第372話 味の違いと思わぬ効果
それに気が付いたのは、竜郎がララネストの養殖に着手し始めてから数日が経った時だった。
《強化改造牧場》に生け捕りした生きのいいララネストを何匹か放流し、出来るだけ繁殖するように指示をだした。
比較的繁殖しやすい魔物だったらしく、数日ごとに数個の卵が手に入った。
それを孵化させる際に、《種族繁栄》という繁殖力が高まるスキルを全ての個体に付けて生み出し、さらにララネストの数を増やしていった。
生まれたばかりのララネストは五十センチほどで、十日ほどで二メートルまで成長し完全な大人へと至る。
だが生産性を求めるのなら《急速成長》などを付けたら一日で大きくなるのではないかと、数体に実験的に付与して孵化させたりもした。
さて、いい感じに増えてきたし、そろそろ味に問題は無いか調べてみようと、それぞれ養殖法にわけて食べてみることにした。
一番の赤い皿には、《強化改造牧場》で暫く過ごして産卵も経験した外から捕らえてきたララネスト。
二番の緑の皿には産まれてから一度も外に出ることなく、大人になってさばかれるまで《強化改造牧場》でのみ過ごした純《強化改造牧場》産ララネスト。
三番の青い皿には産まれて直ぐの子ララネスト。
四番の黄色い皿には《急速成長》で、半日程度で一気に体を大きくさせた鶏でいうブロイラーのようなララネスト──通称ブロイララネスト。
五番の白い皿には産まれて直ぐに外へ出して、竜水晶で作った生簀に放流した自然養殖産ララネスト。
六番の黒い皿には純天然物のララネスト。
調べた限りでは特に有害物質も検知されなかったので、大した違いも無いだろうとそれぞれ試食してみた所──。
「全部美味しいは美味しいけど、味が違うね」
「ああ。俺もそう思った。中でも二番の緑の皿の奴が一番うまい」
「えー!? 私はそれが二番目に美味しくなかったんだけど!」
「私も姉さんと同じ意見ですね。ちなみに一番美味しくないのは四番の黄色い皿です」
「一番まずいのは同感だ」
「わたしもー」
それぞれの意見を纏めると、竜郎の場合。
二番>一番>六番>五番>三番>四番の順で美味しいと感じた。
愛衣とリアの場合。
六番>五番>一番>三番>二番>四番の順で美味しいと感じた。
ただ愛衣の場合、二番と四番に後味に苦みを感じたらしいが、リアは気になるほどの物は感じず、ただ六番の方が美味しいなと思ったと言う。
要は竜郎の場合は《強化改造牧場》で出来るだけ長く過ごしたララネストが美味しいと感じ、逆に愛とリアは天然に近ければ近い方が美味しいと感じたようだ。
「うーん……。もしかしたら魔法の素質があればあるほど純《強化改造牧場》産のララネストが美味しく感じ、それが無いほどに純《強化改造牧場》産が苦く感じるようになるのかもしれませんね。
純《強化改造牧場》産は一切他の要素を取り込まずに、兄さんの魔力だけで大きくなった個体ですし」
「ああ! そう考えれば納得できるかもしれないな」
リアの言う純《強化改造牧場》産は、吸っている空気、住んでいる水、餌などなど生活にある物は全て竜郎の魔力で構成されている。
となると魔力だけで成長したと言っても過言ではないのだ。
「つまりたつろーの魔力でほぼ体が出来上がってるから、魔力をあんま使わない私はより美味しくないと感じて、鍛冶術で魔力も使ってる物理系のリアちゃんはそこそこ美味しくないと感じたと」
「でしょうね。もちろん他の人にも試してみた方がいいと思いますが」
思わぬ落とし穴に、竜郎は思わずため息が零れる。
竜郎にとって一番手間がかからないのが、純《強化改造牧場》産なのだ。
とはいえ、生簀での生育なら純天然ものに近い味が出せているので、食料を確保する手間が増えるくらいで済むので問題ないともいえる。
それに不味いと言っても天然物を15としたとき、普通の食材を1とするならば、一番不評だったブロイララネストでも8くらいはあるので、食材と見ればかなり美味しい。
なので価格を分ければ、そちらでも十分欲しがる人は出てくるはずだ。
「うーん、なんかもう《極上お肉》! とか。《松坂ララネスト》! とか。
なんかいい感じに手っ取り早く美味しくなるスキルとかないの?」
「そんなもんあるかいな……。極上お肉はまだしも、なんだよ松坂ララネストって」
「ないのかあ……。残念」
さすがに体を美味しくするスキルは無い。それは竜郎自身最初に調べたので間違いはないはず。
けれどもしかしたら高級ララネストを作る事は出来るかもしれないという案を、一つ竜郎は考えていた。
「そうなの!? それってどんな案?」
「なに簡単な事だ。ブロイララネスト達の肉は美味しくないが、成長が速い分産卵スピードも速い。
という事は魔卵も沢山増えるから、合成によって等級を上げるのも難しくは無い」
「等級が上がれば、味も上がるのではないかという事ですね」
「その通りだ。そこで取り出したるは、等級を合成によって1上げた5のララネストの魔卵で生み出されたララネスト2だ」
「たつろー。そのネーミングセンスはどうかと思うよ?」
「愛衣に言われた!?」
「どーゆーことだーー!」
竜郎が《無限アイテムフィールド》から取り出したのは、氷漬けになって死んでいる元の青からハサミだけが赤くなり、形状が凶悪に変化しているララネスト2。
竜郎も密かに作っていたので実食はまだだが、期待値は高い。
さくっと切り身を調理して三人で試食してみる。
「「「──!?」」」
言葉すら出なかった。美味しいとか、そんな次元ではない。あるのは、ただただ感動のみ。
塩ゆでしただけの切り身なのに、食べただけで思わずのけぞり、気が付いたら涙が止まらなかった。
それくらい衝撃的で、筆舌に尽くしがたい美味さがそこにはあった。
「ララネストを越える食材があったなんて……。
たつろーはん、あんたなんちゅーもんを産みだしてしまったんや……」
「いや、まさかここまでとは……。精々ララネストよりちょっと美味しくなる程度だと思っていただけなんだが」
「……ちょっとこれは信じられない程極上ですね。まさに高級ララネストとして銘打っても問題ないと思います」
「だな。まだ色々手を加えている個所もあるし、そっちの研究もゆっくり進めていこう」
──────そんな一幕が数日前にあった。
そして今回ハウル達に卸そうと考えている四種──純天然ララネスト。純《強化改造牧場》産ララネスト。自然養殖産ララネスト。ブロイララネストの切り身をハウル王たちの前に差し出した。
「疑うわけではありませんが。調べさせていただいてもよろしいでしょうか?
陛下の口に入れるモノは何であれ調べるという事になっていますので」
「ええ。構いませんよ」
文官であり解魔法使いでもあるジネディーヌは、一言断ってから全てのララネストを解析していき、毒の類が含まれてはいないかなどチェックした。
そしてジネディーヌが大丈夫だと頷くと、ハウルはフォークを手にして皿を引き寄せた。
他の面々の意見も聞きたいと竜郎が言ったので、ハウル以外の四人も順番に食べる事になった。
そんな様子を見ていた愛衣がふと気になった事がある様で、竜郎へ念話を送ってきた。
『ララネスト2とか、子ララネストとかは出さなくていいの?』
『ララネスト2はまだ数が用意できてないし、等級を上げた魔物に産ませた魔卵を合成した場合、合成による等級上げの上限を突破できるかという実験もやっておきたいから、まだ出すつもりはない。
それに出せるようになったとしても、ララネストの味が民間に浸透してからの方がいいと思うんだ』
『そっか。先にララネスト2の味を知っちゃったら、ララネストの美味しさが霞んで売れ行きにも響いちゃうかもだしね』
『まあな。皆が飽きた頃に新しい風を吹かすのが、一番儲かる秘訣だと思う。
お金に困っていないとはいえ、どうせやるならちゃんと利益を出したいしな』
二人が話している間に試食が終わったようだ。
それぞれ頬を上気させ、その美味さに満足げな顔をしつつも、同じララネストで同じ調理法であるのに、出された皿によって味が違う事に疑問も感じているようだった。
「エルフのお三方は、どれが一番美味しいと感じましたか?」
「これだ」「これですな」「これですね」
そう指差したのは緑の皿──純《強化改造牧場》産ララネスト。
それにハウルの後ろに控えている武官二人は、「え?」と怪訝そうな顔をしているのを竜郎は見逃さなかった。
「後ろの……えーと……──ヨーギさん。と、レスさんはどれが美味しいと感じましたか?」
「黒の皿……です」「黒ですね」
武官である魚人と人の二人は黒の皿──純天然物ララネストがいいと答えた。
今度は魔法適性の高いエルフ組が「何を言っているんだ?」と、後ろの二人の味覚を疑っている様子を見せた。
「やっぱりそうですか」
「……タツロウはこの結果を予期していたのか?」
「ええ。うちでも皆さんに出す前に試食くらいしてますからね。
同じ風に意見が分かれたんですよ」
「同じ……──ああっ、もしかして武術系か魔法系かで味の感じ方が違うのですか?」
やはり解魔法使い。ジネディーヌは勘がいいのか、直ぐにその答えに行き着いたようだ。
「その通りです。だからこそ、これらをどのように売ればいいのかご相談したいと思ったんです。
皆さんも食べて解った通り、ここにある四種類は全て味が違います。
ではそれはなぜかと言われれば、それぞれ育成方法が違うからです」
「なるほど……育成方法か。それを具体的に聞いてもよいか?」
「うーん……それは伏せさせてもらいます。
それでは買えないと言うのであれば、出荷数を減らして純天然物──今回で言えばヨーギさんとレスさんがいいと言った黒の皿の物のみを出荷してもいいですし。
ただ誓って人体に何かしら影響が有ったり、法に背くような怪しげな手法では無いとだけは言い切れますが」
「そうか。だが私としては、この緑の皿の物が一番食べたい。
そう言う意味でもここはタツロウの言葉を信じ、問題が無いようにこちらで取り計らう事としよう」
ジネディーヌとファードルハも純《強化改造牧場》産のモノが気に入ったらしく、うんうんとハウルの言葉にしきりに賛同してきた。
「これが一番美味しいと言うのもあるんですが、この緑の皿の物はなんだか魔法が使いやすくなるような不思議な感じがするんですよね」
「ジネディーヌ。お前も感じていたか。実は私も感じていましてな。実に不思議だ」
「──え!? そんな効果があるんですか!?」
「……ん? タツロウはそういうのは感じなかったのか?」
「いえ……まったく」
「育成方法に直接関わっていると、そういうのも感じなくなるのかもしれないですね」
十中八九自分の魔力産だからという事だろうと予想は着いたが、まさかそんな付加価値まで付いたとんでもララネストになっているとは知らずに竜郎は目を丸くしていた。
(自分の魔力という事もあるが、全魔法関連の頂点にいる魔神の親戚的なクラスが持つ魔力ってのも関係あるかもしれないな。
面白くなってきた!)
「ちなみにそれは恒久的に効果が持続しそうな感じですか?」
「いや。そんな感じではないな。おそらく一時的なものだろう。そちらはどうだ?」
「私もそのように感じていますぞ、陛下。なんとも言えない初めての感覚ではありますが、食後30分くらいは持つかと」
「私もファードルハ様と同意見です」
「なるほど、だとすると魔法使いにとっては味がいい上に、食べて数十分くらいは強化してくれる革新的な食材だという事ですね」
「まさにそうだな。その強化されている時の高揚感がまた心地よいのだ」
「そりゃあ、羨ましいですね。我々のような武官にとっての、そう言う食材は作れませんかね?」
レスがキラキラした純粋な目で竜郎を見てくるが、魔神系のクラスが作用しているのだとしたら、武術系の真逆にいる竜郎ではどうしようもない。
なので今の所は有りませんと、適当にお茶を濁しておいた。
するとレスよりも隣にいたヨーギが目に見えてがっかりしていた。
(ただ愛衣ならほぼ間違いなく、武神系のクラスを得られそうなんだよなあ。
それも俺の系譜とかじゃなくて、直系のやつが)
竜郎がチラリと愛衣の方を見ると、ニコリと微笑みかけてくれる。
(おいおい、無茶苦茶可愛いな! 最高かよ、俺の彼女様は!!
──じゃない。落ち着け俺……。もっと可愛い笑顔を思い出せば──ああ、やっぱ可愛いなちくしょう! といけない、また脱線してしまった。
ん~けど愛衣がもし武神系のクラスに付けたとしても、カルディナ達みたいに俺のものとして愛衣の気力を牧場で使えるかって言われたらNOだしなあ。
これもリアに相談してみるか)
思わぬ魔法使い限定の強化食材を産みだしたことにより、やりたい事がまた増えたと、竜郎は何年たっても飽きそうにない異世界の生活に胸を膨らませたのであった。




