第370話 壁の事を報告しよう
大がかりな事を一気にやった反動か、少し熱っぽくなっていた頭も愛衣に癒され元に戻った竜郎。
軽く解魔法で周囲をうかがうと、突然壁が生えてきたことで魔物が興奮気味になっていた。
が、そちらよりも徐々に外側の人間達へと混乱が広がっているような動きが気になった。
「あー……。いっぺんにやりすぎたか。
王様に念のために、問題ないと言っておいた方がいいかもしれない」
「そんなにみんなびっくりしてるの?」
「ああ、段々と遠巻きに見学しに来ている人間が増えてきてる。
妙な問題が起きる前に説明しておいた方がいいだろう。
って事でいっちょ王都までいくが、愛衣も来るか?」
「もちろん」
新しい装備品の慣らしも問題ないので、ちょっとくらい寄り道してもいい。
そんな風に考えた愛衣は竜郎の伸ばした手をギュッと握り、彼と共に王城近くまで転移した。
このカサピスティという国は、この大陸で最も歴史が深く広い国土を持つ国でもある。
それ故に今まで見てきたどの城よりも古めかしい──というより、歴史を帯びた風格と規模を誇った立派な城だった。
初めて来たときは竜郎たちも思わず立ち止まって見上げるほどだ。
そんな場所も何度か来れば慣れたもので、最早顔を覚えられている竜郎と愛衣は門兵に軽く挨拶しただけで通してくれる。
「こんなにセキュリティ低くて大丈夫なのかなあ。土地は持ってるけど私達って国民ではないわけだし」
「まあ、それはそれだけ信用してくれているって事なんだろうが、むしろアポなしでホイホイ一国の王様に会えるほうがおかしいと思う。暇じゃないだろうに」
「でも、王様はいつでもいいよって言ってくれてるんでしょ?」
「まあな。この世界にはメールも電話もないし、事前に知らせるとなると手間がかかるから俺達としてはそっちのほうが助かるし、有難い事には違いないんだが」
実際に竜郎が何度か水産資源について話し合ったりするときは、ふらりと寄って都合のいい日を教えて貰おうくらいのつもりで行っても、そのまま通される。
そしてこちらが城内の道を覚えたと解ると、最初はいた案内人もいなくなり、好き勝手に歩き回ることすら許されてしまう始末。
あまりにも開けっ広げなために、竜郎の方が心配になってしまう。
とはいえこちらも面倒な時間も取らされることも無いので、遠慮なく進んでいく。
城に入った時に執務室にいると使用人に言われていたので、竜郎は頭の中で道順を確かめながら愛衣の手を引いて歩いていった。
執務室の前にいる兵士が手を繋いで歩いてくる二人を微笑ましそうに見つめながら、中にいる王へと竜郎達が来たことを告げた。
そのおかげですんなりと入室できた。
やたらと豪華な社長室の様な雰囲気のある部屋のソファを勧められ、ハウルと向かい合うように座った。
「数日振りであるな、タツロウ、アイ」
「はい。何度も押しかけてしまいすみません。
少しララネストの卸しの件について変更点が出てきたのと、壁の事についてご説明しようかと」
「ララネストの件はまあいいとして……壁?」
はてそんな話をしていただろうかと、ハウル王は首を傾げた。
「えーと、実は僕らがいただいた領地から魔物を出さないようにと、壁を作ることにしたんです」
「おお、それは願っても無い事だ。こちらからも多少の援助はしよう」
竜郎達が貰った領地はとにかく広い。
今現在竜郎達の支配領域は拡大し続けているが、それでも十分の一にも満たないだろう。
そんな所を囲い込むほどの壁。
それも中の強力な魔物達でも容易く破れない様な頑丈な素材。
何十人もの腕のいい土魔法の使い手や鍛冶師達。
またあの領域の手前でうるさくしたり魔法を大っぴらに使えば、確実に中の魔物を呼び寄せる事にもなる。
そんな負担を抱えるくらいなら放置しよう。
あの領地は近づかない様にそっとしておけば、滅多に中から魔物も出てこないのだから。
という意見多数で今まで壁を作らなかったのだ。
だが今現在ものほほんと陸の領地ソルルレシフの奥地で暮らしていると聞いている竜郎達なら、魔物が出てきても殲滅し、さらに壁の建造における魔法も負担してくれるはずだ。
それなら建材を多少援助すればいけるだろうと、頭の中の算盤を弾いたハウルは相好を崩した。
けれど次の言葉で直ぐに驚愕の色に染まった。
「いえ。もう建てちゃったので、そのご報告をばと。
なんだか突然できた壁に驚いた人たちが結構いるみたいですし」
「──────────は?」
阿呆のように開いた口を慌てて閉じたハウルは、自分の耳を疑いつつも確認せねばならないと再び口を開いた。
「いやいや、待ってくれ。さすがにあの辺りに壁を作り始めたのなら、その途中で誰かしらからの目撃者から報告が──」
「陛下! 至急のお知らせが!」
「至急だと? すまない、少しそこでゆっくりしていてくれ」
「はい」「はーい」
一言断ってから席を立つと、突然執務室に現れた一般兵らしきエルフの男からハウルは、その知らせとやらが載っている紙を受け取り内容に目を通す。
するとそこには『突然ソルルレシフを覆うように、宝石の様な壁が地面から生えてきた』という訳の解らない報告が記載されていた。
通常なら何だこれはと眉根を寄せただろうが、先に竜郎から壁を作ったという話とリンクして、思わずイチャイチャし始めていた二人を振り返った。
「まさか──本当にもう壁を作ってしまったのか!?」
「えっと……不味かったですかね」
「いや、不味いという事は無いのだが……」
勝手に自分の敷地に壁を建ててはならない。などと言う法律はこの国には無い。
そもそも町や都を囲う壁はそれらを築く前に建てられるものであり、後からまったく新しい壁を一から作りたいのですが。などという事を言ってきた領主は一人もいなかったのだ。
「私に見せて貰えないか? その壁を」
「えーと、ハウル王がよろしいのでしたら別にこちらとしても問題は無いのですが、いつ頃にしますか?」
「もちろん、今すぐだ」
軽く目を丸くするも、これまでの対応から見てもこの王様ならそう言ってきてもおかしくないかと、竜郎達も軽い気持ちで了承した。
なんともフットワークが軽い物だと竜郎達が感心していると、あっという間にハウルの準備は整った。
初めて会った時と同じお付の人を四人連れ、城の中でも一際高い所にある屋上へといく。
大型の鳥型魔物と獣人男のテイマー、その横に気球の駕籠の様な物がそこにはあり、王達が乗り込んで行く。
獣人の男も最後に乗り込んでいく。
「自分たちで飛べるのであろう? それともこちらに乗るか?」
伝令の鳥よりも早く知らせに来ている時点で、飛んできたのだろうと思っているハウル王は、当然の様にそう言えば──。
「自前の翼があるのでお構いなく!」
「これは──」「なんとっ」
「よくあれで魔力が持つものだ……」
竜郎は愛衣を大事に抱えると、月読に三対六枚の水スライム翼を背中から生やしてもらい、天照の風で浮かび上がった。
それが補助的な──例えば体を軽くするなどの魔道具を用いる事も無く、風魔法と水魔法での力技による飛行だと見抜いた、ハウルを含めた五人中三人のエルフ種に属する者達は、それがどれほど無茶な魔法なのかと目を見張る。
物理系の武官の二人は、その凄さが解らないのでああいう飛び方もあるのか、便利そうだなくらいに思っていた。
「それではついて来てください!」
「うむ!」
先導するように飛び立った竜郎の後を追うように、獣人から指示を受け、駕籠を太い足で掴んだ鳥の魔物も翼を羽ばたかせた。
飛んで直ぐに全高五百メートルの壁らしきものが、ハウル達にも見えてきた。
これなら確かに城からでも高い所から見渡せば見えるはずであり、時間をかけて築いていたのなら出来る前には気付いていたはずだ。
つまりはここまで立派な壁が、突然現れでもしない限り今の状況は有りえないと示していた。
「魔神様の御使いというのは、もはや神の如き力を持っていらっしゃるのですね……。
こんなに気軽に接していて本当にいいのでしょうか?」
「特に本人たちに不快な感情は無いように見えるし、今のままでもいいのだろうが……凄まじいな」
文官の一番年若く見えるエルフの男──ジネディーヌが、あれを一瞬で作りだすのにどれほどのエネルギーが必要なのかと、なまじ魔法適性が高い種族だけに恐怖すら感じて震え上がった。
けれどハウルは突如でてきた壁に圧倒されながらも、毅然と変わらぬ態度でいるように努めた。
もしこちらに問題がある様なら向こうから言って来るであろうし、神の御使いに選ばれるような御仁が小さなことで怒るはずもないと信じているからだ。
そんな風に王様組が慄いている時も、竜郎と愛衣は呑気に空から見える壁の光景について話し合いながら空のデートを楽しみ、門のある場所まで飛んで行った。
空からの道中見ていただけでもその規模に驚かされたが、実際に間近で見たら見たで宝石の様な輝きを見せる壁が見上げるほど高く、延々と横へ広がっているかの様で、まさに圧巻の一言に尽きた。
ハウル達は駕籠から降りてくるなり本物なのかとペタペタと触り、その滑らかな手触りにさらに驚いている様子。
「これは強度も相当の様だが、試してみてもいいだろうか?」
「ええ、どうぞ。もし壊しちゃっても直せますし、思いっきりやってみてください」
「ではレス。まずはお前がやってみてくれ」
「え? 私でいいんですか? 陛下」
エルフ三人、魚人一人と言う中にいる人種の男が、意外そうな顔でハウルを見つめた。
「ああ。物理的な攻撃で、一撃に込められる最高火力はお前だろうしな」
「あー本当に全力でやれって事ですね。解りました」
竜郎も身内だけでなく、ちょうど他の人にも強度を試してほしかったというのもあり、興味深げに精霊眼でレスを凝視し始めた。
愛衣も何か盗める技術が有るかもしれないと、竜郎の腕に巻きつきながら動向を見守った。
皆の視線が集まる中でやり難そうにしながらも、《アイテムボックス》から一メートル半ほどの長さの槍を取り出した。
「では本気でいかせて貰います。
…………────はあああああっ──りゃあああああああああっ!!」
槍を両手に持って後に引いていくと、溜め動作の後に黄色い気力が槍から大量に噴出し、虎の腕に覆われていく。
そして腕の先についている五本の爪がまとまっていき、太い虎爪の一本刃が出来上がる。
最後にその変形した虎の腕がグルグルと高速回転しだしたところで、思い切り槍を竜水晶に向かって突き出した。
虎の腕と五本の爪を使った槍の気獣技と《溜め突き》、さらに《螺旋槍》でその気力を回転させて威力を上げて、《一点突破》という点の攻撃に大幅な補正がかかる強化スキルまで使っての一撃。
──だが、壁に当たった気力の槍先は砕け散る。
それを見たレスは慌てて引き戻そうとするが、槍本体の槍先も当ててしまい、結果として数センチ程先っぽが欠けてしまった。
「ああああっ!? 俺の槍が……」
「凄いですね。レスの一撃でも傷一つ付いてないですよ、陛下」
ショックを受けて項垂れるレスを誰も構わずに、解魔法使いでもあるジネディーヌが解析結果を直ぐにハウルへと伝えた。
ハウルはこの謎の物体の硬度に感心しながら、興味深げな眼でじっと壁を見つめる。
「ふーむ。次は私が試してみても構わないか? タツロウ」
「ええ。どうぞどうぞ」
アーレンフリートにも勝りそうな魔力量やスキルの輝きを持つ、ゴリゴリの魔法使いのエルフの王。
そんな人物の一撃に耐えられるのかどうかというのに非常に興味がそそられた竜郎は、むしろ是非やってくれとばかりにハウルの言葉を了承したのであった。
微修正報告です。
『第363話 魔力体生物組の成長と新たな装備品』にて
奈々の魔法の第一属性が『呪魔法』ではなく『生魔法』になっていたので入れ替えました。




