第428話 一度日常へ
現世に戻ってくると、行った時よりも二日進んだヘルダムド国歴1028年.14/8.氷属の日だった。
向こうでは約五日ほど過ごしたので、またその経過時間に引っ張られたようだ。
(それでも前よりは誤差も少なかったな。少し意識したおかげかな)
時刻は夕方頃という事もあり今日はもう解散して休み、明日の夜にでも改めて今後について打ち合わせすることにした。
地下から一階に上がると、ジャンヌの気配を感じ取ったのか既に爺やが待ち構えていた。
「おかえりなさいませ」
「ヒヒーーン」
「ええ、こちらは何事もありませんでした。ジャンヌ様」
ジャンヌに生み出された為、その言葉も正確に理解できる爺やは淀みなく質問に答えていた。
「爺や。レーラさんの部屋を用意して欲しいんだが、お願いできるか?」
「ええ、勿論でございます。というより、既に一室準備は済んでおります」
「すごーい! さすが爺やの名は伊達じゃないね!」
「ふふふ。このジーヤ、抜かりはございません。日々アイ様から頂いた本で勉強してます故」
サムズアップして褒め称える愛衣に、爺やも不敵に笑って親指を立てて返していた。
堅物な見た目の割に案外のりがいいんだよなあと、どうでもいいことを考えながらレーラの案内は爺やに任せて、竜郎は愛衣と一緒に自分達の部屋へと向かった。
「「はあ~~~~」」
二人してベッドに仰向けに倒れこむ。
思っていた以上に色々あって気を張っていた所から、ようやく落ち着ける場所に来たことで気が抜けたのだ。
そのまま数分間、二人は柔らかなベッドの感触に癒されながら、いつの間にか眠りに入っていた。
それから先に目覚めた竜郎は、いつの間にか自身の背中に亀の甲羅の如くへばりついている存在に気が付く。
まあ別段捻った落ちがあるわけでもなく、ただ愛衣が寝ているうちに無意識的に竜郎を求めて徘徊した結果──というだけの話なのだが……。
特に寝苦しいわけでもないので、竜郎は暫く愛衣の温もりを感じながらまどろみ、真冬の布団の中のような心地よさを味わった。
「よいせっと」
「くぅーーくぅーー」
愛衣を起こさない様にゆっくりと背中から降ろすと、竜郎の右腕を枕にさせるようにその頭を乗せた。
そのまま右腕で頭を抱え込む様に抱き寄せて、額に軽くキスをした。
「ん……たつ……ろ……くぅーーくぅーー」
一瞬起きたのかと顔を覗きこんでみるが、ただの寝言だったようだ。
竜郎は思わず微笑みながら、今度は愛衣の唇に軽く口を押し当てた。
それでも起きる気配のない愛衣の頭を、横向きになって左手で優しく撫でつつ手櫛で乱れた髪を整えていく。
「おーい、まだ起きないのかー?」
「くぅーーくぅーー」
規則正しい寝息を立てて、赤ちゃんのような無垢な寝顔を竜郎にさらしているだけで、未だに起きる気配はない。
そうなってくると押さえていた悪戯心が顔を出してくる。
「はむ」
「んぁ…………」
愛衣の形のいい耳を唇で抓む様に噛んでみると、何とも悩ましい声が口からこぼれた。
「んぐんぐ」
「ぁ…………ぁぁ…………」
なんだか面白くなってきた竜郎は、そのまま耳を甘噛みしたり、口先で耳の輪郭をなぞったり、息を吹きかけたりと散々もてあそんでいく。
そんな風にしていれば、さすがの眠りの愛衣ちゃんとはいえ目が覚める。
だが竜郎はそんな事に気が付かずに、愛衣の耳にちょっかいを出す事に夢中だ。
「ひゃんっ──…………たつろー君。君は一体何をしているのかな?」
「──あ、起きた」
「あ、起きた。じゃなーーい! そんなに耳をもぎゅもぎゅちゅっちゅっされたら、くすぐったいでしょー!」
「いや、すまん。愛衣の反応が面白かったものだからついな。めんご!」
「とぅるりゃーーー!」
「ぬわっ」
悪びれも無く笑う竜郎に対し、愛衣はゴロンと横向きの体を回転させてマウントポジションを取る。
そう、八敷愛衣はやられっぱなしで終わる女ではないのだ。
「がぶーーー!」
「ぎゃーーー!? 噛むな、噛むな! 歯を立てるな!
耳は食べ物じゃありませーん!」
「ミミガーーー!」
「それは豚さんの耳! 竜郎君の耳じゃないから!」
「耳って美味しいのかな? 軟骨がコリコリしてて、唐揚げにしたらおいしいかも?
どー思う? がじがじ」
「どーもこーも、猟奇的な発言やめてもらえます!?」
「また生やせばいいよー」
「俺の耳はキノコか!」
「ふふっ。ジョーダンだよぉ」
「ほんとかなぁ……」
まあ竜郎も本気で食べようとしているわけじゃないことくらいは解っているので、そのまま好きに耳に食いつかせていると、不意に別の感触が加わってきた。
「ぺろぺろ」
「ふひっ。な、舐めるなって──」
「ふふっ、たつろー変な声が出た。もっとしちゃおっと」
「ちょっ、やふっ──くすぐっ──たいっ──から──やめっ」
「だーめ♪ お仕置きなんだから──あーむ」
その後、竜郎は愛衣が満足するまで耳をもてあそばれた。
「うぅ……もうお婿にいけない……」
「大丈夫。私がちゃんと貰ってあげるから」
「絶対だぞ! あと今夜は覚えてろよ!」
「はいはい。お手柔らかにね。でね、たつろー」
「どうした?」
急にもじもじし始めた愛衣に、竜郎は素直に疑問を呈す。
「さっきのたつろーの反応が可愛かったから……また今度、してもいーい?」
「う……。あれは結構くすぐったいんだぞ? それでもか? それでもなのか?」
「うん。それでも」
「それでもなのか……」
がくっと項垂れる竜郎に、愛衣はしなだれかかって頬にキスをしてきた。
「だってね、ぴくんぴくんって動いてね。たまに変な声が出るでしょ?
私、癖になっちゃった。だからまたしたくなったら、させてね?」
竜郎の防御層を容易く打ち破る、愛衣のうるうる上目使いに、あっさりと陥落してしまう。
「た、たまになら……」
「やったあ♪ たつろー、だーいすき!!」
竜郎の胸に飛び込むと、愛衣はキスの雨を振らせながらガッチリと抱きついてきて──そのまま二人は飽きることなくお互いを求めあったのだった。
翌朝。なんだかお互い盛り上がってしまい、一睡もする事無く朝を迎えた二人は、そんな事はおくびも出さずに朝食を取り終えると、支配地を回ってテイムした魔物達の契約を更新してきた。
それから庭先──というか砂浜地帯に実験の為にやって来て、どうせなら豆太やシャチ太もかまってあげようと牧場から召喚する。
「キャンキャン!」
「おー、豆太も久しぶりだねー。てりゃっ、たかいたかーーーい!」
「ワオーーーン!」
巨大な子犬の豆柴犬風狼という多数の矛盾を孕んだ豆太を、細腕の少女が高い高いと上空へ放り投げて遊んでいる様は、地球の公園でやったら奥様方の目を釘付けにするに違いない。
そんなアホな事を考えながら竜郎は竜郎で、シャチ太のひんやりしたボディを手で撫でて、魔物の肉を手ずから食べさせたりした。
「キュルルゥーー」
こちらも豆太に劣らず巨体ながらも、愛らしい瞳で竜郎を見つめて来るので、肉を骨ごと噛み砕いている現状さえ直視しなければ非常に可愛かった。
そうして少し戯れていると、本日見学を希望してきたレーラとアシスタントのカルディナ、ジャンヌ、アテナがやって来た。
リアは奈々と一緒に武器作りを優先するらしいので、ここにはいない。
「それじゃあ、色々試してみましょうかね」
まずは強力な魔物の魔卵の確保からだ。
最優先で手に入れておきたいのはアムネリ大森林で倒した不気味な様相の魔王種候補、幽霊船、八腕黒鬼、大天使、そしてアラクネ天魔の五体。
それぞれそこいらでは絶対にお目にかかれないレア魔物達なので、いつ使用するかは置いておくとしても、是非その魔卵は所持しておきたいところ。
竜郎が初手で取り出した素材は、谷底の悪魔と呼ばれていたアラクネ天魔の死骸。
復元魔法で綺麗に出来るだけ元の状態へと戻すと、一度しまって複製。
《魔卵錬成+5》になったおかげで必要な素材数は減っているので、心臓を三つと脳を二つ出して並べた。
そして魔卵錬成。黒に灰色が混じったような水晶質な、等級5の魔卵が出来た。
同じようにして魔王種候補の、真っ赤な中に若干の黒が混ざった等級5の魔卵。
大天使の、純白に黄金の混じったゴージャスな等級7の魔卵。
八腕黒鬼の、乾いた血のような赤黒色をした禍々しい等級6の魔卵。
最後に幽霊船のコアから作成した、透明に鉛色が混じったような、等級5の魔卵。
それぞれを作り終えた竜郎は、五つとも今は収納しておくことにした。
「これで魔卵作りは一先ず終わりにして、お次はアレをやっていくか」
本日竜郎が一番やりたかった事。
すなわち創造系スキルについての実験へと移っていくのであった。




