第387話 不気味なソレ
無事にシュベ太と清子さんだけは回収できた竜郎達は、転移で森の入り口付近に作ったセーフティルームへと飛び、それから外へと出て再契約を試みた。
「さんざん連れまわしておいて、こんな目に遭わせてすまない。
ああいった可能性を考慮できなかった俺のミスだ。
けれど許してくれるのなら、また俺の元に帰ってきてほしい」
二体を封じ込めたままではあるが、竜郎は真摯に頭を下げてテイム契約を持ちかけた。
けれど二体は先までの記憶がほぼ無いようで、逆に何故契約が切れているのかと戸惑いの方が大きく、不思議に思いながら再契約が成り立った。
「お、覚えていないのか? こっちは衝撃的すぎて忘れられそうにないんだが……」
「──?」「キィィィーー?」
二体の怪我を癒している時にそれを知った竜郎は、唖然としながら治療を終えた。
本人たちからしたら何故ここまでの怪我を負っているのかすら理解できていない状態だったのだ。
竜郎は現状を理解してもらうために、先ほどまでの事を細かく伝えていくと、今度はシュベ太と清子さんが目を丸くしていた。
その顔から、まさか自分たちがと、今一信じきれない様子がうかがえた。
「とにかくそう言うわけだから、これからはお留守番だ。ゆっくり《強化改造牧場》の中で休んでくれ」
「──シュゥゥ……」「キィィ……」
「また今度、俺達の領地内を散策しような」
二体はもっと竜郎と一緒に森の散策をしたかったらしい。
竜郎が苦笑しながら安全な自領ならと告げると、やっと不承不承頷きながら戻ってくれた。
「はあ……。なんか疲れた……。とりあえず皆お疲れさん。ひとまず休もう」
「だねえ」
思わぬアクシデントに見舞われ精神的に疲れた竜郎達は、先まで暴れた分の竜力と一日一回の使用制限のある聖典や邪典スキルが使えるようになるまで、セーフティルームで休むことにした。
翌日。昨日の遅れを取り戻すように朝早くから探索を再開することにする。
昨日の疲れはすでになく、森の影響も受けない場所で休めたこともあってリアも元気いっぱいだった。
「けどこのまま飛んでいくと落差がヤバいからな。
覚えている限りで細かく転移して、深層の入り口まで飛んで行こう」
「そうして貰えると助かります」
初層から中層付近まででもきつかったのに、いきなり深層に飛ばれたら一気にグロッキー状態に陥る事は想像に難くなかったリアは、真剣な顔でお礼を言ってきた。
「いや、リアがいなきゃ困るのはこっちなんだから、気を使うのは当たり前だ」
「そうだよ。だから気にしないで」
「はい」
愛衣によしよしとされて、抵抗しながらもまんざらでもなさそうな顔でリアは頷いた。
それから道中見つけた黒渦ポイントと、特徴的な目印があって覚えている場所などを出来るだけ細かく転移していき、リアへの負荷が最小限になる様に気を付けながら深層入り口までやってきた。
「ここは印象的だから覚えやすいですの」
「これだけ前後で風景が違う森もそうそうないっすからね」
そんな事を話しながら、昨日の今日でもう待ち伏せ組が補充されている事に気が付き、ため息を吐きながら処理をした。
「昨日より弱かったね」
「昨日の奴らとの縄張り争いに負けた補欠みたいな奴だったんだろうな」
昨日より楽に掃除が終わった事に、やや不完全燃焼な気持ちを抱きながら深層へと足を踏み入れた。
竜郎と愛衣は適応済みなので違和感を感じる事無く進めたものの、やはりカルディナ達は突如やってくる負荷に気持ちが悪そうに一瞬呻いていた。
「大丈夫か?」
「何の問題もないですの! ……と言いたいところですが、やはり嫌な所ですの」
やせ我慢するところでもないので、皆正直に現状を報告していく。
多少時間をかけて細かく転移してきたのが功を奏したのか、昨日来た状態とほぼ変わりなく、気にする程ひどくなっているという兆候はなかった。
《真体化》したジャンヌを先頭に、完全武装の竜郎と愛衣、《真体化》奈々と機体に乗ったリア、アテナと言う順で進んでいく。
今回は大丈夫ではあると思うが、カルディナ達の状態も解析しながらなので、もう身内関係のゴタゴタは無いはずだ。
昨日通った場所を抜けて、未だ未開の地にまでやってくる。
相変わらず森林と言うには見通しがよく、道は多少凸凹していても障害物は少ない。
なので進むだけなら苦労しないが、魔物の遭遇率も高い。
それが意外と厄介で、こちらが弱体化しあちらが大幅に強化されている関係で、擦れ違いざまに蹴散らすと言うわけにはいかず、いちいち立ち止まって対処しなければならなかった。
全員で油断なく対処しているので、苦戦するほどの相手ではないのだが、こうも歩みを止められては進行速度にも影響してくるというもので……。
そして今もまた虫の足と翅を持っているくせに、大まかな外見は三メートル級のトカゲという昆虫なのか爬虫類なのか、はっきりしない謎生物と戦う羽目になりストップする。
「あーもう! じゃまっすよ~!」
こちらを窺っているだけで来ようとしないので無視して進もうとしたのに、後ろから襲ってきたのでアテナが三度、鎌で切り付け一体殺す。
残りは竜郎とリアがレーザーを複数発射、奈々は毒の邪槍を複数伸ばして沈黙させた。
「こんな奴ら相手に、そこそこ力を入れないと倒せないとは悲しくなってきますの」
「竜がトカゲ相手にムキになっている様なものですからね……。
でもことこの場に至ってはしょうがないですよ。
そう言う場だと割り切りましょう」
「そっすね」
竜郎と愛衣は特にないが、やはり普段よりも弱い攻撃しか出せないという状況が気になっているらしい。
とは言え対策らしい対策もなく、有効なのは特殊なティアラと人造の頭脳と兵器のみ。
これと言ってかける言葉も見つからず、二人は難しい顔をしていた。
すると何やら大きな反応が探査に引っかかる。
「ピィュー」
「ああ、こいつは要警戒だな」
なんとなくカルディナの言いたいことを察した竜郎は、そう口にした。
持っている存在感からして、先のシュベ太達と良くて同格。けれどおそらく格上だろうと判別できた。
「そんなに危ない奴なの?」
「みたいだな。形は人型で、指先に何か……縦長の小さな箱?のようなものをぶら下げている──っと、映像が来たな」
映し出されたのは全身を黒っぽいローブで覆われ、フードを真深くかぶっている人型の何かが、巨大なキノコの様な木にもたれ掛るようにして座っている映像。
枯れ木の様な痩せ細った右手の長い指に、二十センチほどのカンテラを抓む様にしてぶら下げ、その中に灯る赤黒い炎がちらちらと辺りを薄く照らしていた。
大きさは普通の成人男性程度で、この場面だけ見たら人間だと思ってしまうかもしれない。
「俺達が言うのもなんだが、こんな所にいるのが人間なわけないよな。
カルディナ、フードの中が見える様な位置からもう一度」
「ピィーー」
やや俯きがちなフードの中の顔を見る為に視点を動かしていく。
そうして映し出されたのは、やはり人間ではなかった。
逆ひょうたん型の頭部。鼻から上がなく、白磁器の様に白い部分が広がり、そこに血管のような筋がビッシリと張っていた。
口元は栄養の足りていない老人の様な、乾いた灰色の肌に薄い唇。
そこから綺麗に並んだ人間の様な白い歯が見えていた。
「不気味な顔してんねぇ。
夜中にこんなのとばったり会ったら、悲鳴をあげる自信があるよ」
「不気味な魔物ですの」
「どうする? 迂回して回避するか?」
竜郎としては素材が欲しいところではあるが、そんな状況でもない。
どんな特殊な能力を秘めているかも解らないし、戦力低下している今、危険な道を選ぶ理由も無い。
なのでそんな提案をしたのだが、リアが険しい顔で何かを考え込む様にその映像を凝視していた。
「知っている魔物なんすか?」
「いえ……そう言うわけではないんですが……その……。
──向こうもこっちを見てませんか?」
「「「「──え?」」」」「ピィ?」「ヒヒン?」「「──?」」
その予想外の言葉に、皆が間抜けな声を上げた。
すると向こう側でもそれを見ていたかのように、口元がニヤリと歪んだ。
「──こいつどっからっ。カルディナ、探査を広げてみてくれ!」
「ピィューー────────ピィイイ!!」
カルディナが頭上を右翼で示し叫んだ。
竜郎が上を見ても何も見えない。けれど探査魔法と愛衣の遠見なら見える程上空で、それは確認できた。
「なんだこれは……?」
「なんかでっかい……目玉? ……かな?」
探査の魔法は森の中を中心に探っていたので、空はそちらより控えめになっていた。
けれどそれなりの範囲はカバーしていたにも関わらず、そのさらに上空にそれはある。
それはパッと見、赤黒い雲のようにも見えるが、よくよく全体を見ると、ちょうど先ほどまで見ていた魔物のランタンの中にある炎と同じだと思われるもので形成された、直径五百メートル以上はあろう大目玉。
それがこちらの遥か高い頭上を漂いながら、観察していたらしい。
そしてこちらがソレに気が付いたことを悟ったソイツは、ゆっくりと立ち上がると短距離転移スキルを使いながら高速でこちらに向かってきはじめた。
「こっちにくる。どのみちこいつを放っておくと危険そうだ。ここで倒そう」
「上の目ん玉はどうするの?」
「来る前に潰す!」
解析した限りでは特殊なスキルで構成された炎の様だが、それ以上の魔力が籠った水での消火は可能と解った。
なので転移で遥か高い目玉の場所まで水魔法を飛ばしていき、宙に巨大な渦潮を作り上げて覆いかぶせる。
初めは水蒸気を上げながら抵抗していたが、それもむなしく跡形も無く消し去った。
「今のうちに月読は障壁で結界と地面に《竜水晶植花》を生やしておいてくれ」
「──!」
「戦闘は俺と愛衣がメインで。他の皆は他の魔物が来た場合の対処を頼む──来るぞ!」
「ケラケラケラケラケラ──」
短距離転移を連続で繰り返し、そいつはフードの奥の白い歯をニッコリとさせて見せながら、竜郎達の前へと現れたのであった。




