第426話 ピアヤウセ族に自由を!
その日は小雨が降ったり止んだりと、あまり天候に恵まれていなかった。
しかし今日という日付を変更するわけにもいかないので、ピアヤウセ族の人々はナハムへの最後の手向けとばかりに、皆忙しなく今日の催事に向けて動き回っていた。
竜郎達も全部知ったうえで参加するという事で、ヤハナは兄が自分すら容易く打ち負かす強者に見送られて逝く事が出来るのかと嬉しそうに迎えてくれた。
だが同時に渋い顔をしていた人もいた──のだが、また食材を提供すると喜んで参加を認めてくれた。
実に現金な部族であると、改めて竜郎達は思い知った瞬間だった。
そうして準備も終わり、ナハムを中心に最後の宴が開かれた。
「な、何だこれはっ!? こんなに美味い物がこの世に存在していたのか!」
「そ、そんなになのか!? 兄者よ!」
「そんなにだ! 皆もタツロウ達に感謝して食うがいい! 食わぬのなら俺が全部食ってしまうぞ!」
「「「ええーーーっ!?」」」
竜郎が最後に提供したのはララネスト。今竜郎達が知る限りで最高の食材だ。
ララネスト2はまだ個体数が少ないというのと、初めてがそちらからだと刺激が強かろうと純天然物のララネストにしておいた。
始めは海産物に慣れていないピアヤウセの人々は、ほんとに食えるのかと及び腰ではあったのだが、それをリアと奈々が目の前で調理してみせ、今日の主役のナハムが絶賛すると、我先にと群がり始めた。
すると涙まで流して美味い美味いと、ララネストの肉を貪る者まで出ていた。
竜郎達も何度目かのララネストではあったが、それでも頬が落ちるかと思う程の濃厚な味に、プリプリとした肉厚な触感に思わずこの後に行われることも忘れて舌鼓を打った。
「いや、本当に美味かった!! さすが美味い魔物を探し歩いて旅する者達だ!
初めに聞いた時はどんな胡散臭い奴かと思っていたが、なるほど、これを知ってしまえばそれも頷けるというものよ!」
「……最初はそんな風に俺達をみてたのかよ、ヤハナ」
「がはははははっ! 良いではないか! 今はそんな事は思っておらんのだからな!!」
バシバシと竜郎の背中を叩くヤハナは、一見やたらと元気で明るく振る舞っているようだが、それが空元気のように見えて少し痛々しかった。
だがそれを口にする事こそ無粋だと、竜郎はヤハナにヘッドロックをかまして背中を叩いたお礼をした。
そんな風にバカな事をして、笑いあり、踊りありの大はしゃぎで楽しい時間は過ぎていく。
そして夜が近づいてくるにつれて段々と昔話をするようになっていき、今ではナハムはどんな子供だったのか、どんな風に生きてきたのかを面白おかしく皆で語っていた。
竜郎達の知らない話をいくつも聞いていき笑いあっていると、やがてその時間がやって来た。
おもむろにナハムはその場で立ち上がり、締めの挨拶に入る。
「──さて皆、今日は俺の為にこれほど盛大な宴を開いてくれて感謝する。
そしてタツロウ達よ。まさか人生の最後で、あれほど美味い物を食う事が出来るとは思わなかった。皆で感謝を!」
ピアヤウセ族全員が一斉に竜郎達を見て、右手を軽く上げて小さく頭を下げた。
「お前たちに出会えたことは、俺にとって幸運であった。ありがとう!
ではこれで宴は終いだ! 俺はこれから台座に上がろう!」
そこで皆が無理やり笑って立ち上がる。竜郎達もそれにつられて立った。
そして集落の崖に面した最深部。そこには作った本人はいなくなろうとも、今もなお強烈な存在感を放つ黒い台座が鎮座していた。
一度こちらの方へ振り返ったナハムに竜郎は一度頷いて返すと、そのまま台座の近くまで歩いていく。
すぐ後ろにはナハムの妻と子供たち。そしてその後ろにはヤハナとその家族たちが──と、関係の近い者が近くになるように位置取っていた。
ちなみに竜郎達は一番後ろで、非関係者として見守る形だ。
そんな風にゾロゾロ歩いてやって来たのだが、台座の天辺に昇る階段にナハムが足をかけた所で、それ以外の面々はそこで止まり、多くの部族民がその背中を目に焼き付けるように凝視した。
やがて天辺にまで上がったナハムは、最後の大仕事をするために中央の辺りで振り返って顔をこちらに向けた。
予定ではここで最後の口上──別れの挨拶をして、飛び降りるという流れになっているので、それに関しては誰も疑問に思わない。
「聞け! 皆の者!」
天空に両手を広げてそう叫ぶナハム。悲しみに下を向いていた者達も、一斉に見上げて視線を送る。
「これまで幾人もの同胞たちがここからその身を投げてきた!
──しかし! それも俺で最後となろう!」
突如そう切り出したナハムに、ピアヤウセ族全員がざわつきだす。
止めたくても止められないから続けていただけで、止めていいのなら今すぐにだってそうしたい。
だがそれは叶わぬ夢だと、そんな願望を抱くことすら馬鹿馬鹿しいと生きてきたのだ。
それをいきなり誰よりも信頼の厚いナハムが、これが最後になると言えばそうなるのも無理はない。
しかし実質部族内でナンバー2でもあり、なによりナハムと言う人間を誰よりも理解しているヤハナだけは、それが冗談ではなく何か根拠があるのだと直ぐに見抜いた。
「兄者よ! いきなりそんな事を言われても皆、動揺するだけだ!
どういうことなのか説明しては貰えないか!」
「ああ。それはもっともだな。ならば話そう。
今朝、私はとある神から天啓を授かった」
神=谷底の悪魔という図式を持っている部族民は、もしやもうしなくてもいいとでも言われたのかと期待の眼差しに変わっていく。
「はっきりここで言うが、その神は谷底にいるおぞましい悪魔などではない!
本物の神だ!」
「あ、兄者。一体何を……」
さすがにヤハナも気でも触れてしまったのではないかと心配になり、怪訝そうな顔で皆を代表してそう口にする。
だがナハムは、それにかまうことなく言葉を続けていく。
「その神はこう言った。俺の命を捧げるのなら、悪魔を滅ぼす力を授けてくれると!
──それが、これだ!」
ナハムは上に掲げていた手を前に突き出す。
すると手の先から光が産まれ、剣の形を取っていく。
さらに背中には光の翼が現れて、周囲にキラキラとした燐光を散らす。
その姿はまるで神の御使いの様であった。
「「「「「おおっ!!」」」」」
ピアヤウセ族の全員がそれに釘付けになり、感嘆の声を上げる。
だがもちろん。そんなのはでまかせだ。
竜郎が光魔法で剣の形をした光をナハムの前に生み出し、翼の形をした光を背中側に浮かべているだけ。
光の燐光も小さな氷の粒を舞わせて、そこに光を反射させているだけに過ぎない。
けれどそれを知らない者からみれば、そんなことを一個人が簡単にやれるという事を知らない者からすれば、まさしく神の御業に見えた事だろう。
だがヤハナは、その事は疑わないまでも、谷底の悪魔の恐さについては知っている。
だからこそ一番大事な事を聞いてきた。
「兄者よ! それはまさしく神の如き力に見える!
だが、それで本当に谷底の悪魔が倒せるのか!」
「倒せるとも! 本来ならばここでその力を見せてやりたいが、これは一度きりしか使えない。だから皆、俺を信じて欲しい!
この俺の命全てを使って、谷底の悪魔を見事打ち取って見せる!!」
ナハムは光の剣を握る素振りを見せて、それを天へと掲げる。
竜郎はその動きに合わせて光を動かし違和感の無いように調整し、さらに光量を上げ、聖気も混ぜ込み誰が見ても聖剣の輝きへと変えてみせる。
その神々しいまでの力強さと美しさに、部族民は誰も声すら上げられずに固唾を飲んだ。
だがそれも一瞬の事で、一斉にピアヤウセ族は湧き立った。
そして完全に魅了され信じ込む。
あれならばどんな悪魔だろうと滅ぼすに違いないと。
それを感じ取ったナハムは、自分にできる限りの自信に満ち溢れた表情で皆を見回し、娘のプアに目を止めた。
「よって我が娘プアよ!」
「は、はいっ」
「お前には俺の娘として、父が成した証明をしてもらいたい。
俺が飛び降りた後、お前には三日以上集落から少し離れた場所で生活するのだ!
できるな?」
「出来ます!」
「ヤハナよ。その間、部族の誰かを交代で付けてやってほしい。頼めるか?」
「心得た!」
娘と弟が自分の言葉を一部も疑うことなく返事をしてくれることに、心苦しくもあり、嬉しくも感じた。
「そしてケイキよ!」
「はい!」
「族長は今からお前だ! よってこれより名前を改め、ケビムイルキジェーダを名乗るがいい!」
「はい!」
背筋をぴんと伸ばして、今後の不安からか緊張した顔をする息子に、ナハムは優しく微笑みかけた。
「案ずるな。困ったのなら誰かを頼ればいい。お前に父はいなくなるが、母も叔父も兄弟もいる。
そして何よりこれだけの同胞も皆助けてくれる事だろう。俺の時もそうだった。何も気負う事などないのだ。
だからな、息子よ。これから何をするも自由となった新しいピアヤウセ族を、お前らしいやり方で作り上げていってくれ」
「はいぃっ」
涙を堪え、それでも一滴も零さない息子に、ナハムは抱きしめたい衝動に駆られるが、ぐっと足に力を入れて堪えた。
「ヤハナよ。ケビムイルキジェーダはまだ幼い。これから俺の代わりによく面倒を見てほしい」
「任せておけ! 兄者よりも立派な族長にして見せるとも」
「ははっ、なんだそれは。だが、それはいいな。そしてお前がいてくれるのなら、きっとなれる。
頼んだぞ、ヤハナトゥーザ!」
「おう!」
そして最後にナハムは、最愛の妻二人に視線を送る。
どちらも気丈に族長の妻として佇み、夫を見つめ返す。
「お前たちと夫婦であったのは、他と比べてほんのわずかな時間だっただろう。
だからその分、愛してきたつもりだが、嫁いだことを後悔していないか?」
「「いいえ、決して」」
二人そろって同じ言葉で否定する。
「あなたの妻で心から良かったと思いますよ」
「そうですわ。私たちはとても幸せでした。そしてこれからも、あなたが切り開いてくれる未来に感謝し、この子達と共に幸せになって見せます」
「そうか。ならば気合を入れて悪魔を退治せねばならんな」
「「ええ」」
三人で見つめ合い。言葉で表せない程の感情をお互いに語り合った。
そしてやがて、どちらからともなく視線を外した。
「では行くとしよう! 観ていてくれ!
俺はこの翼で奴の元へと飛んでいき、この剣で奴の首を落としてみせると、ここに誓おう!
ピアヤウセ族に自由を齎すために!!」
ナハムは光の剣を掲げて大声で力いっぱいそう叫んだ。すると他の誰もが希望に満ち溢れた目で同様に手を上へと突き上げた。
「「「「「「ピアヤウセ族に自由を!!」」」」」
「「「「「「ピアヤウセ族に自由を!!」」」」」
「「「「「「ピアヤウセ族に自由を!!」」」」」
同じ言葉を繰り返し始める残される人々。そんな中でナハムはこちらを向いたまま台座の後ろへと下がっていく。
そして最後に「ピアヤウセ族に栄光を!」と叫ぶと、後ろ向きに崖へと飛んだ──その瞬間。
竜郎はナハムがこちらを見て最初に出会った時のような、満面の笑顔で「ありがとう」と、そう口を動かしたような気がした。
「──そう、だったのか」
竜郎はその時になってやっと、何故ナハムにここまで心を許したのか理解した。
別に顔の造詣がどうのと言うわけでは決してない。だが屈託なく笑った時の顔が、愛衣にどことなく似ていたのだ。
「ばかやろうが……」
それは鈍い自分に対してなのか、それとも何処にもいない谷底の悪魔を退治に行ったナハムに対してなのか。
呟いた言葉は風に乗って消えていった──。




