第385話 前哨戦
シュベ太達の攻撃は竜郎が張った月読の《竜障壁》で防ぎきった。
けれどその威力、正気を失った目付きから、今のは冗談でも何でもない事は竜郎以外の面々も直ぐに理解できた。
「どっどどど、どうしてっ!?」
愛衣が混乱しながら叫んでいる間に竜障壁の一点を、シュベ太が多重にスキル行使、全力の膂力でもって執拗に尾槍で突いてくるため罅が入ってきた。
どういうことか説明する前に、ここにいては危険だと判断した竜郎は短距離転移で後方へと退避した。
その次の瞬間、何もなくなった空間にシュベ太達の攻撃が当たり、大きな音を立てて大地を抉った。
「テイム契約がいきなり切れたんだ」
「……のようですね。まさかこの森にそんな効果まであったなんて……」
「他の子達はどうなんですの?」
「《強化改造牧場》に入れっぱなしの豆太やシャチ太なんかとは、パスが繋がったままだ。
だから深層では外に長時間だすと拙いようだ」
「それは理解したっすけど、あいつらどうするんすか?
完全にこっちを敵視しているみたいっすけど」
300メートルほど離れた先では、自分たちの攻撃した場所に何もいなくなった事を知るや否や、周囲をぎょろぎょろと見渡し、こちらを捕捉した。
「──っぐ。シュベ太と清子さんは、生け捕りできない様なら、俺が……俺が殺す。
ぬりかべ隊やシュベ公隊は、二体との戦闘の邪魔になる前に排除する」
「たつろー……」
シュベ太や清子さんは、それなりに思い入れもある魔物だ。まだ日は浅いとはいえ、情も湧いているし殺したくなんてない。
ぬりかべ隊やシュベ公隊とて捨て駒としても使えるようにと連れてきはしたが、間違っても自分たちの手で殺すためではない。
しかもここまで守って貰っておきながら、自分たちの都合で連れまわしておきながら、恩知らずも甚だしい。
そんな感情が竜郎の中で渦巻くが、それを無理やり押し込める。
竜郎のそんな気持ちが、その顔を見ただけで痛いほど伝わってきた愛衣は心配そうに彼を見つめる。
だがそれに竜郎は、覚悟を決めて見つめ返した。
「どんなに殺したくなかろうと、大事なのは愛衣やカルディナ達の命だ。
それが危険にさらされると言うのなら全力で排除する。
もし戦いたくないというのなら、森の入り口まで連れていくがどうする?」
連れてきた責任者として、竜郎はシュベ太達を森に放置していくなんて事は出来ない。
ただでさえ危険な魔王科に類する魔物を産みだした張本人のくせに、森に捨てて知らん顔が出来るほど竜郎は厚顔無恥では無いのだから。
だがそれを、こんな嫌な役割を愛衣やカルディナ達にも任せていいのかと頭によぎる。
「ピィィィューー!」「ヒヒーーン!」
「わたくしも、お姉様方と同意見ですの。お父様がやると言うのら、わたくし達もやるに決まっていますの」
「そうですよ!」「そうっす、そうっす」「「────!」」
カルディナ達は頼らない方が心外だとばかりに戦闘意欲を剥き出しにする。
「そうだよ。私とたつろーは一心同体、運命共同体にして比翼連理な相方だよ?
彼氏が辛いときに放っておく事なんて有りえないって、知ってるでしょ?」
竜郎の脳裏に、イヤルキを共に剣で突き刺した時の事が思い浮かぶ。
「そうだった……そうだったな。解った。皆、俺を手伝ってくれ」
「おうよ!」「ピュィー」「ヒヒーン」「ですの!」「はい!」「任せるっす!」「「────!!」」
曇りのない返事に竜郎の頭も一気に冷静になり始める。
「シュベ太は俺だとキツイから愛衣に頼む。逆に清子さんは愛衣には当てられないしな」
「ちょっとヤバいスキルが増えてきてるしね。特に魔法抵抗の低い武術職にとっては」
目下愛衣に危険とされる清子さんのスキルは、遺伝子を書き換える《異常遺伝子接触》。癌細胞を誘発する《癌齎の吐息》。混乱状態へ陥れ──もっと酷くなると脳に後遺症が残る《脳異常波》だろう。
それが異常種だから覚えやすいのか、覚えやすいから異常種なのかは定かではないが、清子さんは体の機能を破壊するスキルを覚えやすい。
魔法抵抗が高ければ最小限の被害で抑えられる可能性も高いが、それが低いと体中が奇形し、悪性腫瘍まみれになり、脳機能障害を負うという最悪の状態になる可能性が跳ね上がる。
よって愛衣にとっては最悪の相性と言えるだろう。
逆にシュベ太は素の身体能力がスピード寄りで、さらに《超高速飛翔》の伸びも著しく、竜郎ではまるで反応できない領域に立っていた。
それがこの地でさらに底上げされているのだから、竜郎では手におえない。
よって竜郎にとっては相性の悪い相手と言える。
「悪いお知らせを一つ。テイム契約が解かれた事をきっかけに、あちらの理性が飛んで強化率が現在進行形で上がってきています。
最早、さっきまで私たちの前にいた時と同じだと考えない方がいいでしょう」
「それは素敵な情報ですの……」
シュベ太達の強化率が、この森の魔物と比べて低めだったのは森との相性もあったのだろうが、人間との繋がりを持つ事によって高い理性を有していた事も原因であったようだ。
だが今そこから解き放たれたシュベ太達は、森に生まれた時から潜む魔物達に近いレベルまで強化され始めていた。
「こりゃ短期決戦の方がいいな。カルディナ達は邪魔が入らない様にシュベ公とぬりかべを頼む。
本丸二体は弱体化していない俺と愛衣で何とかする」
「気を付けてっす」
「そっちもね。それじゃあ、行くよ!」
「これが終わったら一旦引くから、余力は考えなくていい。全力で頼む」
あちらは静かにこちらを見つめ、強化されていく感覚に身を浸らせて悦に入っていた。
このままではさらに厄介な事になりかねないので、こちらから仕掛けていく。
「まずは露払いだ──くらえ!」
緊急離脱用の転移の為の魔力だけは確保し、あとは使い切ってもいいと言う気持ちで初手を撃ちこむ竜郎。
それはミニブラックホールモドキの多重転移による多重展開。
シュベ太達の周囲の空間に、いくつもの小さな黒点が浮かび上がり吸い込もうとする。
シュベ太と清子さんは勘に近いレベルで反応し急いでその場から離脱したが、体の肉を所々抉られていた。
シュベ公達は十体中四体が完全に吸い込まれ死亡。何とか難を逃れた個体も重傷を負ってほうほうの体だった。
一方ぬりかべ隊は動きの遅さが災いし一体を残し後は死亡。
残った一体もコアこそ無事だが体の半分以上を持って行かれて修復されるまでろくに動けない。
「これなら楽にやれそうですの!」
カルディナ達は、実質シュベ太と清子さん以外は壊滅状態なので、早めに竜郎と愛衣のフォローに回れると喜んだ──のも束の間。
「……なんだ?」
「キキキキキキッキキィィッィィィィィィィィィィッィイイイイィーーーーーーーーーー」
竜郎の精霊眼に清子さんのスキルの色が一色増えたのが映り眉根を寄せていると、耳障りな金切り声が周囲に響き渡る。
何のスキルかは知らないが、竜郎は急いで風魔法での防音結界と竜障壁を張ってガードした。
「兄さん! それは攻撃のスキルではありません! 周囲の魔物を呼び寄せるスキルです! 直ぐにやめさせて──」
「そっちかっ──て、もう遅いみたいだな……。カルディナ達は雑兵を蹴散らしてくれ」
「ピィィィユーー!」
先ほどまで戦闘になりそうな範囲にはいなかった魔物たちから、もっと遠くにいた魔物達までゾロゾロと集まり始め、この場が乱戦となるのは必至だ。
カルディナは雑兵相手だけで時間がかかりそうだと、忌々しげにやってくる反応に「なんなのよ、もう!」と悪態をつきながら空高く舞い上がり始めた。
「ジャンヌお姉様! 全力で蹴散らして、とっととお父様たちに助太刀するですの!」
「ヒヒーーン!!」
ジャンヌと奈々は、竜聖典と竜邪典のスキルを発動した。
「リアっちは一人で大丈夫っすか?」
「ええ、私自身の体で戦うわけではないですから」
「なら、あたしは突っ込むっす!」
アテナは竜装の所々に角を生やしてとげとげしくし、大鎌を二本構えてグネグネとしたジェットコースターのような竜力路を引いていく。
リアは機体を操作し、自動迎撃モードから自動戦闘モードへ移行。虎型の背からロケットハンマーが四本飛び出し、砲撃用の砲身もにょきにょきと飛び出し山嵐のような虎へと変化させた。
「はあっ!」「てりゃああああああ!!」
竜郎は天照を覆った八本指の竜腕を突きだし高火力レーザーを何本も乱れ撃ち、月読の左腕からはセコム君の水球を展開して自動防御を固めていく。
愛衣は鞭をしならせ細長い打撃と、魔王種結晶を入れた天装の槍ユスティーナによる、風が強化された雷嵐を吹き付ける。
隙間のない範囲攻撃に上へと逃げようとするも、いくつも被弾したシュベ公、そもそも逃げられないぬりかべは全滅。
呼び寄せられた魔物達の一角も、それに巻き込みながら蹴散らしていく。
「────フシューー……」「キィィィィイイーー」
けれどそんな中でも、被弾しながら致命傷は避けこちらに迫って来ようとする二体の魔物──シュベ太と清子さん。
ならばと竜郎が愛衣のユスティーナが起こす雷嵐に、氷魔法で冷気を送り込み、動きを鈍らせ追い込んでいく。
「このまま距離を詰めさせずにいけるかも!」
「ならいいんだが……」
このまま押し切ろうとする二人を前に、シュベ太が段々と凍りついていく体、次々と来るレーザー、風の渦に攫われそうになるのを堪え雷にあちこち焼かれていく──そんな状況に遂にブちぎれてしまう。
「ガガガガアッガッガガッガアアアアアアアアアーーーー!!」
「あの子、息を吐く以外の音が出せたの!?」
「そんな事言ってる場合じゃなくね!?」
シュベ太は凶禍領域のおかげで頑丈になっていく体に任せて、レーザーを避けたり弾いたりする行為を止めてその場に止まる。
当然体中に被弾していくが、構うことなくブチブチ自分の尻尾を千切り取っていき、十本の尻尾を絡ませた極太尾槍を作り上げる。
そしてそれを自分の前で風車の様に手捌きで回転させて、全ての攻撃に対して盾とした。
「はぇー……。漫画とかでよく見るけど、アレって実際に効果あるんだね」
「回転させて風を起こし、冷気も無理やり押し流しているって感じだな──来るぞ!」
シュベ太は極太尾槍を回転させたまま、《超高速飛翔》で突っ込んできた。
そしてシュベ太を弾除け代わりにするかのように、その後ろにちゃっかり移動していた清子さんもやや遅れてやってくる。
「はあああっ!」
「ガガッガアガガ!」
シュベ太の体当たり攻撃を愛衣がユスティーナで受け止め弾き返す。
だがその瞬間、雷嵐が止んでしまった。
好機とばかりに清子さんが飛び上がり、クチバシを大きく開いてそこから《脳異常波》を放とうとしてくる。
「させるか!」
「ギギギィ"ィ"ーーー!?」
その大口開けた口の中に直接業火を転移で送り込んで舌を焼き、強制的にやめさせた。
「結局、がちんこ勝負するしかないみたいだな……。こいつの攻撃は全部防いで見せるから、そっちは頼んだ!」
「了解!」
そうしてシュベ太と清子さんとの生死をかけた戦いの火ぶたが、ここに切って落とされたのであった。




