第43話 帰り道にて
例の本を読んだおかげで新たな可能性を手にした、というのはモヤモヤするものを感じている竜郎であったが、実際に光と闇の混合は絵空事ではないと証明された。
そのことに満足しながらも、まだLv.1の状態ですら完成できていないうちに、闇魔法を無軌道に取得していくのも憚られたため、もう一つやってみたかった魔法の方にSPを割くことにした。
「便利そうな魔法だからといっても低レベルでこの有様だから、先に風魔法を取れるだけ取ろうと思う」
「風魔法かぁ、それでどんなことをするつもりなの?」
「ん~、これは使ってるところを初めに見た方が面白いと思うぞ?」
「じゃあ、その時見せてもらえばいいや。ということで、私に反対は無いよ!」
愛衣の笑顔に押されるように竜郎は今あるSP(141)で取れる限りの風魔法を取得していき、SP(120)を消費して、新たにスキル《風魔法 Lv.5》を手に入れた。
「よし取れたぞ─────ってもう夕方じゃないか!」
「えっ!? テントの中に籠って集中してたから気付かなかったみたいっ。
早くしないと帰る時間になっちゃう。湖を今のうちに見とかないとっ」
「ああっ」
急いでテントから這い出て、夕日を浴びた塩湖をしっかりと視界に収めた。
「すげーな……」「真っ赤に光ってる……」
その場所は先に見た太陽光を浴びて煌めく白さは鳴りを潜め、夕陽よりさらに赤く輝いていて、透けて見える塩の水底が風に揺れる水面に合わせてチカチカと瞬くように光っており、何とも幻想的な赤い星空がそこにはあった。
「──あれは、湖の塩自体が発光してるのか?」
「……うん。じゃないと、あの明るさと色はでないと思う……」
そうして、また二人は黙ってその不思議な塩湖を眺める。
お互い意識することなく手を繋ぎ合い、それからゼンドーが呼びに来るまでの間、いつまでも二人はその光景に魅了されていたのだった。
それからすっかり帰り支度を済ませた職人たちに合流した二人は、頭を下げながら急いで来た時と同じように前と後ろを陣取って帰り道を進みだした。
「湖はどうだった?」
「すっ─────ごい、素敵だった!」
「がははっ、そうかそうか」
先頭を走るゼンドーの荷馬車の上で、愛衣は今日見た湖の二つの顔にいかに感動したか語っていた。
ゼンドーはゼンドーで孫娘を相手にしている好々爺といった様子で、ニコニコとその話に耳を傾けていた。
そんな時間を一時間ほど過ごした後、突然愛衣の視界に何かが入ってくるのを感じた。
「おじいちゃん、一旦止まって!」
「──解った! おいっ、一旦停止ー!」
ゼンドーがすぐに後方へ、言葉と身振り手振りで停止を促した。
他の塩職人たちも毎日の仕事仲間ばかりなので素晴らしい連携を見せ、すぐに全ての馬車が停止した。
『愛衣、どうした?』
『前方三十メートルあたりで、何かが木の陰から覗いてる』
『一人で大丈夫か?』
『解んない、けど後ろをがら空きにするのは心配』
『ならそっちに光球を一つ送るから、そこから念話で指示をくれ』
『難しそうだけど──やってみる!』
そうして愛衣は《アイテムボックス》から左手に前に買った大剣を、右手に石のクナイを出して、竜郎の援護が来るのを待つ。すると、すぐにフワフワと赤い光球がやってきた。
愛衣は念話で話しながら光球の位置を調整し、木の陰から薄気味悪くこちらを覗く何かに向かってレーザーを撃つように竜郎に指示を出した。
『そこで撃って!』
『解った!』
愛衣の言葉通りに、レーザーを放つよう竜郎はイメージする。
指示から誤差一秒もなく、その奇妙な何かに向かって光線が届くも、少し掠っただけで木の後ろへと行かれ躱された。
「ヤ゛メ゛デー」
すると、その何かがおずおずと顔を出し、妙なイントネーションで確かにやめてと言ったように愛衣には聞こえた。
そして出てきた顔も良く見れば、人の顔に似ていた。
「あれは人間なの?」
「違うぞアイ! ありゃファルールっていう虫型の魔物だ!
突き出てる顔の後ろをよく見てみろ!」
「顔の後ろ……──あれは」
別の種族の人間かと勘繰ってみたものの、ゼンドーに言われた通り注視すると、確かに後頭部から何か太い管のようなものが見えない木の後ろの方へと繋がっているのが解る。
「つまり、倒して問題ないってことだよね?」
「ああ頼む! そいつは人の振りをしておびき寄せた人間を、喰っちまう魔物なんだ!」
「気持ちの悪い奴─『たつろー、さっきよりやや右に火力マシマシで今!』───ねっ!」
竜郎のレーザーに隠れている木に向かって発射指示を出しつつ、愛衣は右手に持ったクナイを出ている顔の方へ投げた。
それは愛衣の狙った通り竜郎のレーザーが木を貫通しさらに後ろにいた何かに掠る、そしてその間にクナイが人の顔のような部分に当たった。
「ヤ゛メ゛デーヤ゛メ゛デーヤ゛メ゛デーヤ゛メ゛デー」
「なんて耳障りな声なの」
人の顔のような部分に傷を負ったにもかかわらず、後ろの方からは相変わらず気持ちの悪くなる声を上げていた。しかもそれが、なまじ聞き取れるくらいの発音なのでたちが悪い。
愛衣は、空になった右手に槍を持ちそちらに向かって走り出した。
『たつろー、さっきよりさらに右にもう一発お願い』
『了解』
愛衣の横をレーザーが通り抜けて、さらにファルールと呼ばれる虫型魔物に追撃してもらう。
「ヤ゛メ゛デエエエエエエエエェーーー」
その追撃は上手くいき、ついにファルールが木々の方から石畳の上へ光線によって追い出されてきた。
それは片手の先に今は愛衣のクナイが刺さった人の顔を模した器官を持ち、もう片方の手は返しの付いた鋭い鉤爪があった。
そして体は成人男性くらいの大きさのラグビーボールのような形で、上半分に大きな複眼を一つ持ち、下半分にはそれと同じ大きさの丸い口が歯をザワザワ動かしながら涎を垂らし、さらにその下にある四本の細い節足で体を支えていた。
「ヤ゛メ゛デーーーーーー」
「見た目もキモかった─────やっ、はあっ!」
愛衣が、ファルールの前にたどり着いた時に放たれた鉤爪を左の大剣で受け止めて、右手に持った螺旋の溝の入った槍を、半回転させながら複眼に突き刺した。
《スキル 剣術 Lv.2 を取得しました。》
《スキル 槍術 Lv.2 を取得しました。》
「ヤ゛メ゛デエエエエエエエエエエエエエエエエッ」
「ちょっ、やめっ、汚いっ!」
涎を愛衣にまき散らしながら暴れ狂うファルールに、突き刺したままの槍をそれごと右手一本で持ち上げて地面に叩きつけた。
「ヤ"メ"ッ──」
緑色の体液で石畳を汚しながら、下半分が潰れて死んだ。
《スキル 槍術 Lv.3 を取得しました。》
「うええ……」
目の前の惨状と変な臭いに吐き気を催しながら、すぐに槍を引き戻して上下に振って体液を飛ばし、できるだけ綺麗にしてから《アイテムボックス》へ大剣と一緒に収納した。
次に愛衣は、目の前で潰れたファルールをなるべく見ないようにしながら、光球の位置を竜郎に細かく指示して、レーザーで焼き消してもらった。
『たつろー、もう大丈夫だよ……うう』
『愛衣が大丈夫そうじゃないな』
『だって、あいつ汚いんだよっ、涎がかかっちゃったの!』
『あーそれはキツイな、帰ったら一緒に洗おうな』
『うん……ありがと……』
それで念話を終え、ゼンドーのもとへと合流する。
そこでもやはりションボリした愛衣を心配して声が掛けられるが、事情を説明すると「あー」と微妙な表情で同情された。
「まあ、何にしても無事で何よりだ!」
「そうだね……」
「んじゃあ、もう出発しても問題ないか?」
「うん、問題ないよ……」
「お、おう」
珍しくダウナーに陥っている愛衣にどう接すればいいか解らず、ゼンドーは皆に指示して荷馬車を進め、それより後は何事もなくオブスルにたどり着くことができたのだった。




