第422話 大天使降臨
竜郎は急いで愛衣と共に後ろに下がって距離を取り、天照と月読の属性体による竜腕を纏って構える。
ジャンヌは率先して皆の前に立ち、《聖竜鎧装》に《盾魔法》を混ぜて防御を重ね、さらに斧鉈と《分霊:巨腕震撃》に持ったハルバートで《風閃斬存》による斬撃の結界を作り上げた。
そうこうしている内に《世界力魔物変換》から切り離された黒渦は、元気にグルグル渦巻きながら魔物の形を取っていく。
「…………あれは…………天使、かな?」
「呪具で集まった世界力を使って出てきたのが天使か。なかなか皮肉がきいてるな」
愛衣の呟きに竜郎がそう言い返しながら見つめる視線の先には、全長三メートルの細身の男型で、三対の白い大きな鳥のような六翼。
白銀の軽装鎧を身に纏い、手には黄金の六角棍。
天使の輪の下で金色に輝く長髪をたなびかせ、美しい形をした口が浮かべるアルカイックスマイル。
それだけ見れば完全に天使に見えるのだが、ただ一点。アイマスクのように目元をリング状になった黒い幅長の金属で覆っており、そのリングには金色で書かれた文字のような模様が光を放ち、まるで目を封印しているかの様な印象を受けた。
「皆さん。あのリングの奥の瞳は《石化邪眼》だそうです。
目の正面にある物を石化させる効果を持っているので注意してください」
「天使に邪眼とは、これまた歪んでるっすね」
「元になった物が物ですし、ある意味では納得がいきますの」
「ピィィィイイイイー!」
「来るぞ!」
まずは小手調べとでも言うのか、六翼をはためかせると、かなりの速度で突っ込んできた。
だが目に見えない斬撃の結界がジャンヌの前には築かれている。そのままぶつかれば体中を引き裂かれるだろう。
「オオオオオォ──」
しかしそれはちゃんと理解していたのか、六角棍に猛烈な聖光を滾らせて、それを振るった。
すると光の柱がジャンヌの目の前に降って来たかと思えば、斬撃の結界を全て打ち破った。
そしてそのまま未だ衰えない光を持った六角棍で、ジャンヌを突いてきた。
「ヒヒーーン!」
「オオォォォ──」
だがそれをジャンヌは《分霊:巨腕震撃》で持ったハルバートの槍部分でついて、ズドンともの凄い音を響かせながら見事受け止めた。
さらに両手に持った鉈斧で超振動を発生させながら袈裟掛けに切りかかる。
その二撃に嫌なものを感じたのか、天使は六翼を羽ばたかせ一瞬で後ろに下がった。
「ピッィィィィーーーー!」「──死ねですのっ!」
「オオオォーーーー」
だが後退した方向にはカルディナと奈々が待ち構えていた。
カルディナはジャンヌが稼いでくれたわずかな時間で溜めた真・竜翼刃魔弾を放ち、奈々は《邪竜布装》を靡かせながら、頭の上に乗った青色に染まり狼の杖を持ったキングカエル君と共に氷魔法を混ぜた《大邪暗球》を撃ちこんだ。
天使は一瞬判断が遅れたせいで躱す事も受ける事も出来ずに、体に直撃してしまう。
だが軽装鎧に大きな凹みと、邪なる力による火傷と氷結を体のあちこちに負っているものの、恐ろしく頑丈な体のおかげで動けない程ではないようだ。
──けれど竜郎達のターンはまだ終わってはいない。
「はああっ!」「でりゃあっ!」
「ォォォオオッ──」
カルディナと奈々に気を取られていたせいでいつの間にか肉薄していた愛衣とアテナに気が付かず、左右から宝石剣と大鎌で六翼を切り裂かれる。
「落ちろ!」
「オ"オ"ッ!?」
さらに追い打ちとばかりに、竜郎の重力魔法で極限まで重くした超硬質な闇と土のハンマーを射魔法で射出。
それを頭上に転移させたものが直撃し、天使は地面に叩き落とされる。
「凍りなさい!」
「──ォ」
そこへレーラが氷魔法を使って地面に貼り付けにする。
「爆破です!」
リアが爆弾を虎型の機体から次々に射出し弾幕を張る。
他の面々もそれに加わり、ここぞとばかりにボコスカと攻撃を撃ちこんで、最早タコ殴り状態である。
「オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"!!」
「これで死なないとか、どんだけ頑丈なのさー!」
翼を失い全身傷だらけで血を吹き出しながらも、天使は根性で立ち上がってくる。
さらにそこで竜郎の精霊眼に猛烈な勢いで魔力が集まっていくのを確認し、全員に後退の指示を飛ばす。
「──何か来る! 一旦下がるぞ!」
一斉に全員が天使から距離を取った瞬間。天使を中心にして巨大な光の球体が周囲を覆った。
三秒ほどその状態が続いたかと思えば、光で覆っていた部分はレーラの氷すら残さず抉れて消滅しており、しかも中から出てきた天使は完全に傷が癒え復活していた。
「超威力の攻撃を周囲に展開しつつ、自分の体だけを癒すスキルの様です!
巻き込まれたら私達でも危険なので、出来るだけ避けられるように注意しておいてください!」
「うーん。てことは、殺すなら一気にやるしかないっぽい?」
「けどあんな真似が何度も出来るとは思えないわ。今ので魔力は、ごっそり減っているようよ」
「回復速度も半端ないみたいだけどな」
一番簡単なのは愛衣の言った通り、回復する隙すら与えずに一気に始末する事だ。
けれど細身の肉体に軽装鎧を着こんだだけという出で立ちでありながら、その実異常なほどの頑強さを持っていた。
なので回復の隙を与えずにと言うのは出来ないことは無いだろうが、その手を取ると言うのなら、それこそ何も残さず消滅させるほどの火力が必要となる。
素材も欲しい竜郎からしたら、出来れば取りたくはない一手だろう。
であるのなら、何とか回復を出来ない状況でダメージを与えて倒すと言う方法になってくる。
幸いレーラの言った通り、莫大な魔力を保有している天使であっても、効果が効果だけに連続して多用できるレベルの魔力消費ではない。
だが竜郎の言った通り回復速度が半端ではないので、次の使用までにかかる待機時間は五分から十分といった所の様だ。
「邪眼が来ます! 正面からずれてください!」
「──くそ、まだ考えが纏まっていないってのに!」
竜郎は念のために実験もかねて土魔法で細工をしてから、愛衣に引っ張られる様にして正面から離脱し90度の壁を駆けあがる。
それと同時に目を覆っていた黒いリングの真ん中に一本筋が入ったかと思えば、上下に二分されて奥の瞳が姿を現した。
──瞬間。ピカッとフラッシュの様な光が四方向に放たれて、天使の正面、左右、後ろ側に扇状に大地が石化していた。
「──なっ、目が八個もあるの!?」
黒いリングの奥にあった目は八つ。前後左右に二つずつ目が付いていた。
その為、正面以外の下の方で散開していた者達は意表をつかれ、カルディナは左翼を、奈々は左手を、アテナは右肩と右足先を石化させられてしまった。
幸い魔力抵抗値も高い子達なので表面だけで済んだようだが、それでも機動力が著しく低下。
そこへ天使は追い打ちをかけるように、光の玉を周囲に数百個作りだしてきた。
「愛衣は石化してしまった子達を回収してくれ! 被害の無い者は全力で止めるぞ!」
竜郎がそう言った瞬間に、光の玉が弾丸のようにカルディナ、奈々、アテナに向かって飛んでいく。
本人も追い打ちを仕掛けてくるかと思いきや、先の事がトラウマになったのか、近寄っては来ない。
竜郎、天照はブラックホールモドキを転移させて、光の玉を吸い込んでいく。
ジャンヌは《竜力収束砲》で薙ぎ払い、リアは虎の口から火炎放射し目からはビームで打ち消して、レーラは氷の槍を射出して器用に撃ち落としていく。
月読は障壁を張って皆を守る最終防衛ラインを築き上げる。
その間に愛衣は瞬間移動でもしたのかと言う程の速度で駆け回り、カルディナ、奈々、アテナを無事回収。
竜郎の元へと連れてきてくれた。
「魔法で石化が解除できないかやってみる。愛衣はジャンヌ達と時間稼ぎを頼む。石化が来そうになったらリアは指示を。全員を転移させて距離を取る」
「解った!」「了解です!」
「ピィィ……」
「ごめんなさいですの……」「ミスったっす~……」
油断していたわけではないのだが、むざむざと石化してしまった事にショックを隠せないでいる三人。竜郎はそんな三人の頭をそっと撫でながら解析していく。
「あれだけ人間みたいな見た目の癖に、八目なんて想像できるわけがないさ。
それに射程範囲もそこそこで発動速度は文字通り光並みなんだから、今回はしょうがない。
むしろ俺の考え方がまだ甘かったんだ。気にするな」
三人を元気づけながら竜郎は解析を終える。
どうやらこの石化の魔法は土、闇、邪の三属性から成り立っているようだ。
ならば氷、光、聖全ての魔力が使える竜郎ならば、解除は可能だ。
「カルディナ。手伝ってくれ」
「ピィィィーー」
カルディナや天照の魔力頭脳による解析に従い、竜郎は必要な属性魔力を作って杖に流すだけで解除魔法が完成し、カルディナ達の石化は直ぐに治った。
「カルディナ達も戦線に復帰してくれ」
「ピュィィー」「了解ですの」「もう後れは取らないっす」
そんな三人を見送りながら、竜郎は先ほど仕掛けた土魔法の仕掛けに視線をやる。
(あの石化は厄介だ。ただ一方向だけかと思ったら四方向。約十メートルの射程で扇形に効果を及ぼすから、その隅にいると三百六十度の石化範囲という事になる。
無策で近づくのは止めた方がいいだろうな)
だがそれは向こうも同じで、こちらは石化を警戒して距離を取り、天使はこちらの近接攻撃を警戒して近づいてこずに、光の玉や六角棍の光の打撃による遠距離攻撃に徹している。
(これだと勝負がつかないな。むこうもアレくらいじゃあガス欠にはならないし、こっちも消費より回復速度の方が勝ってる。
となるとまずは石化邪眼を何とかしますかね)
そうして竜郎は先の実験結果を元に、石化対策に向けて案を練っていくのであった。




