第42話 塩湖到着
道中これといった危機もなくゼンドーと初めて会った分かれ道を越えて、順調に進んでいった。
しかし出発の時間が遅かったこともあり、あと数時間で夕方に差し掛かるような時間になって、ようやく目的地が見えてきていた。
そのうえ、石作りの工場のような形をした大きな建物が視界をふさいでいて、湖は今いる場所からではよく見ることはできなかった。
「アイ。もうこっから先は作業場と湖しかねえから、ここで後ろから来る連中を見ててくれねえか」
「いいよ。もし湖の方で何かあったら大声を出してくれればすぐ行くから、もしもの時はちゃんと呼んでね」
「おう、ありがとよ」
そうして愛衣はゼンドーの荷馬車から降りると、次々と作業場に向かっていく人たちに害する魔物はいないかと周囲を見守った。
幸いそれからも何もなく、愛衣は最後尾の竜郎と合流した。
「よっ、お疲れさん」
「おつかれー」
互いに道中の護衛を労うと、最後のガズが湖の方に行くのを確認してから二人並んで皆が行った方角に歩き始めた。
するとすぐに、一緒に来た人たちのいる場所にたどり着いた。
そこには向こうからも見えた大きな建物が五棟横並びで配置されており、その前で荷馬車を置いた人たちが慌ただしく出入りし始めていた。
「ゼンドーさんたちは、もう仕事を始めてるみたいだな」
「だね。ここに来る途中で『今日はあんまり時間がねえから、急いで仕事にとりかからねえと』とか言ってたし」
「……ギルドで足止めされてたもんなぁ」
似ていないゼンドーモノマネをご丁寧に披露しながら語った愛衣に、竜郎は何も言えずに無難な言葉を返した。
「んじゃあ。邪魔しちゃ悪いし、せっかく来たんだから湖を見学しに行こう」
「さんせー! これでまず、一つ目の顔を見ることになるんだね」
「ああ」
ゼンドーと町へ行くときに語られた四つの顔があるという話を思い出しながら、二人は建物の裏側に行くために建物の右端を回り込むようにして進んでいった。
そうして建物を越えた先には、巨大な湖が眼前に広がった。
「これは──」「うわあ──」
それは思わず息を呑むほど美しい光景だった。
その湖は水深が浅く、一番深いと思われる中心部付近でも五十センチも無く、下に広がる白い地面が綺麗に透けて見えていた。
そして、そこに太陽の光が降り注ぎ、塩の一つ一つがキラキラと光を反射して光り輝く湖底を演出していた。
そんな光景に二人が感動して魅入っていると、何か大きな箱型の道具をリアカーに乗せて歩いてくる塩職人たちが複数目に映った。
「おろろ? あれは何してるんだろ?」
「さあ。あのリアカーの上の箱みたいなので、何かするんじゃないか?」
そう言いながら二人でそれをじっと見学していると、塩職人たちはリアカーに載せていた道具を二人がかりで湖の端に下ろしていった。
何をするのかと興味深げに観察していると、リアカー十台分の道具を湖の端に沿うようにして綺麗に並べ終わると、その前に塩職人たちが立って何かをした。
すると、その箱型の道具が勝手に動きだし湖の中へ、規則正しく入っていってしまった。
そして入水した道具たちは泳ぐようにある程度進むと、また戻ってきて、それを今度は再度リアカーに積みなおして職人たちは戻っていく。
湖に入れた箱型の何かを建物の方に持っていくと、それとすれ違うようにして、また新たなリアカーに箱型の道具を載せた人たちが湖の方に行って、同様のことを繰り返していた。
「あれで、湖の中の塩を採取しているのかもしれないな」
「そうなの?」
「まあ憶測でしかないから、帰りにゼンドーさんかガズさんにでも聞いてみよう」
「今聞きに行っても邪魔だろうし、それが一番早いね。じゃあ私たちはもっと奥の方で湖を眺めよ」
「そうしよう」
二人は邪魔にならないように、湖の端をなぞるように奥へ進んでいった。
やがて職人たちの作業も見えない場所に来た二人は、竜郎の《アイテムボックス》から出した箱型テントの出入り口を開け放った状態で、中に入って少し遅い昼食をとりつつ、目の前の絶景を眺め続けた。
「あーいいねえ、なんだかピクニックみたい」
「だなあ……」
二人はテントの中で寄り添いながら、まったりとした時間を過ごしていた。
目の前の湖は太陽の角度、雲の差し掛かり具合で見え方が少しずつ変わっていくため、ただ見ているだけでもなかなか楽しめた。
しかしだからと言って残りの時間全てを湖観賞で過ごすのは、さすがに無理があったので、二人は二度目の顔を見せる夕方まで別のことをすることにした。
「んーこの辺は魔物もいなさそうだし、本でも読んで知識を身に着けておくか」
「まあスマホも動かないし、それくらいしかすることないよね」
そう言って二人は背中合わせで座り、それぞれ読書を開始した。
愛衣は食べられる野草図鑑を、竜郎は百科事典で、この世界においての極夜と朔の日について調べだした。
すると百科事典曰く、この世界は12日に一回の周期で、丸一日 日が昇らない極夜という現象が起き、その次の日は必ず朔の日になり、月がその日だけ姿を隠すという。
また、この世界の一週間は12日、週の初めを朔の日、終りを極夜としているとのこと。ちなみに一日は26時間、二週で一ヶ月、14ヶ月で一年で、一年は336日と、竜郎たちの世界より短い。
そしてその12日間には、魔法の属性が曜日と同じような感覚で当てはめられ、一日目から闇、火、水、風、土、樹、雷、氷、生、呪、解、光となっており、その属性の日に同属性の魔法を使うと、少しだが制御力が上がるらしい。
「そんな風になってたんだ。
曜日ごとに、どれかの魔法が使いやすくなってた感覚ってあった?」
「そういえば昨日、生魔法を使った時になんか調子がいい気がしたな」
「生魔法? 何に使ったの?」
「───り、リラックスのために少々……」
「へー、今度私にもしてみてよ」
「あ、ああ、いいぞもちろん」
まさか本人に、あなたがくっついていたせいで興奮して眠れなかった、とはさすがに言えず……竜郎は冷や汗交じりにその場をやり過ごした。
「うーん、そうなると今日は呪の日に当たるのかな」
「俺もなんとなくそんな気がしたってだけだから、確実にそうとは言えないけどな。
でもそうなると明後日が光の日、つまり極夜の日ってことか」
「意外に、三つ目の顔も直ぐに見られそうだね」
「そうだな」
まだ見ぬ湖の顔に期待を膨らませながら、二人はまた読書に戻っていった。
その後も百科事典をぱらぱらと捲り、何か珍しいことや知っておくべきことはないか探った。しかし飽きてきてしまったため、ついにあの本を読むことを決意した。
竜郎は《アイテムボックス》から、「誰でもできる! 光と闇の混合魔法!! とっても簡単だよ♪」と表紙に書かれた本を出した。
相変わらずの胡散臭いタイトルに放り投げそうになるが、我慢して期待をあまり持たないように本を開いた。
すると見開き一ページ目には、大きな文字でこんなことが書かれていた。
この本を手に取った君は、相当数奇な運命に巡りあっているのだろう。
私はそんな君の運命を、より良い方向に向かう一助となるよう、この本を残す。
どうこの力を使うかは君次第だ。君の思うように活用してほしい。
(これは……ただいい気分に浸っているのか、それとも本気で読む人のことを思っているのか、読み取りにくい文章だな)
そんなことを考えながら、そのページの次に進む。
するとそこには、光と闇の混合魔法についての概要が書かれていた。
そこを細かく読み込んでいくと、それを行った結果が最後に記されていた。
(……魔力体生物の生成? そのなんたら生物って言うのは、なんなんだろう)
そう思い、ドンドン先のページを読み進んでいった。
(えーと、要は魔力体生物って言うのは、魔力を使って一から使い魔みたいな生物を作り上げたモノってことか。
それが本当にできるのなら、戦力増強になるな)
竜郎は気付かないうちに、夢中になってその本を読みふけっていく。
その内容を纏めると、大体こんな感じのことが書かれていた。
まず、実用的な所では、
光と闇の魔力を対消滅させずに混ぜ合わせる練習方法。
混合した魔力に、さらに魔力体生物に使わせたい属性魔法の因子を組み込むための練習方法。
単一属性の魔力体生物の生成方法と、そこからさらに属性を追加していく方法。
法則的な所では元は自分の魔力なので、その魔力体生物から魔力の供給が受けられる。
光魔法と闇魔法を、同レベルの強さで調整しないと成り立たない。
混合する光魔法と闇魔法が、高ければ高いほど優れた生物が生み出せる。
Lv.10以上の光魔法と闇魔法の混合で生成した魔力体生物は、高い知性を宿すようになり、世界の法則にしたがってシステムがインストールされる。
竜郎が読みこんだ限りでは、出鱈目に思える箇所は一つもなかった。そして書かれた通りに実践していけば、不可能ではないと思えるほど丁寧に解説されていた。
(もし、これを自由に扱うことができれば、かなり強力な使い魔を従えることができるのか。
さらにいざとなれば、魔力の補充もしてもらえる……至れり尽くせりじゃないか)
竜郎は今あるSPを全て費やしてでも、最優先でやるべきではないかという逸る気持ちを一度抑えた。
(確かにこれは強力だが、取ってからできませんでしたじゃシャレにならない。
まずは「この光と闇の魔力を対消滅させずに混ぜ合わせる練習方法」ってのを試してみよう)
そうして竜郎は早速手に持った本を膝の上にのせ、光魔法と闇魔法をLv.1同士になるように調整し、右手に闇魔法の魔力を、左手に光魔法の魔力を生成し属性球を作り上げる。
「なにしてるの?」
「ちょっと新たな可能性を模索中なんだ」
「そっか、見てていい?」
「ああ、いいぞ」
途中で愛衣が魔法を使いだしたことに気付いて、竜郎の背中に抱きついて肩から顔を出す形で覗き込み始めた。
竜郎は背中の感触を楽しむのもそこそこに、集中力を高めていく。
まずは両方の属性球から一ミリにも満たないほどの細さの魔力の糸を作り出して、それを球体からするすると伸ばして光と闇を繋いでみる。
しかしそれは、触れた先から対消滅が起きていってしまう。
「ぐっ、調整が難しいな」
「がんばって、たつろー」
愛衣の声援に頷きながら、気合を入れてもう一度チャレンジしてみる。
本格的にこれをやるには同時に百本の紐を生み出し、それを同時につなぎ合わせ一瞬で合一させなければならない。
なので糸一本で苦戦していたら、一生できはしないと思ったからだ。
「ふっ」
「………………」
集中する竜郎を邪魔しない様に黙って愛衣が見守る中、九回目のトライで何とか細い糸同士を接続することに成功した。
「よしっ」
「おっうまくいったのかな?」
「ああ、初歩の初歩だけどな」
成功した感覚を忘れないうちにと竜郎は急いで同じことを繰り返し、夕方になる頃には十回中七回は成功できるようになった。
「それで、一体全体これができると何ができるの?」
「新しい生き物を生み出して、俺たちの手助けをしてもらえるようになる」
「なにそれすごいっ、そなたは神になったのか!?」
「そなた? いや別に生き物と言っても俺たちみたいに飲み食いするようなものじゃなくて、形や意思を持った魔力を生み出す魔法ってことかな」
「それでも十分凄いけど……」
どこか呆れた口調でそんなことを言いながら、愛衣は改めてこの世界の魔法のハチャメチャ加減を認識したのだった。