第389話 魔卵怪盗竜郎
言うても魔王種候補。
もしかしたら脳と心臓をそれぞれ分離しても生きているかもと、リアとカルディナも含めて解析してみると、その考えは杞憂に終わった。
「これで魔王種三匹目ゲットだぜ!」
「ああ……。なんでか着実に一歩ずつ進み始めています……」
喜ぶ竜郎に黄昏れるリア。その対比に思わず皆から笑いが零れた。
「ちょっと寄り道になっちゃったけど、これはこれで良かったのかな。
そう言えばカンテラを奪ってたけど、あれって何かに使えるの?」
「とりあえず杖みたいな魔法補助と火魔法系スキルにかなり補正がかかるってのは解っているんだが、それが俺達でも使えるかどうかはよく解らん」
「見せて貰ってもいいですか?」
「ああ」
脳と心臓の入った土の入れ物は《無限アイテムフィールド》にしまい、月読の左腕に握っていたカンテラをリアの虎型の機体の目元にさし出した。
リアは機体の中からモニターごしに《万象解識眼》を発動し、目を細めた。
「なるほど……。この中に入っている火は面白いですね。
ただの火じゃない……これ自体が闇と火の魔力を持っています。
蓄積量はステータスで表すなら5千程と多く、使っても自然回復する不思議物質。
そしてその蓄積している魔力を消費することで、闇で強化された火を上乗せしてスキルを行使してくれると。
だからこれを使えば、火魔法か闇魔法を持っているなら誰でも威力が強化された状態で魔法を行使できるようになる様です」
「それじゃあ、とーさんとか天照にピッタリじゃないっすか?」
「けどお二人の場合、既にそのカンテラの強化範囲を自前で越えちゃっているので、あまり意味は無いんですよね」
「それじゃあ、ダメダメですの。
でもリアなら、その機能を応用した武器が作れるんじゃないんですの?」
「面白そうではありますね。この魔力システムを解明できれば、もっと技術の幅が広がりそうではありますし」
「うーん、でも大丈夫? リアちゃん最近あっちこっちに手を出してるし。無理しちゃだめだよ」
「解ってますよ、姉さん」
解っていても夢中になって止まれなくなるのがリアだ。
それは皆が理解しているので、ペースメーカーとして定評のある奈々にリア以外の視線が一斉に集まる。
胸を張って「任せるですの!」と奈々が力強く頷くと皆は安心し、リアは一人苦笑していた。
「最初あった時はもっと大真面目な子かと思っていたが、意外と欲望に忠実だよな」
「ふふっ。そういう妹は嫌いですか?」
「いや。元気があって大変よろしい。でも程々にして、あんまり奈々を心配させないでくれよ?」
「ぜ……善処します……」
「そこはハッキリと断言するところですの!」
頬を膨らませてむくれる奈々に、リアが虎型の機体の中で謝っていたが、おそらく善処されることは無いだろう。
微笑ましそうな視線を向けられて、奈々とリアはばつが悪そうに頭を掻いた。
「それじゃあ、先を急ごうか」
「はーい」
そうして深層のさらに深部目指して、また進路をきった。
Xデーたる3/18まで後三日。誰一人欠けることなく無事に、ゴールまでの距離を詰めてきた。
日の出と共に出発したが、昨晩も休みを挟んだというのにカルディナ達の足取りは重かった。
魔力体生物は魔力を消費しない限り疲れとは無縁の生き物だ。
魔力元である竜郎は回復スキルや称号をふんだんに使っているので、十分な量が行き渡っているはず。
けれどどこか気怠そうに、まるで徹夜二日目の朝と言った状態だった。
「大分きつそうだな……。何回も聞いていてるが、ほんとうに大丈夫か?」
「大丈夫とまでは言わないっすけど、一体ならまだ負けてないっすよ。
……複数はきついっすけど…………」
「何匹もいたら私達がやるから大丈夫。自分の出来る範囲でいいからね」
「はいっす~」
「ピィー……」「ヒヒーン……」「ですのー……」「はい……」「「──……」」
リアに至っては完全に機体の中で寝たきり……とまでは言わないが、体力消耗を防ぐために目の力は本当に必要な時以外は封じ、機体を動かす部品かのようにして堪えていた。
今現在と森林の外とを比べると、ジャンヌ四割。カルディナ、奈々、アテナ、天照、月読が三割。リアは二割。といった所まで弱体化しており、感覚的には思考に靄がかかり、全身に重りを付けられているかのようだと言う。
しかしこれでもまだマシな方で、一般人をここに放り込んだら本来の一割の実力すら出せなくなっていた事だろう。
心配する事しかできない竜郎と愛衣。思った様に力が使えないもどかしさを感じるカルディナ達。
この森は精神的にもクルものがあるなと竜郎は思う。
そんな状態で進んでいると、カルディナは休ませているので竜郎と杖の演算能力だけの探査に、複数の同個体の反応がひっかかった。
「見つけちゃったよ……おい……」
「なんじゃらほい?」
竜郎が嫌そうな顔で横の愛衣へと視線を送ると、愛衣はコテンと首を傾げた。
「問題です。複数の個体で徒党を組んで集落を作り、体は小さいもので2メートル。大きなもので5メートル弱。
背中に水晶をビッシリとつけた魔物はさて、いったいなんでしょーか?」
「もしかして……クマゴロー一家?」
「そう言うとヤのつく人達みたいだな。まあ、正解だ。10ポイントあげよう」
「何に使えるの?」
「1ポイント消費するとハグしてあげます」
「それ無くてもいつもしてるじゃんか」
「そうとも言う………………でだ。向こうはこっちに気が付いた様子は無い。
だが、このまま真っすぐいくと、集落のもの凄く近くを通る事になるから気が付かれるだろう」
さあ、どうしようか? という目で竜郎は愛衣を見ているが、二人の意見は既に決まっている。
「迂回しようね」
「それが賢明だな」
ここが森の外であったのであれば、クマゴローがなんぼのもんじゃい! ひゃっはー! と、小粋に水晶狩りに行ってもいいくらいだが、今この状態で行くなど自殺行為だ。
それを聞いたカルディナたちも、ほっとした様子で胸を撫で下ろしていた。
「でも映像だけ見てみたいかも」
「…………まあ、それくらいならいいかな。
俺も少し気になるし、この反応的に探査に気が付くようなタイプの魔物じゃないみたいだしな。
カルディナ、魔法制御は俺に全部任せた状態でいいから、分霊だけ出して貰えないか?」
「ピィィィ」
それくらいならば何の問題も無いと竜郎の解魔法に介入し、《分霊:遠映近斬》で空撮映像のような感じで映し出してくれた。
「うわぁ。みごとにクマクマクマクマ……。くまパラダイスだね」
「こうして見る分には、水晶以外はただのデカいクマにみえるな」
遠目に見ると大きな塊が沢山蠢いているように。
近くに寄ると、まさに熊の王国。
「でも金のクマゴローは何処にもいないっぽい?」
「もうこの時にはお付の熊を連れて、俺達のいた場所に向かっていたのかもしれないな」
映像を切り替えてざっと全体を見ていくが、これだけ数が揃っているのに金水晶を持つ個体は一匹も見られなかった。
その代わりに最奥の一段高い場所に大きな球状に空いた凹みがあり、そこに真新しい透明な多肉食物がカーペットの様に敷き詰められ、上位者の寝床と言わんばかりの特等席があった。
おそらくここで金のクマゴローは過ごしていたのだろう。
そしてその前には玉座を守るかのように銀水晶の熊が五匹控えており、周囲の熊を一段高い場所から見下ろしていた。
その先では紅水晶の個体が数十匹うろついており、青水晶から献上品とでも言えばいいか、魔物の死骸を受け取って銀水晶クマに伺いを立てていた。
また青水晶もその下の緑や白、岩などに何か指示を出している様子。
「なんか明確な縦社会が出来上がってるな。ざっと見た所、銀水晶は副社長で、紅水晶は部長って感じか?」
「んじゃあ青は課長、緑は係長、白は平社員、岩は新人さんかな。
魔物のわりに、しっかりしてるねえ。まあ、人間社会だとここまで部下に横柄な人はあんまりいないと思うけど」
二人が感心しながら映像を覗き込んでいると、竜郎たちとは別の《分霊:遠映近斬》で見ていたリアが何かを見つけた。
「兄さん、姉さん。ちょっとこれを見て下さい」
「どれだ?」「なになに?」
リアが見ていたのは金のクマゴローの寝床からほんの少し横にずれた場所。
良く見ると銀水晶の一匹だけが他の四体から少し離れていて、その足元にも寝床の縮小サイズのような球状の凹みがあった。
その凹みの中に多肉植物が敷かれているまでは寝床と同じだが、そこに入っていたのは黄金の水晶球。
「これってまさか魔卵ですの?」
「しかもこれだけ金色って事は、親玉と同種っぽいっすね」
「まじか!」
竜郎は目をキラキラと輝かせ、その水晶球に見入っていた。
愛衣はまさかと思い、念のために問いかける。
「まさか取りに行こうなんて言わないよね?」
「──……ああ。欲しいのは山々だが、山々なんだが……皆の命を危険にさらしてまで欲しいわけじゃあないから安心してくれ」
「だよね! よかったあ」
他の面々もほっとした様子を見せ、竜郎は苦笑した。
だがここでまた、竜郎の好奇心の虫が騒ぎだす。
(──ん? でも待てよ……。こうして映像でその場所を認識できているんだから、転移魔法でどうにかできないか?)
転移の条件に『行ったことのある場所』というものがあるが、実際にはその場に立ったことのない目で見た先でも転移できていた。
時間軸も数十年単位ではその変化が想像もつかないが、数日程度なら行ったことのない過去にも飛べた。
つまり、この『行ったことのある場所』と言う定義が結構曖昧なのだ。
竜郎は試しに《分霊:遠映近斬》の映像を見ながら、魔卵だけをこっちに転移させられないかと魔法を発動してみる。
(──うーん、ダメか。出来ると思ったんだが…………いや、またまた待てよ。
行ったことの無い場所の写真や映像だけでは、転移魔法を発動する事は出来なさそうというのは解った。
けれど具体的に、そこまでの道のりが想像できればどうだろうか)
「カルディナ、ちょっといいか。あのな──ごにょごにょごにょ」
「ピィィーー? ピュィ」
「む。この顔は、また何やら悪知恵を働かせてる顔だ」
「悪とは失礼な。それじゃあ、カルディナ。頼む」
竜郎はカルディナに頼んで《分霊:遠映近斬》を竜郎サイズにまで拡大し、竜郎の四方を取り囲む様に四つスタンドミラーの様に立てた状態で置いてもらう。
そして今、竜郎が見ている景色がそのまま映し出された。
「よし、それじゃあ早回し気味で行ってくれ」
「ピィー」
その映像が駆け抜ける様な速さで動き始め、まるでVR映像の様に自分が動いている様な錯覚すら覚えはじめる。
やがて映像は沢山の熊がいる集落へとたどり着いた。
そして熊たちをすり抜けるように映像が動いていき、件の魔卵のある場所までたどり着いた。
「よし。ありがとう、カルディナ」
「ピィピィュー」
カルディナの頭を撫でてあげると、嬉しそうに目を細めた。
それから一枚だけは魔卵を映した状態で、残りはどかしてもらう。
一連の動作を見ていた愛衣は、気になり竜郎へと話しかける。
「それでいったいぜんたい何をしようとしてるの?」
「いやなに、疑似的に行った事のある場所でも果たして転移魔法は出来るのか──っていう実験を少々」
「うーん?」「ああ。そういうことですか」
愛衣は首をひねり、リアは機体の中で納得したように頷いていた。
そして──。
「いでよ! 金のクマゴローの卵!」
時空魔法の魔力を練りこみ、ここからそこまでの道程を思い出しながら空間同士を繋げ、魔卵の転移をイメージする。
すると魔力頭脳の演算によりイメージを最適な状態で具現化。
皆がカルディナの《分霊:遠映近斬》に映っている魔卵の映像に見入っていると、シュンと音も無く消え去った。
そしてその代わりに、全長三十センチほどの金の水晶球が竜郎の両手に収まっていた。
「で、出来てしまった……。──皆の者! 奴らにばれる前に、とっととずらかるぞ!」
「ええ!? なにその悪役みたいなセリフ!?」
「兄さんが盗賊になったら、誰も阻めないんじゃ……」
竜郎は向こうが探し始めてここまで来る前に、直ぐに自分の《無限アイテムフィールド》に魔卵をしまいこむ。
そして集落に近寄らない迂回ルートを進み始める。
他の皆もそれに続くようにして、竜郎の後を追いかけたのであった。
ちなみに。いきなり卵が消失したことに気が付いた銀水晶熊は、しばらく何が起こったのか頭が理解せずに固まる。
だが様子のおかしい仲間に気が付いた別の銀水晶が、魔卵が無い事に気が付き叫び始める。
このままでは金水晶に管理責任を問われ、連座で銀水晶全匹ただでは済まない。
一匹を責める前に、他の面々も紅や青に指示を飛ばして周囲を探索するように命令を下す。
しかし待てど暮らせど見つからない。
──そんな時、お付の熊を数十頭従えた金水晶が趣味の狩りから上機嫌で帰ってきた。
本日は大物が取れてホクホク顔だ。
そう……実はこの時にはまだ、この熊は深層にいたのだ。
その場が凍りつき、その様子にご機嫌だった金水晶の眉間に皺がよる。
状況説明を求めて銀水晶を睨み付けるが、震えて何も返せない。
苛立つ金水晶は手前にいた銀水晶を思い切り殴り飛ばした。
「ガアアアアアアアアアッ」と周囲を一喝。誰でもいいから説明しろという事だろう。
誰も動こうとしない中、意を決したように紅水晶の一匹が前に出てきて、魔卵のあった場所を前足で指し示した。
そこにあるはずのものが無い事に気が付いた金水晶は、どこにやったと見張りにたてていた銀水晶を見やる。
しかし銀水晶たちからしたら「さあ?」としか答えようがない。
だがそんな事を言ったらどうなるか、想像に難くない。黙りこくったまま、自分の待っている未来にその身を震わせた。
何も解らないままに自分の魔卵を取られたのだと悟った金水晶は、今度こそブち切れ周囲に暴虐をまき散らす。
ボコボコにされただけで命までは取られなかったが、それでもまた動きだせるようになるまでは時間がかかりそうな銀水晶と、紅水晶たち。
金水晶は銀と紅がダメになったので、残った青水晶を二匹連れて、自分で探しに行く事を決意し集落から飛び出ていった。
……その後。しばらく彷徨った挙句に魔卵の事はすっかり忘れ狩りに夢中になった金水晶は、いつの間にか中層に入り、初めて見る大きな猪を見つけた。
これは美味そうだと嫌らしく直ぐには仕留めずに追いかけっこを楽しみ、初層へ。
そうしてこの世界に来たばかりの竜郎と愛衣に出会うことになろうとは、当事者の誰も想像していなかったであろう……。
次回、第390話は12月27日(水)更新です。




