第418話 谷底の悪魔
「にしてもクリアエルフが徒党を組まなきゃ倒せない魔物ってのは凄そうっすね」
「あら、クリアエルフだって最初から今の私みたいに強かったわけじゃないのよ?
まあ、それでも他の種族と比べたら有りえない程強かったけれど」
「今までで一番強い敵はどんな奴だったんですの?」
「レベル300越えの魔竜かしらね。クリアエルフが二十人以上戦闘に参加したけれど、半分以上が殺されたの。
さすがにあの時ばかりは、私も死ぬかと思ったわ」
「って事は、レーラさんはその肉を食べちゃったのかな?」
「そうね。まだ《竜を喰らう者》なんて称号も無かったころだったから、特に気にもせずに食べてしまったわ。
おかげでシステムが完全に出来てから後付けで称号が手に入ったもんだから、もうそれ以上のレベルの竜を食べないと竜力は増やせないわ」
「それは勿体ないなぁ。ちなみにその竜の素材とかは?」
「ごめんなさい。そんなに大きな竜ではなかったし、私の杖の素材になったり、他の人が持っていったりしたから、もう手元には何もないわ」
それこそ竜肉ですら腐り果てるほど遥か昔の事らしく、まだ当時のレーラは幼く、その戦闘にそれほど貢献できたわけでもなかったので、取り分も少なかったようだ。
だがそれほど昔となると竜肉を食べる順番も早く、竜力の増加チャンスもほとんどなかったのではないかという疑問が残った。
そんなに最初期に300越えの魔竜の肉を食べてしまっているのだから。
そう素直に愛衣が聞いてみると、《竜を喰らう者》が実装されるまでの合計回数で換算してくれたとの事。
だが実装後は前に食べたモノよりも高いレベルを~という制限が付いたので、それ以上は難しくなった。というのが真相らしい。
「うーん。純粋な疑問なんですが、今の時代──つまり私たちが生活している時代には、一体何人のクリアエルフがいるのでしょう?」
リアにとってクリアエルフとは伝説的な種族だ。
なのでそれほどいないとは思っていたものの、少なくとも昔は二十人以上はいたとレーラは言っていた。
そうすると一体どれだけのクリアエルフが──と、純粋にこの世界に住まう住人としてリアは聞いてみたくなったようだ。
「うーん。別段お互いに連絡を取り合うような事もしないし、友達というわけでもないから、今どうしているかはまったく解らないわ。
愛する人を見つけて交わって、神の子という地位を捨てる人もいたでしょうし、戦闘で死んだ人も中には居るかもしれない。
でも……最低でも一属性に一人はいるようにしているそうだから、私を含めて十二人は絶対にどこかにいるはずよ。
私が知っている最近の中では六千年くらい前に水神の巫子。二千年くらい前に雷神の巫子。八百年くらい前に火神の巫女にはあった事があるわ」
「うんもう、最近の規模がおかしいからね。六千年代で最近ってどうなのさ。
てゆーか、そういえばクリアエルフさんって子供を作る様な事をすると力が無くなっちゃうんだっけ?」
竜郎からさらりとその辺りを聞いていた愛衣が、先ほどの神の子の地位を捨てるという言葉を思い出して問いかけた。
「そうね。そうなると神に関するスキルや称号は全部消えて、その恩恵で上がっていたステータスも大幅に減少するわ。永遠の寿命も無くなってしまうしね。
けれどその代わり、もう神からの言葉は聞かなくてもいい、完全に自由なただのエルフになれるという意味でもあるの。
半分天上人として生きるか、下界で一介の人間として生きるのか。その選択を自分で取れるようにという創り手なりの配慮らしいわ」
「実際に力を失ってでも──と言う人は結構いるんですの?」
「そうね。子育てをしてみたいと言って子供を作る人もいたし、純粋に神よりも大事な人が出来たからっていう人もいるから、それなりにいるはずよ。
そうでなきゃ、エルフという種はもっと少なかったはずでしょうし」
「それはクリアエルフ同士でも一緒なんすか?」
「そうよ。クリアエルフ同士で愛し合っても、その瞬間神の寵愛は消え、生まれてくる子は絶対にクリアエルフではないもの。
ただそういう子は、他のエルフよりもずっと強い力を持っている場合が多いようよ」
恐らくハウルやアーレンフリートの祖先は、そういう経緯で生まれた人たちの末裔なのかもなと竜郎はふと思った。
「それじゃあ、クリアエルフの話はそれでこの辺で良しとして、今度は魔王種結晶について調べていこう」
「ん。それもそうだね。明日は色々忙しくなるだろうし」
という事で竜郎達はレーラから貰った魔王種の体の一部をそれぞれ摂取していき、新たに四つの魔王種結晶を手に入れた。
とはいえ魔王種を倒した回数は二回なので、レーラ以外同時に使えるのは二個までとなるのだが。
まず一つ目は、やたらと刺々しい甲羅を持つ亀の水晶の魔王種結晶が飛び出した。
「それはとにかく硬くて厄介な魔王種だったわ。
属性は盾。武器に込めればとにかく硬くなるし、魔法に込めればそれ自体に保護膜を張って解魔法でとかれたり、壊されたりされにくくなるわ」
二つ目の魔王種結晶の形は牙がやたらと長い狼。
「それは私が一番愛用しているやつね。属性は氷。魔法や武術に氷の属性が付与されるの。
もちろん氷魔法だともっと強くなるわ」
三つ目は大樹に目玉が生えた木の形。
見た目通り樹属性を強化したり、竜郎のレーザーに混ぜて打つと当たった相手に植物の蔓が絡みつくようになっていた。
四つ目は手足が太く、体が細い人形のような形。
これがレーラの言っていたゴーレムの魔王種という事になる。
属性は無。けれど強いて言うのなら力。効果は単純明快で、これを入れた武器や杖などを持っていると、筋力値がグッと上がる。
ただそれだけだが、力不足の魔法使いからしたら使いどころはあるだろうし、武術系の技は単純に威力が底上げされるので、かなり有用ともいえるだろう。
レーラも竜郎たちから受け取った魔王鳥と魔王鬼の肉をくらって、無事両方の魔王種結晶を取得できたようなので、後は睡眠をとって英気を養うことにした。
そうして次の日。竜郎達は夜明け前に起きると、家の前にちょうど良くやってきていたナハムを室内に入れて、今日谷底の悪魔に会いに行く事を告げた。
「会ってから、そいつをどうするか決めるとは思うが、おそらくこの風習は止める事になるだろう。それについては問題ないんだよな?」
「勿論だ。好き好んで息子を自殺に追いやりたい親がいるものか。
終わらせてもらえるのなら、これ以上俺が望むものはない」
「解った。まあ、任せといてくれ」
そう言って竜郎はナハムと笑い合い、握手を交わし別れた。
今日は自分たちで狩りに行くとナハムが事前に言っておいてくれたようで、ピアヤウセの人々は「いってらっしゃい」と声をかけてくれた。
竜郎達の実力はヤハナとの戦いで十分に解っているので、そこに心配するような声音は一切なかった。
見送られながら集落から出て行き、やや離れた所でジャンヌに空駕籠を背負って貰い乗り込んでいく。
目指すは集落の後方──光すら届かぬ谷底だ。
そうするとちょうど集落の上空を飛ぶことになるので、認識阻害の呪魔法は忘れずかけておく。
「それじゃあ、出発だ! 頼む、ジャンヌ!」
「ヒヒーーン!」
翼をはためかせ大空へと飛び立つ。空はこれ以上ないほど晴天に恵まれて、絶好の飛行日和だ。
そのまま集落を飛び越えて、谷を下って行った。
「もう暗くなってきたな。──ふっ」
「おっ、明るくなった」
光魔法の魔力での精霊魔法をジャンヌの周囲に漂わせ、光源を確保。
これでは向こうからは丸わかりだろうが、こちらはもう既に谷底の悪魔らしき存在を捕えているので逃がす気はない。
そうしてジャンヌに一気に加速して貰い、暗い谷底に唯一ある生物の反応がある方角へと急いだ。
向こうも気が付いているだろうが、それでも認識阻害がきいているのか、光源しかとらえられてないのかもしれない。
動く気配はまるでなく、ただただジッと動くことなくこちらの様子を伺っているようだ。
「油断はするなよ。皆すぐにでも戦闘出来る様に準備を」
「相手は恩を押し付けて人を殺す外道だかんね。
不意打ちだまし討ちは常套手段かもしんないね」
「やれるならやってみろっす。全力で返り討ちにしてやるっす」
「悪魔と呼ばれるからには、わたくしと同じ魔族側の者の可能性が高いですし、そういう品位に欠ける馬鹿は早めに潰しておきたいですの」
「皆過激ですね。人を自殺に追いやって笑うような奴は生理的に受け付けませんから、私も参加しますが」
「タツロウ君たちはやる気の様だし、バックアップに回るとするわ。
何があっても対応してみせるから、思い切りやってくれてかまわないわ」
レーラは谷底の悪魔よりも周囲の被害を心配しているのだろう。
竜郎達のような高火力アタッカーの塊だらけだと、簡単に地形が変わってしまうので、下手をしたら遥か上で暮らすピアヤウセ族にまで被害が及びかねない。
だからこそ、その辺の被害はレーラが全部防いでくれるらしい。
「もう直ぐ着くぞ。ジャンヌ、降りる寸前に空駕籠を出るから、そっちも直ぐに戦闘態勢に入ってくれ」
「ヒヒーーン!」
バサッと翼をはためかせジャンヌが体勢を横から縦にたてなおす。
その寸前に、竜郎達は空駕籠から飛び出して地面へと着地する。
ジャンヌもふわりと地面に足を付け、両手には鉈斧を既に握って戦闘態勢に入った。
ただしこの状況で、竜郎は自分と愛衣以外に認識阻害をかけて他の存在は気が付かせない様にしておいた。
もしかしたら、向こうにも万が一。やんごとない事情があり、仕方なくこんなことをしているという可能性もわずかにあるからだ。
その場合、いきなり大勢に臨まれてしまうと必要以上に警戒させるだけだろう。
とはいえ、人種の二人だけを前にした時の反応を見たかった──というのが一番の理由なのだが。
「おやぁおやぁ? こんな所にお客さんかぁい? 呼んでなぁーいんだけどなぁ」
聞こえてきたのはやけに甲高い女の声だった。
竜郎の思った通り、そこには出てきたのが人種だったからか、まるで警戒した様子はない。
竜郎が精霊魔法の光を動かして、ソイツをライトアップする。
するとソイツは眩しそうに目を細めながら、不愉快そうに眉根を寄せていた。
そいつは俗に言うアラクネと呼ばれる魔物に近い形態をしていた。
大きさは五メートルほどで、巨大なクモの体から女の上半身が飛び出していた。
だがアラクネと違うのは、その女性の背中に一対、蜘蛛の背中に二対の悪魔の翼を生やしており、頭からは牛のような──それこそ奈々と同じような角が生えていた。
いうなれば、魔族に属する天魔のアラクネといったところだろうか。
「お前がピアヤウセ族を脅してる悪魔で間違いないな?」
「なるほどぉ。あいつらの差し金ってわけねぇー。従順に従ってるからってぇ、優しくし過ぎたのかなぁ?
今度からは飛び降りを二倍にしよぉかねぇ」
口調は笑っているのに顔は憤怒のように怒らせながら、右前の蜘蛛足一本を地面にガンと打ち付けて八つ当たりした。
その威力は中々で、軽くやったように見えるのに、あっさりと大地を削り取っていた。
ともすれば、それは竜郎達に向けての威嚇もあったのかもしれない。
けれどそれを見ても怯むことは無く、今度は愛衣が口を開いた。
「今度、なんてないよ。あんたに許されるのはここから大人しく立ち去るか、ボコボコに殴られて心を入れ替えるか、でなきゃ──ここで死ぬかの三択しかないんだから」
「……おぉ恐いねぇ…………………………サル風情が随分息巻いてくれるじゃねぇかぁあああああああああああああああああ!!」
蜘蛛の体から突き出した女の口が耳まで裂けて、キンキンする耳障りな声で叫んだ。
「うるさい奴だな。怒鳴るだけの三流悪魔か?」
「………………なに?」
今の声は、竜郎と愛衣が以前であった魔竜が使っていたスキルと同じものが使われていた。
スキル名《恐怖付与》。魔法耐性の低い者を恐怖で動けなくさせるスキル。
事前にナハムから聞いていた話で、それ系統のスキルがあるのではないかと身構えていたので、あっさりとカルディナと一緒にアンチ魔法を構築して効果を消した。
さらに保険として愛衣と手を繋いでいるので、それを抜けられても対抗できただろう。
(まあ、これくらいなら今の愛衣でもそこまで効果はないっぽいけどな)
とはいえ油断はしないようにと言っておいた竜郎が気を抜くわけにはいかない。
常に相手が格上のつもりで竜郎は真正面から向かい合う。
谷底の悪魔はただの人種にしか見えない竜郎と愛衣が平然としているのをみて、一歩後ろに下がった。
「…………てめぇらなにもんだぁ?」
「なぁに、ただの美味しい魔物を探してさすらう旅人だ」
竜郎はそう言って、不敵な笑みを浮かべたのであった。




