第390話 異様な黒渦
竜郎のあの行動が、まさか自分たちに関わってきていたなどとは想像もしていない一行は、迂回ルートを進んでいた。
「それにしても、転移魔法にあんな裏技があったなんて知らなかったよ」
「完全に思い付きだったんだが、上手くいって良かった。これで愛衣ご所望のパンダちゃんも作れるかもしれないぞ」
「パンダちゃん!」
「せっかくの金水晶のデフルスタルを愛玩動物にですか……。贅沢ですね……」
ともすれば相当な戦力になりそうな上に、素材としても宝飾品としても最上位の金水晶を持つ熊を、わざわざパンダにしようとしているのだから、リアでなくても突っ込みを入れていただろう。
「でも金熊はいないみたいだったっすけど、もしかしてとーさん達が倒した奴が最後の一匹……なんて事は無いっすかね」
「そうしたら金熊は全滅ですの」
「まあ、この広い森の中に集落はまだあるかもしれないし、そう考えると俺達が遭遇したやつとは関係ない所だったかもしれないぞ。
大丈夫大丈夫」
「そっか。それもそうだよね。この広い森で私たちが戦った、たった一匹のクマゴローの集落だったって言うのも結構な確率かもしんないしね」
深く考えても答えなど見つからないのだからと、この話はここで打ち切ったのだった。
迂回ルートを進み、元の進路へと無事にたどり着く。
そこからの道のりは、シュベ太や清子さん、はたまたカンテラを持ったケラケラじいさんクラスの敵も現れることもなかった。
道中何度か雑魚に大勢囲まれて、カルディナ達が擦り傷程度の小さな怪我を負ったくらいで済んでいた。
そして現在。熊たちから魔卵を奪取してから一夜あけて、あと約二日と半日後には竜郎と愛衣がこちらの世界へと飛んでくる日時になる。
だが竜郎達も着実に進んでいたおかげで、なんとか今日明日中には最奥地にたどり着くことが出来そうだった。
「結局ここまでで解った事はと言えば、妙な黒渦がアムネリ大森林内に出没するようになっているという事くらいか。
魔竜も見かけないし、何かを見過ごしたか……?」
「うーん。このまま奥に行っても何もなかったら、今度は反対方向に抜ける感じで出て行ってみよっか」
「それがいいかもな。それにそれなら今度は段々と楽になっていく方角だし、心情的にももう少し明るい気分でいけるだろう」
「だねえ……」
そう言いながら苦い顔をし、二人で後から頑張って付いて来ている面々を振り返る。
目に映るのは重そうな足を動かし、ぼーっとした表情のカルディナ達一行。
リアにいたっては、ほぼ機体の中で眠っているような状態で、戦いのときだけ起きるといった風だった。
弱体化率も極まってきており、ジャンヌ三割。カルディナ、奈々、アテナ、天照、月読が二割。リアは一割。程度しか実力が発揮できない様になっていた。
特に魔力体生物組は、絶えず竜郎から魔力を受け取り常に満タン状態に維持しているにもかかわらず、雑魚相手にかすり傷を負った事にショックが隠せない様子で、体よりも心の負担の方が大きいようだ。
ところが打って変わって竜郎と愛衣。
この二人は称号効果のおかげでここまで何ともなく、むしろずっとこの森にいるせいか適応力も高まり、若干ではあるが強化されてきている節さえみえ始めていた。
だからこそ皆の状態が余計に心苦しくもあった。
今は終わりが見えてきたと言っても、まだ数時間は歩を進める必要がある。
このまま無事に危険も無く終わってくれと二人は祈るばかりである。
──が、そうもいかないらしい。
竜郎の探査魔法に黒渦の反応が引っ掛かった。
ここまでなら特に気にすることも無く、ちょっと寄って場所と状況を確認。
始末できそうなら始末する。大変そうなら一先ず放置。そしてまた進み始める──なんて風に深層ではしてきた。
けれど今回の反応は微妙に違ったのだ。
「今までのイモムー発生器……というか、魔物発生器か?
とにかく発生器と言うよりは、魔王鳥の時の方が近い様な気がする。
実際に魔物の排出はしていないみたいだし」
「それってつまり……魔王種みたいなのが出てくるかもしれないのが、ここにあるっていうことだよね?
──それってヤバくない?」
何でもない場所に出没した魔王鳥クラスの魔物。というだけなら、カルディナ達と共に力と数の暴力に訴えかけてボコボコにすることも出来ただろう。
もし現在地が森の外なら、そうでなくてもせめて中層くらいまでならここまで危機感を覚えなかっただろう。
だがここだと言うのが問題だ。
二人はまた後ろに振り返る。辛そうな皆が目に映る。
「ど、どうしよっか……?」
「行くしかない……だろうな。もしかしたらそれが俺達の探している原因なのかもしれないし、今ならまだ出来上がっていないんだから、黒渦の状態で対処できるかもしれない。
それなら戦いにならないで済むだろ?」
「そっか。わざわざ出来あがるまで呑気に待ってあげる必要もないもんね」
「となると急いだ方がいいかもな。皆、悪いがもう少し進む速度を上げるぞ」
カルディナ達はこの状態で魔王鳥のような魔物と戦うのは御免だと、竜郎の言葉に大きく頷いた。
方角的には今向かっている方角よりやや左にずれるだけなので、無駄足だったとしても進む距離に大した違いはない。
竜郎と愛衣を先頭に進む方角を修正し件の場所へ、面倒な物が産まれ出る前にと急いで向かった。
そこにはヤシの木の様な巨木が一本ドンと生えており、地面には透明な多肉植物が申し訳程度に生えているだけと、これまで通ってきた場所とそう大差ない環境だった。
そして目的の黒渦は、そのヤシモドキの右横に浮かんでいた。
周囲には不自然なほど魔物一匹存在していないが、その原因はその渦の近くに来てみれば明白だった。
「なんかこの状態ですでに威圧感が凄いんですけど……」
「けれど……今はまだ……魔物を産みだすために……エネルギーをかき集めている状態ですね。
今のうちに……エネルギーを奪っておけば、最悪生まれたとして……も、かなり弱体化させられるはずです」
リアが半分眠っている様なゆったりとした声で、《万象解識眼》で観た結果を伝えてくれた。
まだ形すらできていないのに、異様な力の威圧感がビシビシと伝わってくるコレが何なのかは解らないが、早く対処した方がいい事だけはわかる。
竜郎は急いで黒渦の近くに立って周辺警戒はカルディナと愛衣、そしてリアの乗る機体の索敵に任せて《レベルイーター》を発動させた。
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レベル:582
スキル:《魔物変換 Num-14.9999》
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(──はあっ!? ヤバいなこれは……早い所消さないと。
もし黒渦レベル=出てくる魔物のレベルだったとしたら、シャレじゃあ済まない。
それにしても今までのは《魔物生成》だったのが、今回は《魔物変換》か。
似たようなものだが少しずつ同じ魔物を生産するのと、魔物を一匹ドンと生産する違いなんだろうな。
あとは…………レベルが比べ物にならない程高いのは、まあ解っていた事だからいいとしてもだ。
気になるのは今までより桁番が小さい事と、小数点以下の値が大きい事だな……嫌な予感しかしない)
竜郎は緊張で高鳴る鼓動を生魔法で無理やり落ち着かせながら、できるだけ速くレベルを吸収する事だけに集中していく。
そして自分の頭に入ってくるレベルの情報が、240程まで下がった所で妙な違和感がし始めたことに気が付く。
(何だ? むず痒いと言うか、モゾモゾするというか……)
《レベルイーター》で吸っている時のつながりと言うのか、パスというのか。
とにかくそういった感じの所に今までにない感覚があり、どうにも気持ちが悪かった。
だがとにかく目の前の事を終わらせてしまおうと、特に問題も出ていないで無視することにした。
そしてレベルが150を切った時にそれは起きた。
(……ん? ────────ぬおっ!?)
大きな塊のようなエネルギーが自分の方へと向かって流れてきていたのだが、急に何かに堰き止められたかの様にピタリと流れが停止する。
かと思えば、それに何だと思う余裕すら無いままに、その流れが黒渦から竜郎──ではなく竜郎から黒渦へと逆流し始めたのだ。
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レベル:398
スキル:《魔物変換 Num-14β.7998》
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(──な!? 本当に戻ってやがる! 返せっ!!)
頭の中に浮かんでくる相手の情報を確かめてみれば、150以下まで落としていたはずのレベルが400近くまで回復していた。
その勢いたるや、このままボーとしていたら、こっちが吸い返されそうなほどである。
実際に吸い返されるかどうかは定かではないが、何もしないのが悪手なのは確かだ。
竜郎は愛衣へと念話を送りながら、奈々へと視線を送る。
『愛衣! 奈々にも、もう竜吸精を始めるように言ってくれ! 緊急事態だ!』
『解った!』
だが愛衣が声をかける前に竜郎の視線でどうしてほしいのか察しがついていた様で、奈々が竜郎の横にやってきて黒渦のエネルギーを吸い取っていく。
本来なら無理をさせない様に最後の止めだけを頼むつもりだったのだが、そうはいかなくなってしまった。
竜郎と奈々は無言で頷きあいながら、目の前の黒渦に集中し始めた。
(何回《レベルイーター》を使ってきたと思ってる。
ぽっと出の生物ですらない奴に後れを取るものかよ!)
もう何百と繰り返し発動してきたスキルという事もあり、竜郎の習熟度はかなり高い。
意志すらない物質が力任せに吸い返そうとしてこようとも、技術と年季の入り方が違う。
完璧に《レベルイーター》を制御し、相手の力を制限。逆にこちらの吸引力を増加させ、さらに奈々の竜吸精によって蓄えている力まで吸い取られていっている。
レベル吸収速度は最初のころより随分下降したが、着実にまた黒渦のレベルが下がり始めた。
しかしそれが330辺りを下回り始めた頃から、黒渦が形を取り始めた。
『たつろー! 魔物になろうとしてきてるよ! 早く離れて!』
『──くそ。もう少し吸っておきたかったが……タイムアップか』
どんな魔物が産まれるかもしれないのに、こんな至近距離に立っているなど危険すぎる。
竜郎はレベル302まで下がったのを確認したところで、諦めて口の中に出来あがった黒球を飲み込んだ。
「奈々っ下がるぞ!」
「了解ですの」
竜郎は奈々の腕を取り愛衣の横まで転移。そこからさらに黒渦から距離を取る。
カルディナ達は下がらせて完全に補助へと回って貰う。
いざと言う時にジャンヌと奈々はこの領域に影響を受けない《竜聖典》と《竜邪典》から出てくる悪魔や天使、邪竜などが使えるので、いざという時の為にも一番後方で待機していて貰う。
その間にも黒渦は新たな魔物になるべくグニャグニャと姿を変えていき、やがて完全にこの世に顕現した。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!!」
「うるせっ」「うっるさ」
それは頭に四本の角と八本の腕を持つ漆黒の鬼人だった。
身の丈は八メートル程。頭部以外の全身に真っ黒い日本式の鎧を身に纏い、八本の腕には巨大な日本刀がそれぞれに握られていた。
蛇のような金色の瞳。剥き出しの綺麗に揃った黒い牙。
鬼にしては体格比的に細身な気もするが、それは一切無駄のない筋肉で覆われているからに違いない。
一度大きく叫んだ後は、生まれたばかりの体を確かめるように八本の腕を軽く動かし素振りを始めた。
その動きは美しさすら感じるほどに極められた動きで、技術に速さと間違いなく達人級の剣の腕前だとうかがえた。
「あれは候補でも何でもない……れっきとした魔王種ですね……」
「あと三レベル下げられれば候補にまで落とせたかもしれないのに、タイミングの悪い」
レベル的には以前出会った魔王鳥より低いだろう。
けれどこの場所によりその能力は大幅に底上げされ、感じる威圧感はその比ではない。
恐ろしく静かに刀を振っているのに、嵐が吹き荒れているかのような錯覚を覚えるほどに。
「今はそんな事言ってる場合じゃないよ。あっちはやる気満々みたいだし」
「みたいだな。逃げられるなら一度退却しようと思っていたんだが、まるで隙が無いな」
素振りなどして、こちらに興味が無かったのかと言われればそうではなく。
むしろどうやって切ろうか考えながら、振っているのではないかというほど静かにネットリとした視線をこちらに向けていた。
「そんじゃま、やりますか。背中は任せたよ、相棒!」
「俺の背中もまかせたぜ、相棒!」
二人が武器と杖を構えながら前に出ると、あちらもゆっくりと斜めに体を向けて、八本の刀を構えたのであった。




