第368話 新たにテイムした魔物達
今いる場所は針葉樹林の山々が連なる一角で、人工風山に近い個所となる。
そして竜水晶の円柱の上にあるオブジェの形は、首のない筋骨隆々の人型の体で、全身毛皮に覆われた胸の辺りに大きな丸い一つ目。
その下の人間でいうおへその辺りには凶悪な牙の生えた大口が、といったような魔物の姿をしたものが四つ──大二つ、中一つ、小一つが仲良く並んでいた。
暫く待っていると、木々の奥から草むらをガサガサと掻き分ける様な音を立てながら四体の魔物が姿を現した。
「「「「ボボッ!」」」」
先ほどの説明したオブジェとそっくりの姿で、全身を覆う毛皮の色は黒に近い緑色。
一番大型のもので6メートル。次に大きいものが5メートル半。
次に大きい物は三メートル。そして一番小さいものが二メートル。
その魔物達は同じ種族であり、直系の家族なので互いに身を寄せ合って仲がいい様子。
けれど一番小さい個体は、良く見ると他の三体と比べて微妙に形態が違った。
まず他の三体は瞳の色が黒なのに対し、一体だけプラチナ色をしている。
さらに肩には他の個体にはない角の様な突起が数本飛び出し、腕も体格比からすれば他よりも太く、拳ダコのように手の甲のMP関節が殴れば刺さりそうなほどに尖っていた。
「おー、またマル太はデカくなったか?」
「ボッボー!」
前に訪ねた時より二十センチ程大きくなっている事に竜郎が気が付き、マル太と呼ぶと一番小さな個体が嬉しそうに飛び跳ねた。
それに呼応するかのように他の三体もドシンドシン音を立てて足を踏み鳴らし、喜びを表現していた。
実はこの魔物達は四体とも竜郎がテイムしたモノ達で、一番小さい個体だけは竜郎が魔卵から孵して強化していた。
というのも出会った当初は外見の恐さから討伐しようと思っていたのだが、一体一体はクー太に及ばなくとも同族同士での強化スキルに、魔物なのかと疑いたくなるほどの見事な連携と、複数ではかなり強かった。
頭も魔物にしてはかなりよく、敵わないと思った瞬間に子供を逃がして親二人が足止めしようとする行動までして見せた。
そこで竜郎は人工風山近くの山地帯に住まうこの親子に、この辺りの管理者をやってみないかとテイム契約を持ちかけたのだ。
すると命が助かるのならと、竜郎の軍門に三体の一つ目巨人が加わった。
その時魔卵の話をすると、一つ既に持っていた。
けれどこの魔卵は育てる気満々で所持していた大切な卵だったようで、命令なら差し出すけれど、本心からしたら嫌だという感情が返ってきた。
竜郎としても従魔に無体を働く気は毛頭ないので、それは渡さなくてもいいというと三体は嬉しそうにしていた。
けれどどうせ産むのならこちらで強化できるがどうだろうと持ちかけると、強くなるのは大歓迎らしく、そこは素直に受け入れてくれた。
今回は合成するわけにも見た目を勝手に改造するわけにもいかないので、ただの強化を施し、その上で神力を少し注いだ結果──一体だけ風変わりで、されど他よりも明らかに強い個体が産まれた。
これに大喜びした一つ目巨人たちは、次の魔卵は献上すると約束してくれた。
どうやら育てる気で作った魔卵でないのなら、別に渡しても何とも思わないらしい。
そのお礼として──というわけでもないが、まだ成長途中の三メートルの個体も強化改造牧場で強化し、親二人も少ししかできなかったが強化を施しておいた。
そのおかげで今では戦力がグッと増し、家族単位で行動するときなら、やや他よりも強めなこの領域一帯であっても敵無しとなった。
ちなみに名前はと言えば……相変わらずの愛衣クオリティなネーミングが爆発している。
父親は──目玉の親父。母親は──目玉のお袋。
中くらいの兄弟で言えば姉に当たる子は、真ん丸おめめのマル子。
そして竜郎が孵化させた一番小さな個体には、マル太と名前を付けた。
そんな経緯で絆を結んだ彼らの目には、竜郎への絶対的な信頼感を宿していた。
頭を撫でてと言わんばかりにマル太がすり寄ってくれば、他の個体もそれに続くように近寄ってきた。
見た目と違い知性的で愛嬌もある彼らを、竜郎も愛衣も今では恐いとも思わないし、むしろとても可愛いとすら思っている。
それに家族と言う物を十分に理解しているので、竜郎の番だと認識した愛衣にも非常に好意的で、手を伸ばせば手触りのいい毛皮を撫でさせて貰えているのもポイントが高かった。
「それじゃあ、問題はないんだな?」
「ボボッボボッ!」
目玉の親父が大きく頷くので、そろそろ撫でるのを止めて次の従魔の元へと飛ぼうとすると、空気を読まない輩がゾロゾロと飛び込んできた。
「「「「「「「「「「ゥオーーーン」」」」」」」」」」
現れたのは毛の無い表皮をした狼──というのが解りやすい特徴で、その実それは体皮は木の皮、筋肉は植物の蔓、脳や内臓は葉っぱ、骨や爪や牙は硬く頑丈な木で出来ている。
つまりは全部が植物で構成された植物狼だ。
好戦的で戦闘力はそこそこ高い上に複数で行動するため、竜郎たちと出会う前の目玉の親父たちではかなり苦戦していた相手だった。
現にマル子には兄が二人、姉が一人いたが、こいつらに食われて殺されている。
「あたしがやっちゃおっか?」
「ボボッ」
愛衣が鞭を構えて目玉の親父を見ると、それには及ばないと首を振って前に出た。
散々煮え湯を飲まされてきた相手なだけに、その大きな丸い一つ眼は怒りに染まっていた。
それは目玉のお袋もマル子も同じで、唯一マル太だけはコレらとの戦闘経験が無いので平常心だった。
「「「ボーーーーーーーーーーーーー!」」」
「──ボボッ!」
マル太が一瞬遅れて先に仕掛けて行った父親たちを追いかける。
植物狼たちは取り囲むように広がり始め、後詰めの植物狼たちも出てきて総数三十匹以上はいそうである。
本来この数の植物狼たちを相手にするには、囲まれない様に立ち回りながら数を減らす──というのが目玉の親父たちのセオリーだった。
植物狼たちは馬鹿めと言いたげに喜びの遠吠えを上げながら一斉に、一番手ごわそうな親父とお袋に襲い掛かった。
硬い木の牙は毛皮を切り裂き肉に突き刺さり、頑丈で鋭い爪は深く食い込み肉を抉る──はずだった。
けれど飛びつこうとしたはずなのに、なぜか目玉の親父とお袋の前に無防備に放り出されていた。
何事かと落下しながら地面を見れば、マル子とマル太がいままでの一つ目巨人では有りえないスピードで駆け回り、その怪力で抓む様にして空へと次々放り投げていた。
バレーボールでトスを上げるかの如く投げられた植物狼たちは、速さは無いが力は子供たちよりも強い目玉の親父とお袋がスパイクを決めるように地面に叩き落として殺していった。
あっという間に残り数匹になった所で、植物狼たちは逃げに転じるがマル太が一瞬で回り込む。
だが相手は子供。植物狼はこいつなら殺せるとでも思ったのか、無理やり押し通ろうと、歴戦のボクサーの様に堂にいった構えを取るマル太に飛びかかった。
けれどその瞬間、高速で左右のジャブが雨霰と降り注いできた。
躱す事も出来ずに諸に当たって地面に転がる植物狼たちは、急いで態勢を立て直そうとする。
だがそうはさせないとばかりに、マル太は《硬土大手》というスキルで両の手に土を覆い、五倍くらいの大きさになった両手の指を組んで、一か所に集まって体勢を崩している植物狼たちに向かってダブルスレッジハンマーを浴びせた。
その一撃でもって、あっという間に全ての方が付いた。
生まれたばかりでこれほど強力になった息子や弟に、満足げに目玉の親父たちは佇んでいた。
「ん。順調にマル太も強くなってきてるな。これならこの先も問題ないだろう。
それじゃあまた来るから、その時までにもっと強くなって皆を守ってやれよ」
「ボボ!」
無邪気に大きく頷くマル太に微笑みかけながら、植物狼たちの残骸を回収した竜郎達は次の場所へと転移した。
次の場所は海に面したゴツゴツとした岩肌の崖の上。
ここはカルディナ城の右方面に暫くいった所にある、海に面した崖地帯であり、竜郎がテイムした魔物はこの崖に沿って細長く支配領域を伸ばす形で管理してくれている。
竜水晶の円柱の上にあるオブジェは顔から胸までが人間の女性で、翼と下半身が鳥──いわゆるハーピーなどと呼ばれる魔物の姿に酷似していた。
「キィイイーーー」
海で狩りをしていたのか、大きな魚を鷲のような足でガッチリと掴んだ状態で竜郎の前まで飛んできた。
姿はオブジェと同じだが、その体は三メートルとかなり大柄。
実際に周りにいる配下の同種のハーピー達は150センチそこそこなので、他より二倍近い大きさを誇っていた。
竜郎がテイムした、愛衣命名──ハピ子と呼ばれるその個体はハーピーの亜種で、体の大きさもさることながら、他が茶色い羽に茶色い瞳なのに対し、こちらは鮮やかな赤色の羽、琥珀色に輝く瞳をしている。
感じる力も他より群を抜いていて、ここいら一帯を縄張りにしているハーピー達の女王として君臨していた。
なのでそんなハピ子を竜郎の軍門に下したことにより、数百羽にもおよぶ大量のハーピー達もテイムせずともいう事を聞かせられるようになった。
おかげでかなり広い領域を任せることが出来ており、探し物が得意なのか魔卵や珍しそうなものをよく届けてくれる。
そして今回も等級3相当の魔卵を二種取ってきたようで、それを配下を通して竜郎に渡してきた。
「二つもか。ありがとう。さすがだな」
「キィーキィー」
ほめられて嬉しそうにウムウムと頷くハピ子の頭を撫でて契約を更新した。
そしてこちらも問題なく過ごせているようなので、最後の一体の元へと転移する。
ニョロ子の支配領域にある川を渡ったさらに向こう。
何者かに管理されたかのように草が刈りそろえられた草原に、波打つような丘がある。
そしてその中で一番高い丘の上に竜水晶の円柱があり、竜郎達はそこへ現れた。
その場から六百メートル程離れた場所に、竜郎たちが会いにきた魔物はいた。
こちらの気配を察したのか視線を丘の上に向けると、一秒もしない間に眼前に走り寄ってきた。
急停止した際に突風が吹き荒れ、竜郎と愛衣の前髪がぶわっと捲れ上がった。
「かわりは無いか? プニ太」
「ヒヒーーーン」
その魔物はヒズメから頭の天長部まで五メートル以上ある巨体を持つ馬だった。
色は白に近い灰色で、黄土色のタテガミをしている──と、ここまでは異常に大きな馬で通るかもしれないが、そこは魔物だ。
前歯は肉食獣で、奥歯に向かって人間のような歯をした雑食性で、草も食べるが肉も食う。
そして何より違うのが、実はこのプニ太と呼ばれた魔物には足が八本ついていた。
それはまさに北欧神話に出てくるスレイプニルにそっくりで、それを聞いた愛衣がプニの部分を抜きだしその名を付けた。
特徴としては雷を主属性としており、次いで解属性と氷属性もそこそこ強く持っている。
なので雷の攻撃スキル、解の探知スキル、氷の防御スキルと隙が無い上に、純粋な肉弾戦も馬鹿みたいに強いと来ている。
今まで出てきた魔卵からではなく、竜郎が領地内でテイムした魔物達の強さランキングを付けるのなら、ニョロ子と競って一位か二位に躍り出るだろう。
ちなみに三位以下はといえば、プー子、クー太、ハピ子はほぼ同率だが、僅差で述べた順になると考えられる。なので戦えば誰が勝つかは予想できないレベル。
目玉の親父一家は個体としては、このメンツの中では最低ランクだが、家族単位でならプー子でも危なげなく倒せるレベル。
だがニョロ子とプニ太相手だと少し厳しくなる……といった所。
またニョロ子が何故こんなに強いのかと言えば、原種は亜竜だったのが亜種になった事で地竜種に格上げされたれっきとした竜種だからであり、貰った魔卵の等級は6もあった。
逆に言えば等級6相当の竜種とタメを張ってる時点で、この魔物がおかしいのだ。
性格は認めた相手以外は近寄ろうものなら殺しにかかってくるほど獰猛。
現に竜郎たちが一番初めにこの丘に踏み込んだ時には、何もしてないのに出会い頭にヒズメを脳天に向けて落としてきた程だ。
だが一度その力を認めれば、大人しく体を撫でさせてくれたり乗せたりしてくれるようになる。
「そうか問題ないか。それでやっぱりプニ太の同種はいないんだよな?」
「ヒヒーーン……」
「まだソレ諦めてなかったんだ」
「当然だろ。だがそれなら仕方ないかあ。プニ太ごめんな。もう気にしなくていいからな」
「ヒヒーーン」
何のことかと言えばもちろん魔卵の事である。
竜郎は、神話から飛び出てきたようなこの魔物の魔卵がぜひとも欲しかった。
けれどどうやらプニ太の生まれは、魔卵型ではなく発生型らしい。
魔卵型は親がいてその魔卵から生まれ出るというノーマルスタイルなので、探せばどこかに同種がいる可能性は非常に高い。
けれど発生型は文字通り、突如何もない所に発生する。
なのでもしかしたら、この世界に同種は存在しない可能性すらあるのだ。
最悪《魔卵錬成》での魔卵作成と言う手はあるが、殺してまではいらないし、天寿を全うするまで待つとなると、長命な魔物という事もあり相当な長丁場を強いられるだろう。
「でも同じおんまさんなら、うちにはペガサスちゃんがいるじゃない?
まったく同じ種にはならないだろうけど、魔卵を作るくらいは出来ないかな」
「──そうか! プニ太、いっちょペガサス相手に魔卵を作ってみる気はないか?」
「ヒヒーーン、ヒヒーーン」
「そうか……。いや、でもそれなら……」
「なんて言ったの?」
「俺が望むのなら叶えたいが、せめて同格の相手でなければ嫌だそうだ。
ペガサスも等級5に近い4と高い方なんだが、プニ太は絶対に6は有りそうだから、このままではダメだな」
「となると、さっきのでもそれならっていうのは、合成でペガサスちゃんを底上げすればってこと?」
「ああ。これまでの実験結果で言えば出来ない事は無いはずだ」
「でも性別は合成だと選べないよね?」
《アイテムボックス》の複製なら完全なコピーなので性別も同じだが、合成した場合はオスになるかメスになるかはやってみなければわからないのでは、と愛衣は言う。
だが竜郎にはちゃんと考えがある様だ。
「そこが一番の問題ではある。だが今まではオスメス分けずに合成をしていたから、雌雄がバラバラになったんじゃないかと俺は思っている。
だから全部メスの魔卵を厳選して合成し続ければ、狙った通りの等級6のメスのペガサスが誕生するかもしれない」
「ふえー。ほんとよくやるなぁ」
「やるからには全力でやりたいからな」
そんな事を話し合った後は、プニ太に別れを告げて今日の目的である領地を区切る壁作りのための作業へと向かったのであった。




