第398話 崩壊の真実
竜郎たちは、ただ自分たちの世界を何とかしようと奔走していただけだった。
だというのに、この神と名乗る老人はあっさりと止めろと言ってくる。
だがそれで、じゃあ止めます。なんて言えるくらいの気持ちなら、こんな大変な思いを仲間たちにまでさせて来はしない。
「正直に言うが、俺は──俺と愛衣に諦める気はない。
だがそんなに強く否定できるという事は、俺達の世界にあった事について説明できるって事だよな?
それを聞かせてほしい。ただ諦めろと言われて引っ込みがつかない事ぐらい解るだろ?
そもそも俺が手を出したアレが、俺達の世界を壊す存在だと思っていいのか?」
竜郎がそういうと等級神は少し苦い顔をしながら、癖なのか長い顎鬚を手で撫でつけ口を開いた。
「まあ、そうじゃのう。ただそこは我々にとって心苦しい話ではあるし、お主たちにとっては気分のいい話ではないと思うのじゃが、それでもいいかのう」
「それでもいい。とにかく真実が知りたいんだ」
まずは理解するところから始めなければ、むやみやたらにチャレンジするしかない。
どんなに嫌な思いをしようとも、これからの行動の判断材料になるのは間違いないのだから聞くしかないだろう。
等級神は一歩も引く気がない事を悟ると、目を閉じてため息を吐いた。
そして重そうな口を開いて、竜郎の知りたかったこの事件の全貌を語り始めた。
「まず先に聞かれた問いに答えるとしようかの。
……ハッキリ言おう。お主たちが手を出したアレが、お主たちの世界──我々が十二番と呼んでいる世界を破壊する原因となった物に間違いない」
「十二番?」
「なに、ただ十二番目に観測した他世界と言うだけで、数字には特に意味はない。だから気にしなくても良いぞ?
いちいち名前を付けるのも面倒じゃからのう」
「そんなに世界ってのは存在していたのか」
「そうじゃのう。現在我々が見つけているだけでも、百二十九世界を観測しておる。
じゃがそれでも全体の一パーセントにも満たないと考えられているがの」
知りたい事とは違ったが、それでも驚愕の事実に唖然としていると、等級神は空咳をして話を切った。
「──話が逸れたようじゃな。続きを話そう」
「あ、ああ。頼む。アレが俺達のいた世界を破壊したってのの後だな」
「うむ。先から話しているように、世界というものはいくつも存在しておる。
そしてその世界と言うのは、所有しているエネルギー──いうなれば世界力とでも言うべき力の保有量によって違いが産まれてくるのじゃ」
「違い? それはそこに住む者にも解るものか?」
「まあ、解ると言えば解るじゃろうな。例えば魔法が使える世界と、そうでない世界とかかの」
「ああ、そういう違いか。なら解りやすいな」
等級神が言うには、世界力の保有量が豊富な世界は魔法というものを生み出す傾向が多く、逆に少ないとそういった特別な力は生み出されずに、その世界の知的生物が自力で生活を営んでいくという。
「そういう点で言うと、俺達の世界は世界力が少ない世界だったってことか」
「そうじゃ。別段少なすぎると言う程でもないが、魔法が産まれる必要があるほど多くも無かったということじゃ」
「魔法が産まれる必要? 魔法ってのは必要があったから生まれるモノなのか?」
「そうじゃ。何も人間たちを助けるためや、興味本位で生み出されたわけではないからの。
我々のような存在が、自分の世界を維持するために必要だと判断した時に、魔法という概念が生まれるのじゃ」
「世界を維持するのに魔法が必要? 魔法を使って世界を維持するって事か?
いやでも、俺達の世界は魔法が無くても維持できているんだから、それは違うのか?」
これ以上自分で考えても答えは出ないと思い、竜郎は等級神へと解答を求めて視線を送った。
「我々の研究では、世界は大まかに四つの種類に分類できると考えられておる。
一つ目は保有世界力が極めて少なく、物質などを創造する余裕もなく、何もない無の世界。
ここまでの世界じゃと何かのはずみにバランスが崩れて、そのまま静かに消滅ということもありえるじゃろう」
「やな世界だな……。それで二つ目は?」
「二つ目はお主たちの世界の事でもあるな。保有する世界力の消費と回復がほぼ釣り合っていて、我々のような存在がいなくても勝手に安定する世界。
ある意味では一番理想的な世界とも言えるのかもしれんのう」
「……そりゃどーも」
その理想的な世界は無くなる運命にあるのだから、そんな事を言われても皮肉にしか聞こえない。
等級神もそれに気が付き、バツが悪そうに話を続けた。
「あー……三つ目は豊富な世界力を保有し、回復が消費よりも勝っている世界。
供給率が多すぎても世界は世界力過多によって所々に異常が生じるようになる。
例えば異常気象や自然災害が増えたり、次元の破損が起こったり──なんて事も有りえる。
そしてさらにそれを放っておけば、その先にあるのは世界の崩壊じゃ。見事に爆散して盛大に消し飛ぶじゃろうて。
だからこそ、その世界力を消費するために世界の意志で管理者が作られ、管理者は地上に干渉して生き物を自らの意志でも生み出したり、魔法などを普及させて知的生物たちに消費を手伝わせるのじゃ」
「つまり世界力が沢山あって余ってしまうから、消費策として世界力を使って成しえる魔法を作り、知的生物にそれを使わせることで消費が増加。
あとは管理者とやらが上手く消費量なんかを調整できれば、放っておいても供給と消費の帳尻が自動的に合う環境を作り出せるという事か。
だから世界の維持のために魔法が必要なんだな」
「うむ。理解が早くて助かるのう。
まあ我々も全ての世界を調べたわけではないから、別の方法を取っている所もあるかも知れぬ。
じゃから他世界を調べて回っておるのじゃが、今のところは魔法やそれに類する能力を生み出すのが普通の様じゃな」
とすると、この世界は三つ目に該当するのだろうかと竜郎が等級神に問いかけると、ゆっくりと首を振られた。
「儂らの世界は四つ目じゃ。常に膨大な世界力を生み出し続け、消費が全く釣り合わない世界。
悠長にしていたらあっという間にパンクしてドカンッと消える、最も維持が難しい最高に安定しない世界じゃ」
「──っそんなにヤバイ世界だったのかよ!? 大丈夫なのかここは?」
「うーむ。取りあえず、我々の努力によってある程度は安定しておる。
世界力が特に過多になった場所は、そこにある世界力全てを消費して魔物を生み出したり、色んな種族の魔物を生み出したりとかな。
後は最も画期的な発明であるシステムの開発の成功が大きいのう。
これによりシステム維持の為だけでも膨大な世界力消費を可能とし、さらに魔法や武術、ほかにも様々なスキルをシステムから簡単に使えるように知的生物たちに供給することで、さらに消費量はアップとかのう」
「その為のシステムだったのか。世界力が沢山あるからこそ、人間にとって便利なインターフェースを作る事も出来たと」
「あとはダンジョンを作って欲望を擽り、そこへ挑むためにスキルを使ってさらに消費促進。
魔物と言う人間を襲う強力な生物と戦うために、さらにスキルを磨かせる……などなど。
そんな事をいくつも試行錯誤していき、ようやく今の安定を手に入れたのじゃ」
等級神は誇らしそうに自分達の功績を竜郎へと聞かせた。
その表情からも、この世界が危機的状況にあるわけではないのだと安堵した。
「そうなのか。ならこの世界にいても安心だな」
だが竜郎のその一言で、等級神の顔に憂愁の影が差した。
そして苦い物を噛みしめる様な表情で、重い口を再び開き、呟くようなトーンの落ちた声で話し始めた。
「そうなのじゃ。儂らも安泰だ。だからもう、この世界は崩壊とは無縁になったのだ──と、思っていた」
「思っていたって……全然安定していなかったって事か?」
さっきの話は何だったのかと、竜郎は無意識的にやや非難めいた声音で問い詰めた。
だが等級神はそれに対し、首を横へ振った。
「いや。儂らの調整は間違っていなかった。ちゃんと安定していたし、もう数万年は何もしなくても自動制御だけで何事も無く維持できていたのじゃ!
だがの。儂らも神──まあ管理者の事じゃが、そうはいっても万能ではなかった。
複雑に絡み合った全ての事象を予測し、対応する事など不可能なのじゃよ。
もちろん我々は神として綻びが出ていないか、出そうになれば御使いを生み出し対処させたりと常に目を光らせていた。
誓ってサボった事など一度も無い。我々にとっても、生き死にがかかっておるのじゃから」
「別に俺は等級神たちの怠慢を疑っているわけじゃない。話の流れからしても、苦労してここまで来たってのは十分理解できたつもりだ。
だから早く話してくれないか? 等級神たちが必死に作り上げた安定を崩そうとする何かの事を」
「そうじゃのう……」
それが竜郎達への懺悔の気持ちなのか、はたまた対処しきれなかった自分たちの不甲斐なさ故なのかは竜郎には解らなかった。
だが等級神は悲しいような悔しいような顔で一度だけ長く息を吐いた。
そして大きく息を吸い込み、覚悟が決まったのか真剣な眼差しで竜郎を見つめ返した。
「それは本当に突然の事じゃった。
今まで何の兆候も無かったはずなのに、いきなりアムネリ大森林の中央部に、世界を今すぐにでも崩壊へと導くに足る膨大な世界力が集結している事が発覚した」
「気が付いたらそこにあの黒渦がごちゃごちゃと集まったアレがあったって事か?」
「ああ、その通りじゃ。本当に突然現れた。そうとしか考えられぬほどに、一瞬にして。
最初は有りえないと神の誰もがその真実を疑った。
だが何度調べても、それが偽りでないという事実がはっきりするだけじゃった」
竜郎は嫌な予感が胸をかすめる。これから続く話の先が、何となく予想できてしまったのだ。
精神体と言われていた体なのに、異様に口の中が乾いている事に気が付く。
しかしこの話から耳を逸らすわけにはいかないと、両手をギュッと握りしめた。
違ってほしいと思いながら、竜郎は決定的な真実へと繋がる疑問を口にする。
「……だが、今すぐに崩壊しそうなと言っておきながら、その先の未来でも地震が起こったくらいで何ともなっていなかったよな?
…………………………あんたら神様は、その膨大な世界力を、一体どうしたんだ?」
「外へと放って捨てた。ここで爆発されては、この世界全てが崩壊してしまうからのう」
「…………外と言うのは?」
竜郎は怒りがこみ上げ、等級神を睨みつける。
「外と言うのは、我々のいるこの世界の外。他世界が広がる全方向に向かって捨てたのじゃ。
内側に影響する世界力を外側に向けるだけなら、わしらでも何とか出来る事じゃったからのう」
「そうすると他世界にどういう影響を及ぼすんだ?」
「ただ捨てたと言っても、一方向に密集しない様に拡散させた。
じゃからその薄く広がった世界力から守るだけの世界力を保有した、先に言った三つ目や四つ目の世界なら崩壊する事はないじゃろう」
「それじゃあ、俺達のような世界力が別段余っていない世界はどうなる」
「──崩壊、じゃ。身を守る壁すらないのに、至近距離で爆発が起きる様なもの。抗う術のない世界は須らく消え去るだけじゃ」
「──っ!!」
怒りに目を細める竜郎に対し、等級神は間違った事はしていないとばかりに感情の無い目で見つめてきた。
「だが勘違いしないでほしい。儂らとて、それ以外の方法が無いかは何度も検討したのじゃ。
今までこの世界が出来あがり、管理者として生を受けてから何兆年という時を、ただただ調整だけに費やしてきた我々がじゃぞ。
自分たちの世界の事情で他世界や、そこに住まう生命達を滅ぼすわけにはいかないと、それはもう必死にじゃ。
…………じゃが、儂らの世界の安定を保ったまま、他世界を犠牲にしないで助かる方法なんていう都合のいい方法はなかった。
だから儂らは選択した。他世界を犠牲にすることを。そしてその選択だけは、神々の誰も後悔していない」
「そんな身勝手な──」
「ああ、身勝手じゃ。じゃがのう、タツロウよ。
自分たちの命と我らが母なる世界。それに対して見た事も話した事も無い赤の他人の命を天秤にかけた時、お主はどちらに傾ける?
お主やその愛する者。そして家族を犠牲にしてまで、他人を守ると最後まで偽善を貫けるか?」
そこで竜郎は黙るしかない。
もし他人を犠牲にしなければ愛衣が助からないと言うのなら、竜郎は赤の他人なんて何人だって殺すだろう。
例えそれで世界中に恨まれようとも、何十億人も犠牲にする事になろうとも。
ようは等級神たちは、この世界を守るために他の世界を殺したのだ。
何兆年も心血を注いで繋ぎとめてきた自分の母とも呼べる存在を、他者の為に捨てるなんて選べるわけがない。
自分が同じ立場に立った時に同じ選択をすると断言できる人間が、それを責める事など出来るだろうか。
勿論実際に犠牲者なのだから責めてもいいだろう。だが竜郎にはそこまで開き直る事が出来なかった。
やり場のない怒りだけが、ぐるぐると竜郎の胸中を巡っていくのであった。




