第400話 世界力が集まった理由
「端的に言おう。あそこに集まった世界力は、様々な過去と未来から発せられた世界力が空けた次元の罅割れを通って、この時代のあの場所へと狙い澄ませたかのように収束してしまったからじゃと解った。
世界力が溜まりやすい事、寄せ集めやすい事が少しずつ影響を及ぼしていった結果じゃろう」
「えーと? つまり? どういうことだ?」
いきなり答えを言ってくれたようだが、竜郎にはさっぱり理解できなかった。
そんな雰囲気を察して等級神は難しい顔をしながら、どう説明したものかと考え始めた。
「うーむ……。そうじゃな、例を出して説明してみるか」
「ああ、それで頼む」
「例えば10年昔のとある場所に、お主たちが遭遇した魔王種レベルの魔物へ変換しなければいけない様な、強力な世界力溜まりが発生していたとする。
そして10年未来にも、同じような世界力溜まりが発生したとする」
「うんうん。それで?」
「その世界力は強力ゆえに次元に罅割れを起こさせ、そこから世界力が別時代の別次元へと向かって放射されるわけだ。
そしてその放射された先は、磁石のように近くを通りかかった世界力を引き寄せる力場によって一点を目指すようになる」
「吸い寄せる力場が俺達のいた森であり、その一番強い部分が中心部だってのは解っているつもりだ。
だからこそ、あの場に集まった──って所までは、まあ納得も出来ると思う。
だが、何故一つの時代に集まったんだ?」
時代を越えて飛んで行ける様な世界力なら、何もわざわざ一つの時代──もっと言うのなら竜郎たちのいた、あの時間に一極集中しなくてもいいだろうに。
そう考えたからこその質問に、等級神はゆっくりと顎鬚を撫でつけ口を開いた。
「偶然が半分、必然半分といった所かのう」
「……その心は?」
「つまり最初の強大な世界力の放射がこの場に重なってしまったのは偶然だったのだ。
集まりやすい場所ではあるが、確実に集まる場所と言うわけでもないからの」
「うーん。さっき思ったんだが、その集まるって言うのはガンマナイフみたいな感じで世界力が一点に集まったって感じなのか?
こう多方向から一点に向かってレーザーが飛んでいく~みたいなさ」
「ガンマナイフ?」
地球で脳腫瘍などの治療に用いられる技術について簡単に説明すると、力の集まり方は概ねそんな感じかもしれないと等級神は納得して話を進める。
竜郎も何となくイメージが出来たことで、想像しやすくなった状態で続きを聞いていく。
「だが今回初めて知ったのだが、世界力の自然合一と言うのは単純な足し算ではないというのが解ってのう。
乗算以上の割合でお互いに影響しあって高め合い、ただでさえ有り余っている世界に止めを刺すかの如く強大な世界力となってしまったのじゃ」
つまり5と5の力が合わさった場合。単純に足しただけの10になるわけではなく、25以上の数値に跳ね上がってしまうという事らしい。
「と──ここまでは本当に偶然じゃった。
そしてここまでなら他世界を巻き込むことをしなくても、世界中に散らして強力な魔物を生み出しまくれば何とかなったかもしれん」
「地上は大混乱になりそうだが……」
「その時は適当な神に御使いを見繕ってもらい、人間側にも強力な助っ人を用意するから、長くても百から三百年くらいでなんとか治める事はできたと思うよ」
「……何とも気の長い計画だことで」
「そうかい? わりと早い方だと思うけど」
「はは……」
魔神がさらりと補足した時に出てきた年数に、竜郎は最早呆れすらこもった苦笑で返した。
神にとって百年単位など数日程度の違いしかないのだろう。
「それじゃあ、そこまでを偶然とすると残りの必然ってのは?」
「必然と言うのは、その強力すぎる世界力が呼び水のようになって、本来なら影響するはずもない程遠くの次元を通っていく力まで吸い寄せ始めたのじゃ。
一つ一つは小さな世界力としても、合一すれば乗算以上に一瞬で跳ね上がっていくのだから最早手が付けられん。
ちなみに我々が手を出せる範囲を超えるまで、生成から数秒しかかかっておらん。
瞬く間というのは、まさにあの事じゃろうて」
たった数秒で手の施しが出来なくなる物質が出来ると言うのなら、広大な世界の調整者たる神々でも気が付くのが遅れてもしょうがない事だろう。
だがそうなると竜郎の中に一つの疑問が出てくる。
「なあ。神である等級神たちなら、過去に介入してその世界力がどうにかなる前に対処する事も出来たんじゃないのか?
俺達でも過去に戻る事が出来たんだし」
「我々世界の調整者は過去と未来に介入する事を、この世界に禁じられておる。
勿論この世界の崩壊に繋がる事態なら出来ない事も無いが、なまじ何とか出来てしまったが故に世界はそれで良しと判断した様じゃ」
「他世界は壊れたってのにか? ちょっと世界様とやらにクレームを言いたいんだが、何処に行けば会えるんだ?」
そう言いながら竜郎は不服そうに等級神を見つめるが、当の本人も難しい顔をしていた。
「そもそもお主の言う世界様は世界そのものじゃ。
お主の感覚で説明するのなら、海に向かって話すようなものじゃぞ?
意志はあるが自分では行動できない。だからまず世界の意志を伝える神を創ったのじゃから。
ちなみにそれが第一位の統括神──それ以降に生み出された我らを世界の意志の名のもとに纏め導く存在じゃな。
文句を言いたいのなら統括神しか妥当な神はいないが、あやつもまた世界の意志によって動くだけだからのう。あまり意味はないぞ?」
「……じゃあ止めておくよ」
世界とやらも等級神たちのような形を作っていると思っていたのだが、そうではないらしい。
竜郎は素直に諦めた。
「だが何故世界は禁止するんだ?
使えばどんな事でも起こってから対処すればいいのだから、楽だと思うんだが?」
「そうすれば我々の怠惰に繋がる──という面もあるようだが、一番の理由は過去や未来を変える事で、その時代に異常が起こる可能性が高いという事じゃな」
「異常? 例えば?」
「例えばと言うのか、お主たちが過去に戻った事で現在進行形で既に異常が出ておるのう。
いうなれば二つの可能性を持った世界がくっ付いてしまっておる」
「んん?」
「それはこれからの事を話してから説明した方が解りやすいのではないかな? 等級神」
「む。それもそうじゃのう。タツロウよ。とりあえずその話は置いておいて、お主たちがやるべき事とその解決策に付いて説明しても良いか?」
「そのほうがいいと言うのなら、それで構わない」
どうせ後で説明してくれるのなら解りやすい方がいいだろうと、竜郎は悩むことなく先の疑問を一先ず置いておくことに賛同した。
「では話そう。先にも言った通り、我々では過去や未来に直接介入できない。
だが異世界人である、この世界の影響を受け辛い存在ならば介入しやすい」
「でも俺達じゃ過去に飛んでも何とかできなかったぞ?」
もう一度あの世界力の塊に《レベルイーター》をかけろと言われても、無駄な事は解っているのだからしたくはない。
失敗したからこそ、竜郎はここに呼ばれているとも言えるのだから。
「確かにそのまま出来上がる前にお主達があそこにいて、《レベルイーター》をかけたとしても、吸いきる前に追加されて意味がないじゃろう」
「ああ。それなのにまた無駄な苦労をしてこい──って訳じゃないよな?」
そんな事を言うような存在ではないだろうとは思いながらも、一抹の不安がよぎる竜郎。
そんな気持ちを等級神は察したのか、小さく笑った。
「もちろんじゃ。お主達には過去や未来に飛んでもらい、原因となった発生源である世界力を散らして欲しい」
「……発生源を断つのではなく、発生原因を何とかしろということか。
それなら何とかできるかもしれないな。
──だが、俺達のいける時代の範囲内での過去や未来でいいのか?」
「そんなわけなかろう。一番古い時代で数万年前まで飛んで貰わなければならんし、一番新しい時代では数百年先に飛んでもらう予定じゃからのう」
「は? どうやって? 等級神たちは付いてこれないんだろう?
過去や未来なんて、どうやって俺達で行くんだよ。特殊なスキルでも与えてくれるのか?」
転移と言うのは自分で行った事があり、尚且つ想像できる範囲内の時代しか行けないというのが原則だし、その想像が飛びたい場所としっかり合っていなければいけない。
竜郎達ではその条件を満たす事など出来ないし、未来などと言われたら手の出しようもないように思う。
そんな疑問が次々と湧いてきて、竜郎は等級神へ質問を投げかけていく。
「先に言った通り儂らは直接的に協力できない。そこで二人の協力者と地上で会ってほしい。
過去は何百万年も前から生きておるクリアエルフ。
未来は未来の自分の視界と同期する事ができるスキル、《未来同期視》を持った竜じゃ」
「えーと、いきなり協力者とか言われても困るんだが……」
主に異世界人やらレベルイーターやらの話もしなくてはならないだろうし、他にも人に喋り辛いことがいくつかある。
それに見ず知らずの者を厄介事に巻き込むのも気が引けた。
「なに、一人は非常に乗り気じゃから問題ない。もう一人も会ってから決めると言っておったが、基本的に前向きに考えてくれておる。
人柄も………………………まあ、大丈夫じゃろう」
「なんだよ、その間はっ!?」
「それに、お主達の事もペラペラと話しておいたから面倒な説明もせずにすむぞ」
「なに勝手に他人にこっちの事情を話してんだよっ。個人情報はもっと丁寧に扱って!」
「どうせやる事になるだろうとは思っておったからのう。
効率的でもあるし、いきなりお主達が説明しても内容的に信じがたい事じゃろう?」
「やる事になると思っていた? あれだけ本気で試してきたのに?」
「まあ、それもおいおいな」
はぐらかされたようだが後で話してくれるようなので、そこはとりあえず置いておくことにする竜郎。
「それでその協力者たちと何をどうすればいいんだ?」
「過去や未来に行って世界力が集まって、溜まったものを消費してきてもらいたい。
具体的に言うのなら、強制的に魔物化させて倒せばよいという事じゃな」
「《レベルイーター》とかで消しちゃダメなのか?」
「そこが難しいところなのじゃ。そして今回の作戦の肝でもある。
よいか。決して全て消してはならん。だがちょうど良い所までは吸っておく。というのが重要じゃ。
もしそこを間違えれば今度こそ、どうなるのか予測できんくなるからのう」
「ちょうど良い所ってどうやって解るんだ?」
「儂が《レベルイーター》を通してお主に伝える予定じゃ。
そして吸った分をもう一度放出して、吸い残しで出来た魔物を倒すという寸法じゃ」
「吸った分を放出? 《レベルイーター》てのはそんな事も出来たのか?」
もしそれで愛衣やカルディナ達に渡す事が出来れば、今後のスキルなどのレベリングが非常に楽になりそうだ。
そんな期待を胸に等級神に問いかけるが、そんな都合のいい便利機能ではないらしい。
「今のままでは出来ない様になっておる。お主が現世に戻ったら、バージョンアップさせておくことにしよう。
ちなみに吸収して完全にシステムに取り込む前のエネルギーしか放出できんし、そのエネルギーを他人に向けて当てればシステム障害が起きる可能も高い故、努々試してみる事の無いようにの」
「ああ、そうなんだ……。でもバージョンアップと言うからには、何かほかにも
特典が有ったりするのか?」
「楽に吸収出来る距離が少し伸びたり、黒球のスピードが微妙に速くなった──程度かのう」
「バージョンアップと言うか、パッチ当てただけじゃ……。ver1.0から1.1みたいなさ」
「それに近いかもしれんのう。だがまあ、《レベルイーター》自体が本来なら地上にいる存在が持っていていいスキルの範囲を超えておるのじゃから、我慢せい」
またまた出てきた新情報に竜郎は一つ気になる事が出てきたので、遠慮なく聞いてみる事にする。
「そう言えば俺の《レベルイーター》や愛衣の《武神》は、明らかにぶっ飛んでいるんだが、これは偶然だったのか?
インストールされる時の状態が関係していそうと言うのは、何となく理解しているんだが、それにしたって異常な気がするんだ。
それに今聞いた限りの俺達の世界の救出方法だけでも、《レベルイーター》ありきの作戦としか思えないんだ。
そうなると、こういう展開になる事見込んで意図的に俺に《レベルイーター》を与えたんじゃないか?」
「ふふふ。なかなか鋭いね、タツロウ君」
竜郎の問いかけに最初に反応したのは、等級神ではなく魔神であった。
「通常はインストールされた時の知能や身体能力なんかを加味して、初期スキルをランダムで与える様に設定されてはいる。
だが君達の場合は、数少ない例外に分類されたんだよね。
はじめ救出に成功した時に、我々はせめて最後の十二番世界の住人である二人が苦労しないようにと、強力なスキルを与える事にしようと決めていたんだ。
その時に候補に挙がっていたスキルは、どれも神が直々に渡す事の出きる最上級のスキルばかりだったよ」
「そんな事になっていたのか」
自分たちがやって来たわずかな時間の中で、神々がどんなスキルがいいか会議している姿が竜郎の脳裏に過った。
「だが君たちを何とか森の中心地から逸らして、魔物の危険が少ない浅い所へ落とす事に成功した後に少し状況が変わってね。
君たちがここまでの道のりを辿り着けるスキルであり、尚且つ望む未来を掴み取る事の出来るスキルを渡す事になったんだ」
「状況が変わった?」
「そうじゃ。お主たちをこの世界に招き入れた瞬間に、その時間軸に大きな変化が起こったのじゃ」
魔神の会話を継ぐようにして等級神も話に加わってきた。
そして何故、竜郎が《レベルイーター》で愛衣が《武神》だったのか。
その真実を語り始めたのであった。




