第409話 レーラとの再会
世界地図を見終わった後は竜郎達の拠点のあるイルファン大陸や、ここオウジェーン大陸の位置を見てみる。
それによればイルファン大陸は全体的に中心よりも北東側に位置し、地球で言うアフリカ大陸を逆卵型に寄せたような形をした大陸で、竜郎達の拠点のある場所はその最北東に位置していた。
またオウジェーン大陸はそこからやや右下──東南東の方角にいった場所にあり、形はグニャグニャとした小判型をしていた。
その中でも竜郎達は北側に属した港におり、ゼラフィム国は大陸の下側──南の大地を横長に太く長く保有した、オウジェーン大陸最大の土地を有した国らしい。
なのでこれから竜郎達は、ここから南下していき中心都市──最も大きな教会があるらしいイルメッカという場所を目指せばよさそうである。
「んでもって、さっそくもう一つの機能も使わせて貰おうかな」
「探索機能ですね?」
「ああ。せっかくだから、これでレーラさんを探索してみよう」
冒険者ギルドに寄れば教えてくれるらしいが、せっかくだから使ってみたかったのだ。
「えーと──レーラさんは何処だ?」
「…………無反応だね」
地図には何も表示されない。そこで名前だけだったのが不味かったのかと、レーラ・トリストラの名でも検索してみるが何も表示されない。
そこで竜郎はふと、それが本名ではないという事を思い出した。
「えーと確か……せて……せてぷ…………せてぺん──じゃなくて、そう──セテプエンリティシェレーラさんは何処?」
「あ。地図上に何かピンが立ったみたいっすよ」
「本当ですの」
イルメッカにいくつかある宿屋の中の一つに、レーラの位置を示す赤ピンがポンと出現した。
「よし。ここに行けばいいって事だな。……にしても、これはあまり人にやらない方がいいな。
今いる宿の何階の何号室のどの部屋の何処にいるかまで解るなんて、なんだか覗き見しているみたいだ」
「だねえ。あ、でもでも、たつろーが私の居場所を知りたいならいつでも使っていいからね」
「まあ、だいたい兄さんと姉さんは一緒にいますし、そんな必要もないと思いますけどね」
「「それもそうだ」」
最後は竜郎と愛衣が息の合った言葉でそう言うと、さっそくゼラフィムに向かって旅立ったのだった。
呪魔法で認識阻害をかけながら、オウジェーン大陸の上空高く飛んで南下していく。
そしてたまに出てくる飛行魔物はカルディナがさくっと始末し、それ以外は平和な時間が過ぎていく。
そうして竜郎達は無事ゼラフィムの国境線を越え、ゼラフィムの中での主要都市イルメッカの外壁前にたどり着いた。
「うわあ。さすが宗教国家って感じだねー」
愛衣のその言葉にうなずきながらイルメッカの外壁を見上げれば、そこには門の扉を挟んだ左側には大きな竜の絵。
そして右側には羽の生えた天魔らしき者達が跪きながら、右手で作った拳をおでこに当てる様な動作で崇める──そんな彫刻が刻まれていた。
遠目に見える天魔の門兵たちの鎧にも、その絵が簡易化されたような模様が入っていた。
さらに町へ入っていく住民らしき天魔たちは、カソックのような服を男女問わず着用している様子。
「えーと……信者じゃなくても入れてくれるよね?」
「そうじゃなきゃ、レーラさんもはいれないだろ。大丈夫だよ、きっと」
「だよね。というか、普通の格好の人もまばらだけどいるみたいだし」
カソック風宗教服を身に纏う人が多くて気が付きにくいが、よく見ればそれ以外の格好をした人もちゃんといた。
その事に安堵しながら、皆で列に並んで行った。
自分たちの順番が来ると、温和な顔をした天魔の男女二人が対応してくれた。
こちらではイルファン大陸の言語ではなく、オウジェーン大陸で使われている言語が主体らしいので、港で喧騒に耳を傾けて言語習得した竜郎と愛衣で応対していく。
身分証の提示を求められたので、ランク8に設定した物を見せていく。
今回はカルディナやジャンヌもだ。人の姿でなくてもちゃんと入れてくれるかどうかも確かめたかったのだ。
天魔の門兵二人はランクの高さに驚きはしたものの、温和な笑顔は崩さずに《成体化》カルディナと《幼体化》ジャンヌも含め通る事を許してくれた。
そしてそのまま竜郎達が入っていこうとすると、その二人の内、男の方に声をかけられた。
「あなたがたは、我が国の宗教に興味はおありですか?」
「え? ああ、いえ。知人と待ち合わせをしているだけなので」
「ああ、そうなんですね。ですがここは竜神教の総本山ですから、是非教会は見ていってください。
宗教に興味が無い方でも感動してくれる方が多いのです」
「へー。そうなんですね。余裕があればぜひ寄ってみたいと思います。では」
「はい。御引止めしてしまって申し訳ございません」
そう言ってそれ以上は特に言われることも無く、竜郎達は町の中へと入る事が出来た。
人の流れに乗って進んで行き町中を見れば、そこは円柱型の家屋が主体の街並みをしていた。
さらにパッと見ただけでも、それら全ての壁には竜神教にまつわっているであろう微細な宗教画が彫られており、その光景だけでも圧巻と言っていいほどであった。
「何というか、美術館みたいだね」
「芸術の町と言われている私の故郷ホルムズとは趣が違いますが、これはこれで芸術的ですね」
宗教に興味が無い竜郎達であっても、思わず足を止めて見入ってしまう程の街並みに見とれ、それを微笑ましそうに、誇らしそうに天魔の住人たちが見つめていた。
けれどもいち早く我に返った竜郎が、このままだと通行の邪魔になりそうだと皆の背を押して歩を進めていく。
「うーん……町並みにも驚いたが、さすが天魔という上位の種族たちの国といった所か。
ただの門兵達でも平均レベル50~60くらいはあったぞ」
「ええ。町中にいる一般人でも、普通の人種の町と比べて平均レベルが高い気がしますし」
「それだけの武力があるのなら、国土が広いのも頷けますの」
ここまでどの町にも寄らずにほぼ一直線で来た竜郎達は知らないのだが、ここ首都イルメッカは竜神教の信者にとっては竜神に一番近い場所とされており、最重要拠点でもある。
それ故に住みたがる国民は多く、さらに防衛のためにと優秀な人材が送られてくる場所でもあるため、他の町より平均レベルが高めになっていると言うのが真相である。
とはいえ、他国と比べて全体的に強者が揃っていると言うのは間違っていないのだが。
「まあ喧嘩しに来たわけでもなし、ささっとレーラさんに会いにいこ」
「それもそうだな。えーと、こっちだ」
町に行きかう住人たちの表情は皆穏やかで、しっかりとした強さを身に秘めていながら戦闘意欲はまるでない。
そんな中で警戒している方がおかしいというものだ。
竜郎は地図の音声案内をONにして、全員と共有しながらレーラのいる宿へと向かっていく。
「しっかし言葉が解らないってのは、思いのほか落ち着かないもんっすね」
門兵が何を言っていたのか解らないという初めての状況に、アテナはそのような事を口にした。
カルディナ達も同じように感じていたのか、うんうんと頷いていた。
「うーんと、確か私達の拠点のある大陸語と日本語なら最初から話せてたんだよね?
でもこっちの大陸の言葉は解らないんだね。どういう法則なんだろ?」
「おそらく体を造った時の兄さんの状況に左右されているんだと。
最低限の常識や記憶なんかは、兄さんから受け継いでいるようですし」
「という事は今、体を造り直して貰えば問題なく言葉も解る様になるという事ですの?」
「そのはずです。そう言う意味で言ったら羨ましいですね。
いっその事、私も兄さん達みたいに全言語理解を取得しようかと考え中です。
ニホンに行ってからも完全に言葉を覚えるまでには時間がかかるでしょうし、こっちの世界でも色んな大陸へと行った時に、私が会話できた方が素材の情報が集めやすいですし」
「それは言えてるが……でもいいのか?」
黒鬼討伐でレベルが上がってSPにも余裕が出来たとはいえ、リアは愛衣やカルディナ達と違って自力でスキルを習得するのは難しい。
かといって竜郎のように外からSPを稼ぐという手段も持っていない。
なのでこの中ではリアが最もSPを無駄遣い出来ないと言えるだろう。
そんな中での竜郎の問いかけだったのだが、リアはニコリと微笑みながら頷いた。
「ええ。消費SPは(5)ですみますから。それくらいなら、いざとなったら低ランクのダンジョンを二、三攻略すれば済みますし」
「そう言えばダンジョン攻略でなら、普通の人でもSPは稼げたっすね」
竜郎も半ば忘れていただけに、ああと納得の声が零れた。
レベル3ダンジョンくらいなら、今のリアなら一人でも踏破出来るだろうし、竜郎達がそこに加われば、それこそあっという間に攻略できるだろう。
本人的にも納得いっている様なので誰からも反対は無く、リアはさっそく《全言語理解》を取得した。
道中リアは通行人の会話に耳を傾け、オウジェーン大陸語をマスターしながら先へと進んでいった。
町の門から入って西側方面に行った先にある、やはり円柱形の建物に掛けられた宿屋の看板の文字が見えてくる。
「あそこだな。六階の三号室に泊まっているようだが、フロントの人に断っておいた方がいいよな」
「そりゃあ宿泊客でもないのにズカズカ入っていくのは、あんまり良くないかもだし」
自動ドアになっている扉を二回潜って中に入っていくと、これまた天魔種の受付嬢がニッコリと柔らかな視線を送ってきた。
天魔種の中でも見目のいい女性の笑顔に大抵の男ならドキッとしそうなものなのだが、竜郎はなんとも思わずに話しかけた。
「すいません。この宿にレーラ・トリストラというエルフの女性が泊まっていると思うのですが、取り次いでもらう事は出来ませんか?」
「はい。かまいませんよ。それではお名前とご用件をどうぞ」
「竜郎、波佐見です。名前だけだせば用件は解っていると思います」
「承りました。少々お待ちください」
受付嬢は背中を見せて後にある丸い水晶玉の様な物に触れると、コール音が鳴り響く。
すると直ぐに聞き覚えのある声が竜郎達の耳にも届いてきた。
「内線か。電話は無いみたいだけど、そういうのはしっかりとあるんだよな。こっちにも」
「私達からすると技術レベルがチグハグなんだよね、こっちの世界って」
そんな事を竜郎と愛衣が話していると、会話を終えた受付嬢が微笑みながらレーラの了承を得た事。そして部屋の番号や階数を教えてくれた。
「ありがとうございます」
「いえ。お気になさらず」
軽く礼を言ってから竜郎達はエスカレータの様になっている椅子に座って、レーラのいる階まで昇っていき、教えられた部屋の番号と目の前の部屋の番号が一致している事を確かめてからノックをして来訪をしらせた。
すると大して待つことも無く、鍵が解除される音と共に懐かしい声が竜郎と愛衣の耳に届いた。
「入っていいわよ。タツロウ君、アイちゃん」
出会った時はギルドの職員と冒険者という立ち位置であったが、今は同じ冒険者。
そこで畏まった話し方をするのもどうかと、レーラは親しげに声をかけて扉を開いた。
「はい」「うん」
レーラに促されるままにゾロゾロと入っていき、一人が泊まるにしては大きな部屋の真ん中に置かれたソファに座って向かい合った。
「久し振りね。そして初めまして」
レーラの挨拶にそれぞれ返しながら彼女を見てみれば、出会った頃から36年という月日を感じさせない変わらぬ美貌を保ち、それどころか前よりさらに力強い存在感を感じた。
変わった所と言えば金色が濃いめだったプラチナブロンドの髪が、銀に近い色に変化しているくらいか。
そんな事を考えながら竜郎、愛衣、カルディナ以外の初対面の子らが自己紹介し終わるのを待った。
それから二、三言葉を交わして落ち着いた所で、さっそくとばかりに竜郎は本題を切り出した。
「それでレーラさん。今回僕らに協力していただけるという事で良いんですよね?」
「ええ。その為に力を完全に元に戻したんだから──けど」
「けど?」
意味深に言葉を止めたレーラに愛衣がコテンと首を傾げる。
それにレーラは微笑みながら口を開いた。
「一つ。どうしても聞いて欲しいお願いがあるの。いいかしら?」
「そりゃあ、これから面倒事に巻き込むわけですし、協力してくれると言うのなら出来る限り要求には応えるつもりですが……一体それは何ですか?」
竜郎は本心からそう言いながらも、クリアエルフとして長年生きてきたレーラの要求に、果たして応える事が出来るのだろうかと緊張した面持ちで先へと促した。
すると彼女は今まで見たことも無い子供のような無邪気な顔で、その要求を口にしたのであった。
「私を異世界に連れてって♪」
──と。
次回、第410話は1月31日(水)更新です。




