第391話 鬼退治1
何もあちらの攻撃を待ってあげる必要もない。
軽く調べた限りでは竜郎がレベルイーターを黒渦に使った時にあったような、こちらのエネルギーを吸収するような効果のスキルもなさそうだ。
それなら遠慮はいらないと、竜郎も愛衣も攻撃態勢に移っていく。
「消し飛べ──」
竜郎は右の竜腕の八本指を開きながら、その指先と手の平の計九つの転移穴を生み出し、八腕黒鬼の周囲の空間へと繋げる。
そして炎嵐奏竜の息吹き。光雷の息吹き。光氷の息吹き。光氷の息吹き。加重の息吹き。粘着質な熱湯の放水。耐久と魔法抵抗極大降下の呪の息吹き。
極限まで硬く鋭くした闇土突魔法の棘と、硬く鋭利にした闇土斬魔法の刃を風射魔法での放射。
皮膚に張り付くと根を張り、気力や魔力を吸い取る植物を撒く。
──を、それぞれの転移穴へと送り込んで全方位から魔法を叩き込む。
「くらえーーー!」
愛衣は軍荼利明王を構えて、八本のアームから出る槍の気力も加えた極大矢を生み出すと、それに本来なら対象の装備品にしか適応できないはずの《溜め突き》《硬質突破》《急加速》の効果を合わせて使う。
さらに《一発多貫》もオマケに付けて、全く同じ威力の計八本の極大気力弓矢を射出。
射出後も《錯視》で実像と虚像を織り交ぜ、《隠密迷彩》で何本かを不可視にし、《軌道修正》で八方向からバラバラに刺さるように方向も変える。
少々もったいないが、素材も残さないつもりで竜郎も愛衣も手抜きなしの全力全開。
どんなに強かろうとも、動き出す前に殺ってしまえばどうというものでもない。
八腕黒鬼は周囲にサッと目を向ける。前後左右どころか、上下からも攻撃が来るのを理解した。それと同時に躱せるような隙間が無い事も。
八腕黒鬼はそのコンマにも満たない間に冷静に状況を把握し、集中するかのように小さく息を吐いた。
そして気合一閃、八本の腕を振るう。
「────ウガアッ!!」
まるでそれぞれが別の生き物のように高速で動き、周囲に八本の刀を振り回す。
すると──。
「──は?」
「な……に、今の?」
「ウガァ」
竜郎は八腕黒鬼が死に絶えるまで魔法を維持するつもりだった。
だと言うのに、竜郎の全ての魔法が斬られて消えた。
それはただ切ったのではない。魔法の構成そのものを切り裂いて、霧散させたのだ。
そしてその光景に驚き弓矢の制御が疎かになるやいなや、刀を上手く使って後ろへと受け流して見せた。
「今のは《魔法斬殺》と《刃流し》というスキルのようです。
前者は有形無形関わらず、魔法に対して斬ると言う動作をすると強制中断させられる様です。
また後者は盾術の派生スキル《受け流し》を剣で再現し、武術職の攻撃を逸らせて躱すスキルですね」
リアが後方から観察した情報を、機体内部から可聴域を限定した音波スピーカーで知らせてくれた。
「《魔法斬殺》……? また面倒な……。
例えるなら、水を斬ったら蛇口から流れる水まで止まる──みたいなもんじゃないか」
「見た目的に魔法が弱い奴かと思ったんだけど、そう上手くはいかないみたいだね」
とはいえ完全に無傷だったわけではない。
魔法を斬る前に一瞬とはいえ竜郎の魔法を浴びているので、鎧は所々が欠損しており、中の肉体にも確実にダメージを与えていた。
さらに呪魔法による耐久、魔法抵抗降下もしっかりと掛かってくれている。
そして愛衣の八本の弓矢も、途中で制御を手放したとはいえ《隠密迷彩》によって透明化していた三本には反応が遅れていたようだ。
一本は左肩に刺さり、残り二本も左太ももと右わき腹辺りを掠めて鎧の一部を削り取っていた。
自己再生のような肉体回復能力は無いが鎧だけは再生できるようで、怪我を覆い隠すかのように修復されていった。
そちらをまずは優先しているようで、こちらからの攻撃を警戒しながらもジッと大人しくしている。
それならそれで都合がいいと、二人は手を繋いで今消費した分を急速回復していく。
「呪魔法が効いて攻撃が通りやすくなっている今がチャンスだ。一気にたたみかけよう」
「確かに《魔法斬殺》とか《刃流し》とかあって単体の攻撃には強そうだけど、対応できないくらい大量の攻撃なら捌ききれずに当たってるしね。
回復もし終わったし、第二波いっとく?」
「技を圧倒的な量で押し潰す。解りやすくていいな」
「腕が八本しかない事を後悔させてあげるんだから!」
「────ウガ」
竜郎と愛衣が何やら動き出しそうなのを感じ取り、鎧の再生もあと少しという所で八本の腕を扇のように縦に広げて肘を曲げ、刀の切っ先を全てこちらに向けてきた。
竜郎と愛衣は何かする気だと慌てて練っている途中の攻撃を発動させた。
すると先と同様に空間に穴が空いて、八腕黒鬼の周囲の空間と繋がる。
そこへ竜郎は攻撃魔法をこれでもかと放り込んで、全方位攻撃を浴びせかけ──ようとした。
「ウガアアアアッ!」
「────!?」「ちょいやー!」
だが八腕黒鬼は自分の前方にある魔法だけを《魔法斬殺》で切り裂いて道を作ると、音速すら超えた速度で八本刀での突きを竜郎へと放ってきた。
竜郎は一切反応できずに目を見開くことしかできなかったが、愛衣がちゃんと気付いて前に飛び出し対処してくれた。
軍荼利明王の八本の手に《徒手万装》の盾を持たせ、それでもって先の意趣返しのように《受け流し》。
一番前に突き出された刀に限って《受け流し》できるタイミングより一歩先に飛び出してきていたので、それだけは自分の手に握った宝石剣を上から下に叩き付ける様にしてぶつける。
七本の刃の切っ先は四方にそれていき、直接叩いた一本も地面へ深々と突き刺さる。
「くらえ!」
「──ガッ」
そうして前のめりに八腕黒鬼の態勢が崩れた所で、竜郎が一センチも無い小さな黒球をいくつもばら撒くように射魔法で撃ちだし、愛衣を連れて後方へ転移。
八腕黒鬼はそれが危険な物だと解ったようで、慌てて地面に刺さった一本を引き抜きながら、明後日の方角に逸らされていた七本の切っ先で小さな黒球を《魔法斬殺》で消し去ろうと試みる。
だが数も多く、その上嫌がらせのように小さな球体ゆえに数十個中三つだけ斬り損ねてしまう。
その黒球が八腕黒鬼に触れた瞬間、三つの黒球が連鎖するかのように極少範囲の極大爆発。
パンッと風船が割れる程度の音しかしないが、威力は恐ろしく容易く鎧の内側まで吹き飛ばしていく。
結果、八腕黒鬼は左腕の内一本の上腕が大きく抉れて千切れかけ、この森の力で自然回復力も上がっているとはいえ数時間は使用不能。
右の脇腹は大きく削られ、臓腑が飛び出し漆黒の血がドクドクと零れている。
右腕のうち一本の手首から上が全部吹き飛ばされ、そこでは剣が握れなくなる。
竜郎からしたらもう少しいけると思っていたようだが、それでも上々の出来であると言えよう。
「やっぱりさばききれない程沢山の攻撃をすれば、ダメージは与えられるな」
「でも致命傷にはならないから、チマチマとした戦いになりそう」
「ここじゃなきゃ、もっと派手にやっても良かったんだけどなあ──ん?」
さて次はどうやって追い詰めようかと話し合っていると、痛みをこらえるように抉れた腹を押さえていたのだが、不意に何か見たことのないスキルを使う気配が竜郎の精霊眼に映る。
すると体内から──もっと言えば傷口から日本刀のような刃が飛び出してきた。
千切れそうな左腕が勝手に千切れ飛び、そこから。
手を無くした右腕は手首から生えるように。
抉れた横腹からは小さな刃がびっしりと生えてきて、傷口を埋めるかのように補強されていた。
「回復スキルは無いが、刀を体内で造りだして傷を埋める事が出来るみたいだな」
「あのお腹で擦られたら、ぐちゃぐちゃに切り裂かれそうだね……」
「上腕と手首から生えてきた刀も相当な業物だろうな。
愛衣が叩き付けても、へし折れなかったあの刀と同じ材質っぽいぞ」
解魔法で調べた結果、あの横腹を覆うようにちょこちょこ生えている小さな刀一本一本に至るまで、頑丈で切れ味抜群だと解った。
しかもそこでも《魔法斬殺》などのスキルを使えるようで、その横腹に攻撃しても魔法は消されてしまう可能性が高い。
「カルディナの刃断防御みたいなものか。黒鬼のは任意発動型みたいだから、意表を突けばいけそうではあるが……」
「細かく傷を負わせるのも危ないかもね。下手したら全身あの刀だらけになっちゃうかもだし」
「チマチマダメージ作戦は止めた方がいいか。さすがにアイツの首を落とせば死ぬだろうし」
「その認識で合ってますよ兄さん」
少し離れた場所から機体内部より竜郎と愛衣の声を拾っていたリアが、魔物を刺激しない様に二人がいる範囲だけに聞こえるように調整した音波ボイスを浴びせてきた。
何度かこの森での散策中でも、この方法で機体内のリアと会話したことがあるので、いきなり話しかけられても驚いた様子も無く平然とその言葉を受け取る。
「だってさ。んじゃあ、そう言う方向で行くか」
「──今、向こうがスキルを使っているのは御存じですかっ?
呼吸法を変える事で強化するスキル、《力呼吸》《耐呼吸》《速呼吸》というもののうち、《速呼吸》を始めてます!」
「いつの間に!」「え!?」
ただ機をうかがっているだけかと思っていたのだが、そうではないらしい。
精霊眼で何かしらのスキルを使う時の予兆を観る時は、魔力や気力などの色に揺らぎが生じ、使うスキルの色が明るくなったり──というのを気にしていると解る様になる。
けれどこの呼吸系スキルは、パッと見解らないくらいに微妙な変化しかしておらず、リアに言われなければ気が付かなかったほどだ。
慌てて阻止するために行動しようとすると、時既に遅かった。
「────ウガアアアアッ!」
「──ふっ!!」
先ほどまででも十分速かったのに、さらにそれを容易く超えての八本突き。
今回は愛衣でも完璧に逸らせるレベルじゃない。
身体強化を促して、極限まで高められたスピードでもって軍荼利明王に持たせた武器と、両手に持つ宝石剣と天装槍ユスティーナで弾こうとする。
一本を弾き、二本、三本と突きを弾いていると、八腕黒鬼はさらに加速。
速度の落差に一瞬見失いかけた瞬間、四本目の突きでフェイントをかけ竜郎の横に移動。
残り四本の刃を竜郎へ向かって横へ薙ぐように振りぬいてきた。
しかし竜郎の動体視力ではまるで追い切れておらず、完全に蚊帳の外。
何をしたら愛衣の邪魔にならないのかの判断すらつけられていない。
(──まずっ)
その言葉が脳裏に過ったのは、竜郎ではなく愛衣。竜郎は攻撃がきている事にもまだ気が付けていない。
何せここまででも、まだ一秒の半分も経っていないのだから。
愛衣はこのままでは間に合わないと、獣術の派生スキル《急加速》を発動。
無理やり八腕黒鬼の正面に立ち、全力で四本の薙ぎ払いを槍と剣で弾き、お返しとばかりに軍荼利明王に弓を引かせて《一発多貫》で手数も増やし矢を放つ。
だが八腕黒鬼は弾かれていない二本の刀で受け流し、残り二本で竜郎を狙った斬撃を立て続けに放つ。
「ふざっけんなーー!!」
「ウガアアアッ!!」
執拗に反応できていない竜郎を狙って攻撃してくることに愛衣はブチ切れ。
自分の攻撃に対処してくる奴より前に、厄介な魔法使いを殺そうとしているのに邪魔をしてくることに八腕黒鬼もブチ切れ。
竜郎を中心にしてグルグルと一人と一体で駆け回る。
愛衣は《徒手万装》で体中から武器を生やして気獣技発動。同時に《砲刃矢石》効果でステータス上昇。
目も慣れてきて、急加速なしでも八腕黒鬼の切り返しに十分反応できるようになった。
八腕黒鬼は速さだけで押し切る事は不可能だと悟ったのか、緩急をつけて時に引き、時に躊躇なく前に出るなど様々な動きを取り入れ、技術もふんだんに使って愛衣の猛攻を刃で流していく。
『たつろー、魔法の準備! 右側に4、3、2、1──今!』
「はあっ!!」
愛衣が送ってきた念話のままに竜郎は天照がくっ付いた右手を突きだし、光魔法でブーストした氷嵐の息吹きを撃ち放つ。
するとちょうどそこへ愛衣の攻撃によって吹っ飛ばされて、吸い込まれるかのように八腕黒鬼がやってくる。
体勢を崩していると言うのもあり、魔法斬殺が一歩間に合わない。
強制終了される前に左半身が広範囲に渡って凍りつき、目に見えて動きが鈍る。
「「今だ!」」
この好機を逃さないよう、二人は息を合わせて攻撃を繰り出していくのであった。




