第382話 中層突入
「ほんとにこっちは絶好調だな」
「フシューーー」「キィィー」
シュベ太も清子さんも森の奥に進むにつれて動きのキレが増してきている。
それに比例するように竜郎と愛衣、ジャンヌを除くカルディナ達はやや体調が悪そうに見えてきた。
凶禍領域の効果に段々と実感がわき始め、奥地へと行く事の不安が少しだけ出てくる。
けれど今更行かないと言う選択肢は無いのだから突き進むしかないと、竜郎は頭を振って先ほどの豚たちが住んでいた巣へと近づいていった。
「これは……」
「うへぇ……趣味悪いね、あの豚さんたち」
その巣は多種多様な骨で組み上げられたカマクラのような物であった。
その中には人間の物らしき頭蓋骨などもチラホラと見かけ、不気味さを際立たせている。
「でも中は意外と綺麗ですね。清潔好きだったんでしょうか」
「そんな豚の事なんてどうでもいいですの。
おとーさま、これならインパクトのある目印にはなりませんの?」
「なるな。こんな趣味の悪いオブジェ忘れようとしても、そうそう忘れられないだろうしな」
良し悪しはともかく、いい目印が見つかったので竜郎達は一先ず森の入り口付近に作ったセーフティルームへと転移して戻った。
「まだあのくらいなら何とかなるね」
「だが次からは三分の一は通り過ぎた事になる。カルディナ達のペナルティももっと大きくなっていくだろうな。
今はどうだ? 皆」
「体の怠さの様なものは一気になくなったですの」
「ですね。ずっと圧し掛かっていた重りを降ろした時のように、何だか体が軽く感じます」
「ああ、その感じは解るっす」
皆大丈夫そうなので、一先ず竜郎は安心した。
「森から抜ければ直ぐに不調は抜けるみたいだな。後遺症みたいなのも無いか?」
「私が観た限りでは皆さん大丈夫そうですね」
「ピュィー」
リアの《万象解識眼》や、カルディナの解魔法でも問題は見つからなかった。
やはり全てあの森の力場が引き起こしていたとこれで証明された。
それからリアともども仮眠を取り、昼食を食べて一休みしてから再出発だ。
念のために月読に障壁の結界を張って貰い、あの豚人の巣があった場所まで転移した。
「う──」
寸分たがわず元いた場所に転移成功し、その瞬間に襲撃を受ける事も無かった。
けれどリアは一瞬気持ち悪そうに顔を歪めた。
「っ大丈夫か?」
「え、ええ。最初にここまで来たときは徐々に慣らすようにして来たので問題なかったんですが、いきなりここからだと少し吐き気が……」
「リア、ちょっとこちらへくるですの」
奈々は心配そうにリアを引き寄せ抱きしめると、生魔法でせめて体調だけはと治していく。
「奈々は大丈夫そうだし、カルディナ達はそういうのは無いのか?」
「ピィー」「ヒヒン!」「「──!」」
「あたしらはそう言うのは無いっすね。ただ体の怠さみたいなのは、また出てきたっす」
「そこは魔力体生物だからなのかな」
「だろうな」
いくらゴーレム気味になったとはいえ、生身のリアには凶禍領域の負荷をいきなり受けるのは危険らしい。
「これはもう迂闊に転移して後方に下がると言うのは止めた方が良さそうだな。
中層までは休憩時は転移で下がろうと思っていたんだが、初層でこれじゃあ怖くてできない」
「すいません……」
「謝らなくていいよ、リアちゃん。迷惑だなんて一切思ってないんだから」
「姉さん……」
愛衣はリアに微笑みかけながら、優しくその頭を撫でた。
竜郎もそれに頷きながらリアに視線を送る。
「そう言うこった。うちの大切な妹が苦しむ機会なんて少ないに越したことはないんだ。
ただでさえこの場所は負担になっているんだから。
だから遠慮なく体調を崩した時は言ってくれよ」
「解りました。その時は遠慮なく頼らせてもらいます」
「私にも頼るですの!」
「あたしでもいいっすよ」
「ピュィー」「ヒヒーーン」「「────」」
「ええ。皆さんにも」
リアの言質も取り、気怠さ以外の不調は奈々が直したので、先へと進むことにする。
またシュベ太と清子さんに助っ人を頼むべく、再び呼び出しておく。
「中層からは俺達も戦闘に加わろう。といっても深層に向けて余力は残しておきたいから程々にだが」
「最後でバテちゃったら困るしね」
陣形はシュベ太と清子さん、ジャンヌ、竜郎と愛衣とリア、ナナ、アテナの順番で並び、カルディナは中央の空を飛んで警戒。
ジャンヌだけはその巨体が詰まってしまう場合があるので、《幼体化》状態のままだ。
そのまま竜郎たちが走る事三分程度で、いよいよ三分の一のラインを踏み越えた。
そこで一度足を止めて竜郎は全員を見渡した。
「今中層に完全に踏み入ったが、何か変わりはあるか?」
「今のところは、それほどの変化はないですね」
「よし。ならこのまま行くぞ」
問題ないならそれでいいと再び進みだす。
それから三十分もした頃だろうか、いよいよジャンヌにも少しずつ倦怠感が現れ始め、カルディナ達は自覚できる程に戦闘能力が低下してきた。
リアに至っては動きが鈍くなり、反応も遅くなっていた。
「そろそろ機体に搭乗しておいた方がいいんじゃないか?」
「かもしれません……。まだ心配するほどでもないのですが、だからこそ余裕のある今のうちに……というのもありますし」
リアが機体に乗り込むまでの間、全員で周辺警戒しながら改めて周囲に広がる森を見る。
「それにしても、中層に入ってから植生というか、木とか草の形が変化してきてないか?」
「え? そうかな。ん~~~~? ああ、ほんとだ」
「凶禍領域の力場によって変化したり、そこで育ちやすい種が繁殖したりした結果かもしれませんね。
奥に行けばもっと力場が強くなりますし、植生が入り口とでガラリと変わるかもしれませんよ」
今の所目立つほどでもないのだが、初層で見慣れた種類の木々は、この辺りでは不自然に曲がったり捻じれたり、雑草はポツポツと縮れていたり短かったり変な葉の形をしたりと奇形していた。
また明らかに初層では見られなかった真っ白い木や野太い木、ススキの様な穂のついた草などが出てきていた。
「これが一種の深度のバロメーターになりそうっすね。植生が変わるくらい凶禍領域の影響が強くなってきていると目で解りやすいっす」
「次に変わる事があればもっとヤバいところという事ですの。
確かに段々と弱体化させられて気が付かない場合有るかもしれませんし、注意して見ておく方が良さそうですの」
解魔法での探査は怪しげな反応や索敵に割いているので、そちらは目で確かめることにした。
そうこうしている間にすっかりリアは機体に搭乗し終わり、麒麟バージョンの三回りほど縮小された物へとなっていた。
今回の森を抜ける為にと少しスリム化して、木々の隙間も通れるようにしておいたのだ。
小さくなっている事についての説明を聞き、納得した所で竜郎と愛衣の横ではなく、今度は後ろについていくような場所にリアが付いて再び移動を開始した。
それから一時間ほど進んだ頃の事。
植生は完全に切り換わり、奇形した植物は殆ど見られなくなったが、最初には無かった種類の木々に囲まれながら、また襲ってきた六匹の魔物を仕留めた。
「魔物の力が強くなってきてる気がするね」
「気がする──じゃなくて本当に強くなってきてるな。
かと言ってまだそこまで警戒するレベルではないが……っと、シュベ太と清子さん止まってくれ。
小さな魔物が、あそこの他と違う捻じれている木々が密集している辺りの木の下に隠れ潜んでいる。
………………この反応ってことは、あの見た事ない木はおそらくタリムとかいうのかもしれないな」
「たりむ? なんか聞いたことある様な」
「トガルとか言う魔物が毒を体内で作るのに必要な成分を持つ木の事だよ。
前にレーラさんから聞いただろ?」
「とがる……トガって──ああっ、あの最初の依頼人を殺したっていうアイツね。
そう言えば中層付近では珍しくない魔物だったっけ」
四十センチほどのイタチに似た魔物で、毒針を持った存在だ。
「ああ。感じたことのある反応だったからすぐに解った。
だが以前に俺達が倒した奴より間違いなく強い。
皆。アイツは小さい上にすばしっこく、尾の先端に毒針を持っているから注意してくれ。
刺されたら直ぐに奈々か俺が生魔法と解毒魔法で何とかするから」
どんな魔物か解っているので対処もしやすい。
スピード対決には自信はないが、そこは愛衣達がいるので竜郎は微塵も不安は無く、こちらから仕掛けさせてもらう。
「──ふっ」
「「「「「キキィッ!?」」」」」
小さく細いレーザー光線を木を貫通させながら、複数のトガル達に真っすぐ向けさせる。
遠距離からの攻撃に数匹は撃ち殺したが、他は勘がいいのか飛びのいて躱すと、一斉に竜郎たちのいる方角へと駈け出した。
「来るぞ!」
「うん!」
予想以上に速く、木々など障害物ですらなく、むしろ蹴って加速するために使ってあっというまに肉薄してきたトガル達。
数匹は後ろに回っていき完全に取り囲まれた状態で、四方八方から歯を剥き出しにしながら迫ってきた。
かなり怒っているようだ。
「はああああ!」
横合いから突っ込んで来たもの達は凄い速さで、竜郎の足へ毒針を突き立てようと数匹がやってくる。
それを愛衣が宝石剣で切り払っていく。
けれど二匹深手を負いながらも生き残り、最後の仕返しとばかりに尾の先端を竜郎に向ける。
「────!」
それは月読が対処し、竜水晶を混ぜたスライムの棘が体中を突いて止めを刺した。
他の個体も総じて素早く竜郎だけでは攻撃が当てられないので、天照に攻撃方向は任せてレーザーを放ち、少し離れた場所にいる個体を焼き払っていく。
だがこちらも躱せる個体が存在し、そういったモノ達はシュベ太や清子さんでは完全に抑えきるのは難しく、躱すのが遅れて毒針で突かれていた。
けれど耐久度を勝るほどの攻撃ではないので、皮膚に弾かれ毒が表皮にわずかに塗りたくられる程度。
支障は無いので突き刺した時の隙で殺していた。
またカルディナ達もあちこちから襲い掛かってくるトガル達を、羽虫を払うかのように迎撃していったのであった。




