第392話 鬼退治2
左半身を凍りつかせ、右足で地面を蹴って後退する八腕黒鬼。
右の四腕で左半身の氷を《魔法斬殺》して消し去るが、その頃には竜郎の万を超えるレーザーが解き放たれていた。
上下左右球状に取り囲む様にレーザーが雨霰と射出されていく。
それは速度を上げたからと言って、どうにかなる量ではなかった。
なので八腕黒鬼はあちこちに傷を負いながらも何とか呼吸法を変えて、《耐呼吸》へと切り替える。
「ウガッ」
「は?」
竜郎の魔法は一つ一つ小さくとも光、突、射で強化し、火に雷に爆発まで付けた高威力レーザーだ。
だと言うのに、その魔法は全て鎧に阻まれ傷をつける事が出来なくなった。
「速度を上げるのは止めて、防御型の呼吸法に変えたようです。
先ほどまでの異様な速度は無くなりましたが、その代わりあのレベルの魔法でも耐えられるようになってしまったようです」
「……まじかよ。強化率が半端ないな、その呼吸のスキル」
「あー、たつろーのレーザーに密かに混ぜてた私の攻撃も効いてないっポイね。だめだこりゃ」
攻撃の速さを求めていた今までの攻撃では歯が立たず、今度は威力を求めた攻撃をしなくてはいけないという事だ。
しかも先より速くないと言うだけで、素の速度が落ちたわけでもない。
「うーん。それじゃあ私が速度で翻弄して足止めするから、たつろーが止めを刺すってのはどう?」
「天照と月読が今の状態だと、俺は前に出られないからな……。美味しい所取りみたいですまないが頼めるか?」
「うん。任せてよ」
「でも危険そうなら、ちゃんと逃げてくれよ?」
「解ってるよ。そんときゃ皆でとんずらだい」
愛衣がおどけた笑顔で右手親指を立てて後方へと向けた。
そんな会話を離れた場所で聞いていたリアが、音波スピーカーで話しかけてくる。
「ふふっ。私は常にお二人の小さな話し声でも聞こえる様にしておくので、こちらでやってほしい事が有ったら小声でいいので呟いてみてください。
もちろん逃げ出す準備もしておきますから」
「ああ、その時は頼む」
リアを含め、カルディナ達に手伝ってほしい事があれば、いちいち大声を上げなくても伝わると言う。
確かに、いざという時のアシストなら頼めるかもしれない。
「んじゃま、行きますか」
愛衣が回復のために竜郎と繋いでいた手を離し、再び《徒手万装》で全身から武器を生やし、軍荼利明王の手にも色々持たせていく。それと同時に《砲刃矢石》での強化もちゃんと感じ取る。
愛衣は竜郎を直ぐに守りに行けるように気を付けながら位置取ると、八腕黒鬼の元へ駆けていく。
「行って!」
まずは小手調べとばかりに全身に生やした武装から気獣技を撃ち放つ。
竜や獅子、虎、猪、蛇、鳥、魚、牛、狼、鰐、猿、像などなど、盾術の亀以外の全気獣が何匹も何匹も出てきて八腕黒鬼へと飛びかかっていく。
「ウガアアッ!」
上等だと言わんばかりに吠えた八腕黒鬼は、自分からその気獣の群れに突っ込んでいく。
流石に自分から来るだけはあり気獣達の攻撃を切り裂き、いなして次々と消し飛ばす。
だがそれは愛衣にとっては囮としての役割しかない。
気にすることも無く、自身は体と剣と弓に纏を纏い、動物パニックの中へと乱入していく。
それに気が付いた八腕黒鬼も気獣達に鎧を噛みつかれながらも、出来るだけ無視して刀を向けてくる。
「私だけに六本? そりゃ光栄だけど──それで足りるかな?
気獣はもっと追加するからね!」
どうやら二本は他全気獣に当てて、もう六本の刀で愛衣とやりあうつもりらしい。
だが八本でやっと愛衣と切り結べていたのに、速度を上げているわけでもない今、勝負になるとは思えない。
だがダメ押しとばかりにさらに大量の気獣達を体中の武器から放ち、追い詰めていく。
「ほらほらっ! 遅いよ! こっちも、がらっ──空きだ!」
「ブゴッ──」
宝石剣を握っていた右手で、ふくらはぎの筋肉と骨の間に正拳突き。
足の鎧は纏の拳に抵抗して見せたが、無理やり透過して押し通した。
だが皮膚を貫通して怪我を負わすと刀を生やしてくるので、あくまで打撃。内部の肉を思い切り拳で叩いた。
握った拳を直ぐに引き戻し、今度は纏の剣を振り上げて上から迫って来る刀を弾き返して、再び筋肉と骨の間に拳打を浴びせようとする。
だが地面を滑る様な剣道の足さばきで、さっと逃げられた。
愛衣は人間だと相当痛い場所だと思ってやったのだが、やはり魔物でも痛いらしい。
若干脂汗を顔から流して、ものすごい形相で愛衣を睨んでいた。
「おっと、私に釘づけみたいだね。モテる女は辛いなあ。
それじゃあ、もっと夢中になって貰うよ! みんなー突撃ー!」
「ウガアアアアアアア!」
愛衣は気獣達を放出しまくり、それを率いながら八腕黒鬼の元へと飛び込んでいく。
気獣達に暴れまわって貰い、自分は鎧を纏ですり抜けた打撃中心に叩き込もうとする。
向こうはそうはさせじと地面をすり足で移動し、間合いを取りながらキッチリと気獣を減らしつつ、愛衣への攻撃も忘れない。
だがその全てを躱され弾かれ、少しでも足を止めたり隙が出来ようものなら、ふくらはぎ、みぞおち、こめかみ、わき腹、鼻の下、八本ある腕のファニーボーンなどなどチクチクチクチク自分がやられて嫌な所を執拗に殴り続ける。
体の機能としてのダメージはほぼ無いのに、地味に痛い攻撃にイライラが募り、全部を無視して立ち止まり、怒りのままに威力の強い攻撃をしようとする。
「ヴアァッ!?」
だがそうすると何処からともなく頭の角に雷が降り注ぎ、頭をガツンとしびれさせる。そして動きが鈍れば愛衣の嫌がらせ攻撃。
このまま精神を疲弊をさせて、大きな隙を作ろうと二人は奔走する。
八腕黒鬼は顔中に青筋を立てながらも、必死に理性は手放さずにあからさまな隙は見せてくれない。
しかも少しずつこちらの動きに慣れてきたのか、愛衣の攻撃が当たる既の所でずらしたり、竜郎の転移雷を《魔法斬殺》で消したりという事も多くなってきた。
向こうも戦闘の中で成長しているのがうかがえる。
さらに竜郎は、もう一つ気になる事もあった。
『うーん……これは作戦変更した方がいいかもしれないな。向こうの体力切れってのも無さそうだし』
『だね。ここまで忍耐強い奴だとは思わなかったよ。さすが伊達に武士みたいな恰好はしてないね』
『恰好が影響しているのかは置いておくとしてもだ。
なんだかさっきから首を微かにひねったり、舌打ちしたりして、最初は悔しいからかとも思っていたんだが、どうやら何かをしようとしているのに出来ない……みたいな感じに見えてくるんだが、どう思う?』
『あー。何かたまに近くにいるとぞわっとする時があったけど、もしかしてそれかな』
『俺の精霊眼でも、何か新しいスキルの予兆とでも言えばいいのか。
小さな色が出てきそうな、そんな違和感がある。
どんなのかは知らないが、何かを狙っていると考えた方がいいかもしれない』
『これ以上やっかいになられるのは嫌だなあ──っと、また避けられた。
そもそも攻撃が読まれてきてるし、この作戦はダメっぽいよ』
今まで自分の攻撃が、これほど避けられた事があっただろうかと言う程、的確に愛衣の攻撃が読まれ躱されるようになってきた。
もともと器用な魔物だと思ってはいたが、周囲の気獣達を相手にしながらそれをやってのけているというのを鑑みると、もしかしたら今までのどの魔物よりも手強いかもしれない。
そんな事を考えながら新たに振り下ろされてきた刀の切っ先を、半ば無意識的に右へ払った──次の瞬間。不意に剣先がぶれた気がした。
《危機感知》が今までにないほど強く反応。愛衣は反射的に右半身をのけぞらせた。
すると目の前を弾いたはずの刃が通過し、避けた際になびいた前髪の先がスパッと切れた。
「なんでっ──」
弾いた刃はちゃんと弾かれた方角へと逸らされている。
にもかかわらず愛衣の右半身が動く前にあった地面には、深々と巨大で鋭利な刃物で切った跡が刻まれていた。
「《後追い刃》という新しいスキルです! 避けたり弾いたりしても、時間差でもう一つ全く同じ威力の気力の刃が飛んできます!」
「──っ──ふっ」
「愛衣!」
リアが可聴域を限定した音波を愛衣へと送って、今あった現象を知らせていく。それで愛衣も、どういうものかは理解した。
だがそれに感謝の言葉を返す暇すらない程に、手数が倍増し気獣達も蹴散らされ、愛衣には余裕がなくなった。
竜郎は何とか動きを止めようと魔法を放つが、先ほどまでの経験の蓄積により、転移する瞬間のわずかな空間のゆがみに反応するようになり、また《後追い刃》にも《魔法斬殺》を適応できるらしく、ほとんど魔法が発動しきる前に潰される。
「くそっ。どうしたら──」
「兄さん、姉さんっ! また新しいスキルが──」
「はあっ!?」「えぇ!?」
このクソ忙しい中で、何をまた面倒事を増やしてくれてんだと二人で理不尽な怒りを抱いている中、八腕黒鬼はハッキリと口元に笑みを浮かべた。
そして最早勝負は決まったかのような、見下す目を愛衣に送った。
「ウガッ──ガアアアアアアアアアアッ!!」
「────っ!?」
愛衣は危機感知にしたがって、急いで八腕黒鬼から距離を取る。
そして愛衣のいた場所を大量の何かが埋め尽くし、そこにいた気獣達は全て消されてしまった。
「あれは……腕……なの?」
地面に叩き付けられたのは、大量の刀。
そして八腕黒鬼をみれば、腕腕腕腕腕──と上半身のいたる場所から腕が生え、さらにその腕から木の枝のように腕が生えていき、ぱっと見ただけでは大樹かと見紛うほどである。
そしてその手全てには腕の大きさに合わせた刀が握られていた。
元の腕と合わせると、その数、実に千本。
「えぇ……。ちょっと数が多すぎじゃあ……わりと本気でどうしよっか」
こんなものを引き連れて下がれば、竜郎を守りきる自信が無い。
悩んでいる間にもニヤニヤと笑う八腕黒鬼の、千本の刃全てが愛衣へと向けられる。
『たつろー。私が時間稼ぎするからさ。攻略法を考えて』
『考えてって、そんな無理しなくても逃げれば──』
『無理だよ。転移する前に斬られるよ。魔法と私たちがね。だから頼んだよ!』
『大丈夫なんだな?』
『まあ、多分。無傷ってのは難しいだろうけど、死にはしないと思う。ほっといても勝手に治る体質だけど、たつろーが後で傷は治してね』
『──ぐっ。……………………解った。だが自分の身を最優先にしてくれ』
無傷では済まないと言う言葉に、竜郎は血が出るほど唇を噛みしめた。
だが現状は生き残ることが最優先であり、どんな傷を負おうとも治せる竜郎がいれば大抵はどうとでもなる。
だが竜郎がいなくなれば、奈々や月読など強力な生魔法が使える者も構成魔力が尽きれば消えてしまう。
ならば対応が出来て、最小限の負傷で済ませられる愛衣に任せるしかない。
竜郎は自分が代わってやれない事が、なによりも情けなかった。
そんな竜郎の気持ちが痛いほどに伝わってきて、愛衣は心が温かくなるのを感じて笑みが浮かぶ。
『だいじょーぶ、絶対に後ろには通さないから。それに死んだりもしないよ。
竜郎ともっと一緒にいたいから、こんなとこで、しかもあんな奴に殺されるわけにはいかないんだから』
その言葉に竜郎の心にも火が灯る。
大好きな人にここまで言わせて、何もできない男なんて彼女に自分が釣り合わない。
だから竜郎はいつものように彼女を信じた。
『直ぐだ。本当に直ぐにソイツを倒す方法を考えて見せる。だから──頼んだ』
『あいあいっ。まかしんしゃい!』
そして彼女もまた、彼を心の底から信じきり、千本の刀の海に立ち向かっていくのであった。




