらかに傾く可能性も大きい。
なので出来れば一人で飛んで行くなり、自分専用の移動手段でもあるのだろうと思っていたのだ。
ところが相手は竜郎達と同じ魔物船長門で行く気満々。
さてどうしたものかと竜郎が頭を悩ませた所で、それを見かねたレーラが間に入ってくれた。
「エーゲリア。ちょっと話を端折り過ぎよ。あなた、その姿しかタツロウ君たちの前では見せてないわよね」
「──あ、ああ~。そうだったわねぇ。そりゃあ、このまま乗せるなんて思ったら、そういう反応にもなるわよねぇ。おほほほ」
あらやだもぉ。といったおばちゃんのような手振りをしたかと思えば、エーゲリアの体が光に包まれていく。
突然なんだと思いながらも見守っていると、光が段々と縮んでいき人の形を成していく。
そして光が収まると、現れたのはエルフのように耳が尖った、プラチナブロンドで妙齢の美しい、百八十センチほどでグラマラスな体形の女性が立っていた。
出で立ちはワインレッドのワンピースドレスで、その長い裾の端からはプラチナ色の尻尾がちらちらと見え隠れしていた。
さらに背中側には、体格相応のプラチナ色の竜翼が一対広がっていた。
「えっと、エーゲリアさんですか?」
「ええ、エーゲリアさんですよ。これなら大丈夫でしょう?」
「……実は質量はそのままでしたーとか言う落ちが有ったり?」
「見た目通りの重さだから安心してちょうだいな」
何言ってるの? この子はもう。と言わんばかりにクスクス笑いながら、エーゲリアは竜郎の背中をポンポン叩いていた。
その時の力加減も人間そのもので、完全に人に擬態していると言えるだろう。
「エーゲリアさん。そのままでも空は飛べたりするの?」
「ええ飛べるわよ、アイちゃん。ほら──」
「おおー。飾りって訳じゃないんだ~」
「………………」
竜郎はそれよりも、ワンピースドレスで飛んだ時にパンツが見えてしまうのではとヒヤヒヤしたのだが、何故かスカートの中は白い靄で覆われて自主規制されていた。
小さな子供にも優しい仕様で安心した竜郎だった。
「それじゃあ、行く人は乗り込んでくださーい」
長門にタラップを降ろしてもらう。
「いっちょ頑張ってこいや、嬢ちゃん。そんで暇になったらまた俺と勝負しにきな。
今度は負かしてみろや」
「次はもっと強くなってるっすから、もう負けないっすよ! ジギーのおっちゃん!」
「がはは、楽しみにしてらい」
激しい戦闘でお互いに本気でぶつかり合った結果。
地竜ジギルゾフとアテナは親戚のおじさんと姪っ子のような、暖かな関係を築いたようだ。
だがその一方で、カルディナと飛竜ファイファーはと言えば……。
「あぁ、カルディナ嬢。本当に行ってしまうのだね……。
本当ならもっとお互いを解りあうためにも、夜景の綺麗なレストランで食事でもして語り合いたいと言うのに……。
あなたと離れると思うと、胸が張り裂けそうだ……」
「ピィィィー!」
竜郎の耳にはカルディナが、「ひぃぃぃー!」と言っているように聞こえるのは気のせいだろうか。
どうやらカルディナとの一戦で、すっかり飛竜ファイファーは彼女に惚れこんでしまったらしい。
青色の鱗に覆われた頬を赤く染めながら、悲劇の主人公を気取ってカルディナをウットリと見つめていた。
だがカルディナには全く以てその気はなく、ささっと竜郎の背中に隠れてしまった。
「はははっ。なんて奥ゆかしい子なんだ。そう言う所も素敵だなぁ。
お義父さん、またいつでも来てくださいね!」
「は、はあ……。それじゃあ──さいならっ」
キザにウインクをしながら竜郎にそう言ってきた飛竜ファイファーに、心の中で「誰がお義父さんじゃい!」と突っ込みを入れながら、カルディナを守るように抱きしめて逃げるように船上に駆けこんだ。
「──あっ。まったく、親子そろって恥ずかしがり屋なんだな、ふふふっ」
「あんたがキモいから逃げたのよ」
「どこがだい!?」
ともすればストーカー予備軍と化した同じ眷属のファイファーを、汚物を見る様な目で白竜リリィは冷静に突っ込みを入れていた。
その横で同じ雌竜の海竜レーレイファどころか、雄の黒竜人セリュウスや地竜ジギルゾフも密かに頷いていた。
「昨日も言ったが、君たちもいつでも来るといい。また強くなっている事を期待しているぞ」
「ヒヒン!」「もちろんですの」
黒竜人セリュウスはジャンヌと奈々にそう言って送り出すと、自分の主人エーゲリアに向き直る。
「留守の間は、このセリュウスにお任せください。何人たりとも不埒な真似はさせません」
「ええ。期待していますよ、セリュウス」
「はっ!」
ちょっと気のいいおばちゃんみたいな性格になっていたエーゲリアも、その時ばかりは竜の頂点たる存在に相応しい威厳を持って黒竜人セリュウスに応じた。
「皆もセリュウスをしっかりと支えてあげてね。では行ってきます」
それに眷属たちは一斉に背筋を伸ばし、同時に胸に手を当て甲板まで上りきるまで皆、微動だにせずに見守っていたのだった。
「よし、これで全員乗り込んだな。長門──」
「「発進!」」
発進の合図をしたかったのか、愛衣も竜郎の言葉にかぶせて行き先を指差していた。
船底から重低音を鳴り響かせながら速度がグングン上がっていき、エーゲリア島より南の方角にある竜大陸イルルヤンカへ向かって航路を切った。
さらにエーゲリア島から真南の方角にイフィゲニア帝国の港があるので、他国を経由せずに行けるので今日中には帝国内に入れるとの事。
これから行く竜大陸と呼ばれるイルルヤンカ大陸は、ツバメが飛んでいる絵を鳩サブレのように丸っこくしたような形の巨大な大陸で、竜郎達の拠点のあるイルファン大陸と比べても面積が三倍近くある。
それだけの広大な大陸を一種属だけで独占できているのは、現在竜種のみ。
その時点で、どれだけ竜と言う存在がこの世界で力を持っているのかが窺える。
そしてそんな大陸丸ごと支配している皇帝に会いに行くとなると、この世界の人間なら震えあがるほど恐怖と緊張感にさいなまれる事だろう。
だがこの世界の住人ではない竜郎や愛衣、そんな竜郎に生み出されたカルディナ達はのほほんと船旅を楽しんでいる。
レーラはエーゲリアが皇帝時代に何度か足を運んだことがあるので、特に気概も無く前皇帝陛下と談笑していた。
そして生粋の平民であったこの世界の住人リアなのだが、この子も竜郎達と行動するようになって感覚がマヒしてしまったようだ。
紅竜アンタレスの素材を出して、奈々とああでもないこうでもないと、どういう風に使うか議論に熱中していた。
やがて海を見るのも飽きてきた竜郎は、エーゲリアの指導の下、魔力と神力を竜力を使って結合させる練習をし、愛衣は甲板の縁でアテナやジャンヌと一緒に釣りを楽しみ、カルディナは空を優雅に飛んで気持ちよさそうだ。
そんな風に各々のやり方で時間が過ぎていき、夕日が差し込み始めた頃になって愛衣の遠見の目が大陸を発見した。
「あれじゃない?」
「おーもう着くのか」
「それじゃあ、練習はこの位にしましょうか」
「はい。ありがとうございました」
エーゲリアの指導により、大分先行きが明るくなって来た。
まだ陰陽玉に使用できるほど生成量も精密さも足りないが、普通の魔法なら神力を使った場合でもそこそこ調整がきくようになってきたのだ。
竜郎は頭を下げて丁寧にエーゲリアに礼を言うと、立ち上がって愛衣がいる甲板の先頭部分に並び立つ。
すると向こう側もこちらの船を捕捉したらしく、群青色の飛竜が大きなイフィゲニア帝国の紋章が入った白い旗を振り、そのままこちらへと向かってくるのが確認できた。
「あれは……ルブルールね。イシュタルの眷属よ」
「レーレイファさん達と同じ、真竜の眷属ですか」
愛衣と並んでみていた竜郎の方へとやって来たエーゲリアが、近寄ってくる飛竜は安全だと太鼓判を押してくれた。
それと同時にそれとなくイシュタルの眷属がどれほどのものかと調べてみると、同じ飛竜のファイファーと比べても、カルディナと比べてみても、ただの上級竜に毛が生えた程度の実力しか感じなかった。
その事を意外に思っているのが解ったのか、エーゲリアが苦笑していた。
「イシュタルはまだ千歳やそこらのヒヨッコなのよ?
そしてあの眷属も成長途中なの。私の生きた時代のように強力な敵が現れると言うのならもっと強くなっていたでしょうけど、比較的穏やかな今の時代だとまだまだあんなものよ」
「そうそう。あまりエーゲリアを基準に考えない方がいいわよ、タツロウ君。
この子はこの地上に存在する最強の存在なんだから。
イシュタルに会った時に、さっきみたいに比べちゃだめよ?」
「ああ、気に留めておくよ。レーラさん」
少なくとも顔には出すなという事だろう。同じ真竜と言えど年季が違いすぎるのだ。最初からこのレベルの存在であるわけがない。
これから万年億年の時を持って成長し、エーゲリアと同じような莫大な力を手にしていくのだろう。
そんな風に納得しながら、やがて飛竜ルブルールが船の直上にやって来たので、長門を停止させて待つことにしたのであった。
次回、第440話は3月14日(水)更新です。




