第393話 鬼退治3
愛衣の余力は今現在に至ってもほぼ満タン。
竜力も使っていないし、気力の減った分はあと一秒もしないうちに回復するだろう。
だがこれより挑むは、千の腕をもつ黒鬼。
《徒手万装》で武器は無限に増やせるが、あちらのように千本を自由に操れるほど器用ではないし、頭も足りない。
となると、どうするかはおのずと決まってくる。
黒鬼は愛衣の耐久力を破るほどの膂力を持ってはいるが、力も耐久力も速さもこちらが上。
一方あちらは愛衣の勝っている点を圧倒的な物量で穴埋めし、本気でやっても突き崩せない──というより押される程にまでなっている。
つまり質の愛衣と、量の黒鬼との戦いになってくるのだ。ならば質をさらに上げるしかない。
「ふー────」
愛衣は体に溜まった熱を外に排出するかのように、長く息を吐き出してまた吸いなおす。
黒鬼は余裕からか、愛衣から来るのを待っていた。いくらでも返り討ちにしてやるとばかりに笑みを浮かべて。
「けっこう強くなったと思ってたんだけど、まさか一対一だと勝負を決めきれない奴がいるなんてね。思いもよらなかったよ。
でもさ──今までの私が全力だったなんて思わないでよね」
「……ウガ?」
愛衣は《身体強化》をしながら更に更に気力を体中に駆け巡らせる。
今まで燃費が悪くなるからと、回復量と消費がちょうどいい塩梅の《身体強化 Lv.14》で止めていたのを止め、リミッターを完全に排除する。
《スキル 身体強化 Lv.15 を取得しました。》
《スキル 身体強化 Lv.16 を取得しました。》
《スキル 身体強化 Lv.17 を取得しました。》
《スキル 身体強化 Lv.18 を取得しました。》
《スキル 身体強化 Lv.19 を取得しました。》
《スキル 身体強化 Lv.20 を取得しました。》
《称号『剛毅なる到達者』を取得しました。》
《武帝 より 豪傑なる武帝 にクラスチェンジしました。》
《スキル 気力超収束砲 Lv.15 を取得しました。》
(何だか知んないけどラッキー。そんじゃあ、さっそく使わせてもらいましょうかね!)
本当は手の平からなどでもいいのだが、愛衣はジャンヌがやっている収束砲しか頭になく、口を大きく開いた。
そして気力を口元に集めていき、収束収束また収束。口の中に溜まったエネルギーを一気に撃ち放つ。
「ウガッ!」
突然口からエネルギー砲を撃ち出してきた事に目を剥くが、それでも冷静に《刃流し》を使って流そうとする。
最初は触れた端から消し飛ばされていくが、それでも何本もの腕を犠牲にすれば少しずつ軌道はずれていき、おおよそ三百本ほどの腕を犠牲に明後日の方角へ逸らすことに成功した。
「あれでも逸らすんだ……。結構消耗激しいから、私でも間を置かなきゃ辛いってのに」
「ウガアーー!」
犠牲になった腕たちは直ぐに復活。
どうやらスキルで構成された方の腕たちは、エネルギー切れを起こすまで無限に再生できるらしい。
そして今の攻撃で愛衣への危険度を上方修正した黒鬼は、地面を滑る様な歩法で迫ってきた。
遠距離よりも近距離の方が、黒鬼にとっては分があると思ったからだ。
「いーよ。やったろーじゃん! 元々遠距離でどうにかなる相手でもないしね!」
千本の刃が津波のように押し迫ってくる。
それを愛衣は限界まで強化された身体能力で、軍荼利明王と共に弾き返していく。
「何その攻撃! そんなに軽かったっけっ?」
「ウガーーー!」
腕を振る毎に足を動かすごとに身体強化に使った分だけ気力がガンガン減っていく。
回復量を上回っているので、無限に続けることは出来そうにない。
だがそのおかげで向こうの膂力は変わらずとも、前より軽く弾いただけで押し返せていた。
そして弾いたり避けたりすると直ぐにやってくる《後追い刃》も、どういうものなのか解っていると言うのも大きいが、それ以上にそこで生まれた余裕のおかげで対処する事が出来た。
直ぐにすり潰せると思っていた小さな人間相手に、自分が傷を負わせられていない事に段々と腹が立ってくる。
俺はさっきよりも強くなったはずだろう。なのに何故と言う風に。
だが今の状況は愛衣はこちらの攻撃をしのぐのが精いっぱいで、攻撃に転じてくる様子が無いという事に今更ながら気が付いた。
なら今やっている《耐呼吸》で、耐久と魔法抵抗を上げる必要などない。
全て力でねじ伏せればいいではないかと、三つ目の呼吸法《力呼吸》へと息遣いを変えていく。
「──ぐっ。急にっ──おも──くなった! このおっ!!」
「ウガアアアアアアア!!」
一撃一撃の重みが一気に増していき、軽く弾けばいい程度に収まらなくなった。
その為、千本の刃相手全てに本気で弾かなければいけなくなり、余裕が消えていく。
そしてその消えていく余裕に比例するように、ジワジワと《後追い刃》が愛衣の鎧に傷を付けていく。
何せ《後追い刃》のせいで、実質相手にしなければいけないのは千の刃の倍の二千。
そんなもの、余裕が無ければとてもじゃないが相手にできない。
さらにドンドンと黒鬼は森との親和性を高めていき、消費したエネルギーが回復していくは、全能力が強化されていくはで手が付けられない。
「──あっ!?」
そして二千相手に奮闘していたものの、少しのミスが積み重なっていき、愛衣が避け損ねてしまう。
それは容赦なく袈裟がけに通っていき、鎧を切り裂き皮膚に触れていく。
鎧は《徒手万装》で三重にしていたので、体へのダメージは薄皮一枚程度で済んだ。
けれど鎧は前がパックリと開いてしまい、再び《徒手万装》を重ねて無理やり繋げて着直した。
その際に竜郎から安否確認が来たが、大丈夫と言って直ぐに止まってはくれない刀の方へと意識を戻す。
鎧はもうダメらしく、黒い気力を噴出しなくなり、防御性能はそのままだが、特殊能力は失われてしまった。
だが今はそれどころじゃないと、あらゆる武器を軍荼利明王と共にふるって耐え抜いていく。
けれどその間にも小さな怪我が愛衣自身にも増えていく。
(たつろー。まじでヤバい。早めにお願いね──)
実際にこれを伝えてしまってはプレッシャーになると思ったので、愛衣は心の中でだけで語りかけ、黒鬼との勝負に没頭していくのであった。
一方、竜郎は愛衣の様子も確認しながら、必死に黒鬼も観察していく。
そして頭を回転させていき、今までの行動も思い返して突破口を模索する。
(一番楽なのは《レベルイーター》でのスキルレベル吸収。だがこれをするには、俺がアイツに近づかないといけない。
愛衣に余裕があるなら頼めるが、今の状況を見るに俺を守りながらなんて不可能だ。
もう少し範囲が広くなれば使いやすいのに……。
次に俺の手札で考えるとすると、思いつくのは自己世界の創造か。
それが効果的ならいいが、アイツに使うとなるとな……)
世界創造は魔法ではないとは思うのだが、ほぼ魔法と言っていいほど非常に魔法に近い部分がある。
それは魔法抵抗力が異常に高かったアーレンフリートにやった時に、良く解った。
魔法スキルを覚えていった先に覚えたスキルでもあるし、黒鬼の《魔法斬殺》が適応されてしまうかもしれない。
発動するだけで膨大なエネルギーを消費すると言うのに、失敗したら傷口に塩をぬりこむことに等しい。
なのでやるにしても、何の方策も思いつかずにやけっぱちになった時。一か八かの手段としておく。
(魔法とはまったく違うものというのなら、それで余裕で勝てそうだったんだが。
近いだけで魔法でないと言う可能性も無きにしも非ずだが……今、賭けをするのはな……。
──ん? 近いだけで魔法でない?)
竜郎の脳裏に何かが引っ掛かった。そして目線が愛衣の方へと向く。
(そう言えば確か前にリアが……)
『愛衣。ユスティーナの雷嵐を使ってみてくれ!』
『ん、りょーかい!』
送られてきた念話に竜郎が何か思いついたのだと、愛衣は疑問も持たずに行動に移す。
今手に持っているのは宝石剣と、ちょうど都合よく天装の槍ユスティーナ。
纏は強力だが範囲が狭いので、今は少しでも手数を増やすために獅子と虎の爪やら牙やらを借りていた為だ。
愛衣はユスティーナの特殊能力を起動するために、念じながら気力をガンガン込めていく。
すると三つ又の槍先から雷嵐が生じ始め、その兆候を感じ取った黒鬼が《魔法斬殺》を発動しながら止めさせようとする。
「ああ、なるほど。そういえば前にリアちゃんが、魔法みたいだけど違うみたいな事をダンジョンで言ってたっけ。
ダメかと思って使ってなかったよ──ならっ!」
「ウゴッ!?」
雷嵐が強くなっていき、鎧に焦げ跡が付いていく。強風により腕を振るスピードも落ち、力任せに使うため刀を振るう技術も疎かになってくる。
それだけで格段に愛衣は楽になる。とはいえ、身体強化をマックスで使っている状態で、この規模の雷嵐を維持していたらあっという間にガス欠だ。
愛衣は天装シリーズは軍荼利明王に持たせ、自分はタイミングを見計らって発動させることにする。
一時的に雷嵐を止ませ、また黒鬼が勢い付きそうな所で再び吹かせ、ハンマーの天装カチカチ君で弾いた刀を少し凍らせて重くしていく。
斧の天装ガブソンの吸引力をこまめに使って、腕を吸いこんだり急に止めたりと緩急を付けて黒鬼の腕の動きを邪魔していく。
「これなら前より楽になったかな。でも、これだけだと決められないかな」
そんな感想を抱いたのは竜郎も同じ。そしてそれで決められるとも思っていない。
今回の愛衣への指示は、魔法の様で魔法でない事象は殺せないという事を確かめるためだ。
それで愛衣の戦術の幅も広がり、鎧や体に負う傷もほとんど無くなったようで竜郎は少し安心感も得た。
「リア。聞こえているか?」
「ええ。大丈夫です。それで、私たちはどうすれば?」
「まず、リアにはアレの使用準備をしてほしい」
「アレ……って、もしかしてアレですか?」
「ああ。それでだな────」
そうして竜郎は愛衣へと念話も送りながら、いよいよ鬼退治の決着へと乗り出していくのであった。




