第388話 ソレは野生のアレ
鼻も目も無いソレは唯一ある口から、幼子の様な不気味な声をケラケラと上げていた。
先ほど映像で見た時には無かった赤黒い炎の三センチ程の小さな目が四つ、周囲に飛びかっている。
おそらくその目が、ソレの視覚の役割を果たしているのだろう。
ソレが転移してきた場所は、既に月読が《竜水晶植花》を敷いた場所。
ソレの足に絡みつき絞め殺そうと全身に這っていく。
けれどソレは焦る事も無く後方転移し、難なく抜け出した。
しかしそんな事は解っていたので、短距離転移系スキルの弱点である直線にしか進めないという特性を利用する。
竜郎はソレが転移する寸前に、一メートル間隔で真っすぐ前後に多属性魔法の爆弾を転移設置したのだ。
ソレは後ろ五メートルジャストの場所に転移し、竜郎が仕掛けた場所の真上にやってきた。
「散れ!」
「ケラ────」
炎、氷、風、雷、水流、尖った土片、尖った枝、ステータス降下の呪い、何が得意で何が苦手でも対応できるお得セット爆弾が盛大に爆ぜて、他のものも誘爆するかのように一斉に爆発する。
竜郎達は事前に張っていた竜障壁で守られているので平気だが、直撃したソレはただでは済まないだろう。
「ケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラ」
「──その笑い方やめてよね! 気持ち悪い!」
ソレはローブがボロボロになり、中の老人の様な痩せ細った体も両足がそっくり消滅していた。
けれど浮遊しながら不気味に笑い続けるソレに、愛衣は怖気が走り矢を放つ。
だが指にぶら下げていたカンテラから赤黒い炎の腕が伸びてきて、それを払った。
そしてそれがキッカケだったかのように、炎の人形が次々と飛び出してこちらに迫ってきた。
「ピィィイー!」
背中に付けた魔砲機を高火力モードにしたカルディナは、水属性の魔弾を撃って人形に浴びせていく。
ジャンヌも収束砲を口から放ち、炎の人形とその先にいるソレごと消し去ろうとする。
けれどソレは今度は真横に転移し、躱して見せる。
「前後左右四方向の転移を揃えているみたいだな」
「あのさ、たつろー。アレってもしかしてさ」
「ああ、多分そうだ。そこんところどうなんだ? リア」
「ええ、まあ、最近なじみ深くなったあの威圧感ですからね。すぐに解りますよね。
お察しの通り、アレは魔王科に属する将来魔王種に至る可能性のある魔物です」
「本当に野生でいたんですのね。驚きですの」
いたとしてもそうそう会えないだろうと思っていた野生の魔王種候補生が、あっさりと見つかった事に奈々は素直に驚いていた。
「それはあたしも驚きっすけど、このまま殺しちゃってもいいんすか?」
「ああ、ここじゃあどうせテイム契約は使い物にならないし、素材だけ回収して余裕のある時に魔卵にすればいい」
「なら簡単だね! ──って言いたいとこだけど、けっこうしぶとそう」
先の炎の人形が蹴散らされた為、今度はもっと大きな十メートルクラスの炎人形を五体産みだしていた。
それは負傷してもカンテラから吹き出す炎で直ぐに修復する厄介な人形で、宿っているエネルギーも半端ではない。
そこで竜郎は大きな津波を巻き起こし、その炎の巨人に覆いかぶせていく。
じゅうじゅうと水蒸気を上げながら、懸命に前に進もうとするが圧倒的な水の量に押されてその身を縮めていく。
カンテラからの供給量を上回り完全に炎の巨人を押しつぶすと、そのまま水を操作して闇と混合。
粘着液のような水に変質させてソレに浴びせかけようとした。
「ケラケラ──」
「炎の結界か。あのカンテラ、邪魔だな」
しかし炎の膜がそれを包み込み、粘着水が体に纏わりつく前に防御。
一瞬防いだ隙に転移で離脱。今度は炎の剣がカンテラから何本も飛び出し、回転しながらこちらへ飛んでくる。
また。竜郎の爆弾設置攻撃が堪えたらしく、自身は体の向きをフェイントも交えて切り替えながら、あちらこちらに転移するので予測が難しくなっていた。
「愛衣、少し時間稼ぎを頼む」
「解った。──ほっやってりゃっ」
愛衣は《徒手万装》で作った扇と天装の幻想花を両手に持って、その派生スキル《反射》で炎剣を流水が如く扇の面で受け流し、手首を反す動作で弾き返す。
カルディナ達も自衛を兼ねて、いくつかきっちり消していく。
炎の剣では無駄だと悟り、今度は転移と浮遊を織り交ぜながら空中へと移動していく。
竜郎達を見下ろすような位置まで来ると、赤黒い炎の液体──とでも言うべき滴を、カンテラを振って雨の様に降らせてきた。
「なんかアレは不味い気がする! 近くに来る前に皆で防いで!」
竜郎は愛衣を信じて新魔法に専念し、カルディナ達が愛衣の補助に入る。
愛衣は鎧から噴き出る黒い気力と、《徒手万装》による盾を全面に何重も張り巡らせ、気獣技も用いた亀の甲羅型ドームを形成する。
その外側に月読が竜障壁と竜水晶を混ぜた壁。カルディナ達は月読の障壁をさらにおおうように、それぞれの得意属性の魔法で覆っていく。
完全防備がなった瞬間に炎の滴が雨霰と落ちて触れていく。
そしてそれは触れた瞬間に一粒一粒が、その小さな大きさから想像も出来ない程の威力で爆発し、カルディナ達の防御層をあっという間に食い破り、月読の障壁層にもひびを入れていく。
「ぐっ。今のあたしらだと、これは防げないみたいっす」
「大丈夫。ちゃんとアテナちゃん達の層で数は減らせてるんだから、気にしないの。
残った奴くらいなら私に任せて。絶対に破らせないから!」
「お母様かっこいいですの!」
「ふふーん。でしょー!」
そう豪語するだけあって、愛衣の防御層には罅一つ入らない。
それはカルディナ達の補助が無くても揺るぎないほどではあったが、そのおかげで楽になっているのは確かだった。
「ケラケラッ!!」
今まで戦ってきた魔物達相手では、この《炎涙爆滴》というスキルの小さな滴という見た目を侮り、無視して突っ込んでくるなり、避け損ねて爆散するのが落ちだった。
まして防御系のスキルで防がれたことなど一度もない。
ソレはこれで終わりだと思っていたのに、一向にカタが付かないと言う状況に苛立ちを覚え始める。
周囲への被害、その爆音で集まって来るであろう魔物達を対処する余力。そういう物を度外視して、最強のカードを切る事に決めた。
カンテラをその節くれだった両手で持ち、空へと掲げる。
その間にも小さな滴は落としっぱなしにしたままだ。
掲げたカンテラの中の赤黒い炎の光が強くなっていき、中でグルグルと渦巻き始める。
そしてソレはカンテラを傾けて、その中身丸ごとを滑り落とすような動作をする。
するとずるりと、五メートルはありそうな涙型の液体炎が落ちて行った。
「──むっ、みんな気合を入れてー! でっかいのが来るよー!」
愛衣の危機感知が強くなったのを感じ、自分も含めて全員が気合を入れて衝撃に備える。
《超大炎涙爆滴》。今ソレが出せる最大火力の大技だ。
その特大滴が愛衣達の張る障壁に落ちた瞬間、これまでの爆発がお遊びだったのかと思わせるほど大規模な爆発が起こった。
「ケラケラケラケラッ!! ──…………ケェ!?」
辺り一面が吹き飛び、肉片すら残さず消し飛ばしてやったと歓喜の声を上げたのも束の間。
土煙が他者の風魔法によって払われて行く事に気が付き声が止み、愛衣の盾がしっかりと無傷で残っている事に目を剥いた。
「遊びは終わりだ。けらけらジジイ」
「ケッ────ケ……ラ?」
不意に後ろから声がして、背筋が凍りつきながらも咄嗟に前方転移で逃げようとする。
けれど何故か発動している感覚はあるのに、その場から転移しない。
「無駄だ。この辺一帯の空間を俺の制御下においた。もう俺の許可なしに、誰も転移はできない」
「ケラッ!!」
何を竜郎が言っているのか言葉を解しないソレには解らない。
けれど危険が迫っているのは確かだと、振り向きざまにカンテラを振って炎の鞭で薙ぎ払おうとする。
が、よく見ると手には何も持っていない事に気が付いた。
「ケ──────」
「お探しのモノはコレか? 魔法使いで言う杖みたいな役割と、火属性スキルの底上げが出来るみたいだな」
竜郎はこの辺一帯を時空魔法で空間を区切り、自分の時空魔法の魔力でそこを満たした。
満たす作業に少し時間を取られ、直ぐには発動できなかったのだ。
だが一度発動してしまえば、この空間においての主導権は全て竜郎が握る事になる。
そういうと称号の世界創造の効果に近いようにも思えるが、実際に出来る事は、その中にある物体の位置は好きに竜郎が定義できる。
なので翼が無くても竜郎は自分の座標を決めれば、今のように空中で制止する事すらできる。
それを使って、ソレが持っていたカンテラを自分の手元に移動させたのだ。
ただ魔力消費量が膨大なのと魔力頭脳を使っても発動まで時間がかかるので、あまり使い勝手はよくないのだが……。
と言うわけで現在。竜郎の月読側の竜腕に、ソレがさっきまで指先に摘まんでいたカンテラが握られていた。
そのカンテラは、ソレが何年も時間をかけて自分の体内で魔力を練り続け、ようやくここまでの代物に至ったお気に入り……というより命の次に大事な宝物といってもいいかもしれない。
そんな自分の宝物が他人の手にある事に、それは激昂した。
「ケラケラケラララララララララァアアッ!!」
「そっちにやったら危ないぞ、ケラじい」
何もカンテラが無くては魔法が使えないわけでもない。
自分だけの力で発動するのは久しぶりだが、手の平から数滴の《炎涙爆滴》を出して竜郎に浴びせようとした。
けれど何故か体が空に向かって仰向けに寝そべる様に浮かんでいて、当然重力に従って《炎涙爆滴》は自分に向かって落ちてきた。
「ケラ────」
自分の死を悟り乾いた笑いが口からこぼれる。
だが滴が当たる直前──まさに目は無いが目の前で滴が止まっていた。
自分の横で浮遊している火目でそれを見て、どういうことだと体を動かそうとする。
だが竜郎の魔法を破るほどの力を持ち合わせていないので、完全に嵌ってしまい体の部位全部の座標を固定されてしまい動けない。
「せっかくだから、お前のレベルも貰っておくぞ」
「──ケ」
竜郎は動けない事に戸惑い、動かなくても使えるスキルを使われる前に《レベルイーター》を発動した。
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レベル:44
スキル:《千里火眼》《自在火腕》《浮遊 Lv.10》《四方転移》
《魔術具作成 Lv.7》《炎鞭薙払 Lv.3》
《火人顕現 Lv.4》《火巨人顕現 Lv.4》
《炎涙爆滴 Lv.8》《超大炎涙爆滴 Lv.5》
《魔王の覇気 Lv.1》
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(《四方転移》? 前後左右の転移が纏まったようなスキルって事か。レベルもないし、転移の範囲は広そうだな。
んでもって、あれだけ戦えたくせにレベルもスキルレベルもこんなもんだったのか……。
魔王種候補だから素体は優れているんだろうけど、それでも森パワーで嵩増しされすぎだろ……まじで。
…………このレベルであそこまで強いって事はだ。
もしかしてあの時の金のクマゴローって、ここで会っていたら相当ヤバい奴だったって事なんじゃ……)
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レベル:1
スキル:《千里火眼》《自在火腕》《浮遊 Lv.0》《四方転移》
《魔術具作成 Lv.0》《炎鞭薙払 Lv.0》
《火人顕現 Lv.0》《火巨人顕現 Lv.0》
《炎涙爆滴 Lv.0》《超大炎涙爆滴 Lv.0》
《魔王の覇気 Lv.0》
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嫌な汗が背筋を伝う中でもしっかりとレベルを頂く。
それから心臓と脳の位置を解析すると、ひょうたんのような頭の一段目に心臓が、二段目に脳が入っている事が判明した。
「なんだ。じゃあ体はいらん。──じゃあな」
「ェ────」
竜郎はひょうたん型の一段目と二段目、口から下とレーザーで容赦なく切り裂き三分割。
そして脳と心臓の入った部分だけを土魔法で梱包してカンテラと一緒に月読の腕で確保。
愛衣達の元へと転移して離脱し、盾の中に入れて貰う。
そして先ほどから止めていた《炎涙爆滴》を──再び動かした。
するとボンッと音を立てて、ソレの体が木っ端みじんに散っていったのであった。




