第384話 深層の恐さ
遠距離から深層入り口周辺にいる相手を一掃すべく、竜郎達は動き始める。
まずは探査魔法で正確な位置情報と数、精霊眼で大よその得意分野を見極める。
「カルディナ、映像を」
「ピュィィ」
《分霊:遠映近斬》で、それぞれの立ち位置を視覚情報でも仲間全員と共有する。
これで何処にどんな魔物がいるのか、仲間たちも完全に把握した。
「ここからだと遠すぎて避けられる可能性が高い。もう少し近づこう」
普通の場所ならば警戒する必要も無い程の相手なのだが、凶禍領域の影響をたっぷりと受けているあの魔物達は、普段の数倍程度の力を得ているようだ。
そしてこちらはその逆で弱体化しているので、すこし距離の離れたこの場所からでは避けられる可能性が高い。
そう言う事もあって三百メートル付近まで距離を詰めていく。
魔物達は竜郎達が近付いてくるのに気が付くと、早くこっちに来いとばかりに息遣いが荒くなり興奮し始める。
竜郎は音で他の魔物が集まって来ない様に、真空の層の結界を張り巡らせて防音する。
次に土の魔力を地面に流し込み、地中にいる魔物達を握り潰すようなイメージで圧縮し、地表へ逃げ出し姿を現さないモノはそのまま大地の養分へと変えて行く。
「はっ──」「やあ!」「ピュィーー」「キィィィーーー」
直接深部に入り込むことなく、現在も《分霊:遠映近斬》での映像を見ながら竜郎、愛衣、カルディナ、清子さんが木の後ろや上に隠れている相手に向かって攻撃していく。
竜郎は湾曲レーザーで障害物を避けるようにして何本も。
愛衣は獅子纏の斬撃で障害物をすり抜けて。
カルディナは《自動追尾》の魔弾を上空に撃ちこんで、逆U字型の機動を描いて直上から落とすようにして。
清子さんは《樹爪》というスキルで硬い木の爪を自分の爪から伸ばして、それを縦横無尽に動かしながら襲い掛かる。
障害物の無い所にいる相手にはジャンヌ達は勿論、従魔といった他の面々も遠距離から攻撃していく。
「向こうからも来るぞ! ぬりかべ隊、防御を!」
「「「「「「────!」」」」」」
六体全てを展開して防御壁を築き上げると、そこへ遠距離攻撃できる個体からの斬撃や魔法攻撃などが当たっていく。
純粋な戦闘力は強化された森の魔物らが上でも、ぬりかべ達の防御能力は格上にも十分通じる。
表面に傷を負ってはいるものの、こちらに攻撃を通すことなく防ぎきって見せた。
こちらの被害状況は皆無。あちらは今の攻撃で三体死亡、十四体重症、十二体軽傷といった所。
「このまま数を減らしていくぞ。ただし俺と愛衣以外は省エネでな。
カルディナ達は俺から垂れ流す魔力を流用してくれ」
こんな所でバテてもしょうがない。竜郎と愛衣なら手を繋ぐだけで急速回復できるので遠慮なく使える。
なので竜郎は魔力を自身から放出し、それをカルディナ達が魔法に変換して攻撃するスタイルを取る。
「俺と愛衣は無傷の奴を、カルディナ達は重傷の奴を確実に始末してから、軽傷を負っている奴も対処を」
「避けるなんて生意気だぞー! 直接ぶった斬れるなら速いのにー!」
無傷で終わった魔物は、攻撃で相殺したり躱したりできたモノ達だ。
おそらくあの中では上位に位置する様で、人狼三体、人型の蛾二体、ミノタウロス、キツネ六体と言った外見の計12体の魔物達。
愛衣の障害物無視の纏の斬撃、打撃、矢撃をスルスル躱した上で爪襲撃、毒魔弾、斧の斬撃、光の矢といった反撃までしてくる。
それらの攻撃により、矢面に立っているぬりかべ隊の体はガリガリ削られていく。
「愛衣、出来るだけ纏まるように避ける方向を誘導してみてくれ」
「はーいよっと!」
軍荼利明王までフルに使って、そこへ《一発多貫》で一撃×8の物量攻撃に加え、それらを《軌道修正》で方向を途中で切り変えまくり、《錯視》でフェイントをかましたり、《隠密迷彩》で攻撃自体を隠したりと手抜きなし。
ここまでされると躱しきる事も出来ずに致命傷は避けながらも、やや深めの傷が増えていく。
深層の外の相手にここまで追い詰められたのは初めてなのか、焦って冷静な判断が出来なくなっていき……やがて二人が狙っていた場所へと十二体の魔物がほぼ同時に集められた。
「潰れろ──」
愛衣から大体どの辺りに集めるかは心象伝達や念話で説明されていたので、既に完成していた魔法を発動させるだけで良かった。
魔物達の集められた中心地点に時空魔法で転移させた重力魔法を圧縮。
小さなブラックホールモドキの点を空間に作り上げ、近くにいた魔物達は無理やりその点に押し込まれる様にして吸い込まれ潰されて、魔法が終わった時には小さな一つの丸い塊となって地面にポトッと落ちた。
「何あれ恐いんですけど!?」
「吸い込んだ相手を潰して圧縮して小さな塊にする魔法……かな?
味方が近くにいると使えないが、転移魔法で遠くに出現させられるから意外と使えそうだ。消費魔力がベラボーに高いのが難点だが」
「じゃあ、回復しないとね。ぎゅ~~」
「うん、これは回復が必要だから仕方がないな」
「いや、終わったんなら残りも手伝って下さいよ……」
呑気に抱きつき始めた二人に、リアは手榴弾を麒麟型の機体から射出していく。
毒や麻痺、石化などの状態異常爆弾で、残り少なった魔物達の動きを制限していく。
カルディナ達は重傷を負った魔物はさくっと殺し終え、状態異常で苦しむ魔物に止めを刺していく。
「ん、一匹逃げようとしてるな。──ふっ」
小さな若葉マークの様な形をした平たい虫魔物が逃走を図った。
だが転移雷を落として始末を終えた。
ちょうど時を同じくして、アテナが最後の一匹も倒し静けさが戻る。
竜郎は防音の結界を打ち消した。
「これで終わりかな?」
「だな。それじゃあ少し休憩した後、いよいよ踏み込むぞ」
ぬりかべ達の傷を修復し、竜郎と愛衣がくっついて急速回復する。
リアも機体に帰還石を詰め直し、これから行く場所は広そうなので乗用車サイズの虎型の機体へとチェンジ。兵装も万全の状態にしておく。
「それじゃあ、ここからは気合を入れていくぞ。全員《真体化》して、常に最善の状態で戦えるようにしてくれ」
竜郎は天照と月読を腕に巻きつけ普通サイズの竜腕スタイルにし、竜郎の意志で二人を通さずとも二人のスキルが起動できるようにしておく。
愛衣も右手に鞭。左手に宝石剣。腰の軍荼利明王を起動してロボットハンドに天装を持たせて展開する。
カルディナ達も《真体化》し、弱体化されている中でも最善のポテンシャルが出せるようにしていく。
後は完全に罅割れや欠けが治ったぬりかべ達を防御壁にし、その背後にシュベ太と清子さん。月読の障壁を外周部に張ってさらにガード。
頭上にはシュベ公達を所有している中の半分、十体を展開。その中央には指揮官として《真体化》カルディナを配置。
魔物組のすぐ後ろに《真体化》ジャンヌ。その後ろに竜郎と愛衣、虎型機体に乗ったリアと《真体化》奈々。後詰めには《真体化》アテナを。
これでいつでも全力戦闘が可能な状態になった。
「……行こう」
やや緊張気味な竜郎の声で皆が前へと進み始め、境界線の様に変わっている植生の地帯へと足を踏み入れた。
「ん?」「──あれ?」「ピッィィー……」「ヒヒーン……」「これは……」「うぐっ──」「むぅ……」
竜郎と愛衣は一瞬何か気怠くなったような気がしたが、直ぐに元の状態に戻る。
しかしカルディナ達は、まるで頭に薄く靄がかかったように思考が鈍くなり、体は鉛のように重く感じた。
今までもその予兆の様な物はあったが、急激にそれが増したようだった。
「どうやらこっからが、この領域の本領って奴みたいだな。皆、大丈夫か?」
「私は大丈夫だけど……」
愛衣は竜郎と同じく直ぐにこの領域に適応した。
最初の気怠さは、急激に負荷が増したために適応に少し手間取ったからだ。
その後、簡単に確認してみた所。
ジャンヌは通常の六割程度まで戦闘能力が減。その他の魔力体生物組は五割。リアは三割五分。
それに加えて思考速度がやや低下し、あらゆる反応が普段より遅れ始めた。
その一方でシュベ太や清子さんは四倍増。
シュベ公隊、ぬりかべ隊はそれぞれ個体差も微妙にあったが、おおよそ二倍増。
と、カルディナ達は二、三体ずつなら何の問題もなく対処出来るレベルだが、それ以上だと段々と余裕がなくなっていくレベルまで弱体化。
魔物達は身体能力やスキルの威力。耐久力から傷などの回復速度。保有する魔力量から気力量まで、ありとあらゆる面が大幅にパワーアップしていた。
「こりゃ、さっきの魔物達もこっちの領域から出たがらないわけだあね」
「魔物側に有利すぎるだろっ。解ってはいたが、なんなんだよここは……」
ちなみに弱体率や強化率は元となっている体の能力値で決まっているらしく。
帝竜では少なく。ゴーレム気味の少女でも若干緩和されている。
シュベ太や清子さんは魔王種に近い所にいるので、恩恵も受けやすいようだ。
「──って、愚痴を言っている場合じゃないな。早いとこ原因を見つけて、こんな所は出よう」
「それじゃあ何ともない私たちは、皆の分まで頑張らなきゃね」
「もちろんだ。それにシュベ太や清子さん達にも期待してるからな。
カルディナ達の補佐を頼んだぞ」
魔物達は素直にその言葉に了承の意の感情を、こちらへと送ってきてくれた。
それに竜郎は心強さと感謝の気持ちで頷き返し、帰ったら美味しい肉でも用意するからと言ったら殊更に喜んでいた。
少々また足止めを食ったが、ここで突っ立っているとまた魔物達が餌を求めて境界付近までやってくるかもしれないので、静かに行動を開始していく。
深層は木々の一本一本は太く大きいが、本数は少ないので見通しもいい。
なので相手にも見つかりやすいが、こちらも気が付きやすいし動きやすい。
シュベ太達は見つけ次第、よけいな戦闘音を立てることなく速やかに排除してくれた。
探査の情報を逐次送って共有しているので、一体が突出しても他のメンバーが効率よく動いて隙は見せない。
「なんか思ったより魔物チームが頼もしすぎて、私らが暇になって来たね」
最初の緊張感はなんだったのか。シュベ公やぬりかべ隊は危なっかしいところもあるが、強化される前の素体からして優秀なシュベ太と清子さんのペアが最前に出て、圧倒的な戦闘力で野良魔物をねじ伏せてくれていた。
そのため若干拍子抜けし、警戒心を解いたわけではないが、空気はやや弛緩し始めていた。
けれどそんな時。愛衣の《危機感知》が反応を示した。
「──えっ?」
「どうした?」
竜郎の様子からして、戦闘になりそうなほど近くに魔物はいない様子。
けれど何かが危険だと愛衣に訴えかけてくるが、要領を得ない。
元から具体的な内容を教えてくれるような便利スキルではなかった。
だが何となく、どの辺りからその危機が来るのかは直感で解るものだった。
なのに今は全体的に自分たちの周囲が危険だと訴えかけて、それは時間を追うごとに強くなっていた。
愛衣は急いで竜郎へその事を報告しようと横を向いた──瞬間。
今度は竜郎に異変が生じた。
「──っ。…………ん?」
まるで細い血管が切れてしまった時の様な、嫌な痛みがこめかみに走った。
そしてそれが何か理解した途端、竜郎の顔色が一気に真っ青になった。
「──まさかっ!!?」
その声に反応したようにシュベ太と清子さん。そしてぬりかべ隊やシュベ公隊達がピタリと止まる。
竜郎は月読の竜障壁を無理やり起動し、目の前のジャンヌ、上にいるカルディナ、横にいる愛衣、後ろにいる奈々とリア、最後尾のアテナだけを覆った。
次の瞬間、目をギラつかせた魔物達──シュベ太、清子さん、ぬりかべ隊、シュベ公隊達が一斉にこちらに振り向き竜郎と視線が交差した。
そしてシュベ太は手に持っていた尾槍で突いて。
清子さんは両手の鳥と竜の腕に《異常遺伝子接触》を纏わりつかせ、握りつぶすように腕を伸ばして。
ぬりかべ達は真ん中だけを食べられた食パンの様な形になって、先の二体の攻撃が通りやすいように《形状変化》。
シュベ公達は上から《衝撃波》の連撃を。
────竜郎達に向かって全力で放ってきたのであった。
次回、第385話は12月20日(水)更新です。




