第399話 新たな可能性
だが、だからと言って諦めるとは一言も言っていない。竜郎は何か方法はないかと等級神に問いかける。
「じゃあ世界の調整のプロフェッショナルである神々でもできなかったんだから、俺達にはどうする事も出来ない。諦めろ。と言いたいんだな?」
「有態に言ってしまえば、その通りじゃ。
そうしてくれるのならせめてもの罪滅ぼしとして、大抵の我儘は聞き入れるつもりだ。
さすがに世界全体を混乱に陥れたい──などと言われれば困るが、儂らが与えたスキルを使って国の三つや四つくらいなら滅ぼして好きにしても目を瞑ろう」
「そんな事をしたって意味は無いだろうが……」
「じゃろうな。だが怒りの矛先が欲しいのなら、そういう方法で発散してもらっても構わないということだ。
それくらい儂らには、お主たちの要望を聞き入れる準備があると思っていてほしい。
何もお主たちに意地悪をしたくて、できないと言っているわけではないのだ。それだけは信じてほしい」
「…………だが、俺達が欲しいのはこの世界で自分勝手に振る舞える権利なんかじゃない。
何かあるだろう! もっと教えてくれ! 調べてくれよ!
それだけ長い間世界を調整していたくせに、何も解らないなんておかしいだろう!」
その竜郎の言葉が矜持を傷つけたのか、等級神の眉根がピクリと動いた。
だが今の竜郎の気持ちを考えれば、怒るに怒れず静かに目を閉じた。
「解らないものは解らないと言うしかない。そして儂らからしたらもう終わった事よ。
じゃから、これからの未来について語ればよかろうて。
それにな。ハッキリと言わせて貰えば、過去を乱してまで無駄な努力をされて、それで世界が不安定になったら迷惑なのだ。
だから止めよと言うておる」
等級神のその言いざまに、今度は竜郎がカチンとくる。
「迷惑って……。あんたらが巻き込んだから俺たちなりに考えて、最善策を考えたんだろうが。
そっちがポカしなけりゃ、こんな事にはならなかったんじゃないんですかねぇ」
「……ポカしたなどと言われては困るのう。儂らは常に最善を尽くしてきたつもりじゃ。
その上で対処できない事が起きたのじゃから、予測できない事故のようなモノじゃ」
「最善を尽くしてきた、つもり? 断言はできないのか」
「そ、それは言葉の綾じゃ。まったくそんな些細な所を突いてくるとは、陰険な奴じゃのう」
「陰険? ならあんたは──」
そこで繰り広げられたのは、最早ただの悪口の言い合いのような状況へと泥沼化していく。
そんな無駄なやり取りがいつまでも続きそうなところで、等級神がついに切れてしまったようだ。
「二十も生きていない小僧の癖に生意気な! 儂を誰だと思っておる!!」
角の生えた赤目の仙人といった風体から一変、最初に現れた白い大蛇へと戻り竜郎を睨み付けてきた。
そこから放たれる威圧は、竜郎の神の威圧がそよ風かと思えるほどに威厳に満ち満ちており、思わず気圧され竜郎は一歩後ずさって口が止まってしまう。
それに満足そうに等級神がニヤリと笑った。
だが竜郎は腹筋に力を入れ目を見開いて、一歩踏み出すと仁王立ちして大声で叫んだ。
「神だろうが誰だろうが関係ない!
等級神達が譲れないモノのために他世界を犠牲にした様に、俺達にだって譲れないものがあるんだ!
俺達にとって諦めろと言われて、はいそうですか。なんて言えるほど安いもんじゃないんだよ!
そちらが迷惑をかけたと思っていてくれるのなら、少しくらい知恵を貸してくれてもいいだろう!
俺達も出来るだけ迷惑をかけないようにするから、俺達の行動を止めるのも止めてもらいたい!
いくつもの世界を巻き込んだあんた達になら、その気持ちは解るだろうっ!」
「………………」
神格者とはいえ、まさか人の身で本物の神の威圧を跳ね除けて声を上げるなど想像もしていなかったのか、等級神は蛇の大きな目を丸くしていた。
その眼を竜郎はジッと睨むような眼光で見つめ続けた。
梃子でも動かぬといった竜郎の様子に、等級神はまた老人の姿に戻ってため息を吐いた。
それと同時にまた空間が揺らぎ始め、今度はやたらと豪華な装飾のなされたカソックのような服装を着た、女性と見紛うほど恐ろしく見栄えのいい美青年が現れた。
青年は人種ではないとすぐに解る長いエルフのような耳が特徴的で、透ける様な美しい金の長髪、ラピスラズリのような蒼い瞳をしていた。
その青年が突如現れたことに気勢を削がれた竜郎がポカンと見つめていると、柔らかな笑みをこちらに向けてから、等級神の肩に親しげに手を置いた。
「等級神よ、もう良いのではないかな?
彼が生半な気持ちから、行動を起こそうとしているのではないと解っただろう?」
「そうじゃのう。まさかここまでとは思っておらなんだよ──魔神よ」
「魔神? この人が?」
今度は聞き馴染みのある神様が出てきたことに、思わず竜郎は先の口喧嘩も忘れて等級神に問いかけていた。
それに等級神が「うむ」と頷くと、魔神と呼ばれた青年が微笑みながら竜郎の前へと歩いてやってきた。
「はじめまして、タツロウ君。私は魔神と呼ばれている神だ」
「えっと……竜郎波佐見です」
もっと──それこそ等級神のような老人像を魔神のイメージとして持っていた竜郎は、美青年をしげしげと見つめた。
だがすぐに先の二柱の会話を思いだし、思考を切り替えた。
「もうよいのではないか。と等級神に言ってましたけど、それはどういう意味ですか?」
「うーん。私にも等級神と同じような話し方で構わないよ。
君は私の系譜に入っているのだから」
「はあ、じゃあそうさせて貰いま──貰うよ」
不思議なもので、等級神はかなり身近に感じていたのだが、魔神にたいしては久しぶりにあった親戚の叔父さんくらいに距離を感じていた。
だが魔神よりも位が高いという等級神に気安く接しているのに、こちらだけ畏まるのもおかしいかと、竜郎は言葉遣いをフランクなものに改めた。
「うん、そうしてくれ。それで私と等級神が言っていた会話と言うのはだね。
それについては私ではなく、等級神が語った方がいいと思うんだ」
「確かにのう。それで良いか? タツロウよ」
「あ、ああ。この何だか解らない状況を何とかしてくれるのなら、どちらでも構わないが……」
さっきまで怒っていた様に見えた等級神が最初に出会った時のような静謐な雰囲気になっており、竜郎は困惑して先へ促した。
「これより話す事は儂らの立場としては、あまり気が乗らない事ではある故、生半可な気持ちである様なら、このまま無理やりにでも諦めさせるつもりじゃった。
だからこの空間では感情の波が高ぶり易くなる細工をしてから、お主の真意を測らせてもらったのじゃ」
「……なんだかよく分からないが、試されていたという事か?」
言われてみれば感情の上がり幅が普段よりも二、三段高く、冷静さを欠いていた事に気が付き、これから何を言い出すつもりなのかと身構えた。
「どこまで本気なのか確かめようと思ってな。すまんかった。
でだ。率直に言えば、お主たちが壊れなかった方の世界に帰ることは可能じゃ」
「少し言い回しが気になるが……それは本当なのか?」
単純に竜郎達の世界を元に戻せると言わなかった事。そして等級神たちの立場では気が乗らないと言った事。
それらを加味すると、無邪気に喜んで飛びつくことが出来なかった竜郎は怪訝な顔でそう問いかけた。
「うむ。儂らもやってみたことが無い故、絶対に大丈夫だとは言い切れんが、上手くやれば十中八九お主らにとって悪くない結果を得られるはずじゃ」
「相変わらず気になる言い方をしているが、結局俺達は何をすればいいんだ?
対処法を考え付いたという事は、実は原因の特定にも成功しているのか?」
「そうじゃな。何故あのような莫大な力が産まれたのかという、理由の特定には成功しておる。
ただ特定できたところで儂らの立場では手は出せんし、出させようともしなかったじゃろうな──お主たちを、この世界に招くことがなければ」
「招く? 俺達が空間の罅割れの中に落ちたのは、等級神たちが介入したからなのか?」
「いいや。それは違う。世界崩壊の余波によってできた罅割れに落ちたのは、何もお主たちだけではないからのう。
お主たちのいた世界だけで三十六人ほどの落世者に、他の世界からも数人から数十人程度余波の際に落ちていたが、その中でも拾えたのはお主達二人のみじゃった」
「──え? ってことはだ。ここに来れたのは俺達だけなのか? というか拾った?」
全人口約七十億分の三十六人に入ってしまった事だけでも驚きなのに、さらに他世界も含めて世界から落ちてしまった人たちの中からたった二人だけが、ここに辿り着けたという確率にクラリとした竜郎。
だが、その後の拾ったという言葉に直ぐ反応した。
「そうじゃ。せめて救えるものは救おうと奮闘はしたのじゃが、お主ら二人以外は拾いきれんかった」
「…………よく解らないが拾ってくれなかったら、俺達はどうなっていたんだ?」
碌な答えは返って来ないだろうとは思いつつも、好奇心から竜郎は聞いてしまう。
「儂は外の世界に落ちたことはないのじゃが、おそらくこちらの世界に来る前にいた世界と世界の狭間を死ぬまで移動し続ける破目になっていたじゃろうな」
「本当に碌でもなかった……」
「まあ、運が良ければ我々の世界から放たれたエネルギーで、空間が不安定になった世界の穴に落ちる事は出来たかもしれないけどね。
その世界が堪えられるだけのエネルギーを保有していないと、世界と共に消滅するけど」
魔神が追加で補足説明してくれたが、それでも碌でもない。だが竜郎の好奇心がまた余計な事を聞きたがる。
「ちなみに運がいいって言うのはどれくらい?」
「うーん。ほぼゼロだと思うよ。私達は自責の念から自ら助けようとしていたけれど、他の世界は自分たちの事で精一杯でそんな事はしてくれないだろうし。
崖の上から大海に突き落とされたのに、たまたま流れてきたソファに無傷で座れた──くらいの確率じゃないかな。
タツロウ君たち二人がこの世界に来たのも、それはそれでかなりの強運だけどね」
「ああ、やっぱりそうなんだ……」
ちなみに竜郎は地球の人口だけで考えているが、それ以外の星にいる知的生命体も含めてたった三十六人なので、その中に入り、さらに生き残る確率は天文学的数字だろう。
「空を見ているとたまに星が流れるじゃろう?」
「ああ、流れ星だな」
「それを広大な夜空から見つけて、消え去る前に手を伸ばして掴み取る様な作業だったのだ。
正直やっていた儂らが言うのもなんじゃが、誰も掬い取れぬだろうと思っていたくらいじゃ」
「……そんなんで、よく俺達は拾えたな」
「二人一緒にくっ付いていた。というのが運命を分けたんだよ。
一つ分の魂の輝きが二つになっただけで、他の人間たちよりも早く見つける事が出来た。
そして二つ分だから体積も大きく、我々もこちらの世界に引き寄せ易かったんだ。
他は皆一人きりで落ちてしまったようだからね」
竜郎は愛衣が落ちていきそうになったから一緒に落ちただけだったのだが、その行為が結果として二人の命を繋ぎとめたのかと、過去の自分を褒めたい気分だった。
そしてどういう事情があったにしろ、知らん顔をすれば良かったのに、わざわざこの世界に招いてくれた神達にも感謝の気持ちが湧いた。
「その件に対しては礼を言うよ、俺達を掬い取ってくれてありがとう」
「うむ。二人だけでも掬えてよかったのじゃ」
「ああ──って、そうじゃなかった。その話はありがたかったし興味深いが、本題に入ろう」
「じゃの。まず今回の原因となった突然のエネルギー発生について語るとしよう。
そもそも人間たちが凶禍領域と言われていたあの区画は、元々世界力が溜まりやすくもあり、引き寄せやすい性質がある場所なのじゃ。
その最たる場所がお主たちのいた中心部じゃな。
それを儂らは利用して特殊な力場に変換し、常にエネルギーを消費できるようにしておいたのじゃ。
あそこはシステムに強い負荷がかかるために、それがインストールされている人間では弱体化するが、それがない魔物達は強化されるようにの。
そうする事で魔物達は強制的な強化で寿命が短くなる代わりに、恩恵が得られる。
それで消費を手助けさせ安定を図り、魔物達が外に出れば弱体化して普段通りに動けなくなる故、人間にとっての脅威も少ない。
人間は危険な所にわざわざ行こうとしない故に、みだりに地上の生活を崩さずに世界力の大量消費スポットまで確保でき結構便利な開発だったと思っておる」
「システムに負荷がかかるのなら、俺や愛衣もアウトな気がするが?」
称号効果も所詮システムによる恩恵だ。であるのに、その根底に負荷がかかっていたのだとしたら、エンデニエンテという称号が持つ適応能力も何らかの影響を受けそうなものである。
「いや。システムというのはインストールされた時点で、かなり拡張性を有しておる。
得たスキルや称号によっては自らを作り変えていき、進化する事も出来るからの。
そのエンデニエンテという称号は、かかる負荷を外へと受け流すように独自進化し、さらに最後の辺りではそのエネルギーを利用した自己強化プログラムまで形成し始めていたくらいじゃ。
良い称号を手に入れた物だと感心したぞ」
「そんな風になっていたのか。やっぱり気のせいじゃなくて、最後の方では強化され始めていたんだな」
「うむ。ちなみに個体レベルの上昇は魂にインストールされたシステムが、倒した相手が持っているエネルギーを吸い取って成長するから、基礎ステータスも上がっていくというものになっておる。
システムがインストールされていない魔物は、もともとそういう体質として生み出させておるから、ちゃんと成長も出来るし倒されれば相手へ溜めこんだエネルギーを託す事も出来る様になっておるのじゃ。
よくできておるじゃろう」
「そして《レベルイーター》は、そのエネルギーを吸い取るって訳か」
「そうじゃのう。まあ、それについては後で話すとしてじゃ。
今回の原因は凶禍領域と言われているあの場所が、世界力を引き寄せやすい性質だったという事と様々な偶然が重なり合い、あの場へと繋がったと解ったのじゃ」
そうして等級神は、今後の竜郎たちにとって大きな指針となる話をし始めたのであった。




