第39話 二人の時間
ふたりで話し合っていると、あっという間に時間が過ぎていたので一階の食堂に降りて夕食を取った。
味はまあ普通かなといったところで感想もそこそこに、二人は部屋へと引き返してきた。
それからは寝るのにはまだ早いと、各々今日の戦利品を物色しながら時間を過ごしていた。そんな時、愛衣が突然何かを考え込むそぶりを見せた。
「うーん」
「どうしたんだ?」
「いやね、なーんかもう一つ、やっとかなきゃいけないことがあったような気がするんだけど、思い出せないんだよねぇ」
「やっとかなきゃいけないこと? ん~……あらかた今日でやりおわ──あっ!」
竜郎は特に思い当たる節は無いと思いつつ、念の為に今までの行動を思い返すと、確かに早めにやっておくべきことがあったのを今思い出した。
「なにっ?」
「入町許可証!」
「それだ!」
二人は今、自分らが仮の許可証で入町していることをすっかり忘れていたのだ。
もしこのまま忘れていたらゼンドーに迷惑をかけていたかもしれないと、二人は反省した。
「明日、朝一番で更新しに行こう」
「うん、絶対ね! 良くしてもらったのに、迷惑はかけらんないよ」
そうして二人で頷き合って、予定を埋めていく。
「それじゃあどうせ門の所に行くんなら、明日はギルドで簡単な依頼でも受けてみる?」
「そうだな。ギルドからの支払いはあと五日。
それまでは手持ちのお金だけでやりくりしなきゃいけないが、思いのほか今日の出費が大きかった。
余裕をもって生活するためにも、ちょっとは稼いでおこう」
「まさかあんなにあったお金が、これしかないなんてね」
「愛衣はちょっと無駄使いしすぎだ」
「全部いるモノだもん!
でもこれで特に買うものもないし、しばらくは抑えていく予定だよ」
ホントかなぁと竜郎は若干の疑わしさが残るものの、本人がそう言い切るのならと、それを信じることにした。
「まあ、あと数日は依頼を受けてすごして、その間にレーラさんが言っていた依頼のことも考えていこう」
「あーそういうのもあったねー」
愛衣はそう言いながら、微妙な顔をして目を細めた。
「愛衣は受けたくない?」
「いんにゃ、今のところしいて言うならどちらでもってとこ。
何度か依頼を受けてみて、どんな感じなのか確認したいし」
「そうさなぁ。まあ、十分行けそうなら、この町の人を安心させるためにも受けてみようかな。
今のままじゃ、ゼンドーさんも不安だろうし」
「それは言えてる」
そうしてなんとなくの日常のペースも定めていき、やがてそれぞれの時間を過ごす方に戻っていった。
竜郎は本屋で買った風魔法の本を見ていた。今日手に入れた杖が、風魔法にも適するならと興味を持ったからだ。
愛衣の方は同じく本屋で買った気力について詳しく書かれているものを手に取り、その中の放出に関する項目を読んでいた。
遠距離攻撃と言えば竜郎製の石のクナイはまだたくさんあるうえ、弓やナイフも買った。
しかし、威力は気力を使ったものには劣ると愛衣は考えていた。
これからも魔物と戦っていく中で、できる手が多いに越したことは無いだろうと。
そんな風にしばらくのんびりすると、夜も更けてきたためそろそろ寝る支度を整えていくことにした。
そうなってくると、ひとっ風呂浴びてスッキリしたいところなのだが生憎この宿にもそんなものは無かった。
今度レーラに風呂のある宿はないか聞いてみることにして、今日のところはまたタライで済ませることにした。
「んで、またこうなるわけか」
「そうですよーっと、ほらたつろー腕上げて」
「はいよ」
現在二人は例の如く、タライの前で半裸になっていた。竜郎はタオルで目隠し中で、愛衣が竜郎の体を拭いていた。
しかし、今日は買い物に行き色々取り揃えてきたので、拭いているのはスポンジ───のような何かである。
グミのようなスライムのような、ぐにゅぐにゅして、手触りはツルツルしている。なのにちゃんと泡や水を吸い込んでスポンジの役割をしてくれる、そんな不思議グッズであった。
愛衣はそれで一通り竜郎を洗い終わると、今度は自分も拭いていく。やがて背中以外の場所を洗い終わると、おずおずと竜郎に問いかけた。
「…今日も、背中拭く?」
「いいのか?」
「たつろーが洗いたいなら、いいよ」
その少しぶっきらぼうな言い方が、竜郎には余計に生々しく聞こえた。
「じゃ、じゃあ、背中だけ……」
「うん……」
目隠し代わりに使っていたタオルをはずし、竜郎が愛衣の方に振り向くと、相変わらず細くて綺麗な背中が目に焼きついた。
それに無意識に生唾を飲み込んで近づくと、タライからなのか、それとも愛衣からなのか、石鹸のいい香りがした。
竜郎は顔が熱くなりながらも、努めて冷静ぶってスポンジらしき物を手に取って、石鹸を薄くつけ、肩甲骨の当たりに当てる。それがくすぐったかったのか愛衣の体がピクピクと動いた。
そのまま竜郎は腰の方に向かって拭いていき、下まで行ったらまた上から下へと繰り返し、入念に洗ったところで今日は自分から止めることができた。
「もう大丈夫?」
「あ、ああ、綺麗だよ」
「それは背中? それとも私かな? なんちゃってっ!」
やはり恥ずかしかったのか、愛衣は誤魔化すようにおどけてみせた。
「背中は綺麗だけど、愛衣の方は可愛いって感じかな」
そんな様がいじらしくて、竜郎は思ったままを口にして、そしてそれを思い返して恥ずかしくて死にそうなほど悶えた。
愛衣は悶える竜郎が可笑しくて笑ってしまい、恥ずかしいのがどこかにいってしまった。
そんなことをしながら、最後に愛衣に後ろを向いてもらって、竜郎も全身綺麗にすると、今日買った寝巻に着替えて、二人で同じベッドに入った。
「熱くないか?」
「ううん。たつろーがぽかぽかしてて…すぐ寝ちゃいそう……」
そう言って愛衣がコアラのように竜郎にしがみついてきた。しかし、竜郎はそうされると逆に眠れなくなってしまう。
けれど愛衣の幸せそうな顔を見るとそうも言えず、今日も生魔法にお世話になるのだろうなと悟った竜郎なのであった。
朝日が昇り、竜郎達がまた異世界での滞在日数を更新した頃。仲良く寄り添って寝ていた片方が目を覚ました。
枕の上に置いてあった自分の懐中時計を手に取り時間を見れば、針は六時を少し過ぎた所を指していた。
(今から二度寝するのもなんだし、起きるか)
そう決意して起きようとするが、そうするためには自分より早く寝て、自分よりも遅く起きる、目の前で幸せそうに寝ている健康優良児を、自分の体から引きはがす必要がでてくる。
どうしたものかと思案するものの、結局いい考えも浮かばず、とりあえず目の前にあったおでこにキスをしてみた。
(起きるわけないよな)
キスで目覚める御伽話もあるようだが、目の前の姫はおでこにキスしようが、口にしようが起きることは無いだろう。
そこで眠気がぶり返したので、しょうがないとそれに身を任せた。
朝日がすっかり昇った頃、仲良く寄り添って寝ていた片方が目を覚ました。
枕の上に置いてあった合方の懐中時計を手に取り時間を見れば、針は八時を半分過ぎた所を指していた。
(そろそろ起きた方がいいよね)
今日は自分の方が早く起きられたと喜び、隣で寝ている人物を起こしてあげようと思った。けれど、ただ起こすだけでは芸がない。
そうして何を思ったか、頬にキスをし起きたか確認。逆の頬にキスをし起きたか確認。と、それからおでこ、首筋、まぶた、顎とあちこちにキスしては起きたか確認するが、起きる気配はなかった。
(まだ起きないの? 寝坊助さん♪)
そう心の中で呟きながら、最後に唇にキスをした。
「ん……ん?」
意識が覚めてくると、自分の唇が何かに塞がれていた。
それは柔らかく、どこかで味わったことのある感触だった。
そうして目を開くと、それが離れ、目の前にはニッコリと微笑んだ彼女が視界いっぱいに映った。
それでようやく、先ほどの感触がなんだったのか思い出した。
「おはよ、たつろー」
「おはよう、愛衣」
そうして、今度はお互いの意思でキスをした。
そんな中、竜郎は密かにこんなことを考えていた。
(まさか姫役は俺の方だったのか)
「ぶはっ」
「え!? 何!? どうしたの?」
自分が姫の格好をしているのを想像して、竜郎は思わず吹き出してしまった。
突然のその行動に愛衣が心配するが、竜郎は「なんでもないよ」と言ってごまかした。
こうして仲良く、二人の今日が始まった。




