第415話 ヤハナトゥーザの災難
戦うと言ってもあくまで模擬戦。ピアヤウセ族の男たちが槍の練習をするために使う先端の丸い槍──というよりもはや細長い棍棒を手に、竜郎とヤハナは向かい合った。
竜郎はあくまで自然体に手をだらりとした状態で槍を片手に軽く握った状態。
対するヤハナは斜に構えて突きやすい態勢をとっている。
「タツロウよ。負けた時のいいわけをするのに、本気じゃなかったと言うのは止めた方がいいぞ。ちゃんと構えるがいい」
「いや、構えとか特にないんだよ。俺は魔法使いだしなあ。何で槍対決なんだろ」
「ふん。何でもいいと言ったのはタツロウではないか。男に二言はあるまい!」
「ああ、二言は無いよ。そして構えも無い。いつでも来てくれ。
もしそれで負けたとしても、それが俺の実力というだけだ」
「ほーう、大した自信だ。後で後悔するがいい! 《突き》いいいいいぃぃぃっ!」
体の捻りを使った見事な突きを繰り出してくる。槍術の《突き》というスキルによるものであろう。
「ん」
「──なっ!?」
だが竜郎は体を横にしていとも容易く躱して見せた。そしてお返しとばかりに、軽く振り下ろす。
軽くと言ってもそこそこの速度があるので、ヤハナはそれを限界ギリギリで躱すのがやっとだった。
「すすす、すごいではないか……。ふはははっ。そうでなくては面白くないわっ!
行くぞ! 《突き》いいいいいぃぃぃっ! からの《二段突き》いいい!」
「いや、あのさ……。何で事前に行動を口にするんだよ……。それ止めた方がいいと思うぞ」
突きを躱した瞬間に連続の二段突きが来るものの、アッサリと躱してしまう。
だがそれで終わりではない様で、竜郎の精霊眼で観える三つ目のスキルが発動するのか、そちらの色が濃くなってくる。
「ちょいやああああああ!」
「よっと」
別に竜郎に言われたからではなく、今まで口に出していたのは、そちらに注意を向ける作戦でもあったようだ。
スキル名を言わずに行使されたのは、渾身の《薙ぎ払い》。それを足元に狙って思い切り振り払──おうとした。
「え? ──うおっ!?」
「はい。これでお終いっと」
だが竜郎が片手で槍モドキを振って弾き返すと、崩れたヤハナの足元を回転させた槍モドキの柄先で絡めて転倒させる。
そして丸い槍先を首元に押し付ければ終了だ。
「ま、まいった……。いやぁ…………油断していたせいでマケテシマッター。アハハハー」
「いや、さっきお前なんて言ってたよ……」
言うまでも無く竜郎の圧勝。それも魔法すら使うことなく。
ヤハナは槍術にあたる《突き》《二段突き》《薙ぎ払い》という三つのスキルを持つ、この時代の人種の戦士としてはかなり優秀な人間だった。
けれど魔法職とはいえレベル200オーバーの竜郎とでは、自力もステータスも違い過ぎたのだ。
「ままままま、まあ! いいじゃないか! それよりも次だ! やはり魔法使いなんて存在は畏れ多くていかん!
別の者でこのピアヤウセ一の戦士の本気を見せてやろう!」
周りの視線がチクチクささるが負けっぱなしでは沽券に係わるのか、竜郎以外の相手を所望しだした。
後は女性ばかりだが、それでも先に皆強いと言っていたので問題ないと思ったのだろう。
「じゃあ、私やるー!」
手を挙げたは愛衣だった。武術において、このメンバー最強の相手である。
「おお、いいぞ。今度は油断はしない。怪我をさせたらすまんな!」
「そん時はそん時だよー」
「ならいいぞ。ほら、タツロウ。交代だ!」
「いや、お前……」
竜郎の適当武術で負けた者が、怪我などさせられるわけがない。
むしろ木っ端みじんに消し飛ばされないか心配した方がいいだろう。
「んじゃあ、行くよー!」
「ああ、では行かせて貰おう。はああああ! つ──」
「うりゃあ!」
「ぶへらぼへっ」
鎧袖一触とまさにこのことか。愛衣がヤハナの《突き》よりも早く突きを放ち、それを眼前でピタリと止めた。
ヤハナはその衝撃波だけで吹っ飛んで、後方をゴロゴロ転がっていった。
「な、なにが……?」
「えーと、まだやるー?」
愛衣が高速で槍モドキを振り回し旋風を撒き散らし、気合十分とアピールするも──。
「いえ、結構です。次の相手を早く出して貰おうか!」
「思ってたより図太い奴だな……。ああもう、好きにしてくれ」
「好きにするとも!」
そうして次に目を付けたのはレーラ。
さすがに幼女相手は不味いと思いそちらは除外するも、体躯のしっかりした明らかに戦い慣れしたオーラを放っているアテナを避けて、細腕の勝てそうな女性を選んだ結果だろう。
だがレーラは完全な魔法職ではあるが、レベルはメンバー内でも桁違いだ。
そんな彼女に勝てるはずも無く、魔法すら使わずにあしらわれ地面に転がった。
後はとんとん拍子にアテナ、奈々、リアと見た目幼女にまで勝負を挑んでいくも惨敗。
大きめの鳥にしか見えない《成体化》カルディナ、小さなサイのジャンヌにまでその手は伸びて行くもやはり惨敗。
ジャンヌなど面白がって頭をペタペタ踏んづけて遊んでいた。
そんなあんまりな結果に、竜郎達の強さを知って周りで見ていたピアヤウセ族の人達は唖然としていた。
「う、うそだ……。この俺が誰にも……それも女子供や小さな獣にまで負けるなんて…………。
アハハー……これはきっと夢なんだあ…………あ、妖精さんだ。ハハハハー」
「おーい、帰ってこーい、弟よー」
「なんか最初思ってた人と全然違うけど、面白い人だね!」
「ああ、まあ、そうな……大丈夫かな、あの人」
やはり一番ショックを受けていたのはヤハナ本人だった。
現実逃避し、目に見えない妖精さん達と戯れ出したところで兄ナハムに何度か声をかけられ、体を揺すられ何とか正気を取り戻した。
「読めなかった! まさかタツロウ達がこれほどとは……このヤハナの目を持ってしても!」
どんな目だよと内心竜郎が突っ込みを入れていると、ふとヤハナがピアヤウセ族全員が唖然としている中で、自分の兄だけが平然としている事に気が付いた。
「兄者は、この結果を予想していたのか?」
「ん~何となくだが、初めて会った時から俺達では誰も勝てないだろうとは思っていた。
まあ、とは言っても、ここまで差があるとは思いもよらなかったが」
「ナハムには誰が強いとか弱いとか、見て解る能力があるのか?」
そんなスキルは持っていないはずだが、とは言わなかったが、もしかして精霊眼では見抜けない色があるのかもしれないと問いかけた。
「そんな能力はないさ。ただそんな感じがした──言うなれば勘の様なものだな」
「だが兄者の勘は馬鹿にならんぞ。妙に当たるのだ」
勘などというものを出されてしまっては調べようも無いわけだと、竜郎は納得した。
実際に地球でも、そういう人がいると言うのは良く聞く話ではあったのだから。
そんな一幕がありながらも、さっそく今日の事についてナハムと相談することにした。
それによりナハムには表向きピアヤウセ族の知る魔物の味について聞き、世界力溜まり調査での外回り組には、周辺の魔物調査という事でヤハナに案内してもらう事になった。
「それじゃあ、行ってくるわね」
「うん。頑張ってねー!」
善は急げとばかりに昨日話し合った通りの組み分けで別れていき、竜郎や愛衣はヤハナ達狩猟メンバーについていくレーラ達に手を振り一時離れて活動を開始した。
レーラ達を見送った竜郎、愛衣、ジャンヌ、リア、天照と月読は、まずナハムがやらなくてはいけない仕事をするというので、見学させて貰うことにした。
やってきたのは畑地帯。それほど大きく無く、部族の規模からしたらギリギリ足りないんじゃないかなと心配になる広さ。
けれどどうやってか遠くの川から溝を掘って作った水路があり、水やりは楽そうだ。
ナハムがやって来ると、雑草取りや虫を取ったりして世話をしていた部族たち数人が嬉しそうな顔で迎えてくれた。
「ここでは俺達の主食でもある芋を作っている。我が部族にとっては重要な食料源だな」
言われてみれば竜郎達が供給した食材以外は、干し肉以外は芋ばかりだった事を思い出す。
そんな中、畑の中にナハムは入っていき、竜郎達も葉や茎を踏まない様に後に続く。
ナハムは畑の中央に立つと、両手を広げ地面に付けた。
「だから族長になるには、この魔法が使える者でなければならない」
そう言うや否や、ナハムのスキルが発動し樹魔法の魔力が畑全域に広がっていく。
すると植えられていた茎が徐々に大きくなっていき、より瑞々しい緑の葉へと変化していく。
それを見ていた住人達は、ありがたそうに見守っていた。
「《植物成長促進》という魔法でな、一日三回これをやる事で収穫量がグッと多くなり、芋自体も丸々と肥えるんだ。
収穫の頻度も上がるから、これさえちゃんとやっていれば飢える事はない」
「それが族長になるには必要って事は、ナハムの家は代々その魔法が使える奴が必ず生まれるって事か?」
「弟を見れば解るが、絶対というわけではない。だが十人も子を持てば、一人は持っている──といった具合だろうか。
ただ父の代と私の代は運が良かったみたいでな、長男がしっかりと受け継いでくれた」
「受け継いだ……?」
リアの戸惑ったようなその呟きに、竜郎も同じように疑問を抱いた。
今までの竜郎の常識では初期スキルはランダムであり、代々同じスキルを受け継ぐようなものではない。
だと言うのに何故、ナハムの一族は同じ魔法を持った子が産まれるのだろうかと。
「他の魔法を持って生まれてくるという事はないんですか?」
「ふーむ…………それは聞いたことが無いな。少なくとも俺の父や祖父の代ではないはずだ。
それに俺の子達もケイキ一人が《植物成長促進》を持っているが、他の二人は別の魔法であっても、その兆しは無いぞ。
ただヤハナの様に魔法ではない形で、スキルを授かる事はままあるのだがな」
「そうですか」
この時点で恐らくこの時代と今の時代のシステムの差だろうと理解した。
実際にそれはその通りで、竜郎達も後でレーラに聞いたのだが、この時代のシステムは血縁と体質で初期スキルを決めていた。
だが時代が進むにつれて種族間の垣根がなくなっていき、混種が増えてきてしまった事により対応が面倒になった。
そこで神々は最終的にインストールされた時の状態だけを設定し、後は一律ランダム化する事で、その作業を単純化したのだ。
そうして畑でやるべきことを終えたナハムは、次にヤハナが捕ってきたというベラウベレイという魔物を見せてくれると言うので付いていく。
すると二メートル程もある丸々と太ったカエルを、嬉々として解体している現場に出くわした。
いつもは《無限アイテムフィールド》の分離機能で肉だけを取り出していたりするので、生々しい解体現場に慣れず「うひぃ」と竜郎や愛衣が顔を引き攣らせていると、なんとこれがベラウベレイと言う魔物らしい。
「肉も多くて美味い上に、背中のイボには油が詰まっていて、怪我をした時にそれを塗ると治りが早いんだ。
これがまず教えておきたい、ここいらで捕れる美味い魔物だな」
「へ、へー。それは凄いな」
「だろう。動きは遅いが力が強くてな。ヤハナ以外だと狩るのは難しい上に、なかなか見ないから、タツロウたちは良い時に来た。良かったな」
「お、おう」
美味しい魔物探究の旅人(設定)としては、興味を持たないわけにはいかないので、竜郎はしきりに相槌をうちながら話を聞いていく。
そして他にも目玉の味やら舌の味やらの話を聞かされて、グロッキーな状態になりながらも竜郎は話の流れに上手く乗って本当に聞きたい方向へと誘導していく。
「そういえば、ヤハナがコイツをとってきたと言った後に、俺達を見てこの時期に客か──みたいな事をいっていたが、何か近々あるのか?」
この時期に何かこの部族で行われると言うのは解っているので、おそらく「この時期」というのは儀式について触れていたのだろうと推測できる。
だが、よそ者に話してくれる内容かは解らないので、あくまでさりげなく、興味の無さそうな振りをして聞いてみる。
「ん? ああ、明後日に俺達の部族にとって大きな催事があるんだ」
「お祭りか何かがあるって事?」
「祭り? まあ、それに近いかもしれないな。歌って踊って食って騒いでのどんちゃん騒ぎをするのだから」
「それは一体なんのためにやるのでしょう? 豊穣祈願や無病息災を願って──とかでしょうか?」
「……ああ、ある意味ではそうなのかもしれんな」
「えーと、それは本質な意味とは違うよって事?」
今までニコニコとしていたナハムの顔が、急に難しい顔になった事に気が付きながらも、意味を捕え難い曖昧な答えに愛衣が遠慮なく聞いていく。
するとさらに眉根がぐぐぐと寄って行き、やがて竜郎をちらりと見据えた。
「そう──だな。もしかしたら、あるいはタツロウなら……いや、だがそれは……」
「どうしたんだ? ナハム?」
難しい顔から苦しげな表情になっていくナハムに、竜郎は心配になってそう問いかけた。
それに対しナハムはゆっくりと顔を上げ、やがて決意を決めたように真面目な顔へと変化した。
「まだまだ美味しい魔物について話したいことはあるのだが、タツロウ達は我々が何をするかも気になるのか?」
「……そう、だな。それだけ態度が変わるのを見てしまうと、非常に気になってしょうがない。
話しても構わないと言うのなら、是非聞いてみたいな」
むしろそれが本題なので、聞かないわけにはいかない。
そしてナハムの顔つきを見る限りでは、どうやら普通の儀式や祭りの類ではない事は明白だった。
ならば、それが今回竜郎達が来るきっかけとなった現象を引き起こしている可能性が高いのだ。
「解った。だがこんな所で話すのもなんだな。俺の家に来てくれないか」
「ああ、勿論かまわないさ」
竜郎達は解体場を後にして、ナハムの後ろに付いていく。
やがて集落の中でもひときわ大きく立派な魔物の骨を組んで作られた獣の皮の家へと入っていく。
すると中は獣の皮を天井からぶら下げて、それを間仕切りのようにして作った空間がいくつかあった。
これが恐らくこの部族で言う個室なんだなと思っていると、方々の部屋?から奥さんや子供たちがナハムに気が付き顔を出してきた。
「どうしました?」
「皆は少し外してほしい。タツロウ達と話しておきたいことがあるんだ」
「──解りました。では二の家へ行っておりますね」
第一夫人のモアナが代表して受け答えをかわし、第二夫人のナルと共に子供たちを集めて出て行く準備をする。
「ああ、すまないな。二人とも身重だというのに」
「気にしないでください」
それにナルがニコリと笑って、やがて全員がこの家から姿を消した。
それから竜郎達はナハムに促されるままに、一番奥の獣皮の仕切りを潜り広い部屋へとやって来た。
おそらくここがナハムの──族長の私室なのだろう。
「そこに座ってくれ」
来客も良くある事なのか、既に草を編んだ御座が何枚か敷かれており、そこへ竜郎たちは座った。
全員が座り落ち着いたのを確認すると、やがてナハムは口を開いた。
「一応確認しておこう。これから話す事は、タツロウ達にとって気分のいい話ではないかもしれない。
それを踏まえたうえで、本当に聞くか?」
「そこまで言われて、ここで聞かなかったら、気になって夜も寝られそうにないからな。
どんな事でもいいから話してほしい」
視線と視線がぶつかり合い、竜郎の言葉がおふざけではなく本気かどうか見極めたナハムは、この部族に連綿と続く、忌まわしき祭りについて語り始めるのであった。




