第371話 施設紹介
ハウルが《アイテムボックス》からやたらと豪華な杖を取り出すと、それを右手に持って杖先を地面に付けた。
するとハウルの両サイドの地面が盛り上がっていき、溶岩で出来たようなグツグツと煮えたぎった巨大な腕が生えてきた。
全長は十メートル程で、拳部分だけでも竜郎より大きい。
『土と火の混合で溶岩化した腕に、闇魔法で変質させて硬化した魔法ってとこか。
それ以外にも何かスキルを使っている様だが、そっちは知らない奴っぽいな』
『へー。それでアレは強いのかな?』
『ああ。アレに詰まってるエネルギー量を見る限り、少なくとも見かけ倒しじゃない事だけは確かだ』
念話で会話しながら竜郎と愛衣が見学していると、ハウルが手に持った杖を右横に払うように動かすと、溶岩の巨腕が振りかぶる。
そして右から左横へ杖を振ると、その巨腕が竜水晶の壁を思い切り殴り飛ばした。
先のレスの槍の気獣技の様に砕け散る事は無かったが、傷を付ける事は出来ない。
「面白い! ならば!」
ハウルが杖に魔力を注いでいくと、巨腕はさらに巨大化していき全長30メートルまで膨れ上がる。
そしてその二本の巨腕のひじの関節が外れグルングルン回り始め、その遠心力を追加した力で壁を叩き殴った。
凄まじい衝撃音が周囲に轟き、爆風によって大地がめくれ上がる。
竜郎は愛衣に砂埃が飛ばない様に、耳を傷めないようにと魔法で結界を張っておいたので何ともなかった。
向こうももう一人の見た目三十代後半のエルフの男──ファードルハが魔法で防いでいた様なので、事なきを得ていた。
『結構な威力だな。ハウル王なら単体でも、ニョロ子といい勝負が出来るかもしれない』
『いい勝負って事は勝てはしないって事?』
『んー今見た限りだと、総合的に見てニョロ子の方が強いと思う。
あの子の場合、魔法も物理も攻撃、防御どっちも優れているし。
けどあそこにいるお付の人も合わせた五人でなら、安定して討伐できると思う。
それにまだまだ隠し玉があるだろうしな』
『さっすが王様。けっこう優秀なパーティなんだね』
竜郎と愛衣がそんな事を念話で話している一方で、これだけの魔法で壁を攻撃した結果はと言えば──。
「凄いな。これだけやっても傷一つ付けられないとは……。
タツロウ。これは一体なにで出来ているのだ?」
「うーん、特殊な水晶とだけ言っておきます。後は秘密という事で一つ」
「ではこれを量産したり、武器にしたりということも可能か?」
「量産はまあ可能ですね。武器に転用っていうのは、形だけ整えるだけなら出来ますが、装備品として使えるようにするにはまだ難しいと言った所でしょうか。
ちなみに他の人に、これを売ったり渡したりするつもりは今の所ありません」
この頑強さを利用すれば色々な事に利用できる。
けれど今の所、誰かやどこかの国に肩入れするつもりも、貴重素材の売買なども考えていないと、ハッキリと口にする竜郎。
それに対し王とはいえ神に仕えし者だと思っている存在に、強引に迫ったり強制など出来るはずなどなく、あっさりと引き下がった。
それについては、お付の四人もそりゃそうだと納得していた。
「そうか。ならばしょうがないな。しかし立派だ。
これの内側を見せて貰う事は出来るか?」
「はい。構いませんよ。ちょうどララネストの事についても、この中に関係がありますし」
「そう言えば壁の件の前にララネストの事も言っておったな。うむ、それでよろしく頼む」
竜郎は魔法で作ったカードキーを取り出すと、それを門の扉に軽く当てた。
するとガシャンと施錠機構もないのに解りやすい解錠の音が鳴り、開けられる状態となった。
今度リアに自動で開く装置も付けて貰いたいな、などと思いながら竜郎は取っ手を掴んで横にスライドさせていく。
滑らかな素材も相まって始めにそこそこ力がいるが、一度動き出してしまえば大して力も入れることなく大きな扉が完全に開いた。
スライド式は珍しいのか、内側か外側に開くと思っていたハウルたちは少し目を丸くしていた。
中に入ると左手にそこそこ大きな屋敷。右手には巨大な倉庫が置かれているのが直ぐに目に入る。
この辺りに魔物が入って来れない様に囲った竜水晶は、透明度が非常に高いので良く見ないと解らない。
けれど目ざとく気付くと、その囲いの強度についても聞いてきた。
「こっちはさっきの壁ほどではないですが、それでもかなり頑丈です。試してみてもいいですよ」
また耐久テストに協力して貰おうという気持ちを押し隠し、軽い感じで言うと向こうも乗り気な様子。
しめしめと愛衣と二人で竜郎がほくそ笑んでいると、先ほどまで槍先が欠けたことで項垂れていた人種のレスが再び立ち上がった。
「これなら私でもいけそうですね! やってみてもよろしいでしょうか、陛下」
「レス? それは止めておいたほうがいいと思いますよ……?」
「何言ってるんですかジネディーヌさん、これなら大丈夫ですよ!」
解魔法使いのジネディーヌは、ちょっと分厚いガラスにしか見えない囲いが、先の壁に使われているものと全く同じ素材だと気が付いていた。
なので先ほど傷すらつけられなかったレスが、壊せるはずもないと止めようとするも、彼は気にも留めずに予備の槍を取り出した。
先ほどの槍もかなりいいものであったが、こちらも予備とはいえ名の知れた鍛冶師が打った名槍だ。
ジネディーヌの反応にレス以外の人間は気が付き、その槍が辿るであろう未来にため息が零れた。
「それでは行きます! ──はあああっ────────やああああああっ!!
──うへえっ!?」
「だから止めた方がいいと言ったのに……あなたと言う人は……」
先と全く同じ威力の攻撃に、先と全く同じ結果。二本目の槍も先が欠け、修理確定である。レスは地面に崩れ落ちた。
しかしそんな光景は華麗にスルーされ、壁よりも薄く透明なガラスの様な外見でありながら、恐ろしい強度を誇る物質をハウルはしげしげと見つめた。
そして竜郎に確認を取った後、先の巨腕の魔法を使って殴ってみるも、やはり傷一つ付ける事は叶わなかった。
その様子に、これなら運搬業者の人も安心して仕事をして貰えそうだと、竜郎は愛衣と目を合わせて微笑んだ。
そんな一幕を挟みながら、ようやく次の本題に入っていく。
「それでララネストの事なんですが、以前までは一番近隣の町にある冷凍倉庫に運んで、それを王都に持っていくという事でしたが、倉庫はうちで用意するので、ここまで取りに来てほしいんです。
突然の変更なんですが、こちらの方が僕らにとっては都合がいいのです。大丈夫ですかね」
「それはまあ、大丈夫ではあるな。むしろ搬送距離も短くなる故、こちらも助かるというものだ。
だがそうなると──もしかしてあそこにある四角い大きな物体が倉庫になっているのか?」
「御明察です。まだ冷凍設備は整っていないですが、近いうちにそちらも導入できるはずです。
中も見てみますか?」
「もちろんだとも」
ハウルも中が気になっている様子だったので、ゾロゾロと引き連れながら倉庫の前に立ち魔法のカードキーを当てる。
ガシャンと音がしたので、取っ手を握って横へとスライドさせ中が見えるようにした。
「これはまた美しいな……」
「ええ、まったくです陛下。それに先は冷凍設備は導入していないと聞きましたが、ほんのりと冷えているようですね」
ファードルハが外よりも少し冷えた空気にいち早く気が付き、竜郎へと視線を向けてきた。
「よくお気づきで。少し素材に細工したので、中は冷えやすくなっているんです」
「この素材はそんな事まで出来るのか。素晴らしい応用力だな」
実はこの倉庫を建てる時に、月読の竜水晶生成スキルに闇と氷魔法をねじ込んで、倉庫自体がほんのりと冷たくなる様にしてあった。
ならもっと氷魔法をねじ込んで、冷凍設備が無くてもいいようにすればいいと思うだろうが、竜水晶に闇や光以外を入れるのは難しかったので、これが限界だった。
だが水晶自体が冷えやすく、さらに若干の冷たさを最初からもっているので、冷凍の魔道具の消費魔力カットが狙え、帰還石の補充する手間が少なくなるというメリットがある。
ひとしきり中を見終ると、立ち話もなんだからと建てたばかりの家へと王たちを招いて詳しい打ち合わせの場を設けた。
こちらは竜水晶を全面に出していない為、普通の家に見える。
なので特に珍しそうにされることも無く、武官二人以外の全員が竜郎の出した椅子へと着席した。
「随分と殺風景にも見えるが、ここに住んでいるのか?」
建てたばかりで碌に家具も無く、最低限の物しかない部屋にハウル達は不思議そうに聞いてきた。
「いえ。ここは今みたいに誰かと話す時に必要だと思って建てた家なので、住んではいません。
殺風景なのは建てたばかりで準備が整っていないだけですよ。
これから少しずつ折を見ては家具などを運んでいくつもりです」
「これもご自分で建てられたのですか?」
「ですね。これ位なら直ぐに出来ますし」
ジネディーヌの口にした疑問に、竜郎は何でもない風に答えた。
だがハウル側は戦闘の力以外にも様々な能力を持っているのだなと、改めて魔神の御使い(と思っている)の凄さに感心していた。
「ん? では何処に居を構えているのだ? 確か領地の奥の方に家を建てたと言う話を前に聞かせて貰ったのだが」
「ああ。どうせなら見晴らしのいい場所がいいですからね。
ソルルメシアとソルルレシフの境界線──海に面した一等地に建てました」
「海に面した……? 確かあの辺りには凶悪なワニの魔物が大量にいると聞いた事があるのだが」
「ああ、いましたね。邪魔だったのでどいてもらいました。今ではたまにやってくるくらいですね。
ちなみに味は鳥のササミに近かったです。結構いけますよ」
なに食ってんの!? という突っ込みを入れたいところでもあったが、海に面した辺りなど魔物が大量に日参してくる超危険地帯である。
そんな所に家を構えてのほほんと生活していると言う言葉に、ハウル達はもうなんでも有りなんだなこの人らと、自分たちの常識を捨て去ることにした。
「ただ見晴らしはいいんですけど、人を招くにはそこまで案内しなきゃいけないじゃないですか?
その手間を考えたら、ここで話せた方が色々便利ですからね」
「ええ、まったくその通りですな……」
そんな恐ろしい所に連れていかれなくて良かったと、ファードルハは顔を引き攣らせながらカクカクと頷いた。
ただハウルだけは、どんな家か気になっている様子だった。
とはいえ今回の議題はカルディナ城訪問ではなく、ララネストの事である。
目的を済ませてしまうためにも、さっさと本題に移ることにした。
「まずララネストですが、月に十匹程度なら安定して卸せると思います」
「十匹もか。しかし無理はしなくてもいいのだぞ? タツロウ達も忙しいだろうに」
御使いの仕事をほっぽり出してまでやられては困りますよ。と言う意味を込めて、ハウルは心配そうに竜郎と愛衣を見てきた。
けれどそれは、今の竜郎にとっては大した手間ではない。
「いえ。実はララネストの養殖を始めましてね。元々繁殖力も高めの魔物らしく、安定して数を確保できそうなんです」
「──は? 養殖とな? ララネストを家畜のように育てられていると言うのか!?」
あまりのハウルの食いつきように、竜郎は若干後ろへ身を反らせた。
「はい。ただですね、いくつか問題があります」
「問題? それは一体なんなのだ?」
「えーと、それを説明するなら食べ比べて貰った方が早いですかね。少々待ってもらってもいいですか?」
「もちろん、待つとも」
タダで念願のララネストが食べられるかもしれないと、ハウルは喜色に顔を染め、後ろで護衛任務をしている魚人の男──ヨーギは既に口の端から涎を垂らしていた。
その解りやすい反応に思わず笑みを浮かべながら、竜郎は養殖物を五種。天然ものを一種出し、それぞれの切り身を茹でるだけと言う簡単な調理をした。
そして色違いの皿も複数用意し、一口サイズに切り分けた身をそれぞれ乗せていき、どれがどのララネストの身なのかを解りやすくした上で、竜郎はそれを食べてみるようにハウル達へとすすめたのであった。




