第436話 エーゲリアとの謁見
大きな黄金の座布団のようなものに座る真竜エーゲリアから、少し離れた位置で立ち止まる。
ここまで連れてきてくれた地竜ジギルゾフ、飛竜ファイファーは、恭しく頭を下げてから紅竜と黒竜人の二体よりも少し遠い所で待機し始めた。
そんな静まり返った場で、レーラが先陣を切って口を開いた。
「暫くぶりですわ。イフィゲニア帝国前皇帝にして、大いなる真竜エーゲリア様」
「ええ、お久しぶりね。息災で何よりです、セテプエンリティシェレーラ」
先に既知の仲と聞いていただけあって、厳かながらもゆったりとした空気が二人の間に漂っていた。
「して、本日は如何様な用向きで参ったのかしら」
「エーゲリア様に帝都イフィゲニアまでの通行証と、現皇帝イシュタル陛下への面会許可を取ってほしいのです」
「他ならぬ貴女の頼みだもの。私としても聞いてあげたいのは山々なのだけれど、理由も聞かずにやってあげる事はできないわ。
何故帝都イフィゲニアに赴き、我が娘イシュタルに会いたいと言うのかしら?」
それはもっともな意見である。いくら友人だからと言っても、理由も聞かずに皇帝に会わせるわけにはいかない。
レーラはそれに頷き返し竜郎へと視線を送ってきた。
それに竜郎も目線で返して一歩前へと進み出た。
「エーゲリア様。発言をお許しいただけますか?」
「あなたは誰かしら?」
「竜郎、波佐見。と申します」
「わかりました。ではタツロウ。あなたの発言を許します」
「はい。ありがとうございます。実は今回、イシュタル陛下にお会いする必要があるのは、我々なのです」
「ほう。あの子に人間の友がいるとは思えないのだけれど、どのような用があって会いたいと?」
「実は──」
そこで竜郎は、自分たちの境遇について話していった。
異世界人であること。世界力を色々な時代へと赴き調整して行かなければ、自分たちの世界へと帰ることが出来ないということ。その為にイシュタルの持つ未来を見るスキルが必要だという事。
また神々にちゃんと許可は取って有り、イシュタルもそのことについて知っているという事もしっかり添えておいた。
「なかなか興味深い話ね。それに異世界人なんて生まれてこの方初めて見たわ。長生きはするものねぇ。是非異世界について語って──」
「エーゲリア様」
「あらいけない、私としたことが……おほほほ」
そばに控えていた黒竜人が、エーゲリアの素の部分が出てきたことを察して直ぐに止めに入った。
それにはっとしたエーゲリアは、一度空咳をして場を整え直した。
ちなみに紅竜の方はと言えば、実は目を開けたまま寝ているのではないかと錯覚しそうなほど、虚空を見つめて微動だにしなかった。
「それにしても今現在のイフィゲニアにある大規模な世界力溜まりというと、あそこしかないわよね? セリュウス」
「そのお考えで間違いないかと」
黒竜人がエーゲリアの言葉を肯定した。何やらエーゲリア達には、竜郎達のここでのミッションについて心当たりがある様だ。
「あの子ったら。それならば私に話を通すべきでしょうに……まったく。あの時だって──」
「エーゲリア様」
「ええ、解っているわ。セリュウス」
話が脱線しそうになった所で、黒竜人セリュウスがすかさず止めに入る。
紅竜は相変わらずぼーっとしているどころか、鼻提灯まで作って完全に寝ていた。
それにセリュウスが呆れた顔を一瞬したのを、竜郎は見逃さなかった。
「解りました。あなた方への通行許可証と面会許可を取って差し上げましょう」
「ありがとうございます」
竜郎がそう素直に礼を言うと、エーゲリアはニコリと大きな口に浮かべた笑みを深めた。
「ただしその件に至っては、私も同行します。問題はありませんわよね?」
「えっと………………はい、問題ありません」
竜郎はそれが良いのか悪いのか判断が付かずにレーラを見ると、コクコクと頷いていたので了承の意を示した。
するとエーゲリアは満足そうに大きく頷いてから、黒竜人セリュウスへと顔を向けた。
「セリュウス。あなたには私の代わりとしての権限をその時に与えます。
この島をしっかりと守っていてくださいね」
「事が事ですし、それも止むを得ませんか……。
承りました。このセリュウス。身命を賭して臨まさせて頂きます」
「アンタレスにも後で言っておいてね」
「……はい」
完全に目を開けたまま寝ている紅竜アンタレスに、黒竜人セリュウスはため息を吐いた。
「他に何か私への要望はあるかしら」
「先に言った二つで全てですわ。エーゲリア様」
「ならば謁見はこれまでとしましょう。一度部屋の外に出て貰える? セテプエンリティシェレーラ」
「ええ、エーゲリア様。お時間をお取りいただき、ありがとうございました」
レーラが大仰にお辞儀し顔を上げると、互いに目を合わせてふふっと笑いあっていた。
どうやら畏まった話し方が互いにツボに入ったらしい。
「ではジギルゾフ、ファイファー。一度客人を部屋の外へお連れして」
「了解した」「承りました。エーゲリア様」
竜郎達は二体の竜に追い出される様にして、エーゲリアのいる部屋から出された。
それから扉が閉まり、そこで暫し待つように大蜥蜴のような地竜ジギルゾフに告げられた。
そして待つこと30秒ほど、黒竜人セリュウスが再び入るように声をかけてくると、扉がまた自動的に開き始めた。
「──えぇ!?」
「内装が変わってる……あの一瞬でどうやって……」
愛衣は声を上げて驚いて、リアはその仕組みに頭を巡らせる。
そう、さっきまでエーゲリアとの謁見に使っていた厳かな神殿のような内装から、花が咲き乱れる美しいガラス温室のような場所へと様変わりしていた。
中央には竜郎達サイズの椅子と机が置かれ、エーゲリアの座る大きなフカフカの座布団も黄金から若草色の落ち着いた雰囲気のものに変わっていた。
「さあさあ、そんな所で立っていないで、おいでなさいな。
手続きには少し時間が必要なのだし、お茶でもしながら色々と話しましょ」
「えーと……」
部屋の雰囲気と共に、あの大いなる存在感もかなり薄れたエーゲリアが招き猫のように気さくに手招きしてくる様に、竜郎は一瞬判断に詰まる。
だがレーラはさっさと進み始めたので、竜郎達も少し遅れて後を追った。
ガラス温室の中に咲き乱れる花々に目を奪われながらも、促されるままに椅子に腰かけた──ところで、それを見守っていた地竜ジギルゾフが突如口を開いた。
「エーゲリア様。俺は話なんてするような性分じゃねーですし、その間に外でそこの嬢ちゃんと試合してきちゃだめですかね」
「嬢ちゃんって、あたしの事っすか?」
明らかに視線が自分の方を向いていたので、アテナは首を傾げながら自身を指差した。
「おお、そうよ。あんたにゃ、俺と同じ戦闘を好む匂いがするぜ」
「匂いっすか? あたしには解んないっすけど……でも何だか面白そうっす」
「あらあら。ごめんなさいねぇ、タツロウ君。うちの子ったら強引でぇ」
「いえ、本人同士が構わないのなら別に……」
と、なんだか近所のおばちゃんみたいな雰囲気になったエーゲリアに苦笑しながら竜郎がそう答えていると、今度は飛竜ファイファーが横から入ってきた。
「おいおいジギルゾフ。そんな可憐なお嬢さんと戦うなんて、何を考えているんだい?
その美しい肌に傷でもつけたらどうする? 弱い者いじめは感心しないな」
「弱い? あんた──」
アテナは弱い者と言われたのがカチンときてファイファーに鋭い視線を向け、抗議の言葉を入れようとした。
だがその前に地竜ジギルゾフが呆れたような声音でそれを遮った。
「はぁ~~……。お前は直ぐに見てくればっかに気を取られる。
そんなんだから色ボケ竜って言われんだよ」
「誰が色ボケだ。それを言っているのは君だけだろ」
「ああん? レーレイファやリリィも言ってっぞ?」
「ええ!? 彼女たちがそんな事を言うわけないだろ!
…………え、ほんとに?」
竜郎としてはレーレイファの性別が女だったことに、「え? 本当に?」と聞きそうになったが、そう口からこぼれる前に話は進んでいく。
「気になるなら自分で確かめろ、めんどくせー奴だな。
もう一度ちゃんとそこにいるメンツを見てみろよ。
あそこに弱者は一人もいねーぞ。まあ、一人は戦闘が得意じゃねーみたいだが」
「あはは、そうですね。私は鍛冶師ですし」
「なあに、その道で最高の実力が出せるのなら、皆強者よ。がははは」
リアと地竜ジギルゾフが目を合わせてお互いに笑いあっている間に、飛竜ファイファーが訝しげにちゃんと竜郎達を見ていった。
「──っ。これは……」
「解ったかよ。色ボケ竜」
「ああ、すまなかったね、お嬢さん。私は知らずに貴女を侮辱してしまったようだ。
許してはくれないかい」
そう言いながら、いつも《アイテムボックス》に入れて持ち歩いているのか、片膝を付いて大きな花束をアテナに差し出した。
アテナは毒気を抜かれてキョトンとしながらも、アテナからしたら一抱えほどもある花束を受け取った。
「解ってくれたんなら構わないっすよ」
「おおっ、なんと寛容なお嬢さんだ!
どうだい、今夜私と空のデートでも──あだっ」
「だーってろ色ボケ! こっちが先約だ」
地竜ジギルゾフの長い尻尾で腹を殴られ、「うぅ……」と蹲る飛竜ファイファー。
「んで? どうだい? 俺と本気で戦ってみねーか?
嬢ちゃんほどの実力なら、身内以外でそうそう相手もいねーだろ?」
最近では大天使といった強敵と戦ったばかりではあるが、あれは一対一ではなく集団戦であった。
そう言う意味では、他者との連携を気にせずに一人で思い切り戦える相手というのは中々いないのは確かだった。
アテナは行ってきてもいい? という顔で竜郎の方を向いてきた。
それに竜郎は微笑みながらこう言った。
「いいよ。行きたいのなら行っておいで」
「解ったっす! それじゃあ、さっそくいくっす、おっちゃん!」
「こら、アテナ。おっちゃんは失礼だろ」
「がははっ。かまわねーよ、嬢ちゃんからしたら俺はおっちゃんだ。むしろじいさんと呼ばれてもおかしくねーよ。
よし、こっちだ! 付いてきな」
「行って来るっす~」
そうしてアテナはお茶会から離脱していった。
するとそれを見ていた飛竜ファイファーも血が騒いだのか、同種だと見抜いたカルディナへと視線を向けてきた。
彼も色ボケと言われながらも戦闘意欲は高いらしい。
「そこの美しい翼を持つお嬢さん。貴女も私と同じ飛竜とお見受けするが、どうだろう。
一つ私と試合ってはくれないかい?」
「ピィュー?」
戦う事よりも竜郎と一緒にいたいという気持ちではあるが、飛竜として長い時間を生きてきた相手との戦いと言うのは、確実に今後の自分の糧になるに違いない。
これからも竜郎や愛衣、妹たちや友人たちを支えていくためにも、必要だと判断した。
そんな気持ちを込めて見つめると、竜郎もいいよと頭を撫でてくれる。ならば迷う必要は無い。
「ピュィー!」
「そうか。ありがとう、素敵な翼のお嬢さん。ではこっちだよ」
「ピューー」
そうしてカルディナも離脱していった。
そうなるとジャンヌと奈々もソワソワし始めたが、もう相手がいない。
姉や妹が強い相手と戦って経験を得ていると言うのに、天照や月読と違って前線に立つ自分たちがお茶をのんびり飲むと言うのも落ち着かないのだ。
そんな二人を見つめていた黒竜人セリュウスが、向上心豊かな若者を微笑ましそうに見つめた後、自分の主人を見ると気持ちを察して頷いてくれた。
「どうだろう。そこの二人は私と試合をすると言うのは。
侮るつもりはないが、まだ君たちは私より弱い。二対一でもいいだろう。
この老骨の技を受けてみる気はあるか?」
「──ヒヒン」「──ですの」
黒竜人セリュウスから闘気が漏れ出し、軽くジャンヌと奈々を威圧してくる。
見た時から解っていた事だが、その圧倒的強さを直接肌で感じ、ジャンヌと奈々に武者震いが走る。
この黒竜人には二人がかりで全身全霊で挑んでも勝てはしないだろう。
だが命の危険なくこのレベルの相手と戦えるのは得難い経験となるだろう。
竜郎も二人の気持ちを察してすぐさま背中を押し、三人はやる気をみなぎらせて出て行った。
「あらあら、皆元気ねぇ。それじゃあ、私たちは私たちでお茶会を始めましょ」
「ですね」
チラリと未だに鼻提灯をぶら下げている紅竜アンタレスに視線を向け、竜郎はそう返事をしたのであった。




