第434話 エーゲリア島
愛衣のクラスチェンジがあってから、はや六日の時が過ぎた。
宣言通り、奈々のおニューの武器も完成した。
素材はダンジョンボスの竜牙をベースに、アラクネ天魔の翼や骨も使い、天魔晶やらこの領地で採れる邪落鉱。
さらに他にも少しずつ相性を確かめながら混ぜ込んだ結果。
以前に持っていた、使い込まれて成長していたグザン牙をも凌駕する一品へと変わっていた。
見た目的には特に変わりないのだが、良く見ると怪しげな邪気が溢れているのが解る。
それに奈々が竜力を注ぐと、さらにそれは増していった。
「この状態で《竜邪槍》を発動すると──」
牙の周りに漂っていた邪気が一瞬で形を成して、砂鉄に磁石を付けた時のような感じで細く鋭い針のような邪槍がビッシリと牙に張り付いた。
「これを刺してからやれば、そうそうに抜けませんの。
さらに《竜邪槍》に《毒魔法》を混ぜれば、傷口が増えて毒の周りも早くなると言うわけですの!」
「そりゃあ、また……エグい武器だなあ」
「それほどでもないですの」
別に褒めたわけではないのだが、奈々は嬉しそうにはにかんでいたので竜郎はそれ以上何も言わなかった。
「とにかくそういうわけで奈々の準備も整ったことだし、そろそろ出発しようと思う。
皆、忘れ物はないか?」
「ないでーす!」
「うむ、いい返事だ。愛衣君」
愛衣以外も特に問題はないようだ。……といっても、ほとんど竜郎の《無限アイテムフィールド》に入っているので、例え忘れ物があっても装備以外は代替えがきくだろう。
「まあ、忘れ物があったとしても最悪購入すればいいわ。
たかだか約90年前なんだから、システムも使えるし、そこまで文化レベルが低いわけでもないわ」
そもそも竜大陸は鎖国のような状態であまり他者を受け入れない性質上、今の時代でも90年前でも大差はないらしい。
これが先進的な国と比べると多少技術レベルは下がるが、それでも商人もいれば店もあるのだから問題ない。
そんな事を話しながらたどり着いたのは、転移の為に作った地下室だ。
今回の見送りは爺やと彩人、彩花の三人?だった。
鬼武者幽霊こと武蔵は竜郎のとある協力のさせ方をすると、非常に有用だとこの六日間で解ったので連れていく。
見た目的にはここにはいないが、いつの間にか覚えた《影潜伏》という他者の影に潜り、それに必要な魔力も宿主から拝借すると言う寄生スキルで竜郎の影の中に潜んでいる。
この状態ならばいつでも竜郎の中へと入りこんで、《憑依同化》を使うことが出来るというわけだ。
「それじゃあ行って来るな。彩人、彩花。爺やをあまり困らせるんじゃないぞ」
「「わかってるよー」」
少しぶー垂れるように口を尖らせて竜郎へと抗議の視線を送って来たので、二人の頭を撫でておいた。
それだけで嬉しそうにしてくれるのだから、可愛いものだ。
「爺や。忙しいとは思うが、二人の事をよろしく頼む」
「お任せください、タツロウ様。お二方も聞き分けがようございますし、何より沢山のゴーレムや人型の魔物なども用意して貰っていますので、大した苦労もございません。
ジャンヌ様ともども、気兼ねなく使命を果たしてきてくださいませ」
「ああ、ありがとう」
竜郎達は爺や達に手を振って、部屋の中央に立つ。
そして竜郎は天照を構えて、今回の行き先を思い浮かべるレーラの記憶を頼りに転移したのだった。
目を開けると、そこは見覚えのない港だった。
認識阻害はちゃんとかけているので、誰に気が付かれるわけでもなく竜郎達は少し開けた人通りの少ない場所へと向かった。
日付はヘルダムド国歴940年.6/14.火属の日の昼ごろ。
現在地は、カサピスティの竜郎達の拠点のあるから場所から、東南東の方角にある天魔の国ゼラフィムより南下した場所にある、L字型の少し大きめの島だった。
「ここはヒングソー島と言って、エーゲリア島まで一番近く、そこまでの船が唯一でている所なの。
だから今回はそれに乗ってエーゲリアに会いに行くわ」
「ジャンヌちゃんで飛んで行っちゃだめなの?」
「それは止めておいた方がいいわ。ここからは基本的に、指定された船で行く以外の方法での接近、入島は禁止されているのよ。
下手したらイルルヤンカ全土への敵対行為とみなされることもあるから、ちゃんと手順をふむ必要があるの」
「竜がひしめく大陸を敵に回すとか、絶対にやりたくないな。
それにそこの女帝に協力を願いに行くのに、その竜を怒らせたら不味い。
ということで今回は船でいくことにしよう。ごめんな、ジャンヌ」
「ヒヒーーン」
皆を乗せて行く気満々だったので、少し残念そうにしていたジャンヌ。
だが竜郎に撫でて貰えたのでプラスマイナス若干プラスかな、といった様子で竜郎へと甘えてくる。
そんなこんなで切符売り場までやってくると、レーラは自分の《アイテムボックス》から何やら金色に光るバッジの様な物を販売員に見せた。
すると販売員は訳知り顔で「エーゲリア島行きですねー」と、確認してきた。
それから全員が身分証を提示して誰が乗るかという写しを取られた後に、一人二十万シスもする乗船切符を買って、さっそく船へと乗り込んでいった。
船は大きな帆船で、魔道具で風を起して進むタイプのものらしい。
帆には竜と本のマークが書かれていて、いかにも賢竜様が住まう島へ行きますという感じが出ていた。
船内にも部屋はあるのだが、せっかくなので竜郎達は甲板に出て海の景色を眺めながら行く事にした。
周りを見れば高額な船賃にもかかわらず、結構な人数が乗り込んでいた。
まだ出発時刻ではなく暇なので、愛衣がレーラへと質問をしてきた。
「そう言えばさ、あのバッジは何だったの?」
「あれはエーゲリア島まで行く事を許されている人が持っているものよ。
基本、一見さんはお断りな所だから、アレを持っている人と一緒じゃないと切符を売って貰えないの」
「へーそんな仕組みになってるんだぁ。──と、出発するみたいだね」
「ああ」
やがてプップーーというラッパのような音が鳴り響くと、船は進み始める。
予想以上に揺れも少なく、そこそこ速度が出ているので、だいたい三時間くらいで目的地の港へと着くらしい。
「ピュィーー?」
「ああ、なんかデカいのが近付いてくるな」
「え? 魔物でも出たの?」
探査魔法で周囲に危険はないか探っていたカルディナが、出発してから十分もした頃。何か細長い、しかもかなりの力を持った存在が海の底を泳ぎながら近づいてくるのを発見した。
「……だが、襲ってくるって感じじゃないな。なんなんだ?」
「ふふっ。それはエーゲリア島から来ている海竜よ。この船の護衛をしてくれているの」
どうやらレーラは、竜郎達を驚かせようと黙っていたらしい。
「竜種が護衛に着いてくれる船っすか。そりゃあ、安心安全に行けそうっすね」
「馬鹿高い船賃も頷けますの」
「ピィーー」
「また増えたな」
合計で五体。一番大きな個体は恐らく上級海竜で船底の真下を泳ぐ。
その周りの先頭部には中級海竜が一体。左右後ろに三体の下級海竜が付いた。
この海域にどれほどの敵が潜んでいるのかは知らないが、過剰戦力ともいえるほどの布陣だった。
「これなら例え船底に穴が開いても、直ぐに助けて貰えそうですね」
「まさに至れりつくせりだねぇ。これじゃあ、並みの魔物だと近づくことも出来ないでしょ」
「上級竜が存在感を隠さずにいるんだから、よほどアホな奴しかこないだろうな」
だが中にはアホな奴というのはいるもので、エーゲリア島につくまでに三回ほどの強襲を受けた。
だが一瞬で竜たちに殺されて、ランチ気分で頂かれていたので乗客は竜郎達のように調べてでもいない限り、気が付く気配すらなかった。
それから暫くして、安全な船旅も終わりに近づいてきたようだ。
竜郎達が乗っている大きな帆船もすっぽり入れるくらいに、さらに大きい金属質な四角い枠が見えてきた。
神社の狛犬のように両脇に竜の石像があり、それぞれがエーゲリア島と書かれた看板を持っていた。
そして護衛してきてくれた海竜とはまた別の、一体の青い十メートルクラスの海竜がやってきて、船にこっちだとばかりに先導していく。
船底を泳いでいた海竜たちは離れていき、枠を通り抜けると立派な港に着いた。
港にはティラノサウルスやトリケラトプスといった恐竜のような地竜が、翼竜達が船から降ろしてくるコンテナを持って倉庫へと運んでいく。
皆小さい者でも三メートルはあるので、人間が運んできた物資などあっという間に運んで行ってしまう。
そんなジュラシックなんちゃらさながらの光景に口をあけながら、竜郎たちは人の流れに乗ってタラップから降りていく。
そしてレーラに促されるままに、人気のない方向へと歩いていく。
何処へ行くのかと竜郎が問いかけると、「知り合いを呼ぶのよ」といって勝手知ったる我が道とばかりにズンズン進んでいく。
そうして数十分。人の少ない港から外れた場所にある、サスペンスな劇場で犯人が自白しそうな崖のような場所にやってきた。
レーラはその縁に立つと、海の方に向かって右手を突きだし大きな氷を魔法で作りだすと、そのまま真下へと落とした。
するとドッパーンと飛沫を上げながら一度海に沈んだ氷が、ボコッと顔を出して漂流し始めた。
「それには一体どんな意味があるんですの?」
「えーとね。私の魔力がたっぷり籠った氷を落とせば、勘のいいあの子がやってくるはずなのよ」
「つまり私が来たよーっていうのを知らせる合図的な?」
「そうそう。その解釈であってるわ」
「インターホンみたいなものか。随分とダイレクトだが」
………………そんな風に待つこと数分。
「あれー? 来ないわね。レーレイファったら、もうボケちゃったのかしら」
「そのレーレイファって人がここに来るんすか?」
「人っていうか、あの子は──」
突然海が盛り上がり、ザバーーンと音を立ててレーラの言葉を遮った。
「誰がボケたと? セテプエンリティシェレーラよ」
「あ、やっと来たわね」
レーラが親しげに海の方に視線をやると、そこには蛇のように長い体をした、真っ白い体の海竜が顔を出してこちらと目線を合わせてきた。
こちらは崖の上。向こうはその下の海から体を伸ばしているにもかかわらずだ。
推定でも全長50メートルは下らないだろう。
さらにその身が持つ威圧感や声に籠った力強さから、竜郎達の乗ってきた船を護衛していた上級竜よりも更にずっと上の存在である事は明白。
少なく見積もってもカルディナ達と同格。下手をすれば、それ以上の可能性すらありえる。
間違っても気軽に敵対したくない相手だ。
「レーラさん。この竜は……」
「ああ、この子はレーレイファって言ってね、真竜のエーゲリアが直接生み出した眷属の内一体なのよ。
だから、そこいらの竜なんかとは格が違うわよ」
「当たり前だ。エーゲリア様に仕える眷属の中でも、古参の私を雑魚竜と一緒くたにするな。
それで何用か。また新しい本でも持ってきたのか?」
「本? ですか?」
海竜──レーレイファに圧倒されていながらも、いきなり出てきた場にそぐわない言葉にリアが思わず反応を示した。
「この島は大図書館にもなっているのよ。世界中のありとあらゆる本がここに集まって来るわ。
その中でも、私もたまに自分で研究結果を纏めたりした本を寄贈しにくるの。
保存や防犯の観点からみても、ここ以上に安全な場所はないから」
「ああ、そういうことなんですね」
リアが納得した所で、神経質そうに答えを待ちながら目を細めているレーレイファに、レーラは急に真面目な顔になり改めて向き直った。
「真なる竜の祖、セテプエンイフィゲニアの直系、エーゲリアに目通りを願いたいのだけれど」
「それはつまり、エーゲリア様の友としてではなく、正式な面会の場を整えろという事で良いのか?」
「ええ。お願いできるかしら。今回はイルルヤンカ大陸を統べるイフィゲニア帝国の、元皇帝たる彼女の権力を借りたいのよ」
「そなたがあの方の権力を? なかなか複雑な事態の様だな」
「あら? イシュタルからは何も聞いていない?」
「私は何も聞いていないが……イシュタル様が関係しているのか?」
「まあ、今回の関係者ではあるわね」
「そうか。ならば急いでこの話を持っていこう。
まあ、あの方ならセテプエンリティシェレーラの頼みは断らないだろう。
では暫しそこで待っていろ」
そう言い残すや否や、レーレイファは海の底へと消えていった。
だがそれから一分もしない間に、再び海から崖の上へと顔を出してきた。
「今すぐにでもお会いになる事が出来るそうだ。して、私に乗っていくか?」
「えー、レーレイファに乗ると乱暴だし、水浸しになるじゃない。
飛んで行ってはダメかしら。こちらにも大きな竜種のお友達がいるのだし」
「ヒヒーーン!」
「お、大きい……? た、確かに強大な潜在能力は感じ取れるが……しかし……そのなりでは無理であろう」
《幼体化》状態のジャンヌがレーラの視線を受けて大きく嘶くが、見た目は小さなサイだ。
翼すら生えてはいないし、あったとしても、とてもではないが皆を乗せていけるような体格ではない。
このままでは話が進まないと、竜郎がジャンヌへと話しかける。
「ジャンヌ、本当の姿を見せてあげてくれ」
「ヒヒーーン!」
「──っんな!?」
そこに現れたのは、12メートルはあろう巨大な竜。もちろん大きさだけ見ればレーレイファの方が巨大だが、それでもその身から放たれる力は、自身と比べてみても遜色ないほどであった。
「これでどうかしら?」
「ヒヒーン!」
ドヤ顔で決めるレーラとジャンヌに、レーレイファは口を引き攣らせ、こう呟いたのであった。
「な、なんと面妖な……」
次回、第435話は3月7日(水)更新です。




