第405話 これからについて
少し懐かしくすら感じる水晶壁に覆われた地下室の時計を見てみれば──。
ヘルダム国歴1028年.14/6.樹。13時22分51秒。
竜郎達が去ってから直ぐの時間帯を何となく想像しながら飛んだのだが、約五日もずれていた。
「恐らく明確にこの日がいいと思い浮かべる事なく飛んだから、向こうで過ごした時間に引っ張られて日程がずれたんでしょうね」
「あー……。確かに無意識的に数日過ぎているような感覚は持っていたかもしれないな。
それで、リアは元気そうだがカルディナ達も大丈夫か?」
機体から降りてきたリアの顔色はかなり良く、カルディナ達はどうかと問いかければ──。
「ピィュー」「ヒヒン!」「完全復活ですの!」「体が軽いっす~」「「────!」」
と。みた所問題は無さそうではある。
だがもしもの時があるので、体調チェックは解魔法や《万象解識眼》も使ってしっかりとやっておく。
そちらでも問題は見当たらず、完全にあの森の影響下からは抜け出せた事が確認できたところでリビングに向かっていく。
「おかえりなさいませ。皆様。ご無事で何よりでございます」
「ヒヒーーン」
竜郎達が一階に上がってくると、爺やが出迎えてくれた。
そこでティアラが役に立ったことをジャンヌが伝えると、目元の皺を深めて嬉しそうに感謝の気持ちを受け取っていた。
爺やに飲み物を頼みリビングにたどり着くと、さっそく等級神たちに聞いた話を皆に順を追って伝えていく。
初めは訝しげな様子で聞き入っていたものの、段々と話を理解し始め真剣な顔になっていく。
最後まで話を終えた時には、どっと疲れた顔で椅子にもたれ掛っていた。
「はぇ~。私たちの知らないところで、そんな事になってたんだねぇ……」
「それにも驚きですが、クリアエルフとイルルヤンカの女帝を協力者に引き入れろですか。
それだけでもとんでもないことなのに、神様たちも助太刀してくれる……。
なんだか話の規模がさらに大きくなってきましたね」
「誰が協力者だろうと、わたくし達は前に進むだけですの。
それでおとーさま達が幸せになれるのなら、わたくしも全力を出すのみですの」
「そうっすね。むしろちゃんとやる事が解ってるだけやりやすいっす。
今聞いた話の通りなら、むやみやたらに動き回ってても解決できそうにないっすから」
「そうだな。ってことで、皆も等級神たちが提案してきた方法に乗ると言う方向で動くことに不服はないか?」
皆が納得して付いて来てくれるかどうか見渡し確認してみれば、しっかりと頷き返してくれた。
ここで引き返したいと考える者はいない様だ。半ば解っていたことながら、竜郎は心強い気持ちで一杯になった。
「皆、ありがとう。それじゃあ、さっそく今後について話していこう」
「まずは東にある大陸にいるレーラさんに会いに行くんだよね」
「そうだ。今いるカサピスティがあるのがイルファン大陸。
それより海を渡って東に行き、オウジェーン大陸のゼラフィムという天魔の国の首都に行けば会えるそうだ」
「リアは、その国について何か知っていますの?」
「うーん。正直他の大陸については、他国以上にあまり知らないのですが……。
──あ、ですがゼラフィムという国については少しだけ本で読んだ事が有るかもしれません。えーと……たしか……」
薄い記憶を頼りに過去に読んだ本の内容を思い出そうとするリア。
しばらくうんうん唸りながら、おぼろげな記憶を口にしていく。
「八つの領に分かれており、王様や皇帝の様な人はいなかったかと」
「王様がいないの? それじゃあ、私の国と同じ民主政治の所とか?」
「えーと、そうではないですね。かなりの竜神信仰国家で、その宗教の教皇が国家の指導者的役割を担っていたはずです。
なので実質、竜神教での教皇が王様をしていると思っていいかと」
「等級神も言っていたが、そんなに熱心な宗教国家なのか。危ない所だったりしないか?」
正直、宗教というものにあまり良い印象を持っていない竜郎からしたら、結構危険な国なのではないかと眉を顰めた。
だがそんな竜郎の心情を察してか、リアが否定の言葉を投げかけた。
「いえ。かなり平穏な国だったはずですよ。治安も世界的にかなり良かったはずです。
竜神教の事を馬鹿にしたりしたら、さすがに怒りを買うでしょうけど」
「まあ、それはそうですの。わたくしも、おとーさま達を馬鹿にされたら怒らない自信は有りませんの」
「それはあたしもっすね」
それには竜郎も納得する。ゼラフィムに住む人にとって、竜郎でいう愛衣や家族たちに匹敵するほど、宗教というものを大切にしている人たちなのだろう。
そしてそれを盾に人を傷つけるわけでも、強要するわけでもなさそうだと竜郎は安堵した。
という事で、どうやら安全な場所のようなので警戒の必要も無さそうだ。
ならば準備も程々に、さっそく明日にでも出かけることと相成った。
他にその国について話す事も無さそうなので、話題は黒鬼戦で壊してしまった愛衣の鎧について切り替わっていく。
「ねえねえ、リアちゃん。私の鎧なんだけど直せるかな?」
胸の辺りでぱっかり切り裂かれた鎧を机の上に出すと、リアが空色の目で見つめて検分していく。
「綺麗に切られてますねー。ほれぼれするほど断面が美しいです。これを成したあの剣が凄く気になります」
「そんな事はいいから、直せるかどうかを早く答えるですの!」
ウットリした顔で斬られた断面を見つめていたリアだったが、奈々に肩を軽く叩かれ正気に戻る。
「おっとすいません。──結論から言って、私ならそう苦労することなく直せるはずです。
造り手の技術がとても高いせいで、この目が無ければどこをどうしてコレを作り上げたか解らずに匙を投げているでしょうから」
「あの鎧から出てくる黒い気力も出てくるようになる?」
「はい。もちろんです。というか、本当に繋ぐだけしかできないなら、私は直せるなんて言いませんよ」
「それじゃあ、お願いできる?」
「ええ。ついでに魔力頭脳も組み込んでおきますね。そうすれば亀の気獣での纏も出来るようになるでしょうし」
「うん! ありがとね、リアちゃん!」
「──わぷっ」
愛衣の胸に埋められリアは手をバタバタしていたが、直ぐに抱擁を受け入れてリラックスし始めた。
それにずるいと竜郎は愛衣の背中を抱きしめて、そこへカルディナ達も参加して団子のようにくっ付き合うという謎の時間が過ぎて行った。
その夜。竜郎は珍しくベッドにも向かわずに、机の上で作業をしていた。
右手にはとある本。左手にはリアに借りた思い浮かべた物を紙に出力する水晶を持って。
その間、愛衣はベッドをゴロゴロと転がりながら、暇そうに本を読んだり竜郎の背中を見つめたりしていた。
そんな時間が、かれこれ数時間続いていた。
「ねー。まだそれ終わらないのー? もう先に寝ちゃうぞー」
「あと少しだから、ちょっと待っててくれ! ──これで最後っと」
「できたのー?」
「ああ。後は装丁を整えるだけだ」
そう言いながら竜郎は右手に持っていた原本はサッと《無限アイテムフィールド》へとしまって、机にやや散らばっていた紙束を揃えて愛衣へと見せた。
「それが魔力体生物の作り方が書かれた本なんだね」
「ああ。情報の与えすぎもズレの原因になりそうだからって色々気を使ってたら、結局内容がほぼ同じになっちゃったけどな」
「だったら別に、たつろーが苦労しなくても良かったんじゃない?
その原本はたつろーが書いたわけじゃないって言い切れるんでしょ?」
「そうなんだけどな……まあ、ちょっとでもこれから頑張る俺達の為に何かしようと思ってな」
今言っているのはカルディナ達を生み出す切っ掛けになった本。
『誰でもできる! 光と闇の混合魔法!! とっても簡単だよ♪』の複製本を作って、過去にちょちょっと戻って加筆修正版を渡そうという計画についてだった。
ただし竜郎からしたらその名目は建前で、本当は恥ずかしい名前の本を過去の自分が買わなくてもいいように仕向けたかったからだ。
(実は未来の俺が書いたんじゃないのかとも一瞬思ったが、それならこんな恥ずかしい名前を付けるはずがない。恐らく別人が書いたに違いないんだ。
ならこれを買わされる前に俺が過去の自分に、さりげなく手に入れられるように仕向ければ問題ないはずだ)
これについては等級神にも良いか聞いたら、あっさりと許可が出たので問題ない。
竜郎は意気揚々と複製本を、このリアがいつの間にか改造し、ただ同一の紙に思い描いたモノを写し出すだけではなく、紙質をかなり自由に決められるようになった水晶を借りて中身は全て作り終えた。
あまり内容を変えすぎると、それはそれで過去の自分たちの行動が思わぬ方向に変わっていってしまうかもしれないので、伝えてもよさそうな事だけ少し付け足し書き記しておいた。
後は装丁を決めて水晶に出力して貰い、用意した強力接着剤で本の体裁を整えるだけだ。
さて題名はどうしたものかと竜郎は頭を悩ませ始めるが……。
「まーだー? ほんとに寝ちゃうよー。今日はいちゃいちゃは無しになっちゃうよー」
「──っそれはいかん! まあ、後は題名だけだし早起きしてパパッとやっちゃえばいいか。
という事で──とうっ」
竜郎はジャンプしながら《無限アイテムフィールド》に衣服をしまいこみ、所謂ルパンダイブで愛衣の待つベッドに飛び込んだ。
「うわっ。リアルでそんな飛び込みする人初めて見た」
「ステータスのおかげで、ジャンプ力も忠実に再現できたと思う」
「うん。綺麗に決まったね! それじゃあ……いちゃいちゃする?」
「する──」
そうして竜郎は愛衣の服に手をかけて、口を塞いだのだった。
散々愛衣といちゃついた後、いつの間にか寝てしまっていた竜郎が目覚めると、まだ朝には少し早くらいの時間だった。
なので隣で寝ている愛衣の寝顔でも眺めようと視線を移すと、そこには誰もいない事に気が付いた。
「え?」
「あ──起きたの? たつろー?」
「ああ……………………愛衣は何をしているんだ?」
何時の間に起きていたのか。愛衣は軽く上に一枚羽織っただけの半裸状態で、先ほどまで竜郎が作業していた机に座っていた。
その瞬間、竜郎はまさかと思いながらも、そんなわけはないだろうとゆっくり体を起こした。
「たつろーが題名を決めかねていた様だから、私が付けといてあげたよ! 見て!」
「ああ………………そういう事か…………」
「どうゆーことだ?」
その水晶から出力された本の表紙、背表紙、裏表紙に当たる一枚の皮のように分厚い紙には、しっかりとこう刻まれていた。
『誰でもできる! 光と闇の混合魔法!! とっても簡単だよ♪』と。
竜郎は頑なに愛衣にこの本の題名を見せたことはなかった。
何となく恥ずかしかっただけなのだが、本当に欠片すらも見せたことはなかった──はずだった。
だというのに、そこには文言から記号の配置に至るまで、寸分たがわず同じものが刻まれていた。
そして何とも丁寧な事に、机の上に置きっぱなしにしていた製本用の接着剤で糊付けもされ、本の体裁が完璧に仕上がってしまっていた。
そこで竜郎は気が付いたのだ。ああ、これやっぱ自分で自分に買わせるように仕向けたんだな──と。
よくよく考えれば等級神からの許可があっさりしすぎていたし、何よりこのネーミングセンスは愛衣そのものだ。
何故そこを気にしなかったのかと、何故気が付かなかったのかと思う程、今ならピタリと頭の中で当てはまる。
なんだが気が抜けた様に項垂れる竜郎をみて、愛衣は何か悪い事でもしたのではないかと不安そうな顔になる。
「えっと……私がやっちゃだめだった?」
そこで竜郎はハッとして、顔を上げると首を横に振った。
そして立ち上がると愛衣の傍へと歩み寄って行き、頬にキスをした。
「いいや。手間が省けたよ。ありがとな、愛衣」
「ほんとに?」
「ああ、本当だ。さすが愛衣! いい題名を付けたじゃないか!」
そう言いながら愛衣をひょいと椅子から持ち上げ、自分が着席して愛衣を膝の上に座らせると、そのままぎゅーと抱きしめた。
それには愛衣もまんざらでは無さそうな顔ではにかんで、不安そうな顔も吹き飛んでいた。
「えへへ。でしょー」
そう言いながら抱きしめ返してくれる愛衣が可愛くて、竜郎からもより力を込めて抱擁する。
(こうなってみると、案外とすんなり受け入れられるもんだな。
何処の誰とも解らない奴が付けたのならともかく、愛衣が付けてくれた題名だと思えばなんてことないじゃないか)
竜郎は頭の中でそんな事を考えながら、そっとその本を《無限アイテムフィールド》にしまいこんだ。
「それじゃあ、さっそく届けに行くか」
「え? 直接渡しに行くの?」
「それが出来れば楽なんだろうが、俺は未来の俺に出会った記憶はないんだから、できるだけ接触は避けた方がいいと思う。
だから──」
「だから?」
そうして竜郎は愛衣へと、これからの行動を聞かせていくのであった。




