第37話 店巡り2
ふざけたタイトルの本に、竜郎は今すぐにでも男につき返したい気持ちで一杯だった。しかし「光と闇の混合魔法」、その一文だけは非常に興味深かった。
そもそも両属性とも、単体では役に立たないとされているからこそ、他の属性と混ぜて使うのだ。
なのにあえて役に立たない同士を繋ぎ合わせるなど、意味が解らない。
それに、光と闇は互いに打ち消し合う性質も持っているのだ。そもそもの根底として、光と闇の混合魔法が成立するのかすら怪しかった。
「これ、光と闇の混合魔法とか書いてありますけど、実際問題できるんですかね?」
「いやー、そういうのはちょっと……。あっし、魔法は門外漢なもんで」
「なんでここで働いてんの!?」
「えへへ」とまったくもって可愛くない中年男の笑いに、竜郎は無性に引っ叩きたくなるがなんとか堪えた。
しかし魔法について無知な男が、魔法の書籍を売りさばくのは有りなのか? というもっともな質問を投げかけたくもあったが、そうであるならと別の言葉を一つ男に問いかけた。
「ちょっとだけでもいいんで、中を読んでみていいですか?」
「え!?」
まさかこんなものに興味を、とでも言いたげに男は驚きの表情を見せたが、すぐにニカッと最高の営業スマイルを浮かべて竜郎を見た。
男は、頭の中でこう考えたのだ。絶対こいつに買ってもらう! と。
一方竜郎の方は、商魂が透けて見えるその笑顔に顔が引きつった。
「お客さ~ん。もしかしてそれ、気になっちゃいました?」
「え、ええ、少しだけですけどね」
その一瞬のどもりを男は見逃さない。
こいつはとても気になっていると、本能で察したのだ。
そして竜郎は、エロ本を買おうとするくらいの恥ずかしさを感じていた。こんな胡散臭そうなタイトルの本を、買おうとしていると思われたくはないのだ。
「いや~ちょっとだけと言われましてもねぇ。うちね、基本そういうの駄目なんで」
「……じゃあ、あっちの人が普通に立ち読みしてるのはいいんすか?」
「ん!? な、なんて、ふてぇ野郎だ。後でとっちめときますよ!」
「今はいいんですか?」
「い、今はそりゃあ、お客さんと話してますからね。接客大事!」
接客が大事なら魔法のことを少しは勉強しとけ! と言いたいところだが、今のこの男に何を言っても無駄なのは、その微動だにしない営業スマイルを見ればわかる。
「どうしても、駄目ですか?」
「駄目ですねぇ。でも今買ってくれるなら、お安くしときますよ」
「安くと言われても…」
今の竜郎たちにとって、お金はあまり問題ではない。
しかし、こんな嘘くさいタイトルの本を買って役に立てばいいが、もし出鱈目ばかり書かれたインチキ本だったら、とんだオマヌケさんである。
そんなことを知ってか知らでか、男はさらにプッシュしてかかる。
「お客さんも、引きが上手いですねぇ。しょうがない、本来一万シスのところを本日今限り! 五百シスでどうですかい!」
「元値たけえなっ! しかも95パー引きって、もう一シスでもいいから売ろうとしてますよね!?」
「なんとでも言ってくだせい、こちとら捨てるに捨てられず困ってんですからね!」
「開き直った!?」
それから男との目線での攻防もわずかに、竜郎の方が敗北を喫した。好奇心には、結局勝てなかったのだ。
「……………………じゃあ、買います」
「そうですか、そうですか。それでは支払いは、そちらの物と一緒にお願いしますね」
「…………はい」
「では私はこれで」
男はそれだけ言い残し、年甲斐もなくスキップしながら去っていった。
「はあ……なんか疲れた……」
ため息一つつくと竜郎は愛衣と合流して支払いを済ませ、満面の笑みの中年男に見送られ、三階を後にした。
そうして四階に上がってくると、そこは家具や日用品などの雑貨屋が並んでいた。
「ここはまた、色んなのがあるな」
「だね、色々見てこっ」
そうして二人は四階を練り歩き、これからの生活に必要そうなものを買い揃えていく。
その中には成分が何かは解らないが、シャンプーやコンディショナー、ボディーソープ的なものまで売っており、日本にいた頃の値段で考えるとかなりお高めの値段だったが、これらを愛衣が嬉しそうに大量購入していた。
それからあらかた買い終わり、もう何もないかと見渡した竜郎の目に時計屋が映った。
「時計か」
「とけい?」
「ああ、もうスマホの充電切れてるし、時間を知るのに必要だろ?」
「そういえばそうか、じゃあ買っていこ」
竜郎が頷くと、二人でその店に入っていく。すると色んなデザインの時計が並んでおり、その中から懐中時計が並ぶ場所を見つけた。
「これなら、持ち運びできて便利じゃない?」
「そうだな、けど結構値が張るんだな、時計って」
一番安い壁掛け時計でも三万シスと書かれていたのにも驚いたが、懐中時計は一番安くて七万シスを超えていた。
システムから取れる生活のスキルの欄に、時計関係のスキルもあったが、SPは(9)もする。なら多少高くてもお金で解決して、他のものに回せばいいと結論付け、二人はここで買っていくことにした。
そうして二人がどれを買っていこうか迷っていると、愛衣が良いことを思いついたとばかりに、竜郎に嬉々として語りかけた。
「ねね、たつろー」
「なんだ?」
「私がたつろーのを選んで買うから、たつろーは私のを買ってよ」
「ん? それは、お互いにプレゼントし合おうってことか?」
「うんっ」
そのあまりにも愛らしい笑顔にきゅんときてしまった竜郎は、店の中にもかかわらず、愛衣を抱きしめていた。
愛衣もよくは解らなかったが、満更でもなさそうに抱きしめ返した。
「ごほんっ」
「「!?」」
しかし、その一部始終を見せられたこの店の店員であるお姉さんには、たまったもんじゃなかった。その咳払いの方を恐る恐る見ると、そのお姉さんが引きつった笑顔でこちらを見ていた。
それに「あはは~」と愛想笑いを投げかけて二人は離れると、そそくさとお互いの時計を見繕い始めた。
「ん~、これかな」
そう言って竜郎が手にしたのは、菫色に塗装された上蓋の部分に、睡蓮に似た花が彫刻され、その周りには雫の様に宝石で所々装飾されていた。
それは男から見ても、美しいと思える品だった。
「私はこれかなっ」
一方愛衣が手にしたのは、上蓋の銀色に金で見事な竜の彫刻がされた懐中時計で、後ろには鱗のようにゴツゴツした模様まで施されていた。
竜郎に竜の彫刻は安直な気もしたが、愛衣は他にも悩んだ末に結局それを選んだ。
そうして二人で選んだものを購入するため、勘定場に二人縦に並んでいった。
すると支払直前に店のお姉さんが、奥の棚から青色の液体の入った瓶をだして、こんなことを言ってきた。
「この懐中時計用に、こちらの魔法液もご一緒にいかがですか?」
「「魔法液?」」
首を傾げる二人に、「この子たちそんなことも知らないの?」と心中で動揺したが、明らかにいい服を着ているので、雑用は全部使用人任せで、そういうことには触れてこなかったんだろうと勝手に納得し、丁寧に使い方を説明してくれた。
「こちらの魔法液は、魔力で稼働する装置を使用する際のエネルギー源となっておりまして、そういった装置に入れた魔法液は使い続けるほど減っていきますので、無くなった時にこれをまた注ぎいれるんです」
「「へぇー」」
それを聞いた二人は、ようは元の世界の電池のような役割をしているんだなと、理解した。そしてちょうどいいので、お姉さんにこの時計にどうやって入れるか、見せてもらった。
「この懐中時計の場合ですと──」
そう言って、お姉さんはまず懐中時計の上のでっぱり部分を上にギュッと引っ張ると、蓋を開き時間が見える状態にする。
そして、そこに被せられていたガラス部分を、今度は右に45度ほど回転させると、さらにもう一段階開き、中に一センチほどの小さな穴が空いた部分が見えた。
「この穴の部分に、液が無くなってきたら補充してください」
「解りました」「ありがとー」
「いえいえ」
そうして二人は魔法液も一緒に購入して、お互いに選んだ時計をプレゼントし、会計の時もなるべく見ないようにしていたお互いの時計を観察し合う。
「おおっ、かっこいいデザインだな。気に入ったよ」
「私にはちょっと大人っぽい気がするけど、この華の彫刻が綺麗で素敵!」
それぞれ気に入ったようで、早速チェーンをつけて落ちないようにしてから、ポケットにしまった。
それから、いよいよ最上階である五階にたどり着いた。
そこは今までとは客層ががらりと変わり、冒険者らしき人たちがそれぞれ装備品などを物色していた。
「ここに装備が売ってるのか」
「そうみたいだね」
感想もそこそこに、自分たちの装備を品定めに店に近づいていった。
まずは一番近い剣ばかりが置かれた店に入ると、色んな種類の剣が並べられていた。愛衣は一通り見た中で、刀身が一メートル、横幅が二十センチほどの巨大な鉄剣を手に持った。そうして、重さや持ち具合を確かめてみる。
「これ、中々しっくりくるよ」
「……しっくりくるのはいいんだが、その細腕で軽々そんなの持てるのがすげーよな」
「うーん。確かに今じゃ持てるのが当たり前だけど、よくよく考えるとすごいよね」
そんなことを言いながら、購入を決意しそれを片手で持って勘定場に行くと、そのアンバランスさに店員が目を丸くしてお金を受け取っていた。
次に槍の店に入り、これも大きな螺旋の溝が入った鉄槍を買う。
そのままの勢いで、大弓、タワーシールド、投擲用のナイフ数本、足と手に防具もかねて蹴り用と殴る用の鉄甲を買う。
最後に可動域を狭めないように、鉄製の軽装鎧と魔法も少しだけ弾いてくれるマントを買って愛衣の買い物は終わった。
片や竜郎は、魔物素材の布で作られた丈の長い黒いコート型の防具を買い。その中に着る魔物の皮製の軽装鎧とロングブーツを買っていった。
そして、最後に杖の売られている店に二人で入っていく。
「杖って何の意味があるの?」
「さっきの本屋でチラ見した限りでは、魔法を使う時にかかる負荷を軽減してくれるらしい。
多分、消費魔力とかも減るんじゃないか?」
「それじゃあ、いいもの買ってこうよ」
「そうしたいとこだけど、ここの百貨店の店舗に置いてあるのは量産品ばかりみたいだし、本当にいいものが欲しい場合は特注らしいしなあ。
とりあえず、間に合わせで一本買って今日は帰ろう」
「ほーい」
そうして二人がさて見ようかとした時に、後ろから声を掛けられた。
「とりあえず間に合わせで一本? ということは、小僧はそれなりの魔法使いか?」
「「え?」」
突然しわがれた老人の声が聞こえ後ろを振り返ると、そこには───。
「「………だれも……いない?」」




