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レベルイーター  作者: 亜掛千夜
第一編 古の部族

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第419話 犠牲の理由

 美味しい魔物を探してさすらう旅人。その言葉を聞いた谷底の悪魔は、おちょくられていると思ったのか、元々怒っていた顔がさらに吊り上る。



「……ふぅうざあぁけてぇんのかぁあ?」

「声が震えているぞ? まさか人種二人が恐いのか?」



 怒りで震えていた声音を、今度はハッキリと馬鹿にされ、谷底の悪魔の全身の毛と言う毛が逆立った。

 まさに怒髪天をつくとはこのことだろうなと、竜郎はどうでもいい事を考えながらも魔法の準備は怠らない。



「死ねぇ! クソがぁあああっ!」

「……ん?」



 谷底の悪魔の影から無数の影の槍が触手のように伸びてきた──のだが、それは竜郎や愛衣ではなく、認識阻害して傍観していたカルディナ達の方へと迫っていく。

 けれどそれに慌てた様子も無く、全員自分の攻撃を当てて相殺していった。



「そっちに気が付いていたのか」

「──っち。余裕ぶるだけぇの実力はあるってぇことかぁ。あのぉ猿ども、何処でてめぇーらみたいなのを見つけてきたのやらぁ」



 実際には微かに何かがいる様な気がする──と言った程度にしか感じられてはいなかったのだが、それでも谷底の悪魔は勘に従って攻撃を試みた。

 けれどそれはあっさりと対処され、忌々しげに舌打ちをする。

 しかも攻撃を確かに相殺されたのは理解できるのに、気を抜くとそこには何もいないと思い込みそうになってしまう事にもいら立ちが募る。


 だがそれ以上に今の攻撃の対処のされようから、目の前の奴らが自分にとって脅威的な存在と言うのも感じ取り、一気に頭が冷却されていく。


 しかし──この時点でも谷底の悪魔は自分が負けるとは思ってはいなかった。

 けれど無傷で勝てるほど甘い相手ではないとは思っていた。

 それ故に、戦わなくて済むならそうする方がいいかもしれないと考えながらも、この先戦闘になった時の為の手札を仕込むために時間を稼ぎたかった。

 なので苛立ちは一旦奥底に押し込んで、構えを解いて竜郎と愛衣に向かい直した。



「あのさぁー。あんたらはぁ、ワタシを殺しに来たってわけぇ?」

「さっきも言っただろうが、それは最終手段だ。

 もう二度としないと誓い、大人しくここから去るのなら穏便にも済ませよう」

「はぁ……。んじゃぁあ、ここ以外で活動するのはいいわけぇ?」

「ここ以外でも止めて貰いたい。……というか、お前はそれをしなければいけない理由でもあるのか?」



 もしこの行動が、この谷底の悪魔──アラクネ天魔という変わった種が生きるのに必要不可欠な行動であったのなら、それは情状酌量の余地がある。

 そうしなくても生きていけるような方法を模索してもいい──とも思ったからこそ出た質問だった。

 それに対して谷底の悪魔はニヤァとその頬まで裂けた口を歪ませて、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに嬉しそうな顔をする。



「なんでかってぇ? ……そうだなぁ、上にいる猿共じゃぁ理解できないかもしんねぇーけどぉ、あんたらはぁ何か違うみたいだしぃ?

 特別に見せてやるよぉ」

「……何を?」

「まあ、慌てんなってぇ。こっちに来なぁ」



 何が谷底の悪魔の琴線に触れたのかは知らないが、突然機嫌がよくなり竜郎達に付いてくるように言うや否や、さらに奥の方へと八本の足を器用に動かして進んでいく。

 その際に思い切り背中を向けて行動しているのに、竜郎は不用心な奴だなと思った。

 けれどそれは竜郎達から殺気の類がまるで感じられない事と、未だに侮っている所があるのが大きいのだろう。


 そうして五分もかからず移動を終えると、谷底の一角が不自然に暗くなっている部分があった。

 それは竜郎が灯りを向けても同じで、そこだけは光を通さずに黒い影がおおって中を見る事が出来なかった。

 どうやら魔法的な結界の様な役割を果たしているのと、《影魔法》という闇属性に近いが似て非なる系統に属した竜郎にない魔法系スキルである事が影響し、破壊しないでその中に解魔法の魔力を侵入させることが出来なかった。

 なので竜郎やカルディナでも、中に何があるのか解らなかった。


 それだけに警戒しながら見ていると、その黒い影が覆う地帯に谷底の悪魔が歩み寄り、こちらに振り返った。



「さあぁ! 観るがいいぃ! ワタシの芸術作品をぉ!」



 芸術作品? と怪訝な顔を浮かべた竜郎達であったが、影が取り払われ、その中にあるモノを竜郎の光魔法が照らし出すと、その顔は苦虫を噛み潰した様な表情に変わった。


 何故なら、そこにあったのは無数の死体。

 それも黒い針状の剣山のようになった一帯に、色々な形で──そう、まるで高い所から何人もそこへ飛び込んで突き刺さったような死体がだ。

 多くは骨になってはいたが、まだ肉が残っている死体もあった。



「……これが芸術?」



 愛衣の口から思わずそんな言葉が零れだす。

 それに谷底の悪魔は、うっとりした顔で頷きながら作品に目をやった。



「そうさぁ! 素晴らしいぃぃだろぉう? 何と言っても────」



 それから語られたのは、その芸術作品の楽しみ方だった。

 まず飛び降りて突き刺さる瞬間までを生で観て、どんな形で、どんな顔で刺さるのかを想像しながら楽しむ。

 刺さった後は、時間と共に流れる血の滴り具合や肉体の朽ち具合を毎日眺めながら過ごす。

 その時の人間によって微妙な違いが有り、それを優雅に楽しむのが通なのだという。

 そうして完全に骨になれば、剣山のオブジェとして外側へと移動させ背景の一部にする。

 そして半年ごとに上から降ってくる新しい人間が加わり、また違う作品へと上書きされていく。

 谷底の悪魔曰く、時間と共に成長する芸術なのだそうだ。


 それを聞かされて思ったのは、全員が共通して『趣味が悪い』だった。

 またこれはどう見ても趣味の範疇であり、その趣味の為──ただ鑑賞して楽しむオブジェを作るためだけに、ピアヤウセ族は数百年付き合わされていただけだったというのが真相のようだ。


 さらにこの芸術について、レーラから朗報と言えばいいのか悲報といえばいいのか、もう一つの事実が告げられる。



「タツロウ君。これが今回、私たちが来ることになった原因で間違いないわ。

 何人もの怨念があの剣山になっている闇属性に染まった石に宿って、完全に呪具化してる。

 秒単位でもの凄い量の世界力を産みだしているわ」

「ということは、魔王鳥の時で言う古代魔物の化石のような役割をしてしまっているという事でしょうね」

「アレを破壊するなりすれば、一先ずは安泰という事で良さそうですの。

 もっとも、これをまた繰り返されたら迷惑千万ですが」

「まあ、そうだろうな」

「ん? やはりわかってくれたのかぁい!?」



 レーラ達の存在は認識できても、声までは認識できない様で、竜郎の言葉を勝手に芸術作品への共感だと思われてしまったらしい。



「勘違いさせて悪いが、その作品が普通に存在するのは俺達にとって都合が悪い事が発覚した。

 よって押収させてもらう。それが叶わないなら破壊も止むを得ない」

「はぁあああん?」

『押収が優先なの? 破壊じゃなくて?』

『ああ、《無限アイテムフィールド》なら時間を止めて保存できるから問題ない上に、呪具は《死霊族創造》の素材になるから手に入れておきたい』

『うーん……。あんまり持ち歩きたい物じゃなさそーだけど……それならしょうがないかなあ』

『その代り、死体の方は埋葬させて貰おう。あそこで谷底の悪魔の作品としているよりもマシだろう』

『それもそだね』

「てめぇえ! きいてんのかぁあ!?」



 愛衣と念話会議している間にも竜郎に怒鳴り散らしていたようだ。

 だが正直言って聞いていなかったので、どう答えたものかと思っていると勝手に話し続けてくれた。



「わからねぇのかぁ!? これの素晴らしさがよぉ!

 上の猿共と違って、お前たちも選ばれた種族かなんかなんだろぉ!?

 だったらコレの凄さの一端くらいわかるだろぉがぁ!

 ばぁかなのかぁ!?」

「そんなもんを素晴らしいと思えなきゃ馬鹿なんだったら、馬鹿で構わない。

 というか芸術? だったらそこいらに絵でも書いてろ。石でも削って彫刻してろよ。他人を巻き込むな」

「はん。そんなのはワタシから言わせてみればぁ、芸術じゃないねぇ。

 そーゆーのもぉ何度か見たことはぁあるけどねぇ、ワタシにはなぁああんにもぉ! なあああああああああんにぃも! 響かなかったんだよぉ。

 だが何かが死ぬ瞬間は美しかったんだぁ……」

「ヤバいね、こいつ。サイコパスだよ、たつろー。はやく何とかしなきゃ」



 何かを思い出したかのように上を見上げて恍惚の表情をする谷底の悪魔に、愛衣は勿論全員がドン引きしていた。

 けれどそんなものは無視して、如何にしてその趣味に嵌ったのかを懇切丁寧に語ってくれる。


 どうやらこの谷底の悪魔は、元はただの魔物だったらしい。

 だが他者を殺して殺して殺しまくった末に、生き物の死ぬ瞬間というものが美しいと思うようになり、さらに虐殺を続ける事で完全な自我が芽生えた。

 だが完全に自我に目覚めた最初の頃は、死よりも美しい物が有るかもしれないと探し回ったらしい。

 けれどどこにもそんなものは無く、結局は死を求めるようになった。


 だがある日。それに飽きてしまった。

 色んな種族、色んな人間を殺してきたが、何百年もやっていると全て同じように見えてしまい、そのどれもが空虚に思えてしまうようになる。

 そこで新たに考え付いたのが、ただ殺すのではなく、殺し方を工夫する事だった。

 色んな殺し方を試しては、その対象物の反応や死に方を眺めて楽しんでみるが、今一ピンとこなかった。


 谷底の悪魔は毎日考えた。どうすれば自分にとって、最高の美しさを表現できるのだろうかと。

 そんな思考に囚われながら、この谷底にやってきて、休憩しながら大地に土の棘を生やして新たな殺し方を模索していた。

 すると、突然空から人が降ってきた。

 ──そう。狼に殺されるのならと飛び込んだ、まだただの狩猟民族だった頃のピアヤウセ族だ。

 そして目の前で自分の作った棘に刺されて死んでいく姿を見た時、谷底の悪魔は涙を流したと言う。



「あの時の衝撃は忘れられないぃ……。なんて美しい姿だとぉ感動を禁じ得なかったぁ……」



 それからの行動は早かった。

 すぐさま狼の魔物を威圧し近付けない様に、けれど完全に逃げない程度に手加減し、それから居住区画を作って芸術の素材を囲った。

 そして魔力を持つ存在──魔法が使える者の魂が散る瞬間は、谷底の悪魔にとっては他者よりも美しいことを知っていたので絶やさず、けれど作品には加えられるように新しい魔法使いが育つまで待った。


 十分魔法使いは大きくなり、子供も問題ない位に成長したのを見届けたら、後はこちらの思い通りにさせるだけだった。

 また飽きたら皆殺しにして別の地に行こうとも思っていたのだが、半年に一回作品が成長していく感動が、何よりも谷底の悪魔を魅了してやまなかった。

 死体が朽ちていく様を愛せるようになったのも大きかったらしく、まるで飽きる気配が無いのだそうだ。



「つまり、ピアヤウセ族は最初の頃に遮二無二谷底に飛び込んだ奴のせいで、こいつの変なスイッチを入れてしまったと」

「けどそれが無かったら狼さんにモグモグされて、いずれ全滅してたって事にもなるよね」

「まさに痛し痒しっすね~。ある意味では、こいつがいたからこそ、ピアヤウセ族っていうのが存在し続けられたとも言えるんすから。ままならないもんっす」



 そのどれか一つでも歯車がずれていたのなら、竜郎達がここへ来るような状況にはなっていなかったであろう。

 例えば狼の魔物に出くわさなかったら、狼の魔物があっさりと全員を殺してしまっていたら、崖の方に向かわなかったら、崖に追い詰められた時に飛び込んだ人物が谷底の悪魔の目の前に落ちなければ──そんないくつものターニングポイントを上手く掻い潜って来なければ、何事も無く世は進んでいたのだろう。



「だがまあ、四の五の言ってもしょうがない。そいつはこっちで預からせてもらうぞ」

「それを許すとでもぉ?」

「許されなくても構わないさ。俺はどうやらお前の事が嫌いらしいからな」

「へぇ……そぉかよぉ。きぐぅだなぁ……ワタシもテメェーーーが嫌いだよぉ!」



 どうやら解りあえないと悟った谷底の悪魔は、竜郎や愛衣のみならず先ほどよりもずっと多く細い数千の影の触手針を展開して放ってきた。



「全員戦闘開始! 奴の生死は問わない。ここで殺さなければ、今後別の場所で同じことを繰り返すに違いない!」



 相手は会話ができるだけの知能を持つ、この世界で言う人間だ。

 だがここで殺さなければ、またどこかで世界力溜まりを作られて二度手間になるかもしれない事請け合いだ。

 愛衣の為、自分の家族のため、そして自分自身の為にも、ここでこいつは仕留めるべきだと竜郎は判断を下し、殺すつもりで戦いの火ぶたを切ったのであった。

次回、第420話は2月14日(水)更新です。

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